12月4週、クリスマスイブ。
カリフォルニア州、サンタアニタレース場は、着飾った紳士淑女と、GⅠ特有の熱気に包まれていた。
アメリカンオークス。
パドックには、サンタ帽を被った観客の姿も見える。だが、俺たちの周りだけは、真冬のようなピリついた空気が漂っていた。
グリーンの距離適性は2000mが守備範囲の端だ。おまけに枠順は11番という外枠。
「……随分と端っこに追いやられちゃったね」
グリーンが不満げにゲートを見上げる。
「作戦は変わらない。スタートダッシュを決めて、すぐに内に入れ。……外を回らされると、スタミナが持たないぞ」
「りょーかい。ま、速攻でハナ奪って、最短距離で逃げ切るだけっしょ!」
彼女は軽くウインクをして、ターフへと向かった。
その背中には、日本で待つタイフウの無念と、チーム・ルミナスの誇りが乗っている。
◆アメリカンオークス(GⅠ・サンタアニタ芝2000)
ファンファーレが鳴り響き、ゲートが開く。
好スタートを切ったグリーンは、即座に内側へ切り込もうとした。
だが、現地のウマ娘たちがそれを許さない。
「No way!(行かせるか!)」
内枠のラグビーエコーやミリーグッドネスが、壁を作るように殺到し、進路を塞いできたのだ。
強引に入ろうとすれば、激しい接触は避けられない。それはスタミナの浪費を意味する。
この国の接触は、勝つための手段じゃない。削るための武器だ。
(……もう! ここでも通せんぼってわけ!?)
一瞬、グリーンの表情が歪む。
このまま競り合うか、それとも引くか。
迷えばバ群に沈む。絶体絶命のコンマ数秒。
彼女の脳裏に、日本で見送ってくれた先輩の、秋のレースが頭をよぎった。
内に入れないのであれば、自由な外を走れば良い。
(そうだよね、ローリン先輩! 外を回ってでも、リズムを守らなきゃ!)
グリーンはふっと力を抜いた。
そして、競り合いを拒否するように、あえて外側へと進路を取った。
観客席がざわめく。
距離のロスが大きい外を回るなんて、スタミナに不安のある彼女にとっては自殺行為に見えたからだ。
だが、俺には分かっていた。
ラフプレーで削られるよりも、風を受けて自由に走る方が、彼女のリズムには合っている。
(あー、せいせいする! 誰もいない外側なら、邪魔者は風だけじゃん!)
彼女は気持ちよさそうに加速していく。
競りかけようと構えていたライバルたちは、頭上を越えていく「緑の疾風」に呆気に取られていた。
無駄な力みがない。スタミナの消費は最小限。
そのまま彼女は、第4コーナーで悠々と先頭に立った。
直線を向く。
ここからが、本当のショータイムだ。
グリーンがギアを一段上げる。
並びかけようとする後続。だが、その差は縮まるどころか、絶望的に開いていく。
1バ身、2バ身、5バ身……。
7バ身差。
それはもはやレースではない。彼女が叩きつけた答えだった。
タイムは2分02秒0。
彼女は誰にも影を踏ませることなく、クリスマスのサンタアニタを駆け抜けた。
◆変則のトリプルティアラ
ゴール後。
ウイニングランから戻ってきたグリーンは、汗一つかいていないような涼しい顔で、俺に向かっていつものピースサインを掲げた。
「……ふふん。どう? あすかさん」
そして彼女は三本の指を立てて見せた。
日本の桜花賞、秋華賞。そして、このアメリカンオークス。
「これで、誰にも文句は言われないでしょ? 『トリプルティアラ』達成だね!」
「……ははっ。随分と遠回りをした三冠だな」
俺は苦笑しながら、彼女の小さな頭を撫でた。
日本で二つ、アメリカで一つ。
地球規模でかき集めた、彼女だけの変則三冠。
けれど、その輝きはどの宝石よりも眩しかった。
「日本のみんなに、最高のクリスマスプレゼントができたな」
「うん! ……早く日本に帰って、先輩たちに自慢してやらなきゃ!」
カリフォルニアの青空の下、グリーンは最高の笑顔で笑った。
チーム・ルミナス、世界への挑戦。
その第一幕は、これ以上ないハッピーエンドで幕を閉じた。