ウマ娘競バ史   作:geko

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第74話:祝杯と、次の時代

 1972年、年末。

 帰国早々、俺とグリーンは、羽田空港の到着口を抜けた瞬間から、俺たちは全力で走っていた。

 アメリカからの帰国便が、悪天候で遅れたのだ。

 

「あすかさん、急いで! 由衣さんがきっと鬼の形相で待ってるよ!」

 

「分かってる! でもこの荷物の量はなんだ!」

 

「お土産だよ! 全部大事なやつ!」

 

 息を切らせて空港の外へ飛び出すと、そこには既に濃紺のステーションワゴンが待機していた。

 運転席のドアが開き、ドレスアップした由衣さんが涼しい顔で手招きする。

 

「お帰りなさいませ。……感傷に浸る時間はございません。会場まで飛ばしますので、車内で最低限身なりを整えてください」

 

 有無を言わさぬその指示に、俺たちは「はい!」と声を揃えて車に飛び乗った。

 

 

 都内のホテルで行われている年末恒例の「URA賞授賞式」。

 会場の控え室に滑り込んだ俺たちを待っていたのは、着飾ったチーム・ルミナスの面々だった。

 

「おっそいよ、大将。……ま、主役は遅れて来るもんだけどな」

 

 真紅のドレスを着こなしたオーナーズタイフウが、ニヤリと笑ってグラスを掲げる。

 その隣には、純白のドレスに真珠をあしらったオペラローリンと、シックな濃紺のドレスに身を包んだナスノチグサ。

 久しぶりに全員が揃った。

 

「みんな、久しぶりだな、って再会を喜んでる場合でもないな」

 

 俺は慌ててタキシードの襟を正し、グリーンも由衣さんに髪を直されながら、ステージ袖へと急いだ。

 司会者の声が、会場に響き渡る。

 

「それでは、各部門の受賞ウマ娘を発表いたします」

 

 スポットライトがステージを照らす。

 最初に名前を呼ばれたのは、我らがチームの末っ子にして、世界を制したスピードスターだ。

 

「――最優秀クラシック級ティアラウマ娘、キョウエイグリーン!」

 

 割れんばかりの拍手の中、グリーンが弾むような足取りで登壇する。

 今年の戦績は7戦7勝。

 桜花賞、NHKマイルC、秋華賞、そしてアメリカンオークス。

 文句なしの満票選出だ。彼女はトロフィーを受け取ると、カメラに向かってピースサインを決めた。

 まるで『当然でしょ?』とでも言うように、彼女は笑った。

 

 続いて、ダート部門。

 

「――最優秀ダートウマ娘、オーナーズタイフウ!」

 

 名前を呼ばれたタイフウが、ふてぶてしく、しかし優雅に手を振って歩き出す。

 6戦4勝、2着2回。

 フェブラリーSを制し、ダート界を席巻した暴君。年末のチャンピオンズCでの惜敗すら、彼女のダート王としての格を損なうものではなかった。

 彼女はトロフィーを片手で軽く持ち上げ、不敵な笑みを浮かべる。

 

 そして――。

 

「――最優秀マイラー、オペラローリン!」

 

 その名前が呼ばれた瞬間、拍手が、遅れてじわりと広がった。

 春の挫折を乗り越え、夏からマイル戦線を走り続け、ついにマイルCSで頂点に立った不屈のお嬢様。

 ローリンは登壇し、トロフィーを受け取った瞬間、こらえきれずに瞳を潤ませた。

 ハンカチで目元を抑える彼女の姿に、会場からは温かい拍手が送られる。

 

 三者三様の輝き。

 チーム・ルミナスが、この年の競バ界の中心にいたことの証明だった。

 

 その光景を、ステージの下から見つめる一人の少女がいた。

 ナスノチグサだ。

 

「……壮観ですね」

 

 彼女の視線の先には、スポットライトを浴びるチームメイトたちの姿。

 そして、もう一人。

 ステージの反対側には、最優秀シニア級ティアラウマ娘を受賞した、姉・ナスノカオリの姿があった。

 安田記念を制した姉。その姿は完璧で、美しく、遠い。

 

「……悔しいですか、チグサさん」

 

 隣に立った由衣さんが、そっと問いかける。

 チグサは眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに頷いた。

 

「ええ。……ですが、視界は良好です」

 

 彼女は、姉と同じティアラ路線で頂点に立ったグリーンの姿をじっと見据えた。

 

「姉様は当然の目標。ですが、まずは目の前の『世界』を越えなくては」

 

 グリーンが獲ったその最優秀クラシック級の称号。「来年はわたくしが頂きます」と言わんばかりに彼女の瞳の奥で、冷たくも熱い計算式が高速で回転し始めていた。

 

 

 表彰式が終わり、ようやく一息ついた俺たちは、ホテルのラウンジで祝杯を挙げていた。

 

「ねえ、あすかさん、久しぶりにお茶漬け食べたい!」

 

「ここでは出ないぞ。帰ってから由衣さんに頼め」

 

「えーっ!」

 

 文句を言うグリーンを、由衣さんがにこにこと見守っている。

 タイフウは上機嫌でローリンをからかい、ローリンは「泣いてなどいません!」と赤面して反論している。

 

 平和で、騒がしい、いつものチーム・ルミナス。

 だが、会場のテレビモニターから流れてきたニュースが、ふと俺たちの耳を引いた。

 

『――地方・大井競馬場にて、怪物・ハイセイコーが連勝記録を更新! 中央移籍への期待が高まっています――』

 

 ハイセイコー。

 その名前に、俺はグラスを止めた。

 

 1972年、7月に大井レース場でデビューし、11月までに破竹の6連勝。

 地方の怪物として、大きな話題となっている。

 

「……面白くなりそうだな」

 

 俺が呟くと、タイフウがニヤリと笑った。

 

「怪物? 上等だな。大井の先輩としてでっかい背中を見せつけてやるよ」

 

 新たなライバル、新たな熱狂。

 黄金のトロフィーを並べたテーブルを囲み、チーム・ルミナスの1973年が幕を開ける。

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