ウマ娘競バ史   作:geko

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第81話:凱旋、音速のファンサ ※高松宮記念

 1973年、3月5週日曜日。中京レース場。

 この日のメインスタンドは、あるウマ娘の帰還を待ちわびる熱気で膨れ上がっていた。

 

 アメリカのGⅠを制し、世界にその名を轟かせたキョウエイグリーン。

 彼女の日本復帰戦を一目見ようと、パドックには黒山の人だかりができている。

 そんな喧騒の中、当の本人は至ってマイペースに、自身の勝負服の襟元を直していた。

 アメリカ帰りの彼女に相応しい、華やかな装い。

 

「すっごい歓声! これ全員、アタシのファンってコト?」

 

「ああ、そうだ。みんな『世界のキョウエイグリーン』を見に来たんだよ」

 

 俺が苦笑すると、彼女はニシシと嬉しそうに笑った。

 だが、条件は決して楽ではない。

 トモエオーやエリモシルバーといった快速自慢が内枠に揃っており、激しいハナの奪い合いが予想される。

 何より、枠番は8枠18番。まさかの大外だ。

 

「外枠だし、距離は一気に短縮しての1200mだ。スタートのタイミング、シビアになるぞ」

 

 俺が釘を刺すが、グリーンは軽くストレッチをしながら答えた。

 

「大丈夫だって! あすかさん、忘れたの? アタシ、向こうで2000m走ってきたんだよ?」

 

「……まあな」

 

「あの長くてタフな距離に比べたら、1200mなんて一瞬っしょ! 大外だろうが何だろうが、なんとかなるって!」

 

 彼女はウインク一つ残して、大歓声の響くターフへと飛び出していった。

 

◆高松宮記念(GⅠ・中京 芝 1200m 左 晴 良)

 

 ファンファーレが鳴り響き、ゲートが開く。

 

「よしっ!」

 

 俺は思わず声を上げた。グリーンのスタートは完璧だ。

 だが、内からトモエオーたちが猛然とダッシュを利かせてくる。

 大外のグリーンが無理にハナを奪おうとすれば、コーナーで大きく外に振られるリスクがある。

 

(……どうする、グリーン!)

 

 一瞬の判断。彼女は無理をしなかった。

 スッと身を引くと、先行集団を見る形の3番手に控えたのだ。

 逃げなくてもいい。焦る必要なんてない。

 彼女の背中からは、そんな余裕すら感じられた。

 

 第3コーナーから第4コーナーへ。

 先行勢が競り合い、ペースが上がる。

 だが、グリーンの手応えは抜群だ。まるでジョギングでもしているかのように、涼しい顔で追走している。

 

 そして、最後の直線。

 

 彼女がスパートをかけた瞬間、レースが終わった。

 加速の次元が違う。

 並ぶ間もなく先頭をかわすと、そこからは独走ショーだった。

 

 1バ身、3バ身、5バ身……。

 必死に追うエリモシルバーたちが、スローモーションに見えるほどのスピード。

 これが世界の脚だ。

 

 ゴール板を駆け抜けた瞬間、掲示板に『レコード』の文字が灯る。

 タイムは1分08秒8。2着につけた差は、スプリント戦にあるまじき7バ身。

 

◆独占宣言

 

 レース場が揺れるような大歓声。

 グリーンは走りながら、スタンドへ投げキッスを飛ばした。指先一つで歓声が波になる。

 

 ウイニングランを終えたグリーンが、満面の笑みで戻ってくる。

 息一つ切らしていない。やはり彼女にとって、このレースは凱旋パレードに過ぎなかったのだ。

 

「お帰り、グリーン。……とんでもないタイムだぞ」

 

「へへっ、でしょ?」

 

 彼女は汗を拭うと、スタンドのファンに向けて大きく手を振り、それから俺に向かって不敵に笑った。

 

「見たあすかさん? これなら文句ないっしょ!」

 

「ああ。文句なんてあるわけない」

 

「言っとくけど、これは始まりだからね」

 

 彼女はビシッと指を立てた。

 

「今年のスプリント・マイル路線は、アタシが独占しちゃうよ! ……あすかさんのスケジュール帳、全部アタシの勝利予定で埋めといてね!」

 

 強欲で、天真爛漫な女王の宣言。

 ハイセイコーブームに沸く日本競バ界に、もう一つの「緑の旋風」が吹き荒れる。

 1973年、キョウエイグリーンの快進撃が幕を開けた。

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