ウマ娘競バ史   作:geko

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第85話:国民的アイドルウマ娘

 1973年、4月3週日曜日。中山レース場。

 この日、会場はこれまでにない異常な熱気に包まれていた。

 

 観客動員数はレコードを更新し、スタンドは立錐の余地もない。

 俺たちチーム・ルミナスの面々は、安全を考慮してトレーナー室からテレビ中継を介し観戦することにした。

 

「……すごい人ですね。地鳴りがここまで聞こえてくるみたいです」

 

 テレビから聞こえる大歓声に、ローリンが感嘆の声を漏らす。

 部屋には、大阪杯を制したローリン、川崎記念を制したタイフウ、桜の女王のチグサ、そして高松宮記念を勝ったグリーンと、豪華なメンバーが揃っている。

 

「当然だろ。大井の怪物チャンが、いよいよクラシック一冠目を獲るんだ。……へっ、中央のエリートどもがビビって震えてやがるぜ」

 

 タイフウは腕を組み、ニヤリと笑った。

 一方、ソファで雑誌をめくっていたグリーンは、大きなあくびをした。

 

「ふあ……。アタシ、あの子のコトよく知らないしぃ。そんなに速いの?」

 

「まあ見ておけ。……常識が通じない相手だ」

 

 俺が答えると同時に、ファンファーレが鳴り響いた。

 

◆皐月賞(GⅠ・中山 芝 2000m 右 晴 良)

 

 ゲートが開く。

 ハイセイコーは、弥生賞のような後方待機策は取らなかった。

 好スタートから、強引に前へ出る。

 逃げウマ娘を先に行かせ、自らは3番手の好位を確保。

 

「……先行策ですか」

 

 ローリンが目を細めた。

 

「位置取りは私と同じ好位……ですけど、走りの質が違いますね。優雅さのない、地面を叩き割るような荒々しいフットワーク。……あれが、地方の強さですか」

 

「おうよ! 泥臭くて最高だろ?」

 

 タイフウが膝を叩いて喜ぶ。

 第3コーナーから第4コーナー。ハイセイコーが早くも動く。

 早すぎるスパート。だが、誰も彼女を止められない。

 

 直線を向くと、そこは独壇場だった。

 ハイセイコーが加速するたびに、後続が千切れていく。

 

「――来ましたわ」

 

 チグサが冷静に指摘する。

 集団を割り、猛烈な末脚で追い込んできたのは1番人気・タケホープだ。

 素晴らしい切れ味。普通なら勝ちパターンだ。

 だが。

 

「遅ぇよ! 怪物チャンはもうゴールしちまうぞ!」

 

 タイフウの叫び通りだった。

 タケホープが懸命に追うが、ハイセイコーの背中は遥か彼方。

 

 ゴール板を駆け抜けた瞬間、タイムは2分00秒0。

 そして2着タケホープにつけた着差は、なんと9バ身。

 完勝、圧勝、蹂躙。

 怪物が中山のターフを焦土に変えた。

 

「……ふむ。わたくしとハイセイコーさんの距離適性とローテを考えれば、初対決は順調にいけば有マ記念でしょうか」

 

 チグサが眼鏡の奥で、静かに打倒・ハイセイコーの計算式を組み立て始めていた。

 

◆元アイドルの本領

 

 レースが終わっても、歓声は鳴り止まない。

 それどころか、場内の照明が落ち、コース中央にスポットライトが当てられた。

 ざわめく観客たちの前に、急ごしらえのステージセットが運ばれてくる。

 

「……え? 何あれ」

 

 それまで興味なさげだったグリーンが、身を乗り出した。

 ステージに立ったのは、泥だらけの勝負服を着たハイセイコー。

 音楽が流れ出す。

 彼女はマイクを握り、大観衆に向けて歌い、踊り始めたのだ。

 

「う、歌ってる……!? ウマ娘が!?」

 

 俺たちが呆然としていると、由衣さんが資料を見ながら解説してくれた。

 

「……どうやらURAが、ハイセイコーさんの経歴に着目して、試験的に導入したようです。『ウイニングライブ』……勝者がファンに歌と踊りを捧げる、新しい試みですね」

 

「経歴?」

 

「はい。実は彼女、トレセン学園に来る前は数年間、プロのアイドルとして活動していたそうなんです」

 

「はあ!?」

 

 俺とタイフウの声が重なった。

 テレビの中のハイセイコーは、激走の後とは思えないほどのキレのあるダンスと、安定した歌声を披露している。

 ファンへのレスも完璧だ。それは付け焼き刃ではない、紛れもないプロのステージだった。

 

「アイドルとデビューして駿遠活動した後に、レース界へ電撃転身し、怪物の走りを見せたかと思えば、今度はアイドルとしてステージに戻ってくる……。規格外ですね」

 

 由衣さんの言葉に、俺は言葉を失った。

 ただのギャンブルの対象だったウマ娘が、夢を見せるスターへと進化した瞬間だった。

 

「……ウソ」

 

 グリーンの瞳が、キラキラと輝き始めた。

 彼女は食い入るようにモニターを見つめ、震える声で言った。

 

「なにあれ……すっごい歓声。みんな、あの子だけを見てる……」

 

「グリーン?」

 

「あすかさん! アタシもあれやりたい!」

 

 彼女は俺の腕をガシッと掴み、興奮気味にまくし立てた。

 

「走って勝って、そのあとにライブで主役になれるなんて……最高じゃん! アタシのためのシステムでしょこれ!」

 

 第一次レースブームの到来。

 それは同時に、ウマ娘たちが新たな輝き方を見つけた瞬間でもあった。

 1973年、春。

 怪物の独唱が、時代の扉をこじ開けた。

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