またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜   作:概ね右翼

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 最近は、小説を読むでもなく、構想を練るでもなく、皆様からいただいた感想を眺めてばかりの日々です。

 お返事はなかなかできていないのですが、ひとつひとつ本当に嬉しく読ませていただいています!
 感想をいただけるのはとても励みになりますので、どうぞ気軽に書いてください!

 今回はついに“秘技”が登場します。何が出るのか、ぜひ予想してみてくださいね。


裏設定:影化のリスクについて

影化者との接触は、影化リスクを著しく増大させる。
その正体は感染ではなく、「第二物理現象」による上書きであり、既存の防疫概念では対処不能とされる。
したがって、有効な対策は接近前の遠距離排除のみである。

黒鉄誠、鷹見沙織、両名には遠距離排除が可能なため、影化の兆候は確認されていない。
一方、矢井千尋は複数回の接触歴を持ち、極めて高リスク状態にある。現時点の推定では、存続可能期間は最長でも2年未満。

以上の理由から、超常現象捜査部の人員は極端に少ない。
多くは任務中に影化、あるいはそれに準ずる事態に至り、結果として“死をもって退部”しているからである。


第十四話 蒙昧の誓、キョウカイ

 崩壊は、音よりも先に感覚として訪れた。

 

 足裏から、世界が抜け落ちる。

 

 渡り廊下という構造が、その名の通り“渡るもの”でしかなかったことを思い出させるように、支えを失ったそれは、まとめて下方へ崩れ落ちていく。コンクリートが裂け、鉄筋が軋み、空間そのものが縦に引き裂かれていく。

 

 重力が、一斉にすべてを攫っていく。

 

 貴方はその中にいた。

 

 空を踏むことはできない。落下や水場──足場の保証されない状況は、貴方にとって数少ない明確な弱点だった。

 

 対応が、わずかに遅れる。

 

 その一拍。

 

 それだけで、状況は決定的に傾く。

 

 視界の端で、矢井千尋の姿が映る。

 

 彼女もまた、崩壊に巻き込まれていた。壁や床、天井を起点としていた刃物群は、その支点を失い、大半がただの質量へと成り下がって落下していく。先ほどまで空間を支配していた刃の濁流は、今や制御を失い、ばらばらに崩れ落ちる残骸にすぎない。

 

 だが──

 

 矢井千尋は、落ちない。

 

 否、落ちてはいる。

 

 だが、沈まない。

 

 空中で、刃が生まれる。

 

 一枚。

 

 次の一枚。

 

 さらに次。

 

 生成と落下、その僅かな時間差の上に足場を継ぎ足し、彼女は空中に“留まり続けている”。

 

 まるで水面を歩くように。

 

 刃の上へ刃を重ね、その上に立つ。

 

 落ちる前に、次を用意する。

 

 単純な原理を、異常な精度と速度で成立させている。

 

 痛くないのだろうか。

 

 厚底なのかもしれない。

 

「キョウ!!」

 

「カイちゃん!!」

 

 叫びが、崩落音の中を突き抜ける。

 

 キョウは落下する刃を鏡として渡りながら、空中を滑るように移動していた。反射。像。実像の転写。連続する落下物すら、その機動のための経路へと変えてしまう。

 

 そして、辿り着く。

 

 カイのもとへ。

 

 あまりにも自然に。

 

 あまりにも厄介に。

 

 機動力と即死性。

 

 その二つが、空中で合流する。

 

 状況は、最悪だった。

 

 落下に対応できないのは貴方だけらしい。

 

 視界が回転する。

 

 風圧が衣服を打ち、破片が頬を掠めていく。

 

 せめて受け身を取らなければ、死を回避するために受け身を取らねばならない。

 

 この高度、この速度で無策に叩きつけられれば、さすがにただでは済まない。

 

 地に立てない貴方が取れる行動はごくわずかである。

 

 体を捻り、足を下へと調整し、衝撃を逃すように膝を曲げ———

 

 止まった。

 

 動かない。

 

 膝が。

 

 感覚はある。

 

 だが、機能がない。

 

 力を込めても、関節が応じない。

 

 まるで、そこだけが別の存在にすり替わったかのように。

 

 血は出ていない。

 

 それでも、確実に壊れている。

 

 思考が一瞬、空転する貴方へ声が届く。

 

「やっとか……狩人」

 

 カイの言葉を聞き、思考が逡巡する。

 

 あの瞬間。

 

 カイを蹴り飛ばした、その接触。

 

 ほんの刹那の触れ合い。

 

 その中で、最小限の分解を叩き込まれていた。

 

 半月板。膝の内部パーツであり、損傷により膝の可動域は大きく損なう。

 

 致命には遠い。

 

 だが、このままでは死は確実だろう。

 

 落下の衝撃で生存したところで、貴方とともに降り注ぐ瓦礫群に殺されてしまう。

 

 さて、貴方はどうしようか。

 

 

 

 

 

 懐から小さな物を取り出す。

 

 ピュィィィィィィ──ーッ

 

 甲高い笛の音が空気を裂く。

 

 ———————————————

 

 崩壊の余波が、ようやく収まりつつあった。

 

 渡り廊下だったものは、もはや形を留めていない。砕けたコンクリートは段差となり、剥き出しの鉄筋が歪に突き出し、ところどころにガラス片が光を反射している。落下の勢いで巻き上げられた粉塵が、遅れて静かに降り積もっていく。

 

 その中に、矢井千尋は立っていた。

 

 いや、立っているように見えた。

 

 実際には、足場は安定していない。刃を生み出し、その上に体重を預けることで、かろうじて姿勢を維持しているに過ぎない。生成の速度は落ち、精度も乱れ、支えとしての信頼性は著しく低下していた。

 

 それでも、倒れない。

 

 瓦礫の処理は、すでに限界に達していた。

 

 先ほどまでなら、大型の破片も刃で砕き、中型以下は細かな刃で衝撃を分散し、無力化できていた。だが今は違う。迎撃は鈍り、選別も粗くなっている。大きな塊は砕けるが、その破片までは処理しきれない。

 

 細かなコンクリート片やガラスが、そのまま彼女の身体へと到達する。

 

 頬を裂き、腕を抉り、脚に食い込む。

 

 防げない。

 

 いや、防ぐ余力が、もうない。

 

 それでも千尋は、異能を止めれない。

 

 やがて、音が途切れた。

 

 崩壊の連鎖が、完全に止まる。

 

 瓦礫の落下音も、鉄筋の軋みも、すべてが消え、場に残ったのは、粉塵が降る微かな気配だけだった。

 

 静寂。

 

 不自然なほどの、静けさ。

 

 矢井千尋は、ゆっくりと視線を巡らせる。

 

(……死んだか……?)

 

 希望というにはあまりにも小さな、しかし確かに存在する可能性。

 

 あの二人──キョウとカイが、この崩壊に巻き込まれて無事でいられる保証はない。むしろ、常識的に考えれば、生きている方がおかしい。

 

 ほんの一瞬。

 

 思考に、余白が生まれる。

 

 だが、その余白は、あまりにも容易く踏み潰された。

 

「あは♪ 千尋ちゃん生き残ったんだ。良かった良かった」

 

 軽い声だった。

 

 場違いなほどに。

 

 神経を撫でるような、あの声。

 

 千尋の視線が、ゆっくりとその方向へ向く。

 

 そこに、いた。

 

 キョウが。

 

 瓦礫の向こう側。崩れた構造物の陰から、ひょいと顔を出すように現れる。衣服は裂け、血も滲んでいるが、その笑みはいつもと変わらない。

 

 そして、その身体は──

 

 カイに背負われていた。

 

「流石の狩人でも、運がよければ重症……悪ければ、そのまま死んでいるだろうな」

 

 低く、抑えた声。

 

 カイだった。

 

 縦に裂けた左手の損傷、耳の欠損、肋の骨折。それでもなお立っている。キョウを背負う形で、崩れた足場の上に踏みとどまっている。

 

「……殺す」

 

 千尋の声は、低かった。

 

 いつもの吃音は何処へやら。感情を削ぎ落とした、乾いた声音。

 

「もうさあ。この状態の千尋ちゃんって、どうしてこんなに会話がつまらないの?」

 

 キョウは肩をすくめるように笑う。

 

「まあ、会話が成り立たないのはいつも通りなんだけどね♪ よ! コミュ障!」

 

「……あんまり動かんとってくれや……肋に響くき……ちゅうか……自分で歩いてくれ……」

 

 カイの声には、明確な痛みが混じっていた。呼吸のたびにわずかに顔が歪む。立っていること自体が、すでに無理を通している状態だとわかる。

 

「ごめんカイちゃん! でも私も足やっちゃってて……ダメ?」

 

「……いや……ええ」

 

 短い沈黙のあと、絞り出すような了承。

 

「ありがとうカイちゃん!」

 

 無邪気な声音。

 

 そのやり取りだけを切り取れば、奇妙なほど穏やかだった。

 

 明らかにカイの方が重症なのだが、年長者としての意地なのか、はたまた普段からこうなのかは定かではない。

 

 だが、その実。

 

 両者ともに満身創痍でありながら、戦闘能力を失ってはいない。

 

 むしろ、最も危険な状態にある。

 

 千尋は動かない。

 

 動けないのではない。

 

 動かない。

 

 下手に刃を放てば、その瞬間に距離を詰められる。

 

 キョウの異能は、自身だけではない。触れた対象ごと鏡像へと引き込む。今のように密着している状態であれば、カイごと運ぶことが可能。

 

 その先に待つのは、分解。

 

 避けようがない。

 

 にもかかわらず──

 

 千尋の異能は、すでに限界に達している。

 

 神経は焼けつき、制御は崩れ、出力は暴走しかけている。このまま無理を重ねれば、次に壊れるのは敵ではなく、自分の方だ。

 

「千尋ちゃん。そろそろ殺すよ」

 

 軽い声音だった。

 

 ふざけた調子のまま、何の重みもなく告げられる終末。

 

 次の瞬間。

 

 キョウとカイの姿が、消えた。

 

 視界から、音から、気配から──完全に。

 

 反射。

 

 侵入。

 

 どこだ。

 

 どこに潜った。

 

 視線が走る。

 

 床。

 

 壁。

 

 割れたガラス片。

 

 刃の表面。

 

 ──遅い。

 

 すでに、どこにでもいて、どこにもいない。

 

「……チッ……」

 

 舌打ちが、漏れた。

 

 自分でも驚くほど乾いた音だった。

 

 恐怖ではない。

 

 諦念でもない。

 

 ただ、状況を正確に理解したがゆえの音。

 

 逃げ場はない。

 

 ならば。

 

 せめて、道連れにする。

 

 矢井千尋の周囲に、刃が再び生まれる。

 

 数は多くない。

 

 もはや以前のような濁流には程遠い。

 

 だが、その一本一本に意味があった。

 

 配置。

 

 角度。

 

 反射率。

 

 全てが意図的に組み上げられていく。

 

 これは攻撃ではない。

 

 網だ。

 

 感知し、触れた瞬間に殺すための、即席の領域。

 

 キョウがどれか一つに侵入した瞬間、連動して全てが起動する。意思とは無関係に、空間ごと切り刻む設定。

 

 当然、自分も巻き込まれる。

 

 だが、構わない。

 

 そこまで追い詰められていた。

 

(……せめて、ソラさんだけでも)

 

 その思考が、最後に残った。

 

 刃をさらに生成する。

 

 異能が軋む。

 

 まだ足りない。

 

 限界を、踏み越えた。

 

 さらに再生しようとするが、出力が足りない。

 

 足りない分を補うように、生成領域が内側へと侵食してくる。

 

 異能は自身との距離に反比例して、出力と精度が高まる。

 

 距離は表皮からではなく、ずっと内側の所にある基準。

 

 人類が“魂“と呼ぶものである。

 

 皮膚の下で、何かが動いた。

 

 異物ではない。

 

 自分の異能そのものが、内側から押し上げている。

 

 理解するより早く、

 

 皮膚が裂けた。

 

 内側から刃が生まれる。

 

 肉を押し広げ、骨に触れながら、外界へと押し出される。生成はもはや制御を受け付けず、ただ出力のままに形を持つ。

 

 血が溢れた。

 

 止まらない。

 

 太い血管でも断たれたのか、赤がそのまま流れ落ちていく。足元に広がり、地面を叩き、さらに広がる。

 

 だが、視線は落とさない。

 

 見るべきはそこではない。

 

 敵の位置。

 

 カイとキョウ。

 

 どこから来る。

 

 どこを使う。

 

 窓か。

 

 破片か。

 

 刃か。

 

 血か。

 

 ──血。

 

 思考が、わずかに引っかかる。

 

 その一瞬。

 

「さよなら、千尋」

 

(っ──)

 

 耳元

 

 理解が追いつくより先に、身体が反応する。

 

 振り向く。

 

 遅い。

 

 すべてが。

 

「終わりじゃ」

 

 低い声が重なる。

 

 分解が走る。

 

 そこでようやく、理解が追いつく。

 

 どこから侵入されたのか。

 

 視界の端に、答えはあった。

 

 自らの身体から流れ落ちる血。

 

 その表面に生じた、わずかな反射。

 

 そこに、キョウがいた。

 

 流れ落ちた自分の血の中へ潜り、そこを経由して、最短距離でこの位置へ到達した。

 

 最初から、この瞬間だけを狙っていたかのように。

 

 そして今、カイの手が触れている。

 

 回避の余地、起死回生の可能性は、すでに存在しなかった。

 

 矢井千尋の分解が終わろうとする。

 

 

 

 

 

 バァンッッ!!! 

 

((ッッ!!))

 

 だが、分解は中断されることとなった。一発の弾丸が、状況を撃ち抜いた。

 

 空気を裂いた一発は、もはや距離も減衰も意味を持たぬかのように、正確にカイの身体に到達した。

 

 カイとキョウは大きく矢井千尋から退いた。

 

 弾丸は致命に遠い。だが、そのわずかな“ずれ”が決定的だった。接触の継続が断たれ、分解の進行が、ほんの一瞬だけ途切れる。その一瞬が、致命を致命たらしめなかった。

 

 あり得ない。

 

 そう判断するより先に、現実が目の前に立ち現れている。

 

 この状況で、あの落下から生還すること自体が異常である。膝は機能せず、受け身も取れない。常識的な耐久や反応の範疇であれば、地面に叩きつけられた時点で運悪ければ死に、生き残ったところで瓦礫に押しつぶされて死んでいる。それで戦闘は終わるはずだった。

 

 それなのに。

 

 そこにいる。

 

 大した損傷を負っていない状態で、静かに佇んでいる。

 

「狩人……!」

 

 最初に声を発したのはカイだった。その声には、わずかな驚愕と、計算の崩壊が混じっている。

 

(なんでや……? あの高度から落ちて、この程度で済むはずがない。いや──違う)

 

 視線が、狩人の身体をなぞる。

 

(あの傷……落下でも、刃でも、瓦礫でもない。まるで──)

 

 大きな生き物に噛み砕かれたような、断続的で粗い損傷。

 

 カイの考えは正しい。

 

 秘技“マダラスの笛“

 

  とある双子と毒蛇のあいだに結ばれた、歪で強固な絆。

  笛をひとたび鳴らせば、使用者の足下に悪夢が展開し、その底から大蛇が呼び起こされる。

 

  現れた大蛇は、敵味方の区別なく、ただ無作為にすべてを喰らう。

 

  対象を選別しないその在り様は、ある種の絶対的な信頼の証でもあった。

  委ね、委ねられることすらない、ただ放たれるだけの関係。

 

  ゆえに、その毒蛇は際限なく肥大し、成長を続けた。

 

  たとえ笛を鳴らす者が、誰であろうと例外ではない。

  言葉を介さぬその絆は、強靭でありながら、どこまでも大雑把であった。

 

 

 狩人は落下を防ぐため、マダラスの笛を鳴らした。

 召喚された大蛇に、狩人はあえて大蛇に喰られることで、自由落下を帳消しにしたのだ。

 

 落ちゆく瓦礫すらも、意に返さない。

 

 結果として残ったのは、致命に至らぬ損傷だけである。*1

 

 その現実が、場の均衡を完全に崩していた。

 

「か、狩人……さん……」

 

 矢井千尋がか細い声で鳴く。

 

 刃は、すでにない。

 

 空中に浮かぶ刃も、彼女を支える刃も。全てが消滅していた。

 

 矢井千尋の身体が、倒れる。

 

 支えを失い、ただ真下へ。

 

 受け止めたのは、狩人だった。

 

 無造作に、しかし確実に、その身体を抱き留める。形だけ見れば、あまりにも場違いな仕草──いわゆる“お姫様抱っこ”というやつだが、その腕の中にあるものは、もはや一個の身体としての安定すら保っていなかった。

 

 軽い。

 

 あまりにも。

 

 中身が抜け落ちたかのように。

 

 異能の酷使。過剰な出力。制御を外れた生成。そして、分解という不可逆の損傷。触れられた時間は短い。それでも、崩壊の起点としては十分だった。

 

 少し力を加えれば、そのまま形を失ってしまいそうな、不安定さ。

 

 それを、狩人は一瞥する。

 

 次いで、懐から取り出したものがひとつ。

 

 小さな鐘を鳴らす。

 

 リィン、と。

 

 澄んだ音が、場の残響を静かに塗り替えていく。

 

 “聖歌の鐘”

 

  ついぞ次元を跨ぐことはなかった哀れな音。

  聴くものすべての魂に共鳴し、その存在に「あるべき形」を錯覚させる。

  それゆえに傷は閉じ、血は巡り、生命は“正しい状態”へと回帰する。

 

  ただしその正しさは、人の理解する正常とは限らない。

 

 それでも。

 

 少なくとも、この場においては、それで十分だった。

 

 矢井千尋の呼吸が、わずかに整う。

 

 荒れていた胸の上下が、緩やかな律動へと戻っていく。

 

 狩人はそれを確認すると、ゆっくりと身体を運び、崩れた構造物の陰へと降ろした。

 

 丁寧とも、雑ともつかぬ所作で。

 

 それが終わると、再び立ち上がる。

 

 何事もなかったかのように。

 

 ————————————

 

 生まれて初めて主人公らしいことした貴方はテンションが高まっていた。

 

 きっと今の登場で矢井千尋は貴方にメロメロだろう。*2

 

 貴方のハーレム*3の設立は恐らくもうじきだ。

 

 だが、その前に——————

 

「キョウ……やるぞ……」

 

「え? カイちゃん。千尋ちゃんも鷹見沙織もどっちも始末したから、撤退した方がいいんじゃ……」

 

「そういう訳にはいかんなった。あいつ……狩人は、さっき矢井千尋を治療しちょった。分解は未完全やったが、分解したことに変わりはない。それを完治させたがや。

 

 つまり、あいつは異能すら治すことができる」

 

「なるほどねー。つまりこいつを殺さないと。今日の襲撃の意味が無くなる訳だ」

 

「そういうことやき。キョウ、いくぞ」

 

「りょうかーい」

 

 ——————こいつらを、狩ってからだ。

 

 ———————————————

 

 カイは懐からナイフを取り出し、狩人へ向けて迷いなく投げ放った。一直線に飛ぶそれは正確だったが、狩人にとっては脅威ですらなかったらしい。飛来した刃を、まるで鬱陶しい虫でも払うかのように、仕込み杖で軽く打ち払う。

 

 あまりにも容易い処理だった。

 

 だが──ナイフ自体の攻撃性能には期待していない。

 

 弾かれたナイフの刃面が狩人を映すように、背後に落ちる。

 

 キョウはそれを確認すると、足元に落ちたガラス片にカイと共に潜る。

 

 ガラス片から窓へ、窓からナイフへ。

 

 像を“渡る”のではない。重ねるようにして位置を上書きする。時間の隙間に潜り込むような移動は、視認したときにはすでに成立している。

 

 狩人の背後。

 

 首元へと、カイの手が触れている。

 

(まずは首を吹き飛ばす……!)

 

 分解は即座に発動する。対象の体積に応じて時間を要する異能ではあるが、部位単位であれば話は別だ。首程度なら、一秒もかからない。

 

 抵抗はなかった。

 

 あまりにも手応えが軽い。

 

 構造がほどける感触だけが、指先に残る。

 

 狩人の視界がぐらつき、身体が前へと崩れる。

 

(やっぱアタシたちが揃えば敵なしね!)

 

 キョウは勝利を確信した。

 

 首を落とせば終わる。五感は断たれ、身体はただ地面で痙攣するだけの肉塊になる。それはこれまで何度も見てきた結果だった。

 

 だからこそ、疑わなかった。

 

 ──そのはずだった。

 

 何かがおかしい、と気づいたのは、ほんの一瞬遅れてからだった。

 

 まず、音がしない。

 

 落ちるはずのものが、落ちる音が。

 

 次に、感覚がずれる。

 

 空間の位置が、ほんのわずかに噛み合っていない。

 

 そして。

 

 視線が、合った。

 

 落ちていくはずのそれと。

 

 あり得ないはずの“狩人”と。

 

 同時に。

 

 理解が追いつかない。

 

 ぞわり、と背筋に何かが走る。

 

 鳥肌が立つ。

 

 思考より先に、本能が拒絶する。

 

 落ちたはずだ。

 

 確かに分解した。

 

 なのに──

 

 狩人は、動いた。

 

 首がない。

 

 それでも。

 

 寸分の狂いもなく、こちらへ向けて刃を振り上げる。

 

 まるで最初から、その動作しか存在しなかったかのように。

 

「キョウ!! 退け──」

 

 カイの声が、遅れて届く。

 

 だが、その時にはすでに遅い。

 

 振り下ろされる。

 

 軌道は正確で、迷いがない。

 

「ッ!?」

 

 キョウとカイは反射的にナイフへ潜る。

 

 刃の軌道がキョウの頬を掠める。

 

 皮膚が裂け、遅れて血が散る。

 

 痛みより先に、別の感覚が押し寄せた。

 

 寒気。

 

 理解の外にあるものを見たときの、あの感覚。

 

(なんで……?)

 

 思考がまとまらない。

 

 分解は成立している。

 

 首は落ちている。

 

 それなのに。

 

 “あれ”はまだこちらを見ている。

 

 首のないまま。

 

 確かに。

 

 こちらを。

 

 カイは、その光景から目を逸らせなかった。

 

 一瞬だけ、確かに目が合った気がしたのだ。

 

 分解した、その瞬間に。

 

 それが錯覚ではないと、今はっきり理解してしまう。

 

 小規模な分解では、意味をなさない。

 

 その結論だけが、冷たく浮かび上がる。

 

「ハァ……ハァ……何……アレ……」

 

 キョウの声が震える。

 

 今までにない反応だった。

 

 カイはすでに距離を取っている。だが、完全に背を向けることができない。

 

「あいつは……常軌を逸しちゅう……」

 

 短く吐き捨てる。

 

 その言葉には、初めての“未知”が含まれていた。

 

 計算が通じない相手。

 

 前提が崩れる相手。

 

 だからこそ。

 

「念のため……底翳(そこひ)*4を呼び出しちょって良かった」

 

 即座に戦術を切り替える。

 

「全部使うぞ……キョウ……!」

 

「……了解……!」

 

 ————————————

 

 貴方は落とした首を回収した。

 

 いや、意識は首にあるから、身体に回収して貰ったと考えるべきだろうか。

 

 そんなくだらない事は置いといて、輸血液を使用する。

 

 貴方の生きる意思*5を一切削らずに身体に損害を与えるのだから、実に凄い能力だと思う。貴方の精神*6を刺激するからだ。

 だが、もちろんケチくさい貴方はただでは輸血しない。貴方の手には五発の弾丸。

 

  貴方の血は、水銀を硬質化させ、弾丸と成すことができる

  その強度は血質に依存するという

 

  触媒を欠いたときでさえ、血のみをもって弾を為すことは可能であるが

  それは己の生きる意思を削ぐ行いに他ならない

 

 だが、失った生きる意思を輸血で取り戻せば、実質ノーリスクで弾丸を得ることができる。秘技を二度も使用した貴方は残りの弾数が気になっていて仕方なかったので、ある意味ちょうど良かった。

 

 さて、あの二人はどこへ行ったのだろうか。

 

 そう考えた、その時だった。

 

 足元の影が、形を崩す。

 

 崩れたというよりも、広がった、と言うべきか。

 

 輪郭が曖昧になり、黒が黒のまま増殖する。平面だったはずのそれが、深さを持ったかのように波打ち始める。

 

 水面に似ている。*7

 

 だが、水ではない。

 

 貴方が首を傾げるよりも早く、その影が大きくうねった。

 

 跳ねる。

 

 音を伴って。

 

 バッシャン、と。

 

「ぁぁaア゛阿あA亞」

 

 影を水に見立てたかのように、その中から“それ”が飛び出してくる。

 

 獣*8——影化者。

 

 黒い。

 

 だが単なる黒ではない。濁りを孕んだ、湿った黒。

 

 外形は赤子に似ている。だがその身体には無数の穴が空き、内部が空洞のまま形だけを保っているかのような、不安定な存在だった。

 

 そして、その口。

 

 赤子のものとは到底思えないほどに、歯が揃っているのが実に気持ちが悪い。

 

 噛みつきの軌道を読む。

 

 上顎と下顎。

 

 閉じるその間に、立つ。

 

 歯の上へ。

 

 そのまま、仕込み杖を歯茎へ突き立てる。

 

 刃を押し込み、顎へ。

 

 さらに体重を乗せ、腹へ。

 

 縦に裂く。

 

 抵抗はない。

 

 裂ける感触だけが手に残る。

 

「ぁ……ぁあ……A゛ァッ、阿ぁ……ッッ゛、あ゛」

 

 断末魔とも言えぬ音を残し、影化者はそのまま崩れた。

 

 形を保てなくなったそれは、元の影へと還るように、音もなく消えていく。

 

 確認する暇はない。

 

 すでに、次が来ている。

 

 空気が歪む。

 

 耳を打つ音圧。

 

 ソニックブームと共に、上方からもう一体が落ちてくる。

 

 回避は間に合いそうにない。

 

 判断よりも先に、衝撃が到達する。

 

 押し飛ばされる。

 

 貴方の身体はそのまま校舎──第三棟の壁を貫通し、内側へ叩き込まれた。

 

 衝撃に耐えきれず、校舎の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 

 突っ込んできた影化者は、すでに死んでいた。

 

 自身の最高速度にすら耐えきれない、自爆特攻。

 

 それ以上の意味はない。

 

 潰れた肉塊と化した自分の胴体を、貴方は淡々と輸血で修復する。

 

 再構築された視界の中で、周囲を見渡す。

 

 特影学園の保たれていた綺麗な内装は見る影もない。

 

 壁は崩れ、床は裂け、破片が散乱している。

 

 わずかに残る形が、かえって“元の姿”を想起させた。

 

 妙な感覚だった。

 

 ノスタルジー、とでも言うべきか。やはり学園はこうでなくちゃ。*9

 

 そんな感慨に浸る暇もなく、

 

 再び、影が動く。

 

 今度は、一体ではない。

 

 複数、という言葉では足りなかった。

 

 校舎そのものが膨れ上がり、その内側を黒で満たしたかのような密度で、影化者が押し寄せてくる。視界の奥行きが潰れ、遠近の区別すら曖昧になるほどの数が、一斉にこちらへ殺到していた。

 

 数える意味はない。

 

 数という概念そのものが、ここではすでに機能していない。

 

 これだけ続けて襲われれば、さすがに貴方も理解する。

 

 出現が早すぎる。

 

 自然発生ではない。

 

 キョウの仕業──そう結論づけるのに、思考はほとんど時間を要しなかった。

 

 ならば、長引かせる理由はない。

 

 早期に決着をつける必要がある。

 

 迫り来る影化者の群れを前に、貴方はそう判断する。

 

 もっとも、その大半は脅威と呼ぶには至らない。

 

 数は多い。だが質は低い。

 

 噛みつき、裂き、抉る。その行為自体は確かに有効だが、いずれも致命には届かない。いくつかの個体は異能を持っていたが、それで終わるほど貴方は脆くない。

 

 貴方が影化者相手に大立ち回りをする。貴方愛用の仕込み杖*10と貫通銃*11の前には、もはや数など大した意味を持ちえなかった。

 

 そんな油断が悲劇を呼ぶ。

 

 ──トン。

 

 不意に、何かに触れられた感触があった。

 

 軽い。

 

 あまりにも軽い接触。

 

 違和感を覚え、左肩へ視線を落とす。

 

 そこにあるはずのものが、なかった。

 

 腕がない。

 

 肩口から先が、綺麗に消失している。

 

 遅れて、地面に転がるものが目に入る。

 

 左手で銃を握ったまま、転がる腕。

 

 自分のものだ。

 

 理解は一瞬で済む。

 

 だが、その隙は一瞬で十分だった。

 

 影化者が群がる。

 

 脚に。

 

 腹に。

 

 肩に。

 

 顔に。

 

 あらゆる部位へと食らいつき、抉り、引き裂く。肉が裂け、骨が覗き、形が崩れていく。

 

 それでも、彼らは落ちた腕には見向きもしない。

 

 ただ、目の前の“生きているもの”を壊すことだけに執着している。

 

 目的は単純だ。

 

 純粋な殺意だけで動いている。

 

 なるほど、と貴方は思う。

 

 影化者とは名ばかりで、獣と大差ない。

 

 生きたまま食われる感覚に、どこか懐かしさを覚える。

 

 記憶の奥底に沈んでいた何かを、じわりと掬い上げるような感覚。

 

 ──これこそ、本当のノスタルジーだ。*12

 

 だからといって、付き合う義理もない。

 

 この程度で止まるようでは、狩人などやっていられない。

 

 貴方は、あえて懐を無防備にする。

 

 そこ目掛けて新規の影化者の牙がさらに深く食い込み、肉を抉り取る。

 

 その瞬間。

 

 懐から溢れ出したのは、油だった。

 

 大量の、粘性の高い液体。

 

 ポケットの中に入れといた油壺を、わざと割らせたのだ。

 

 貴方の身体と、取り付いていた影化者たちをまとめて濡らしていく。

 

 油まみれになる。

 

 だが、影化者は止まらない。

 

 構わず食らい、裂き、噛み続ける。

 

 それでいい。

 

 貴方は、落ちた左腕に意識を向ける。

 

 銃を握ったままのその腕が、わずかに動く。

 

 引き金が引かれる。

 

 撃鉄が落ちる。

 

 火花が散る。

 

 引火。

 

 一気に広がる炎が、油を媒介に周囲一帯を包み込む。熱が膨張し、空気が歪み、黒い群れを赤く染め上げる。

 

 影化者は怯まない。

 

 だが、形を保てない。

 

 焼かれ、崩れ、輪郭を維持できなくなる。

 

 それで十分だった。

 

 貴方は輸血液を打ち込む。

 

 裂けた肉が繋がり、失われた部位が再構築され、身体が元の形へと戻っていく。

 

 炎の中で、立ち上がる。

 

 仕込み杖を振るう。

 

 横薙ぎに一閃。

 

 焼け崩れた影化者の残滓ごと、周囲をまとめて切り払う。

 

 抵抗は、ない。

 

 残っていたものも、すでに“敵”と呼べる状態ではなかった。

 

 静かになる。

 

 炎だけが残る。

 

 貴方は一瞥し、それで十分だと判断した。

 

 念のため、懐からさらに油を取り出し、周囲へばら撒く。

 

 粘性のある液体は、すでに燃え広がり始めていた炎に容易く絡みつき、その勢いを一段階引き上げた。

 

 火は広がる。

 

 壁を舐め、床を這い、天井を這い上がる。

 

 やがて、それは“部屋”という単位を失い、建物そのものを侵食していく。

 

 校舎ごと、焼き払う。

 

 逃げるだけなら容易な状況で、なお襲撃を選んだ以上、あの二人はまだこの中で貴方を虎視眈々と狙っていることだろう。

 

 ならば、隠れる場所ごと消せばいい。

 

 結論は、単純だった。

 

 貴方は踵を返し、燃え上がる校舎を背に外へ出る。

 

 炎はすでに構造全体へ回り始めていた。コンクリートで形作られた外殻はすぐには崩れないが、内部は違う。床材、カーテン、掲示物、紙類──可燃物はいくらでもある。火はそれらを足場に、確実に勢力を拡大していく。

 

 しばし待つ。

 

 やがて。

 

 モクモクとたちのぼる黒い煙の中から、二つの影が切り離されるように落ちてきた。

 

 キョウとカイ。

 

 鏡像を経由する気配はない。ただの落下だ。重力に従い、まっすぐに地面へ叩きつけられる軌道。

 

 その事実が、逆に状況を物語っていた。

 

 貴方自身に自覚はない。

 

 だが、結果として選択は最適だった。

 

 校舎の窓ガラスはすでに破砕されている。それでも本来であれば、キョウにとっては問題にならない。欠片一枚あれば十分であり、像が成立する限り、そこは“通路”になる。

 

 だが、今は違う。

 

 炎が空気を歪める。

 

 熱が像を揺らす。

 

 光が過剰に散乱し、反射は白く飛び、輪郭を保てない。

 

 さらに煙が重なり、表面は汚れ、像は濁る。

 

 反射は成立しない。

 

 少なくとも、戦闘に使える精度では。

 

 だから、落ちるしかなかった。

 

 生身で。

 

 選択の余地なく。

 

 ————————————

 

 煙が流れ、炎が歪み、熱で空気が揺らぐ。その向こうに、狩人が立っていた。何事もないように。

 

「ゲホ……チッ……なんで立っちゅう……!」

 

 思わず吐き捨てる。肺に入った煙が焼けるように痛い。だが、それ以上に目の前の現実が気に食わなかった。

 

 特影学園に配置した延べ100体以上の影化者を全て狩人へ叩き突きつけた。それを排除するために自分ごと燃やしたのだから、死んでいるはずだろう。

 

「ゲホッゲホッ……カイちゃん狩人すっごくピンピンしてるんだけど!?」

 

 背中のキョウが叫ぶ。軽い声だが、その奥にある緊張は誤魔化しきれていない。

 

「見りゃ分かる……!」

 

 短く返しながら、カイは落下の中で思考を回す。

 

 落下まで、あと2秒。

 

 判断を迷う余地はない。

 

「キョウ」

 

「うん、もうやってる」

 

 それで十分だった。

 

 互いに、どこまでやるか分かっている。どこで合わせるかも、言葉にする必要はない。

 

 カイはナイフを投げた。

 

 狙いは、あえて正面。

 

(見ろ)

 

 案の定、狩人は仕込み杖でそれを弾く。叩き落とすのではなく、大きく外へ弾き飛ばした。

 

 その一瞬、意識がそちらに向く。

 

 だが──

 

(そっちは囮やき)

 

 本命は、別にある。

 

 狩人の視界から外れた軌道で放ったもう一振りのナイフ。

 

 狙っていないように見えるそれこそが、通路だ。

 

 次の瞬間、カイの視界が裏返る。

 

 キョウにより鏡像へ入れられ、ナイフへすぐさま視界が切り替わる。

 

(今だ!)

 

 一瞬で20メートルほどの距離がゼロになる。

 

(ッ!)

 

 狩人のと目が合う。あまりに異常な反応速度に驚愕するが、キョウが即座に応じる。

 

「アタシを無視しないでよね!」

 

 キョウが即座に応じる。

 

 校舎で回収していた刺股が、狩人の体を地面へ叩きつける。滑り込む勢いのまま、二人分の体重が乗る。

 

 体勢を崩した。

 

 それで十分だ。

 

「キョウ、次」

 

「もう落としてるよ♪」

 

 視界が暗くなる。

 

 影が落ちる。

 

 それが何か、考えるまでもない。

 

 グランドピアノ。

 

 落下。

 

 直撃。

 

 鈍く濁った音が、潰れる。

 

 押し潰す。ただそれだけの、単純な質量。

 

 狩人の姿が見えなくなる。

 

(止めるな)

 

 カイは即座に右手をかざす。

 

「分解」

 

 対象は二つ。

 

 ピアノと、狩人。

 

 カイの異能は、分解対象を自身の任意で選択でき、条件は繋がっていることである。その分、出力と時間を有するが、動けなければ関係ない。

 

 木材、鉄骨、弦、響板──それらを構成する結びつきを、一つずつほどいていく。

 

 狩人ごと。

 

(これで──)

 

 その瞬間。

 

 ゾワ、と。

 

(まだや)

 

 次の瞬間。

 

 バギッ──!! 

 

 ピアノの屋根が、内側から破られた。

 

 押し潰されたはずの質量が、歪む。

 

「……チッ」

 

 カイの口から、低く舌打ちが漏れる。

 

 分解は進んでいる。確実に。

 

 木材は結合を失い、内部構造はほどけ、もはや一つの“楽器”としての形を保てていない。叩けば崩れる──その程度まで、強度は落ちている。

 

 だからこそ。

 

 その隙間をこじ開けるようにして、狩人は出てくることができた。

 

 のそり、と。

 

 破断面を押し広げるように、ゆっくりと姿を現す。

 

 人の動きではない。

 

 潰され、砕かれたはずの肉体が、何事もなかったかのように動いている。

 

 だが──

 

 無傷では、ない。

 

 足元が、崩れている。

 

 支えを失いかけた構造のように、輪郭がわずかに歪み、保持しきれていない。

 

 横腹も同様だった。

 

 形はあるが、安定していない。

 

 触れれば、そのまま崩れ落ちそうな不安定さ。

 

 カイはそれを見逃さなかった。

 

 ゆっくりと、口角が吊り上がる。

 

(効いちゅう……!)

 

 確信が、胸の奥に灯る。

 

 完全ではない。

 

 だが、確実に削れている。

 

 あの異常が、ほんのわずかでも“壊れかけている”。

 

 それだけで、十分だった。

 

 ————————————

 

 えっほ えっほ

 

 雨宮は走った。沈む太陽の10倍の速度で。

 

「うおー! ミオちゃん!」

 

 勢いのまま、教室の扉を叩き開ける。

 

 だが、その内側は空だった。

 

 机も椅子も整然と並び、つい先ほどまで人がいた痕跡だけを残して、肝心の“人間”が一人もいない。

 

「あれ? 誰もいない」

 

 当然である。

 

 学園内にテロリストが出現したという、ある種陰キャ大歓喜の状況で、授業を継続するほど特影学園は狂っていない。むしろ、ここで平然と授業をしていたら、それはそれで別種の恐怖だった。

 

「くっそー……まさかこんな時に限って全員ストライキかよ……やっぱ国が教員の給料上げないからこんなことに……」

 

 あまりにも的外れな結論に至りながら、雨宮はスマートフォンを取り出す。

 

 その独り言を、腕の中で聞かされている存在がいた。

 

 鷹見沙織。

 

 ──正確には、その断片。

 

 袋に詰められ、抱えられ、かろうじて“まとまっている”だけの状態で、彼女は呆れを通り越した沈黙を保っていた。

 

「もしもしミオちゃん!? あのね! 沙織先輩がバラバラでバラバラになってパラパラになっちゃった!」

 

 説明としては何一つ進展していない。

 

 だが、受話器の向こうの声は、それでも安堵を滲ませた。

 

「ソ、ソラ? 無事だったんだね、よかった……」

 

「え? ミオちゃん無事ってどういうこと? 今どこにいるの?」

 

「それはこっちが聞きたいわよ。皆、総合体育館に避難しているわ」

 

 今回の襲撃は、奇妙なほど“人”への被害が少なかった。

 

 破壊されているのは施設ばかりで、生徒や一般人はほぼ無傷に近い。意図的にそうしているのか、それとも別の思惑があるのか──少なくとも、無差別な殺戮ではない。

 

 それが救いかどうかは、状況次第だった。

 

「オッケー! 今からそっちに行くね!」

 

「ちょ、ちょっとソラ! さっき鷹見先輩について何か言ってたけど大丈夫な──」

 

 通話は、そこで途切れた。

 

「よし先輩、急ぎましょう!」

 

 腕の中の“先輩”に向けて、雨宮は元気よく宣言する。

 

 返答はない。

 

 当然である。

 

 だが、気にしない。

 

 七分後。

 

「はぁ……はぁ……遠い……まじ遠い……」

 

 息が切れる。

 

 脚が重い。

 

 それでも止まるわけにはいかない。

 

「十分休憩で準備するとか無理でしょこれ……学校は広けりゃいいもんじゃねえぞ……せめて先生の給料上げてあげて……」

 

 最近入学したばかりの雨宮は、学園の広さに文句を言いながらも、雨宮は走り続ける。

 

 本来であれば、エレベーターや動く歩道などを使えば、もっと早く辿り着けたはずだった。だが、それを知らない以上、どうしようもない。

 

 結果として、彼女は最も原始的な手段──自分の脚で距離を詰めていた。

 

 ようやく辿り着く。

 

 体育館。

 

 大きな扉の前で一度だけ呼吸を整え、勢いのまま押し開ける。

 

「おーい! ミオちゃーん!」

 

 その瞬間。

 

 空気が凍りついた。

 

「きゃー!!」

 

「怪我人だ!!」

 

「うわああああ!!」

 

「大丈夫か!!」

 

「バラバラ死体だ!!」

 

 悲鳴が、波のように広がる。

 

 当然だった。

 

 血に染まった少女が、袋いっぱいに肉片を詰め込み、さらに腕に“首”を抱えて現れたのだ。状況を知らない者から見れば、猟奇殺人犯か、その被害者にしか見えない。

 

「ソ、ソラ!!?? え!? 大丈夫なの!? それに鷹見先輩!?」

 

 入口付近で待っていた白峰ミオが、半ば悲鳴のような声を上げる。

 

 その視線の先には、あまりにも直視しがたい光景があった。

 

 憧れの先輩が。

 

 文字通り、形を失っている。

 

「あ、ミオちゃん! 大丈夫だよ、沙織先輩は一応生きてるよ。ほら」

 

 そう言って、雨宮は腕に抱えていた“それ”を持ち上げる。

 

 生首。

 

 まだ温度を持ち、かすかに生命の気配を残したそれを、躊躇なく差し出す。

 

 ミオの視界が揺れた。

 

「ぎゃ──!!?? い、生きてる──!!??」

 

 悲鳴と同時に、意識が遠のきかける。

 

 無理もない。

 

 生きていること自体が異常なのだ。

 

「ミオちゃん。そんなことより! 手伝って!」

 

 “そんなこと”。

 

 その一言に、袋の中のどこかで、わずかな不満が芽生えた気がした。

 

「な、何?」

 

 かろうじて踏みとどまりながら、ミオは問い返す。

 

 逃げるという選択肢は取らなかった。

 

 それだけで十分だった。

 

「ミオちゃんに手伝ってほしいことがあるの。貴方の異能が必要なんだ!」

*1
あと毒

*2
助けて惚れられるのは雨宮ぐらい

*3
ヒロインの大半が殺意の籠った眼差しで見てくる。いたって普通のハーレム

*4
異能?:影化者を意のままに操れる。

*5
HPバー

*6
勿体無い精神

*7
ウユニ塩湖 2Pカラー

*8
獣ではない

*9
あとはドロドロに溶けた学徒がいれば完璧

*10
+10

*11
+10

*12
頭に響く 「ホワイ ホワイ」




 意外や意外。まさか今作初秘技がマダラスの笛になってしまうとは。
 もしかして、ブラボ小説にマダラスの笛を登場させたの、私が初めてなのでは?


 キャラ紹介

 底翳(そこひ)

 異能?:影化者を意のままに操れる。
 概要:境界戰の外部協力者であり、謎の人物
    世が世ならラスボスを務めたろう存在
    最近、謎の宗教にハマってる
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