この小説は『おねショタアーカイブ』第5話と同じ内容です。

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キラキラを目指す

 どんな女の子であろうと「生理」からは避けられない、と私は考える。命を育むための身体に変化した以上、子どもの基が作られては捨てられてしまうことが月に一度は起きる。小学生の頃、私たちの身体で作られる「卵子」は男の子の身体から生まれる「精子」と合わさることで赤ちゃんができること、そして、赤ちゃんができるということはその子を育てないといけない、と学んだ。思いついたことを型にはめて詠みあげる俳句、書いてしまえばすぐに関係が生まれる小説の人物とはわけが違う。

 おまけに、月に一度やってくる「それ」が起きると、私の身体は濁った血と一緒に「卵子」を身体の外へ流し出してしまう。身体の中は清らかになっているかもしれないが、そのせいで体調も悪くなる。眩暈、立ち眩み、苛立ち。そして、気分は落ち込む。男の子がとても羨ましい。噂に聞く限り、男の子の「精子」は死ぬまでいくらでも作られる上に、身体の外へ出してもすぐに気分が戻るらしい。女の子は月に一度、下着が汚れるか、周りの目に怪しく思われないか、その後の体調をどうやって元に戻すか、色々と悩みが尽きない。なんとも、不平等である。

 ……とまぁ、どうして私がこんなことを国語の教科書の物語みたいなカッコいい言い回しをしながら煩悶しているのか。まぁ、その「月のモノ」なんだ。よく、「チセさま」と私に声を掛けてくれる人たちからもこの手の相談に乗ることがある。まさか、私自身がそれでここまで苦しむとは思いもしなかったよ。こうも気取った言い回しで考えないと、「月のモノ」の苦しみを和らげることも叶わないんだよね。それだけ、「月のモノ」が起きる時期はとても苦しいの。

 私の場合、いつものならそんなに苦しいことはない。でも、年に1、2回はとびきり強烈な体調不良に陥ってしまうことがあるんだ。そんなときは大好きな俳句を作ることなんてできない。今年の場合、それがよりにもよって、先生からお手伝いを頼まれた中で起きてしまったんだ……。

 

 それは、突然始まったの。

 目が覚めるより先にまず、身体が鈍くなっていることに気づいたんだ。それはもう、自分の身体が自分の意志では全く動かなかったの。それに、頭も空っぽになってしまったようにとても苦しい。お腹にかけたブランケットを裏返すどころか、腕を動かして端っこに片づけることすらできない。夏の朝日は窓からやってきているのに、その窓へ向かうことも叶わない。同級生の子たちがいう、「金縛り」かと思ったの。でも、こんなに身体が動かないなんて明らかにおかしい。

 しばらくすると、左手側にある扉を激しく叩く音が部屋に響いた。重くなった頭を左に向けると、少し乱暴に扉が開いた。そこには、コタマ先輩、玲央君がいたの。コタマ先輩はいつもの部屋着、玲央君は皺だらけのパジャマ。コタマ先輩は早足で私の近くに近づいた。私に何をするんだろう、と気になると、コタマ先輩は私のおでこに手を当てた。そして、下のまぶたを少し開いた。部屋に入ったときに見せた険しそうな顔が、私の身体のある部分に目を向けてからは不安そうな顔になった。……私の股だったの。

「熱はありませんね、ただ、体温は異変がなく、貧血の兆候が見られます。となれば、「月のモノ」がそろそろ始まりそうですね……。とりあえず、肩を貸しますから下のソファに移りましょう」

 コタマ先輩は私の腕を自分の肩に引っかけて、私を蒲団から引っ張り出した。もうね、そのときの私の身体は土人形になったような気分で、苦しかった。玲央君は私の身を案じて名前を呼んでいる。その声に応えたかったが、それも叶わない。私は下の階のソファへと運ばれ、そこで横になった。

 それから私はずっと天井を見てばかりだった。遠くで皆が喋っている声が聴こえてくる。何を話しているのか、それは分からない。

 

 いつだってそうだった。陰陽部でも、周りの人たちが私の意志を知らずに動いては色んなことをしてくれた。生理のときだって例外じゃなかった。ニヤ部長は体調が悪い私を意識して予定を調整してくれるし、カホは差し入れを全て管理してすぐに必要なもの、後に回してもいいものと分別してくれた。何なら食事も勉強の課題のこともニヤ部長が手配してくれた。送られてくる手紙には私の体調を気遣うもの、快復を願うものと様々。どうやら、私は誰かに支えられることを当たり前だとして、生きていたみたい。この4人での生活で、そのことを実感したの。

 どうして私がお手伝いをしたかって?ある日、シャーレという組織で活動している先生からの依頼が来て、学校中は大騒ぎになったの。私たち陰陽部はもちろん、忍術研究部以外の生徒は先生との接点がなかったから、ここでつながりの1つは作っておきたいとなって立候補者が乱立していたらしい。

 それから少し経ったある日のこと。お手伝いに行く人物で、私が指名された。

「チセ様ァァッ!!朗報、ですッ!!」

 カホから知らされたとき、私は月明かりで和本を開いていた。破かないように和本を閉じて、彼女のいる軒下に向かう。

「カホー?どうしたの?何か、よいことでもあったの?」

「よいことも何も、シャーレの先生のお手伝いに、チセ様が選ばれたんです!」

 シャーレの「センセイ」?どんな人なのだろう?

「それがですね、先生が出張で自宅を空けるとのことで、その間の息子君のお食事や掃除のお手伝いをしてほしいという依頼です!これは貴重な機会です!チセ様にとっても良い機会になりますよ!!あぁぁ~~、先生の息子君、どんな男の子なのかしら……。会いたいなぁ……」

 とにかく、私は何かしらの名誉なお仕事を任されたようである。

「……うん。ありがとう、私、そのお手伝い、やってみる」

 カホは狂喜乱舞し、電話片手に誰かと話している。私は何かをしたわけではない。ましてや、自分で「これをしたい」と伝えたわけでもない。周りの人たちが次々と決めた道筋を進む。そんな現状に、ほんの少し、違和感を抱いたがすぐに忘れた。

 そんなこんなあって、私はコタマ先輩、セリカちゃん、そして先生の息子、玲央君との共同生活は始まった。生活は楽しかった一方で、皆は自分の意志で何かを決めて行動することを当たり前のようにやっている。それを見る度に羨ましく思い、また、それができない自分を何度も何度も痛感した。

 今まで気づかなかった、私の周りにいる人たちが色んなことをしてくれていたから今の私がいることに。それでも、セリカちゃんやコタマ先輩、玲央君のように自分の意志で動く人が、キラキラ輝いている。

 

「大丈夫?苦しいの、チセお姉ちゃん」

 あ、この声は玲央君だ。セリカちゃんたちとお話が終わったのかな。

「心配しないで、玲央君。今のチセお姉ちゃんは身体の調子が悪い時期なの。私たちはご飯を作ったり、そっとしてあげたりと、できることをやってみましょ」

「「できること」……。分かった。お料理のお手伝い、してもいい?」

「もちろんよ!今日の夕ご飯、一緒に手伝ってもらうわよ!!」

 アザの目立つ顔だ。でも、彼はそんな顔に陰りのない笑顔を見せている。

「さてと、あの2人も盛り上がっていますね。玲央君、そろそろ登校の時間ですよ。朝ご飯も食べて準備をしましょう」

「はーーい!」

 元々私が食べるはずだった朝ご飯はお昼に食べることになり、急遽、朝ご飯に牛乳に浸けたフルーツグラノーラになった。百鬼夜行自治区では滅多に食べられないそれは、牛乳にプカプカと浮いていて、池に浮かぶ紅葉みたいだった。あ、色合いも違うし、時季が相応しくないか。

 程よくふやけたグラノーラは嚙みやすい。そんなに力を必要としないため、身体がままならない私にとってありがたかった。

 完食したとき、玲央君は玄関にいた。元気に「行ってきます」とセリカちゃんに伝えて外に出る。彼は、年頃の子どもらしい振る舞いをするときもあれば、勉強を教えるときの呑み込みの速さや周囲の変化への鋭さを見せるときもある。10歳と私よりも6つ下にも関わらず、しっかりとしている。ただ、時折「アヤネ」という女の子を懐かしむ素振りを見せるときもある。私は、彼がそうして悲しそうになると静かに抱き寄せて頭を撫でて落ち着かせた。その様子だけで、余程悲しいことがあったのかな……、と思ってしまう。

 スマホから着信音が鳴る。朝ご飯を食べたことでゆっくりであれば動かせるようになった身体で、立ち上がろうとする。コタマ先輩はそれを察して手に取り、私に手渡ししてくれた。画面を見ると、ニヤ部長からの連絡。さっきの体調不良であったとき、私に何度も連絡していたみたいだ。

 先日、シャーレの先生が他の学園に出張した際に、大きな騒動に巻き込まれてしまって大変な目に遭ってしまったらしい。幸い、助かったものの、あちらで問題が起きてしまった以上、私たちの元へ帰ってくるにはまだまだ先のようだ。その先生の息子である玲央君にも、危険が迫って来てもおかしくはない。彼を守ること、それもまた、今の私たちの使命でもある。

……と言いながら、私は「月のモノ」で体調もままならない。もし万が一、彼に危機が迫ったときに私が何もできなかったら、と思うと、それはとても怖くなる。自分の都合で他人を守れなかった、となれば自分の中で後ろめたさがいつまでも残ってしまう。

 だからこそ、ここで決意をした。他人からすれば大したことではないかもしれなくても、私にとってはとても大きな挑戦、である。

――自分の手で生理用品を買う、と。

 

 お昼に後回しになった朝ご飯を食べ、私はその旨の決意をセリカちゃん、コタマ先輩に伝えた。2人は意外にも驚かなかった。

「自分で生理用品を買う、ですか……。正直、ここ数ヶ月は生活リズムが乱れているからか、あまり参考にはならないかもしれません。すみません……」

「せ、生理用品、ねぇ……。アタシは先輩みたいにグロッキーになる程ではないから、あまり参考にならないかも。私は薄いナプキンで済むけれど、今回のチセ先輩の場合はどうだろう。やっぱり、難しいかも」

 満足な回答が得られなかった……。

「でも、分かるよ。アタシも母さんから使い方や買い方を教わったからなぁ。知識もないまま、自分で買うよりもよく知っている人に頼るのがいいかも」

「そうなりますよね……。誰か、この手の話に詳しい人がいれば……」

 場の空気を裂くように、インターホンが鳴った。

 その場にいた2人が身構える。しかし、壁時計を見てすぐに落ち着いた。それもそのはず、この時間帯は玲央君が帰ってくる時間だ。セリカちゃんがリビングを出て、玄関へ向かう。

 しばらくすると、セリカちゃんが帰ってきた。その後ろには玲央君だけがいる、はずだった。今日は珍しく、お客さんが来ていた。

 内側が桜漬けの色合いの猫耳。

 黒いおかっぱ頭。

 鎖骨の見える、白の七分袖のシャツ。

 膝下を隠す長さのスカート。

 どこか大人びたその少女は、自分から杏山カズサと名乗った。

 

 目の前にいる少女、杏山カズサは私たちよりも前から玲央君のことを知っているようだった。何でも、彼の父親、先生がトリニティ総合学園の歓迎会にやってきたとき、一緒にお昼ご飯を食べに巡ったことがあるらしい。今日も、帰り道の途中でたまたま再会し、ここに来たとのこと。

「それにしても、百鬼夜行の和楽姫に出会うとは……。何だか、畏れ多いわ」

「私、そんなに有名なの?」

「それは有名よ。ヨシミの従弟も夢中になっているし、ほら、SNSでも名前を聞かない日なんてないわよ」

「なるほど……。何だか、照れくさいなぁ」

 コタマ先輩が途中で入ってきた。

「ところで、杏山カズサ。あなたはトリニティ総合学園の生徒ですよね?どうしてこのD.U.自治区にいるのですか?」

「それは……、その……、両親に更迭、みたいなことでここに送られて……」

「「コーテツ」?何かわかんないけど、その、ここに送られるようなことをしでかした、ってこと?」

「ま、まぁ、そういうこと。スイーツ部の皆で行こうとしたキャンピングカーが追い出した奴らが友達のアイリをケガさせたのよ。それで一緒にいたヨシミ、ナツと3人でドンパチしたことが両親にバレてさぁ……。あ、今の3人は私の友達。その日の夜は馬鹿みたいに叱られて、今ここにいるのは危ないってことで親戚のいるこの自治区に送られた、ってワケ」

「え、アイリお姉ちゃんが……」

 酷い……。ニュースでしか見聞きしていなかっただけに、杏山カズサの話はすぐそこで起きたかのような生々しさがある。何でこんなことができてしまうのか、と思ってしまう。コタマ先輩は震える玲央君を抱き寄せ、頭を撫でる。玲央君はアイリちゃんのことも知っているみたいだ。知っている人が事件に巻き込まれる、まだ幼さのある10歳の男の子にとってつらいことに違いない。

「……そ、そっか。私たち、トリニティのことはニュースでしか知らないからどうとはいえないけど、大変な事態になっているんだね」

「うん、他所の他人ならそう思うかもね。あいつら、おかしなことばかり言っているのよ、「『魔女』聖園ミカを許すな!」とか、そんなの私たちは知らないし。あぁもう、何なのよ一体。何が歴史よ、何が威厳よ、馬鹿みたい」

 ……私たちが想像しているよりも、エデン条約の騒動は大きいみたい。

「ひ、ひとまず、お、落ち着こう、落ち着こう、ね」

 セリカちゃんが暗くなりかけた場の空気を変えようとした。杏山カズサは近くにいる玲央君に気づいて険しい顔を緩めた。

「とにかく、カズサさんはどんな用件でここに来たの?」

「どんな用件も何も、玲央君から「チセお姉ちゃんが苦しそう、「ナントカヨーヒン」が必要だって」としか聞いていないわよ。まさか、生理用品とか?」

「って玲央君!口が軽すぎるわよ!あまりそういうことは他人に言っちゃダメなの。デリカシーを覚えなさいよ、もう……」

「ご、ごめんなさい……」

 あ、これは私自身が言わないといけないのか……。自然と、握り拳に力が入る。

「そ、そうなの、私、自分で生理用品を買ってみたいの……」

「……え?それは、うん、お金を準備してドラッグストアで買いに行くとか、ネット通販で買うとか方法はあるけど……。自分で買いに行くことにわざわざこだわるのはどうして?」

「私、いつも先輩やファンの子たちに頼りっぱなしで、自分で何かをすることは趣味以外でやってきたことがないんだ。でも、このままじゃ良くないんだってここで生活して気づいたの。今の自分から新しい自分に、なりたい」

 目の前の杏山カズサは静かに頷く。

「あぁ、なるほどなるほど。分かるよ、その気持ち。最初は周りの目が怖くて買いに行けないよね。もし、お店で買うなら、まずは誰かと一緒に行って、それから一人で行けるようになればいいじゃない。何でも、応えられることは教えるからさ。丁度、従妹がネット通販で買うようになったし、教えるために色々調べていたの」

「ネット通販、か。やっぱり、自分で買いに行きたいな。そうしないと、私、皆みたいにキラキラになれない」

「「キラキラ」?一歩踏み出したい、ってことね。ま、ネット通販も支払いとか送料が面倒くさいわよ。それなら、思い切ってお店へ直接買いに行くのがいいよね」

「なるほどぉ。ありがとう」

「何を話しているのか分からないけど、今のチセお姉ちゃん、カッコいい……」

 カズサちゃんは体の向きを変え、玲央君の方へ向く。玲央君はコタマ先輩から離れて、カズサちゃんに近寄る。

「ま、難しいよね、この話。玲央君にはちょっと早かったかな?まぁでも、いつか好きな子とお付き合いするとなったとき、そういうことを察せる男の子はモテるぞ~~」

 カズサちゃんは玲央君の頭を撫でる。コタマ先輩は不服そうな顔で、セリカちゃんは半ば呆れたような顔でその様子を見ている。

「おっと。それじゃ、お話、始めますか」

 それからは、カズサちゃんによる、生理用品の優しい解説が始まった。

 ナプキンは吸水性に違いがあって、用途に応じて使い分けること。

 よく雑誌で目にするタンポンは何度も付け替える必要があること。

 手軽なおりものシートは生理の始まりや終わり、軽い日に使えること。

 どれもこれも私にとっては新鮮なことだった。いや、「新鮮」というよりは、「かけていた破片がようやく合わさって全体が見えるようになった」という方が正しいのかな。今までは知識も理解もなく「何となく」で使っていたからこそ、カズサちゃんによる実感の伴う説明はとても勉強になった。

 カズサちゃんは説明を終えた後、住んでいる親戚のところへ帰った。最初こそは無知な私は馬鹿にされるかと怖かったが、そんなことがなくてとても安心した。

「それにしても、カズサさんの解説、とても上手だったなぁ。何となくでしか知らなかったから、アタシもちょっと調べ直してみようかな」

「うん!カズサお姉ちゃんのお話、あまり分からなかったけど、いつか役に立つのかな?」

「アハハ……、今の玲央君には知るにはまだまだ早いですかね。私たちの間では気軽にしていいとしても、他の子たちにはしないように気をつけましょう」

「はーい……」

 セリカちゃんたちにとっても、良い解説だったみたい。2人の誰かに買い物のお手伝いを頼みたい気持ちがある。でも、2人は家事や連邦生徒会での機材のメンテナンスで一緒に行けそうにない。

 玲央君ならどうだろう?男の子であっても、彼であればそういうことも頼めそうな気持ちになる。

 よし、訊いてみよう。

「……ねぇ、玲央君。明日の買い物、付き合ってくれる?」

 玲央君は頭を縦に振った。

 

 次の日の買い物は、玲央君が下校してからの開始となった。

 事前に身支度は完了している。お財布にお金を入れて、買いに行くお店と買うものはメモに書いてある。万が一のことにも備えて、スマホも持っていこう。

 2人に見送られて私と玲央君は住まいを去った。夏も盛りということはあって、5時に近い時間でもまだまだ明るい。夕日は雲に隠されながらも、地上を朱く照らしている。今なら、何か、いい俳句が作れそう。

「玲央君はさ、お父さんのこと、どう思っているの?」

 玲央君は少し間を置いて答える。

「僕にとってね……、お父さんは憧れの人なんだ。難しそうなお仕事もいっぱいこなしているし、学校でも大人気なんだ。チセお姉ちゃんが女の子たちにとっての憧れの人なら、お父さんはクラスの男の子に人気みたい」

「私、本当に人気者なんだ……。何だか、不思議な気分」

 何か含みのある答え方だったのか、玲央君は少し立ち止まって続けた。夕日はあざのある、玲央君の顔を照らす。

「でも、仕事が忙しい日は帰ってこない日もあるし、からかわれるようなことを相談しようとすると答えてくれないこともあるんだ。だから、クラスの子からエッチな話とかされるとどう振る舞えばいいのか分からなくなるんだ……」

 今の玲央君の様子が、私自身と重なった。玲央君も周りに教えてくれる人がいないことで苦しんでいる。きっと、先生も先生で教えられないような事情があって本人も苦しんでいるのかもしれない。私も玲央君のことをささえてあげられる人にならなくちゃ。

 玲央君の前にしゃがんで、私は彼の手を取る。最初はおっかなびっくりで握ったままの手が段々と開き、私の掌を優しくつかんだ。

「大丈夫、大丈夫。玲央君の苦しい気持ち、私も分かるよ。だから、一緒に歩いて乗り越えていこうよ。私も傍にいるからね」

 彼は下に向いていた顔を私の方に向ける。セリカちゃんたちが見せてくれた先生の顔立ちとどことなく似ている。人柄の良さが表れているなぁ。

「じゃ、行こっか。目的地はまだまだ先にあるし」

 夕日はまだまだ私たちを照らす。その中を私たちは2人一緒に歩く。

 

 ついに、目的地のドラッグストアに着いた。

 お店は特に変わったところもない。ただ、入口に立つと周りの視線が気になってしまう。夕闇が空を覆っていることもあって、不安がさらに増してくる。

 隣にいた玲央君が私の名前を呼ぶ。

「あ、そ、その、どうしても緊張しちゃって……」

「安心して。怖くなったら僕が励ますから。チセお姉ちゃんは一人じゃないでしょ」

「うん。分かった。私、キラキラに近づけるように頑張る」

 臆病な心を隠して、私はお店へと歩いた。

 お店の商品は棚やカゴで分けられている。渡されたメモによると、天井に吊るされている看板が、そこにある商品と対応しているそうだ。確か、「生活用品」は……、あ、あの辺りか。手前の列から2、3番目の棚の間にあるみたい。行ってみよう。

 あった。棚の真ん中に目立つように置かれてある。玲央君には珍しく見えたのか、興味津々だ。あまりにもたくさんの商品があって迷いそうになる。しかも、毒々しい音楽がお店の中で流れていて、眩暈がしそうになる。苦しい……。

 ふと、隣から、右肩を叩かれた。あ、玲央君か。

「チセお姉ちゃん、チセお姉ちゃん」

「あ、いけないいけない。商品が多くてボーっとしちゃった。メモを開かないと」

 記憶を手繰るようにメモを開いた。メモには、買いたいメーカー、夜用、長め、厚め、羽つき、オーガニックコットン、と買う際に必要なことを書いておいた。え――っと、どこだ……。これじゃない。これも違う。玲央君も一緒に探している。

「ねぇ、この棚にもまとまっているよ。同じマークが見える!」

 あ、ここにもあるのか。とりあえず、ここを探してみるか。

 メモに書いた内容に合う商品を探してみた。

 あ、これだ。やっと見つけた。たくさん入っていることもあって、一袋でもかなりの重みがある。隣にいる玲央君は、ジッとそのナプキンの包装を見ている。

「これが、ナプキン。女の人はこれが必要なのか……」

「そうだよ。昨日、カズサちゃんが言っていたように、女の子はこれを身につけることで生理を乗り越えているの」

「やっぱり、男の子と女の子で身体が違うんだ……。保健体育でも学んだことって、本当のことなんだね」

「そうだね。私たち、あまりそういうことに嫌だと思わないから忘れそうになるけど、キキョウちゃんのように他人に話すことを嫌っている子もいるから気をつけようね」

「うん。気をつける」

 目的はこれで完了。セリカちゃんたちに連絡をしなきゃ。

「もしもし。チセだよ~~。ナプキン、買えたよ。今から帰るね。……ん。このコーナー、何だろう?仕切られているね」

「よかったね、って、近くのコーナー?目移りしないでお会計を済ませてよ、チセ先輩……」

「あ、見て見て。青と金の軽い置き物、白と桃色の体温計みたいな機械、それと、キラキラした何かの入っているボトルがあるよ。キラキラしていて、水晶みたい。それに、高麗人参とか、え――と、あ、玉子だ。何に使うんだろう?」

「ちょ、ちょっと待って、「青と金の置き物」、それに「白と桃色の体温計みたいな機械」?ま、まさか、その棚、近くに18のマークとかないわよね?」

「チセお姉ちゃん!見て見て。この箱の数字、「0.01」って書いてあるよ。この数字の見方、学校で習ったけど、どんな箱かな?」

「うーーん、私も分からないや。ねぇ、セリカちゃん。このコーナー、近くに18の数字に斜め線の掛かった丸があるよ。何の棚かな?」

「と、とにかく、その棚からはすぐに離れなさいよ!そ、その棚は……」

「どうしたの?」

 横から声が掛かってきた。格好からして、店員さんみたい。

「お客様、18歳以上ですか?」

 

 あの後、私たちは別の棚へと移動させられた。何でも、あの棚のコーナーは私たちにはまだ早い棚らしい。後でセリカちゃんから聞いたことでは、あのお店はキヴォトスでは珍しく年齢制限にとても厳しいお店だそうで、何でも目移りする私がそこに興味を抱くのではないかと心配だったとのこと。18歳以上にならないと買えない、という制限をしっかりと設けるお店があるとは知らなかった。

 ともあれ、目的の買い物そのものは無事に終わった。買いたいナプキンは無事に買うこともでき、玲央君の助けもあって無事に着いた。夕闇が空のほとんどを包んだ中、家の玄関を開けると、何やら美味しそうな香りが奥から漂ってきた。どうやら、今日の夕ご飯はセリカちゃんが作ってくれたみたい。よく嗅ぐと、この香りは……、ビーフカレーだ!お腹が減ってクタクタだった心も元気になりそうだ。

「2人共、お疲れ様。今日は特別に奮発して、ビーフカレーにしたわよ!これを食べて明日も頑張りましょ!!」

 ありがとう、セリカちゃん。すごく、美味しそう。

 

 セリカちゃんたちが事前に話し合ったからか、体調の悪くなった私への支援がより充実した。起きるとコタマ先輩の肩を借りて1階へ降りて、朝ご飯は無理なく食べられるお粥や牛乳、小魚と大豆のお菓子。立ち上がるときが難しいときは2人がすぐに手助けをしてくれる。玲央君は学校で起きた楽しいお話を毎日してくれるようになった。体育で皆と同じ成績を出せるようになったこと、音楽の授業での楽器演奏で褒められたこと、友達とのアニメやマンガについての話、とそれは色々だった。どれもこれも私には魅力に満ちた世界のようで、とても楽しくなる。

 最初の頃は不安定であった私の体調も少しずつよくなっていった。やがて、クラクラすることもだるくなることもなくなった。心がとても晴れ晴れとした気持ちになる。

 テレビでは玲央君のお父さん、シャーレの先生が度々話題になっている。何でも、有名な学園の争いごとを手負いの身体で解決したらしい。何度も映されるその顔は、玲央君と何となく似ている。まだ会ったことはないけれども、どんな人であるのか会ってみたくなる。きっと、私の詠んだ俳句にしっかりと耳を傾けてくれる人かもしれない。

 

 ……風鈴の音がする。

 私は今、自分の部屋にいる。月の光で照らされた部屋は全てが青白く、お昼の暑さがなくなっているように見える。とても落ち着くな。

 ドアを叩く音がする。誰だろう。

 パジャマ姿の男の子。あ、玲央君だ。

「その、チセお姉ちゃん。身体、大丈夫?」

「大丈夫だよ~~。今は元気」

「よかった……。こういうこと、セリカお姉ちゃんにすごく注意されたから、ここじゃないと訊きたくても訊けないから」

 青白い部屋では、玲央君の顔のアザが一層目立つ。くしゃっと笑うとアザの形も変わり、とても愛らしい。私は手招きをする。

「玲央君、こっちにおいで」

「どうしたの?」

 近づく玲央君を抱きしめて、ベッドの中へ導いた。目の前には玲央君がいて、私の両肩にそっと手を載せている。

「え、えっと……。ぼ、僕は何をすればいいの?」

「何もしなくていいよ。こうして君と一緒に寝たかったんだ」

 玲央君が左手を伸ばした。何かをつかもうとしているのかな、と思うと、ブランケットだった。彼も彼で、一緒に寝るつもりらしい。

「あのときの私って、キラキラしていた?」

 目の前の男の子に尋ねる。彼はアザの形を変える程に微笑んだ。

「うん。僕にはキラキラと輝いて見えた。僕も、チセお姉ちゃんのように、これから前に進む心を身につけないとな……」

「そうだね。それじゃ、今日から私たちはキラキラ同盟、かな?」

「フフッ。何それ」

 その夜、私たちは静かに抱き合ったまま、朝を迎えた。

 

 

  夏の月 我らの道を 照らせばや

               

               チセ


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