ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
飛行術の授業では、早速トラブルが起きていた。
グリフィンドール生のネビルは気絶して芝生に寝かせられている。少し離れた芝生には彼が乗っていた箒が真っ二つになっていた。
「では、彼を医務室に連れて行きます」
飛行術の教師であるフーチはそう言って、周囲を一瞥する。
「それまでは待機しなさい。私の許可なく箒に乗った者は、即刻退学です。さもないと、クィディッチのクを言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ」
そう言い残して、彼女はネビルを抱えて校庭を後にした。
残された生徒たちは、付近にいる者と視線を合わせるしかない。
スネイプの授業を受けた後だからこそ感じる。地獄のような厳しさはあれど、安全面の配慮、トラブル対応など、それらが授業によって違いがありすぎた。
「……すごかったわね」
「……ああ、実力も、勇気も」
ダフネやセオドールも、実家で飛行術を習ったからこそ、ルークの気持ちがわかっていた。
たとえ事故が起きようと、治せる怪我として見ているような対応だった。
それに、まず経験の差が大きい基礎教養科目なのにだ。全ての指示において、どれも全員を一斉に実行させていた。飛行技術はプロ級にあるのかもしれないが、初心者教育としては不適切である。
寮を問わず、賞賛のような視線を浴びながらも、ルークが気にせず戻ってくる。
「その、ありがとう」
「俺ができることをやった。それだけだ」
アイラが代表するようにお礼を言った。淡々と返事をしてから、ルークは校舎をちらりと見る。その方向にはすでにフーチの姿は見えない。
「さーて、というわけで完全待機だ。どうする、芝生で昼寝でもするか?」
それを言う瞬間には、いつもの愉快そうな表情に戻っていた。
「一理ある」
「やることないものね」
「そうしましょう」
ルークはさっさと背中をつけてしまい、セオドールやダフネも芝生の上に座る。
他に何か指示もないので、アイラも座り込んだ。ふんわりとクッションのようで、しかもお昼寝には最高の天気だった。
立役者がそんな流れを作っているため、あちこちから穏やかな私語が聞こえ始める。
だが、ここぞとばかりに、乾いた笑い声が響いた。
「おいおい、見たか?」
マルフォイが、わざとらしく声を張った。
「さすがグリフィンドールだな。魔法薬学も、飛行も、ろくにできないなんて」
はははと棒読みしながら、クラッブとゴイルが後ろで頷く。
「魔法薬学じゃ、おできを量産、今度は箒で落下か?」
マルフォイは肩をすくめながら歩く。
ネビルが落ちた場所までいって、落ちてきて真っ二つに折れた箒を拾い上げて、それをクラップに持たせて見せびらかすように歩く。
「次は何だ? 階段から転げ落ちるか? おや、これはなんだい?」
何人かのグリフィンドール生が言い返そうとするが、言葉が続かない。
そこに、芝生を踏みしめる音が近づく。
ハリーだった。
顔は強張り、視線はマルフォイの手にあるものを捉えている。
ネビルが落とした小さなガラス玉だ。
「それを返せ」
低い声だった。
「なら、どこか木の上にでも置いておくとしよう。たとえ箒に乗れなくとも、木登りなら届くような場所にね?」
マルフォイはにやりと笑う。
ゴイルに持たせていた自分の箒を取って、彼はそれに跨って飛んでいく。たとえ見つかって退学にされようとしても、自分は父上の権力でどうとでもなる。基礎どころか、中断すらする飛行術の授業に飽きていたところだ。
このままハリーを見下ろすもよし、ハリーを巻き込んで退学になるもよし。
「ほしいなら、取りにこいよ、ポッター」
そんな挑戦状を叩きつける。
次の瞬間だった。
「退学になっちゃうよ!?」
「そうよ! 減点どころか退学よ!?」
ロンやハーマイオニーの制止も聞かず、ハリーは箒に跨り、本能的に浮かぶ。もはや誰の制止も届かない。
マルフォイを追いかけるように、一気に上昇した。
姿勢はまだまだ荒いが、まず恐れがない。
アイラは、思わず息を呑んだ。
速い。
初めて箒に乗って飛んでいるなんて信じられないほどだ。
ハリーは空中で方向を変えた。
マルフォイは鼻を鳴らし、箒を軽く蹴って、逃げるように飛び去っていく。
「また問題が起きてるわね……」
「マルフォイの悪い癖もあるが……」
「ぅ……兄がご迷惑を……」
「あそこまで飛ばれると無理だぞ」
すでにルークは素早く立ち上がっていて、ダフネやセオドールも動けるようにしている。大半はマルフォイのせいと言っても、すぐ後先考えないで挑発に乗ってしまうハリーにも、多少の原因があるだろう。
校庭の上空で、2人の影が交差する。
急旋回、急上昇、そして急降下だ。
そしてなかなか食らいついてくることと、スピードを競うには古びた箒の性能が悪いことに、マルフォイは舌打ちした。箒が熱を出しているかのように、限界が近づいている。このまま根比べして勝負がつけるのは、自分の身が危険である。
ならばとマルフォイは、生徒がいない芝生に向かって、ガラス玉を落とす。
当然ハリーは、地面すれすれで体勢を立て直して、それを追いかけた。
彼は、落ちてくるガラス玉を掴み取ってみせた。
着地まで本能的にこなしてみせた。
芝生が大きく揺れる。
一拍遅れて、拍手とも悲鳴ともつかない声が上がる。
アイラは、ただ呆然と見ていた。
兄が、あそこまで空を飛べることを初めて知った。
だが、フーチに言われたにも関わらず、箒に乗って飛んでしまった。もしバレれば、兄は退学する可能性が高い。
「飛行術の天才だったか?」
ルークが、淡々と評する。
「お前がそれを言うのか」
セオドールが、ぼそりと返す。
「おいおい、そう言われてもな。俺は退学に怖がって、箒に乗って飛ぶ度胸はないぞ?」
「誰が今、飛んでみせろって言ったのよ」
「……冗談でも…イヤ…」
友人がホグワーツから去っていく姿を想像してしまい、アイラは表情を曇らせる。
空気を変えるためだったとはいえ、ルークは『悪かった』と素直に頭を下げて謝った。
フーチではなかったが、マグゴナガルが足早に駆けてくる様子が見えた。何かを話していて、やがてハリーの腕を引っ張って連れていっている。
「おわっ…た……」
「残念だけど1日目でね」
ロンは顔面蒼白で、ハーマイオニーは諦めている様子を見せた。
アイラもまた俯いた。
「いや? 喜びで興奮していたようだぞ?」
「そう見えたわよね」
「マグゴナガル先生は事情を知らない」
「ぇと……なら、退学の話と違う?」
ルークたちの話を信じて思い返しながら、アイラはまだ希望を持つことができていた。
そのとき、鋭い笛の音が響いた。
入れ替わるように、フーチが戻ってきたのだ。
マルフォイは、満足そうに口元を歪めた。
『兄のポッタ―の退学』、そんな予想を思い浮かべているのは明らかだったが。
「誰も、箒には乗っていないようですね?」
「んなっ!?」
マルフォイは声に出して驚くしかなかった。
フーチがやってきた廊下は、明らかにマグゴナガルとハリーが通ったはずである。
「いいですか?」
「その…はい……」
しぶしぶ頷きながらも、マルフォイは感じ取っていた。
これは完全に黙認だ。授業だと厳格だったマグゴナガルが何を思ったのか知らないが、ハリーだけを特別扱いした。そして何よりも、初めて箒に乗ったのに、自分と同等以上の実力を見せた。
フーチは一度深く息を吸い、声を切り替える。
「さて、授業を続けます。箒は、ぐらつかないように押さえ、2メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いてからですよ」
それは定型文なんだろうか。
しかも相変わらずの全体指示である。
「まずは姿勢からよ。背筋は伸ばして、足には力を入れすぎない」
「椅子に座るイメージでいい。握る力も最小限」
「わかりました」
ダフネやセオドールが教えてくれる通りに、アイラは慎重に姿勢を整える。隣ではルークもペースを合わせてくれている。
ハーマイオニーもまた、その指示を絶対に聞き漏らさないようにしていた。たとえスリザリン生であれど、基礎はすでに習得していて、しかもフーチ以上に丁寧な説明だ。
「次は、箒を浮かせたい高さを想像して。身体が軽くなる感覚でね」
「まだ浮遊だけだから、姿勢は保つ、視線は前だ」
「俺たちはリラックスしてればいいか?」
「そうみたいですね」
アイラは、ふわりと箒が浮く。
ほんのわずかな高さだ。
それでも、確かな浮遊だ。
「……浮いた」
声が震える。
「できてますか?」
「ほら、怖くないでしょ」
ダフネはほほえんで、同じ高さで浮いてくれる。
ルークやセオドールも一緒だ。
前にいるハーマイオニーも箒に乗って浮いている。
最初に見せていた焦りは消え、多少ふらつきながらも、なんとかバランスを取っていた。ロンは手慣れた様子で浮かびながら、心配そうに見ていた。
まだ指示通り2メートルだって飛んでいない。
それでもこの浮遊感は楽しい。
まだ兄やマルフォイのように、スピードを出して飛び回ってはいない。
「私も、自由に飛べますかね?」
「慣れればとても簡単よ」
「それはいいことを聞いた」
「特訓すれば、どんな天候でも」
兄は、飛行術の天才かもしれない。
自分は、今やっと浮けたくらいだ。
でもそれでいい。
双子だからと、気にする必要はない。
「もし特訓するときは……」
「一緒にやりましょう」
「僕も参加する」
「こういうのは継続してこそだからな」
だって、自分にはこんなにもすばらしい友人たちがいるのだから。