外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
外来人だ。
幻想郷で、大工のまねごとをして生計を立てている。
今は、ただ――、
ツーバイフォー住宅の軒下を覗く。
最近は嗅ぐこともなくなった匂いが漂う。
軒天ボードに使われている合板の匂いだ。
だが、それより気になるのは――カビだ。
合板の一部にヒビが入り、そこからカビが発生してしまっている。
「劣化しているな」
顔をしかめて、頭の中の交換箇所のリストに追加する。
ほかにも傷みがないか確認していると声が聞こえた。
「今剛さん、お茶が入りましたよ」
名前を呼ばれて見下ろすと、梯子の下で東風谷早苗がこちらを見上げていた。
手には土瓶と湯呑が乗った盆。
「おう、ありがとよ」
返事をしてから、腰のきんちゃく袋に手を伸ばす。
寸窓報(スマホ)の文字が縫い付けられた袋をのぞき込み、確かに一休みしてもいい頃合いだと知る。
袋を閉じ、梯子を下りると、簡易的な卓に盆が置かれた。
「さあ、どうぞ。羊羹もありますよ。と、言ってもお供え物ですけど……」
「いいのかい? ここの神様に恨まれたりしないのかい」
「お二人の分は取ってありますので大丈夫です」
早苗は自信ありげに言い、さらに、
「お二人とも、お心が広いのですよ」
と付け足す。
「そりゃありがたい。ご相伴に預かろう」
言いながら折り畳みの椅子に腰を下ろし、美しい照りのある羊羹を一口。
砂糖を使わず米飴を使った上品な甘さを感じながら、胸中で続ける。
(確かにうまいが羊羹一つで、器を測られる神様って……)
だが、早苗がきらきらとした期待を込めてこちらを見ている。
要するに、信仰しませんか、である。
それが言葉になる前に、話題を変えた。
「しっかしあれだ。ツーバイフォーの住宅を、里の材料でそのまま補修するのは無理だぜ」
言うと、早苗の表情の明るさが、秋口の日没のようにすっと落ちた。
「ああ、やっぱりそうですか……」
早苗は、守矢神社の隅に建てられた社務所を見上げる。
人里の建物とは、明らかに違う外の世界の造りだった。
「そっか……」
成人前に幻想郷に来た彼女にとって、思い出の詰まった建物なのだろう。
こちらの人間になると決めてきたのだとしても、その姿が変わっていくのは、やはり寂しい。
「まあ、なるべく形は残して直すさ」
「はい、お願いします」
日が、少しだけ高くなった気がした。
視線を、かつて物置小屋だったと言われる建物に向けると、早苗の目もそちらへ行く。
「俺もサグラダ・ファミリアには住みたくねぇしな」
「……太陽の塔、じゃないですかね」
河童たちの手で、物置はすっかり謎のモニュメントと化していた。
そのさらに奥で、河城にとりが、二柱の弾幕から必死に逃げ回っている。
「あ、お二人とも怒ってますね」
「…そうか」
「明日の天気は、ちょっと悪いですね」と、変わらない口調で言われて、「それでいいのか巫女さん」と、思ったが、巫女が慌ててないのなら大丈夫なのだろう。
八坂神奈子の周囲に幾何学的な円環が現れる。
洩矢諏訪子の周囲には青と赤の巨大なリングが呼吸をしている。
二呼吸ほど空いて、
大気がねじれて悲鳴をあげたような重い音が響く、
「あ、あの輪が見えてから、三つ数える間もなくこの音が聞こえたら、一目散に逃げてください。てんてんこです」
「あー。震災の時聞いたよ、それ」
早苗が明るくいってきた。とりあえず、ここまでは届かないってことだと思い込む。
「ちなみに…」
色とりどりに輝く空から、早苗に視線を送りながら聞いた。
「輪が見えるのと音が聞こえるのが同時だったら、どうするんだ」
「…」
早苗から娘らしい表情が消え、どこかの絵画に出てくる聖母のような表情をすると体の前で手を合わせる。
「祈りましょう」
「あ、そ」
空が瞬くのをやめたので、視線を再び空へ戻す。
にとりだけが消えていた。
ピチューン
形容するならそんな音が、二呼吸ほど空いて届いた。
今は、ただ――、
人里の人間として生きている…。――つもりだ。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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