外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第10話 ― 迷い込んだ先の巫女

 

守矢と博麗の間で何やら話がついたらしい。

詳しい経緯は知らない。

知っているのは――なぜか謄写版使用に関する指導監督役に俺が就任していた、ということだ。

 

(これが言い出しっぺの法則というやつか……)

 

愚痴を言いながら石階段を上る。

肩に担いだ荷物を担ぎ直す。わずかな揺れと鈍い音。

世界が一瞬、通信環境の悪いストリーミング動画のように、「既知」のフレームで静止した。

 

(デジャブ?)

 

もう一度、荷物を担ぎなおす。

ガラリ。

乾いた、荷物の擦れる音。

 

ッ…。

 

ここを初めて上った時も、同じ音を出した。

 

 

 

――それは、少し前の出来事だ。

 

階段の修繕の依頼を受けた。

階段と言っても、その手すりの交換。

内容は単純な仕事のはずだった。

問題を挙げるなら、

最近、女子高生が「異世界の入口を見つけた」とSNSで騒いだ場所らしい。

 

「……妙だな」

 

作業を始めてすぐ、空気がおかしいと気づいた。

音が、薄い。

風が、来ない。

 

理由のわからない気味悪さを感じて、

階段を降りるが、停めてあった軽トラがない…。

さきほど軽トラを走らせていた林道も細くなっているような気がする。

 

(……いや、落ち着け)

 

スマートフォンを取り出して、地図アプリを確認する。

通常、自分の位置を示す青い点がグレーに変わり、

現在地を見失っていることを示していた。

 

「……下るとき、分かれ道になっていたとか?」

 

有り得ないと思いながらも口にする。

 

唯一手元に残った工具箱を担ぐ。

…ゆっくりと呼吸をしながら、階段を上ってみた。

分かれ道は見当たらなかった。

階段の終わりが見える。

 

鼻の奥がツンとするほどの生臭さ。

肺がぐいっと空気を飲み干そうとする。

 

(人、いや…、化学的な臭いを感じない?)

 

今日日、田舎道にも人のいるところには車の排気の匂いはある。

体は歓喜し、脳が混乱する。

 

規則正しいが、気のない箒の音が聞こえた。

人の音に安堵する。

音を追って、境内へ足を踏み入れた。

 

肩に担いだ工具箱を担ぎ直すと、ごとりと中の工具が揺れた。

 

目に入ったのは、赤白の色彩が一つ。

 

箒の動きは遅く大雑把。

やる気がないわけではない。ただ、丁寧にする理由もない。といった動きだった。

箒は境内の端まで行って初めて動きを止めた。

 

赤白の視線が当然のようにこちらを向く。

気が付いていたが、キリのいいところまで掃除を優先した。そんな視線。

口を開くでもなく、奇抜な巫女装束の娘が問うてきた。

 

「(何の用?)」

 

「あー、ここ神社だよな」

 

そう問うと、巫女は箒を肩に担いだ。

 

「……どっちのことを言っているの?」

 

言ってから、娘は露骨に一拍止まった。

砂利を、ざっ、とやけに強く掃く。

 

……なんだ?

急に怒り出したな?

 

だが娘は、次の瞬間には何事もなかった顔に戻っていた。

 

「ここは博麗神社。見てわからない?お賽銭はこっち」

 

そう言って、賽銭箱をばん、と叩く。

 

(こんなにきれいな神社だとは聞いてない。

 しっかし、態度の悪いアルバイトだな)

 

そう思ったが、帰り道を聞かなければならない。

大人しく、財布から小銭を取り出した。

5円玉はなかった。というより、自販機でも使わない硬貨は財布の中には入れなくなった。

50円硬貨を放り込む。

二礼二拍手一礼は省略したが、娘は気にしていないようだ。

 

「巫女さん、〇〇道へはどう降りたらいいんだ?」

 

「〇〇道?」

 

「知らない」

即答だった。

 

「ていうか、あんた外来人でしょ」

 

「外来?外国じゃなくて?」

 

最近は観光地ではないところにも、外国人観光客が来るとは言われているが…。

 

「外の世界の人間。見れば分かるわよ」

 

海外のことではないらしい。

 

(なんだ?なろう系みたいに異世界からの客でも来るってのか?)

 

ふざけたことを考える余裕がまだあった。

影が横切る。

遅れて一生懸命な声が落ちてきた。

 

「霊夢ー!外来人を拾ってきたぜー」

 

上から聞こえた声に、思わず見上げると――白と黒、ハロウィンの魔法使いみたいな服を着た娘が数メートルの空に浮かんでいた。

後ろには安物の開襟シャツにデニムの青年がしがみついている。

 

(……は?あの箒はドローン? でも音がしないし、風も来ない。

 どうなってんだ)

 

近くにクレーンも高い建物も見えない。

マジックの種を見たことはあるが、あそこまで堂々と浮いているのは初めてだ。

 

魔法使いは、こちらのフリーズなどお構いなしに箒の機首を強引に下げた。

着陸の意思ではなく、高度を下げるだけの挙動だ。

地面から数十センチ。

魔法使いは、しがみついていた青年を肩で弾くように突き飛ばした。

 

「ほら、終点だぜ!」

 

「う、わああああっ!?」

 

境内の砂利の上に転がり落ちても、青年は目をつぶったままジタバタする。

這いつくばって何かにつかまろうとするのを、魔法使いは無視して着地し、ブーツの先で地面をトンと叩いた。

箒を小脇に抱え直すと、その視線は俺――立ち尽くす俺――に向けられた。

 

「一人は見ての通りだが、こっちの男は……お、いいもんぶら下げてるじゃねえか」

 

腰に下げた電動工具の金属光を、魔法使いの瞳が反射させる。

魔法使いが手を伸ばすと、咄嗟に手を払った。

 

「危ないから、子供は触らない」

 

魔法使いの眉がぴくっと動いた。

 

「子供じゃねーよ。魔法使いだぜ」

そう言いながら、懲りずに工具を覗き込んでくる。

 

「……魔理沙。盗るな」

 

いつの間にか赤白の巫女が横に立っていた。

心底どうでもよさそうな声だった。

 

「別に盗らねーって。“借りる”だけだぜ」

 

「同じでしょ」

 

霊夢、と、言うらしい巫女に言われながらも、

魔理沙、と言うらしい魔法使いがしつこく手を伸ばしてくるのを払う。

勢いあまって払った手が、魔理沙が持っていた箒に当たる。

古めかしい見た目の箒の柄から、生木の湿った音がした。

 

「おっ」

 

箒が魔理沙の手から離れる。

カランと音を立てて箒が倒れ――なかった。

箒は乱暴に扱われたことに対して、不満を表すようにぶるぶると震えたかと思うと、

こちらの周りをぐるぐると二周飛んで回って、魔理沙の手に戻った。

 

(ドローンでも、ワイヤーでもなさそうだな…)

 

目を疑うという言葉の本当の意味を知って、くらくらする。

……不思議と口角が上がっていった。

 

魔理沙はこちらの反応とどう受け取ったのか…。

ニヤリと笑って。

 

「あんた、悲鳴あげるかと思ったのに笑うのかよ。変な奴だな。嫌いじゃねえぜ」

 

ずい、と距離を詰めてくる。近い。

 

「だいたい外来人はな、腰抜かすか泣くか気絶すんだ。そんな顔するやつ初めて見た」

 

「そんな顔って?」

 

「面白そうな顔だよ」

 

砂場の中に変わった石を見つけた子供のそれだった。

 

その横で、霊夢がため息をつく。

 

「……魔理沙。また変なのに絡んでる」

 

「いいじゃねーか。こいつ当たりだぜ?」

 

「……外来人よ。すぐ返す」

 

値踏みする視線。

マークシートに機械的にチェックを入れるみたいな、感情の薄い目だった。

――しかし。

 

魔法使いの台詞に追随する声が、もうひとつ。

 

「おや?おぬしも魔理沙殿のお眼鏡にかなったでござるか?」

 

さっきまで地面でバタフライをしていた青年だった。

そこにいた者たちの視線が向く。

 

「まましろ まさとし。学生さ!」

 

キリッとしているつもりの顔で青年が言った。

魔法使いが一瞬きょとんとして、

次の瞬間、吹き出した。

 

「ぷっ……なんだその名乗り方」

 

まさとしの顔を覗き込む。

 

「学生って、菫子と同じアレだろ?なんでそんな得意げなんだ」

 

魔理沙は腹を抱えてけらけらと笑い出した。

こちらも付き合いで口を開いた。

 

「その挨拶はハワイで、おやじにでも習ったのか?」

 

「お、いける口でござるな!おぬし!」

 

さっきまで目を回していたとは思えない勢いで、まさとしが立ち上がる。

 

――が。

 

「はいはい、帰すからじっとして」

 

終業時間ギリギリに飛び込んできた客に対する事務員みたいな口調。

霊夢と呼ばれていた娘は、いつの間にか紙垂(しで)のついた大幣を手にしていた。

 

「魔理沙、そこどいて…」

「えー、もう返すのかよ」

 

黒白の魔法使いを押しのけると、赤白の巫女は大幣を左右に振った。

紙垂がしゃらりと鳴る。

小さく呟き、もう一度。

 

すると、何もない空間が水面の波紋のように震える。

 

今いる景色が揺らぎ、空間の亀裂、裂け目、断層――どの呼び方が合うだろうか。

 

それは厚みを欠いた平面のようで、二次元の産物のようにも見える。

真っ暗で、底が見えない。

けれどどこか、こちらをなでるような視線を感じた。

 

「え?」

 

空間の亀裂の正面にいる赤白の巫女が困惑したような声をあげた。

 

「どうしたんだ?」

 

――心配をしているように装って、

 

巫女の側から空間の亀裂を覗く。

始めに感じたのは肌を叩く熱。

視界を刺すような揺らめく光。

 

(炎?)

 

思った瞬間、巫女を突き飛ばしていた。

 

――ずいぶん手応えがない、奇妙な軽さだ。

 

と、思う間もなく、巫女が同時にこちらを蹴り飛ばしてきた。

お互いの反作用で、左右に倒れこんだ瞬間、空間の亀裂から炎が噴き出した。

 

「……っ!」

 

大幣を巫女が振るうと空間の亀裂が縫い合わさるように閉じる。

見ようによっては、性格の悪い女がニヤリと笑った口元を閉じたように見えた。

 

――不思議とまた、口角が上がる。

 

「違う。あいつなら、もっと性格が悪い」

 

巫女は閉じた空間をじっと睨んだまま、唇を尖らせる。

ほんの一瞬、子供みたいな顔になった。

 

次の瞬間には、もう消えていた。

 

何事もなかったように大幣を肩へ担ぎ直す。

それまでの無駄のない所作に比べると、やけに乱暴な仕草だった。

 

(……誰かを、ぶん殴ってやりたいって顔だな)

 

それは怒りというより――

 

ほんの一瞬だけ、年相応の表情だった。

ただの、普通の女の子みたいに。

 

「二人とも大丈夫でござるか?」

 

学生が確認の声をかけてきた。

片手で返事をしながら巫女を見るが、こちらも無事のようだ。

 

(結構強く突き飛ばしたはずだったんだけど。倒れもしないか…)

 

すごいバランス感覚だと感心してしまう。

その巫女に魔法使いが、笑みを浮かべて近づく。

 

 

「おいおい霊夢、返却ミスは減点だぜ」

 

「……ふん!」

 

巫女がそっぽを向くと、魔法使いはそっと口を窄め、小さな吐息を漏らした。

それは声にならない感嘆――

無音で「おー」と、口が動くのが見えた。

 

「ま、いいさ」

 

箒をくるりと回してみせた。

 

「どうせまたスキマ妖怪の嫌がらせだろ」

 

「こんな雑な火、あいつは使わない」

 

「え、殴り込みに行くんじゃないのか?付き合うぜ!」

 

巫女が眉を寄せ、目を閉じる。

 

――沈黙。

 

しかし何かをしているのだろう。

エレベーターに乗った時のような、僅かな浮遊感。

 

「やめなさい、博麗の巫女」

 

背後からの声に振り向けば、黄金の稲穂のようなものが見えた。

 

(いや、そんなものではない)

 

一房一房が意志を持つかのようにうねる、九本の尾。

密度の高い毛並みの壁の中心に立つのは、理知的な獣というよう目つきの女。

白と淡い青が基調の道士服?のような服装をしている。

頭にナイトキャップのような帽子を被っているのだが、なぜか左右がピンと立っていた。

 

(あれってつまり)

 

そのとき、横から妙に弾んだ声が割り込んだ。

 

「ケモナー歓喜。狐娘でござる」

 

――まましろだった。

 

いつの間にか立ち上がっていた学生が、

真顔でそんなことを言っている。

 

(言いやがった、こいつ)

 

思わず心の中で毒づく。

とはいえ、自分の視線も帽子に隠れた左右の膨らみに吸い寄せられているのだが…。

あと、尻尾の付け根、どうなっているのだろう。

 

学生の声を聴いた九尾の狐娘は、音を路傍の石が転がった音としたようだ。

視線一つ動かさず、巫女に淡々と言った。

 

「紫様は、ご不在です」

 

「……は?」

 

巫女は知らない単語でも聞かされたような顔をした。

じわじわと眉間にしわをよせると、

 

「いないって、どういう意味よ」

 

鼻息を荒くして怒っているようで、

親と逸れた子供のような顔をしている。

 

(紫ってのはこの神社の神主か?)

 

狐娘は巫女の表情は気にしていないのか、

部外者たちも気に留めず、

 

「紫様は、現在幻想郷を離れておられます」

 

巫女と魔法使いが息を飲むのが分かった。

それが吐き出される前に狐娘は続ける。

 

「行き先も、目的も、私は聞かされていません」

 

言い訳でも、弁明でもない。ただの報告。

 

「ですが、結界の維持は私に一任されています」

 

狐娘の視線が、まっすぐ霊夢へ向く。

 

「――ゆえに、紫様不在の間、この件は私が預かります」

 

魔法使いが気遣うように巫女の顔を覗き込む。

 

視線につられて巫女を見ると…、

 

何とも不機嫌そうに口をへの字に結んでいる。

 

「…………っあ、そう!」

 

吐き捨てるように言うと、

巫女は羽虫でも払うかのように手を振った。

それ以上その話題を続ける気はなさそうだ。

 

狐娘もそれをわかっているようで、

袖の中に手を入れたまま、どこか古風な仕草で一礼した。

ねじれた布が開くように、

真っ黒な何かが女の背後に広がった。

 

――瞬きは、していないはずだった。

 

気づいたときには、

もう狐娘の姿が消えていた。

 

(ドローンみたいな箒、空間に空いた穴から噴き出す炎に、今度は瞬間移動かな?)

 

イリュージョンでも見ている気分だが、チケットを買った覚えがない。

非常識に、流し目をもらったような気分だ。

 

「あんた、面白い反応するな。外来人じゃないみたいだ」

 

魔法使いの声に緩んでいた口元を引き締める。が…。

まどろむ猫のような半眼で巫女が続けた。

 

「あんた、魂が浮いてるわ」

 

「…?」

 

意味が分からなかった。

 

「結局、ここどこでござるか?」

 

学生が代弁してくれた。

 

「ここは幻想郷だぜ。外から弾かれたもんが流れ着く場所だな」

 

「弾かれた?とは」

 

魔法使いに学生が聞き返す。

今度は巫女が答えた。

 

「忘れられた神とか妖怪とか、まあ色々」

 

「なんだか、きさらぎ駅を思い出すでござるな~」

 

「そうか?パソコンのゴミ箱ってきがするけどな」

 

「せめて、箱舟と言うでござる」

 

「スペースコロニーかもよ?」

 

幻想郷の住民の言葉に、外の住民とやらで感想を漏らした。

 

――それよりも…。

 

「で、帰れるのか?」

 

「…………」

 

巫女が一度だけ、鳥居に視線を投げ、押し黙る。

 

――どうやら、無理らしい。

 

空気に合わせて、胃のあたりが重くなる。

流し目どころか胸倉を掴まれて、引きずり込まれていたらしい。

 

――非常識を覗くのは楽しいだろうけど、頭までつかることになるとはな…。

 

巫女の様子を見て、魔法使いが口を開いた。

 

「しょうがねぇな。オレについて来いよ。

外来人横丁なら、あんたらみたいなの慣れてる連中がいるだろうぜ」

 

――他人任せかい。

 

とも思ったが、年下の少女に背負わせる話でもないのだろう。

気づけば、魔法使いは箒にまたがり、ふわりと石段を下り始めていた。

 

「あ、ちょっと、まつでござる。魔理沙どの」

 

学生が追っていく。

 

――こちらも、追わねば…。

 

振り向く前に、巫女に礼を言う。

 

「騒がせたね。ええっと……」

 

「……博麗霊夢。別にいいわ。気にしなくて」

 

そう言うと、それ以上はこちらを見もせず、

ジャッ、と砂が勢いよく地面を這った。

その音だけが、周囲の静寂を少しだけ深く削り取る。

 

「それじゃあ、博麗さん」

 

別れを言い、鳥居をくぐる。

背後から、一言だけ言い捨てるみたいな声が追いかけてきた。

 

「死なないようにしなさい。……面倒だから」

 

魔法使いに追いつくころ、自然と緩んだ口元に気が付いた。

霊夢の言葉のせいではない。

自分の足元が崩れていくような浮遊感。

それに高揚していた。

 

 

 




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