外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第11話 ― 貸本屋の目利き娘

 

外来人横丁。

魔理沙に連れられて辿り着いたそこは、

幻想郷に居ついた外来人――あるいはその二世が比較的集まっている人里の一角だった。

 

――人里とやらは、ほかにはないのか?

 

疑問にも思ったが、魔理沙の説明を止めるわけにもいかない。

人里を囲う門をくぐりながら、箒を降りた魔法使いが続ける。

 

「あの辺りの人は読み書きもできるし、四則演算も普通にできるしな」

 

説明を聞きながら周囲をみると、知らせの紙が何枚も貼られた掲示板が目に入った。

教育水準よりも、書かれている文字がくずし字ではないことに、まずは安心した。

 

――横書きも左から読むようだしな。

 

鈴奈庵と書かれた看板を横目に通りを行くと、窓から娘がこちらを覗いていた。

奇異ではない。

ただ、純粋な好奇心そのもの、といった視線だった。

背後には本棚が見える。本屋か、私営の図書館でもしているのだろうか。

 

魔法使いがニヤリと笑って手を振ると、娘は照れくさそうにほほを掻いた。

 

「ここ、貸本屋だぜ。妖しい本ばっか置いてるけどな」

 

魔法使いが言い終わった途端、店の中で何かがぶつかる音がした。

次の瞬間、入り口の扉が開いた。

店の娘が魔理沙を指差して頬を膨らませた。

 

「ちょっと魔理沙さん!人聞きが悪いこと言わないでください!

うちにあるのは歴史ある古本や、少し……そう、少しだけ『特別』な来歴がある貴重な資料なんですから!」

 

そう言ってから、娘は頭をさすりつつ、視線はこちら――腰にある見慣れない道具に移った。

そして、その後ろにいる「学生」の着ている原色のシャツに好奇心を輝かせた。

 

「魔理沙さん。この方たちは…、外の世界の方でしょうか?」

 

「おう、霊夢のやつが調子悪くてな。

しょうがねーから、オレが面倒見てやっているってわけだ」

 

微妙に話が変わっているような気がして、学生の方へ視線を向ける。

学生は口の前で手の平をこちらに向けて、指を開閉して見せた。

 

――有ること無いこと、弁が立つ。間違いない。

 

「ええっと、初めまして。本居小鈴です。

この貸本屋・鈴奈庵で店番をしています。

外来の本も扱ってますから、よかったら覗いていってください」

 

「TSUTAYAみてぇなもんか?」

 

「江戸式のサブスクでござる。

 識字層が町民レベルまで降りてるでござるな」

 

思わず漏らした感想に、学生が答えた。

 

――紙の本はとんと読まなくなったけどな……。

 

親の書籍には漫画も含めて結構な数があったが、何しろ場所をとる。

 

「紙の本なんて、もう読まないでござるな」

 

学生の発言に思わずこめかみを抑える。

小鈴の反応も顕著だった。

おそらく本を読まない人間だと思われたのだろう。

分かりやすく落胆した顔になった。

 

「ああ、そうなんですか。あ、でも、絵本も取り扱っていますよ。酒井七馬・手塚治虫『新宝島』とか、足塚不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』とか……」

 

「足塚不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』!!それは超絶希少本でござる!!」

 

「藤子不二雄じゃなくて?」

 

「バッカ!!何言っているでござるか!」

 

学生はものを知らない相手を見るような顔をこちらに向けた後、小鈴に向き直った。

 

「ちょっと……。その本見せてもらってもいいでござるか」

 

「は、はい、いいですけど……」

「ん?もしかして、貴重な本なのか?」

 

若干引き気味の小鈴が答え、魔法使いの目がキラリと光った。

 

 

 

店に入ると、本棚が並び、息苦しいほどだった。

棚と棚の間は、人がすれ違えないほど狭い。

 

乾いていないインクのにおいが鼻についた。

においをたどると、レジカウンターに当たりそうな台の奥に、

インクのビンやバレンが置いてあるのが見える。

本の貸し借りだけでなく、印刷も行っているようだ。

 

ふと見上げると、見慣れぬ書体の書物が額に入れて飾られている。

毛筆ではあるのだが、明らかに日本語でも漢字でもなさそうだった。

 

学生はそうしたものには興味がないのか、早々に目的の本を見せてもらっていた。

だが今度は、学生が分かりやすく落胆した顔になった。

 

「あー、海賊版でござるな」

 

「偽物ってことか」

 

「そう、コピー……、模写ってことでござる」

 

途中から、その説明はもうこちらではなく、魔法使いと小鈴へ向けられていた。

 

「なんだ偽物かよ……」

 

「でも、内容はちゃんと読めますよ?」

 

「まあ、貸本としては問題ないでござるね」

 

「ちなみに、本物だったら?」

 

「軽く数百万円はござる」

 

おお、と思ったが、娘二人は顔を見合わせて首を傾げた。

どうやら円での価値基準が分からないらしい。

同じ結論に至ったのだろう、学生が言い直す。

 

「一家四人が一年、働かずに暮らせるくらいの額でござる」

 

「え……そんなに!?」

 

小鈴が思わず本を抱き寄せた。

 

「じゃあ、海賊版でもそれなりの価値が……」

 

魔法使いが本へ手を伸ばす。

 

――ペチン。

 

乾いた音がして、小鈴が手を振り下ろしていた。

 

「いってぇな!なにするんだ!」

 

「魔理沙こそ何をしようとしたんですか!」

 

「ここは貸本屋だろ。借りるだけだぜ!」

 

「そういうなら、前に貸した本のお代を払ってからにしてください!」

 

キッと睨みつけられ、魔法使いの方が怯んだ。

好きなものが絡むと、途端に強くなるタイプらしい。

 

「残念ながらこの装丁の本はそんなに価値はないでござるな。

紙質も印刷も後年のものに見えるでござる」

 

学生の意見に、魔理沙が反撃の糸口を見つける。

 

「なんだ、鈴奈庵には似合いの本ってわけだ」

 

「その鈴奈庵にツケがありますよね。魔理沙さん。

『事物の本性について』『舎密開宗』『砂男』『ロッサム万能自動人商会』四冊分!」

 

口を開くたびに小鈴に追い込まれ、その状況で魔理沙の顔が引きつっていく。

そんな様子を知ってか知らずか、学生が口を開いた。

 

「神秘が学問になるころに出たいい本でござるな」

 

「そうだろ、そうだろ、いい本も置いてあるんだよ!」

 

魔法使いが再び学生の発言に乗っかり、話題に急ハンドルをかけた。

小鈴は不満そうに魔法使いを見たが、本の話題を優先した。

 

「あなたもこの本たちを読んだことがあるんですか?」

 

小鈴が本棚の一角、『事物の本性について』等を指さしながら言う。

どこにどの本があるのか把握しているようだ。

 

「もちろん、もちろん、ここにあるのなら…。

『対比列伝』『若きウェルテルの悩み』『失楽園』、

この辺はずいぶん考えさせられたよ」

 

「わぁ、通ですね。でもそんな方が本を読まなくなったなんて残念です…」

 

少し肩を落とした小鈴。

学生はニヤリと笑って、折りたたみスマートフォンを広げて見せた。

 

「いやいや、今、本と言ったら、こういうのなのでござる」

 

画面にちらりと見えた文字は、ハングルだった。

 

――性格悪いな。

 

そう思ったのだが、

 

「梁貴子(りょう きし)の『矛盾』ですか…」

 

小鈴の発言に学生の方が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

眉を寄せた小鈴が続ける。

 

「外の世界では二頁ずつ売るんですか?」

 

「え、ええと、ここをなぞると…」

 

学生が慌ててスマートフォンをスワイプする。

 

「わ、頁がかわりましたね…」

 

「月都万象展でも似たようなのがあったな。

あれは宙に浮いていたけど…」

 

小鈴が素直に驚いたようだが、

魔法使いは似たような技術を見たことが有るらしい。

 

驚いて、気になったことを聞いてみた。

 

「本居さんは、韓国語ができるか?」

 

「韓国語…ですか?わからないですけど…」

 

「いや、それハングルだよな」

 

どうにも話が通じていない。

魔法使いが横から声をかけてきた。

 

「ああ、あいつか。小鈴は『どんなデタラメな字でも読める』っていう、

本の虫にはうってつけの特殊な目を持ってんだ」

 

「翻訳家、チャッピーいらずだな…」

 

「少し違うかもしれないよ」

 

素直に感心すると、学生が口とスマートフォンを開いた。

 

「この作家とタイトルはわかる?」

 

「趙南柱(ちょう・なんじゅう)『82年生まれ、キム・ジヨン』」

 

「これは?」

 

「韓江(かん・こう)『少年が来る』」

 

答えながら小鈴が小首をかしげる。

こちらも質問の意図が分からない。

 

「ヤン・グィジャ、チョ・ナムジュ、ハン・ガン。

小鈴ちゃんは韓国語の固有名詞を読めていない。

字を読んでるというより、

内容を推測して埋めてるっぽいね」

 

小鈴の首の角度が深くなった。

こちらはなんとなく意図を察した。

 

「だいぶ意訳が入っているってことか?」

 

「そういうことでござる」

 

「へえ……私って、そういう読み方をしてるんですね」

 

さらっと流されてしまった。

 

「でも、外来の本って変なことを書いていることもありますよね。

ヒッグスがあれば重さが分かるとか。

重さなんて秤があればわかるのに…」

 

やはり、本人の知識や理解の範囲で、意味を補っている――

分かる言葉に置き換えて読んでいるのかもしれない。

 

「あー、それも一つの真理だねー」

 

まましろはにこにこと笑いながら小鈴に言った。

しかし、スマートフォンを閉じ、人差し指で空中に小さな円を描いてみせた。

こちらに向けた視線には、淡々とした事実の確認が乗っている。

 

(気づいた?この子、自分の理解できる範囲に情報を歪めてしまっているよ)

 

(そんなもんだろ。ここには科学の授業はなさそうだ)

 

答えの代わりに肩をすくめて見せる。

きっと、百年後の未来人からしたら、今の年号世代も時代遅れのロートルに見えるだろう。

 

「なあ小鈴、この“舎密開宗”もう一回借りるぜ。

魔法使いの間で流行りの実験があってな」

 

「借りるならお金払ってください!」

 

魔法使いの声に、素早くその手首をつかんだ小鈴。

強引に奪い返さないのは、本を傷つけないためだろう。

 

「ああ、もう、払いはこいつたちがするぜ。

何しろ、オレが案内をしてやっているんだからな」

 

話がこちらに飛んできた。

小鈴は魔法使いを掴む手を緩めることなく聞いてくる。

 

「…ほんとですか~」

 

魔法使いを全く信用していない行動と声色だった。

 

「あ、それならオイラは免除でござるな。さきほど、小鈴殿に書籍を貸したゆえ」

 

ケラケラと笑いながらスマートフォンを振る学生。

詭弁だと思うが、本を貸すことを生業にしている小鈴は強く言えないようだ。

ぐっと魔法使いを掴む手に力がこもる。

慌てた魔法使いがこちらに視線を投げたのにつられて、こちらに集まる視線。

 

「…これでどうだ」

 

道具箱のポケットから古本を取り出す。

 

「それ…、外の世界の本ですね」

 

小鈴が放り投げるように魔法使いを手放した。

駆け寄ってくる小鈴に本を渡しながら、本の説明をする。

 

「一度読んだっきり本棚に置いといたやつだ。ブックカバー…」

 

変換できる言葉を思いつかず学生を見る。

 

「書皮(しょひ)でござる」

 

「書皮も付いたままだし、状態はいいはずだ。

内容は、まあ古本屋の店主が、本にまつわる事件を解決していくってないようだ」

 

「は、はい、これなら。十分です」

 

素早く本の内容を確かめた頷き。

視線は本の世界だ。

 

「懐かしいの読んでいるでござるな」

 

「最近、続編があるのに気が付いてね。1巻を読み直してた」

 

「1巻か~、えーっと」

 

「ん?」

 

「あ、あった。『漱石全集』これなら内容も理解できそうでござるな」

 

「ああ、元ネタが分かった方が楽しめるか」

 

思わぬ収穫に娘二人の機嫌がよくなったところで店を出た。

 

歩きながら、ついつい会話を続けてしまっていると、

再び識字率の話になった。

 

「江戸の寺子屋ってレベルが高かったんだろ?よその国と比べると…」

 

「識字率とか知らねーけど、本好きの魔法使いは多いぜ」

 

魔法使いが肩をすくめた。

 

「ちなみに寺子屋はあっちの方だ」

 

言いながら、明後日の方向を指さした。

その指がすぐに翻る。

 

「でも今回用があるのはこっち」

 

指された先には、霧雨勧工場。

そう書かれた看板を掲げた建物である。

周囲の民家よりもかなりデカい。

見た目も和洋折衷で、

長崎あたりの居留地建築をイメージさせる。

壁は淡い水色のペンキ塗り、窓枠や柱だけを深緑で塗り分けている。

屋根が特徴的で洋風の石盤ではなく、日本の黒瓦が載っている。

「頭は日本、体は西洋」そんなちぐはぐさを感じる建物だった。

 

魔法使いは、建物の上げ下げ窓から中の様子を覗き込む。

 

「よし、来てねぇな」

 

と、言ってから、入り口に向かった。

人の流れが一本線になった、入り口と出口が決まっているタイプの店らしい。

 

「おーす、場主はいる?」

 

「あ、魔理沙お嬢さん」

 

そこからはあれよあれよと話が進んだ。

魔理沙が勝手に話をまとめ、

場主はやや困った顔をしていたが最終的には頷いた。

気が付けば自分の働き口の話になっていた。

こちらは大工の現場仕事。

学生は自分を売り込むのがうまく、この勧工場で働けるよう話をまとめていた。

 

「んじゃ、頑張れよ!下宿先にはオレが言っといてやるから!」

 

と言って、駆け出す魔法使い。

結局、その下宿先とやらに向かうことになったのは、

さっそくこき使われた後のことだった。

――とはいえ、初日の人間に重要なことを任せるほど現場は甘くはない。

単純な力仕事と、他の大工の補佐に奔走させられた。

 

「おう、来たな」

「お先に頂いてまーす」

 

下宿先で出迎えたのは、卓の前で胡坐をかいて飯をほおばる魔法使いと学生だった。

 

「ほれあんたたちも手を洗って来て、お上がんなさい」

 

下宿先の女将さんが言うと、隣に立っていた初老の男が顔の動きだけで水場に促した。

ちなみに、こちらの雇い主の大工であり、この気のよさそうな女将さんの旦那である。

言われた通り手を洗って腰を下ろすと、学生が言った。

 

「そういえば名前を聞いていなかったでござるな」

 

「今剛玄万だ」

 

「あ、そうそう。これに書いてもらえる?表札に書いておくから…」

 

女将さんがメモ用紙サイズの紙と鉛筆を差し出してきた。

すでに「まましろ まさとし」とひらがなで書かれている。

――ひらがな?とは思ったが。

そのまま名前を書くと、

 

「ああ、ごめんなさい。ひらがなで書いてもらえる?わたし漢字はわからなくて…」

 

チラッとまましろを見ると、肩をすくめて見せた。

読み書きができない人もある程度居るのかもしれない。

ひらがなで書き直して、魔法使いに話題をふる。

 

「そういえば、そっちの魔理沙お嬢さんの名前も聞いていなかったな?」

 

言ってやると、お嬢さんという呼称が気に入らなかったのか、魔法使いは顔をしかめた。

 

「オレは霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

 

胸を張って名乗ったあと、魔理沙は箸を持ったままこちらを指した。

 

「で、困ったことがあったら霧雨魔法店な。

 薬から道具から護符まで、一通りそろってるぜ

 たまに当たりが出るかもだ」

 

「店をやっていたでござるか」

 

――親の金で遊び惚けている娘かと思ってた。

――ところで、当たりってなんだ?

 

「店“も”やってる。基本なんでも屋だな。

 失せモノから、異変解決まで何でも受け付けてるぜ」

 

「ほほう、ちなみに店舗はどこにあるでござるか?」

 

「ああ、魔法の森の…」

 

まましろが興味深そうに聞き、魔理沙が得意げに語る。

その店の実態を目にするのは、案外早かった。

 

 

 




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