外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第12話 ― 河童のボイラー談義

 

仕事終わりの湯屋の喧騒でふと思った。

人の気配ばかりで、ボイラー雑音がずいぶん静かだ。

湯の温度もずいぶん安定している。

聞けば幻想郷は明治初期くらいから隔離された世界だという。

 

(独自に進化した技術か)

 

下宿先の棟梁に先に上がると言って湯屋の裏手に回る。

湯屋に張り付くように小屋が見える。

 

小屋を覗くと湯屋の壁から大きな円筒が生えていた。

――いや、はえているというより、壁がそれを避けて塗り固められたように見えた。

土台はすすけた耐火レンガで囲われ、

円筒から斜めに継ぎ足しされた鉄管が、天井の外まで伸びている。

 

(昭和初期のボイラーの見た目なのに、随分効率がいいんだな…)

 

ボイラーの前では小柄な作業員が炉の様子を見ていた。

深く帽子を被っていたので顔は見えなかったが、腕のいい技術者なのだろう。

炉の火勢、水位計が安定しており、音も静か。

 

(アナログ制御で大したもんだ…)

 

配管を目で追っていく。

給水、戻り…。

 

――ない。

 

あるはずの位置に、安全弁や逃がし管がない。

背中がヒヤリとした。

 

「げ、欠陥設計じゃねぇか」

 

思わず口にすると、作業員が振り返った。

 

「欠陥?はぁ?ちゃんと動いてるじゃん」

 

聞き捨てならないとばかりに、帽子のひさしをあげる。

現れたのは、煤に汚れたマスコットのような顔立ちに、

好奇心と観察するような眼差し。

 

――女の子だったのか。

 

設備機械は「女が近寄らない」分野。

通っていた学校にも少しはいたが、周囲の女子が「映え」を気にする中、

一人で性能数値を比較することを好むような精鋭しかいない。

 

「なんだ?私の顔に何かついているか?」

 

この手の人は自立した精神性からくる、ある種の格好の良さがあるので、

思わず見てしまっていたらしい。

とりあえずごまかした。

 

「ああ、たっぷりと煤が」

 

「そりゃ仕事中だからね」

 

娘は袖で頬をぐいと擦った。

むしろ擦って煤の汚れが広がった。

 

「で?欠陥って、どこが?」

 

「安全弁がないじゃないか。

経路の多重化はわかるが、機械式安全弁を省く理由になんねぇぞ」

 

言うと、娘がバカにしたように、鼻で笑った。

 

「何言ってんだ、人間。河童が水の制御を間違えるもんか」

 

「…河童?」

 

「……あ!」

 

言い終わる間を与えずに、娘の帽子に手を伸ばす。

奪い取れそうなところで、娘が帽子を掴んで後ずさった。

ボイラーに触れかけ、ビクリと驚いて、今度は半歩だけ前に出る。

ギリギリこちらの手が届かないところまで。

 

それで十分だった。

妖怪の物語で語られる河童の特徴がちらりと見えた。

 

「ほんとにあるんだな…、河童には」

 

娘は帽子を押さえたままこちらを見ていたが、

やがてニヤリと笑う。

――若干引きつっていたように見えるが…。

 

「……見たならしょうがないか」

 

帽子を被り直すと、胸を張った。

 

「私は河城にとり。見ての通りの河童さ。

河童の技術知っているだろ…」

 

「いや、しらん。河童が技術屋なんて聞いたことがない」

 

オカルトの知識は漫画やアニメで少し知っている程度だ。

相撲にきゅうり…、あと何だっけ?

 

「…はぁ!いやいやいや…、河童の技術は幻想郷いち…」

 

「悪いんだけど、幻想郷に来てまだ三日と経ってない。

河童が技術屋なら、天狗は料理人かって、今思ってる」

 

「…ええい、おのぼりさんか」

 

――山奥の異世界に引きこもっている連中が何言ってんだか…。

 

「で、技術屋の河童が人里で何してるだ。ここは妖怪禁止なんだろ?」

 

にとりは「そこか」と言いたげに眉を上げた。

 

「禁止じゃない。“正体を現してうろつくのが”禁止」

 

指を一本立てる。

 

「仕事は別。契約済みだからね」

 

炉の側面を軽く叩く。

 

「ここの先代主人とは縁があってね。

古くなったボイラーを作り変えてやったのさ」

 

妖怪が人里に行くことは納得いったが、

この設備の作り方は気に入らない。

 

「では、尚のこと安全弁を付けるべきだ。

道具や施設にはそこにある理由ってものがある」

 

にとりは少しだけ目を細めた。

怒った様子ではない。

むしろ――面白がっている顔だった。

 

「へえ、理由、ね。人間の機械はさ、“失敗する前提”で作るでしょ」

 

「河童の設計思想の是非を言いたいんじゃない、安全弁がないことが問題だ」

 

この河童の作ったという、水力式アナログ制御のボイラーを見ながら続ける。

 

「水力式アナログで見事な制御をしているが、

人間が使う道具の形をしていない」

 

安全弁というのは利用者を守るための機能だ。

河童は事故が起こっても平気なのかもしれないが、人間はただでは済まない。

 

「その通り。これは“人間用”の形じゃない。だから私がいる」

 

スパナを置き、自分の胸を叩いた。

 

「人間のボイラーみたいに“溜めて耐える”構造じゃない。

流して、逃がして、均す」

 

配管、その途中に取り付けられた箱、水位計を順に指差す。

 

「壊れないように守ってるんじゃない。

 壊れる状態そのものを作らない設計。

 どう?悪くないでしょ」

 

技術的な話をできる相手を見つけて嬉しいのか、

饒舌になるにとりがこう締めくくる。

 

「つまり河童がここにいますって、

 大看板掲げているようなもんじゃねぇか。

 このボイラーは人間が扱えるのか?

 それとも、あんたがこの銭湯に居つくつもりなのか?」

 

「……あ」

 

にとりが、ハッとしたような顔をした。

 

「やっぱりか」

 

たまにいるんだ。

使われるものを作るのではなく、作りたいものを作るやつが…。

こういう輩は技術屋というよりは、アーティストと言った方がいい。

 

「……なあ」

 

わざと通りの方へ視線を向ける。

 

「今ここで、“河童がいるぞ”って叫んだら――どうなる?」

 

今度は、ゲッというような顔になる。

 

「…おいおい、固いなあ」

 

一歩距離を取りながら、にとりが肩をすくめた。

 

「河童と人間は古来からの盟友なんだぜ?」

 

言いながらも、若干顔を引きつらせている。

 

(黙認はされているが、グレーってところか……)

 

と、そこへ

 

「おーい、玄万。何処へ行った?」

 

反射的に振り向いて返事をする。

 

「あ、こっちです。棟梁!」

 

こちらの声を聴いたのか、棟梁が裏手に回ってきた。

 

「こんなところで、一人で何してる?」

 

「にとり?」

 

にとりの方に顔を戻せば、彼女の姿が消えていた。

小屋の床板を踏んだ音は聞いていない。

 

「…いえ、ここのボイラーに興味があったんです。

外の世界とは違う作りだったので…」

 

「俺には機械なんてわからんがな。

大工がそんなこと気にしてどうする」

 

棟梁が心底わからないという顔で言った。

完全に大工一筋なのだろう。

 

「外の世界では、設備のことを考えないと、

図面を引けないんですよ」

 

「そうなのか。まあ、帰るぞ。

汁ものが冷めるとかかあがうるさい」

 

「へい。先行っててください。あとほんの少しだけ見たいので…」

 

「早くしろよ」

 

言って棟梁は通りの方に戻っていく。

その背を見送ってから、

足元に置きっぱなしになっているスパナを拾い上げた。

持ち手を差し出す形で、誰もいないように見える空間に差し出す。

 

「安全弁は付けておきな。ここは人間の人里なんだろ…」

 

よく目を凝らせば、僅かだが光が屈折しているように見える。

透明な何かが居る、と言ってもいい。

 

「…技術力に関して言えば、すごいと思うぜ。本当に」

 

スパナを何かが掴んだ感触が伝わってきた。

スパナを握り返す力は、妙にしっかりしていた。

 

「……考えておくよ」

 

声と共にスパナの姿は空に溶けるように、見えなくなった。

 

 




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