外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
棟梁に追いつき下宿先に戻る。
下宿の玄関前の道行く人々がこぞって視線を送り、小さな人だかりや囁き声が生まれていた。
「なんだ?」
遠巻きに眺める人々の視線の先を見ると、人里には場違いな服装が見えた。
メイド服である。
――コンカフェ?オープンのビラでも配ってんのか?
メイドと一緒にいるのは落ち着いた色の着物に、
裾の絞られたもんぺ(山袴)に前掛け姿の若い女性。
この二人を華やかで品格のある和洋折衷の服装をした娘が引き連れているようだ。
「珍しい客人だな」
棟梁が周りの視線など気にせず近づいていく。
一人の女性が棟梁に声をかけた。
「あ、あんた。阿求様が……」
「見えてるよ」
棟梁が女将さんに返し、娘に向かって会釈をする。
「これは稗田のご党首。うちに何か用でしょうか?」
棟梁が言いながら、手で奥さんとこちらに家に入るような仕草をする。
会釈をしてから、下宿に向かう。
チラリと様子を伺うと、阿求は年頃は小鈴と同じぐらいだというのに、
貫禄のある棟梁と対等に話をしている。
(古刹の屋根を生材の細柱で支えているみたいな娘だな)
ちぐはぐな印象を抱えて下宿に入ろうとすると、視線に追われているように感じた。
振り向くと今度はメイドが目に入った。
これが完成品だと言わんばかりに無駄がない。
しかし、あまりにも…。
(重心の置き方が安定しすぎてねぇか?)
メイドというよりは、高度な訓練を受けたSPのような立ち姿である。
(実際、そうなのかもな)
下手に近づくと危険なタイプかもしれない。
触らぬ神に祟りなし。と、下宿に入ると、まましろが出迎えた。
「秋葉原で少なくなってきたと思ったら、幻想入りしていたでござるな。メイドさんは」
「今はコンカフェって言うんだろ?メイドよりも、日本人客の方が幻想郷に来るんじゃねぇの?」
「確かに、観光地でよその国の言葉を聞かない日はないでござるな」
後から入ってきた棟梁は食事前に、阿求の要件を告げてきた。
話はこうだった。
紅魔館という屋敷で、洋風建築の修理ができる職人を探しているらしい。
人里ではそういう技術を持つ者がほとんどいないため、稗田家の伝手で棟梁に声が掛かったという。
仕事は屋敷の修繕。
食事の面倒は見てくれ、高額の報酬も出す。
そして何より、安全は保証する――という条件だった。
ただし、いくつか取り決めもある。
修理の理由は説明しないこと。
そして、屋敷の修理の様子を紅魔館以外では口外しないこと。
棟梁の説明は、だいたいそんな内容だった。
「どうだ、お前。やってみるか」
少々気まずそうに質問しているが、やれっと言っているようなものだ。
人里ではまず使われていない洋風建築様式。
そんなものがそろっているものなど、人里でもほとんどいないだろう。
棟梁自身も持て余しているのだろう。
「構いませんよ。ただ、紅魔館とやらはどんなところなんです?」
「…吸血鬼の館だ」
「……は?」
こちらが聞き返すと、
隣で聞いていたまましろがニヤリと笑って、眼鏡のツルを上下に動かした。
食事後、当てがわれた部屋で道具の手入れをしていると、
まましろがどこで手に入れたのやら、焼酎の小瓶とグラスを2つ持って来た。
こちらに酒を進めると明日一緒に連れて行けと言い出した。
ダメだと答えると、
「いいじゃないでござるか。吸血鬼の館の修理など、なかなか出来る経験ではござらん」
面白がるような調子で言う。
「しかも高額報酬付き。拙者も参加したいでござる」
「お前には勧工場があるだろう」
「そうなのござるが…」
まましろの体を眺める。
外の世界では少し高めの身長で大柄に見えるが、
がっしりとしているというより、太めの体つき。
悪く言うなら運動不足気味に見える。
「だいたい、あんた力仕事は苦手だろ」
「おっふ、その通り」
「諦めな」
「う~む」
と、渋々ながらあきらめたように見えたのだが…。
翌日、普段の仕事の入りより遅い時間。
紅魔館との約束の集合場所には、自分を含めた数名程度人足と…。
何故かまましろが紛れ込んでいた。
「そういえば聞くの忘れていたけど、どうしてお前がいるんだ?」
「い…いま?こ…この状況で、…聞くでござるか?」
飛んできたレンガを避けながら聞くと、
周囲を走り回りながら回避行動を取っているつもりのまましろが聞き返してきた。
案内兼護衛の十六夜咲夜と名乗った昨日のメイドが、
レンガを積み合わせた人形、某RPGのようなゴーレムと戦っている。
(やっぱり、いい動きするな、あのメイドさん)
半分ぐらいは宙を飛んで戦っているのだが、
人形の気を引くために地面に降りたときの身のこなしが、
ボクシングのランカークラス以上に見える。
ロングスカートの翻し方まで、計算されているような優雅でスマートな動きだ。
しかし、
甲高い音を立てて、人形の首筋に当たった投げナイフが弾かれた。
「…っ!」
ナイフは地面に落ちる前に消え去り、
代わりにナイフを構えた咲夜が現れる。
(どうやって、瞬間移動しているんだろう?まあ、それよりも…)
現れたほんの僅かな時間だったが、咲夜の整った柳眉がわずかに形を曲げた。
「まましろ、確かゴーレムってなんかの文字を消せば、よかったんじゃなかったか!?」
大きな声を出して聞いてみると、走り回って息が上がったまましろが答えた。
「…へは、はぁ、エ、エメト(emeth)のこと…?」
「ああ、それそれ、確かEを削ってやればいいんだよな!」
「そうで…、はぁ、メト(meth)は、死を意味して…」
まましろが言い終わる前に…。
ドオ、という音を立ててゴーレムが倒れた。
額にあったEMETHの文字が、刃物による跡を残して削り取られていた。
咲夜の方を見ると、構えていたナイフが消えており、僅かにスカートが揺れる。
咲夜はこちらを見ると、指先をエプロンの端に添えた。
淀みのない動きで片足を後ろへ引き、膝を数センチだけ静かに落とすと、僅かに目を伏せる。
「おお、エレガントってやつだな」
「はぁ、はっ…、瀟洒の方が…、似合っている…」
息を整えながらまましろ。
「…でござる」
思い出したように続けた。
「そう呼ばれるようになるには、あんたはもう少し体力をつけた方がいい」
そして、他の人足達が逃げて行った人里への道を眺めながら、
「あいつ等は度胸を付けた方がいいな」
雇う側の咲夜も人里への道を一瞥する。
追おうとはしない。
そして視線を玄万達に戻す。
「問題ありません」
静かな声だった。
「危険を理由に仕事を放棄する方に、無理に働いていただく必要はありません」
と、咲夜が言っていたので、他にも人足のあてがあるのだろうと、
暢気に構えていたのが間違いだった。
薄らと霧のかかった湖畔を横切るころには、
霧の湖畔に屹立する鋭い尖塔が見えてきた。
(おお、すげぇ。水場の脆い地盤だってのに、きれいなシンメトリーだ)
見えてきた紅魔館の壁体は、圧倒的な様式美を放っていた。
力学的な美しさと巨大な空間を飛び梁が支え、
垂直性を強調した尖塔が荘厳さと気高さを抱いている。
少し変わっているのが窓だ。
精緻な彫刻が施された窓枠はゴシック様式らしさがあるのだが、
数とサイズがどちらも小さい。
まるで、差し込む日を嫌っているかのようにも見える。
(表から見るとフランス積みだな)
そして何より目を引くのが、
深い真紅のレンガと、白い目地(めじ)が、その美しさを保ったまま巨大な館を覆っている。
(この霧の中でどうやって…)
メンテナンスに対する執念。
あるいは経年劣化を拒絶するような意志を感じる。
近づくにつれて、その美しい壁の一角が崩れているのが見えてきた。
囲障の一部が崩れ、館の外壁にも大きな亀裂が走っている。
既に修繕用の足場が組まれていたが――
作業は、進んでいるようには見えなかった。
足場の下にはレンガの山。
モルタルを練った桶がいくつも並んでいる。
その周囲を、十数人ほどの小柄なメイドたちがうろうろしていた。
箒を持っている者。
レンガで積み木遊びをしている者。
組み上げられた足場を遊具にしている者までいる。
現場というより、保育園の園庭と言ったありさまだ。
「あちゃ~」
こちらが何も言えずにいると、まましろが代弁してくれた。
ひとまず外壁を見る。
フランス積みなのは外側の化粧壁だけ。
内側は実用本位のイギリス積み。
内側から、質量のあるものを叩きつけたような穴の開き方だ。
(内側から交通事故か? ……ああ、さっきのアレか)
視線を現場に戻す。
頭巾を被った小柄な男が一人で働こうとしている。
だがメイドたちに纏わりつかれていた。
「いい加減にしろ!」
男が振り向き腕を振り回すと、
メイドたちの背中に薄い膜のような翅(はね)がはえて飛び去ってしまった。
男の方も人ではなかった。
緑がかった肌に、全体的に彫刻の荒堀でやめてしまったような骨格。
ぎょろりとした目、大きな鼻、尖った耳。
「あっちの親方は、ゴブリンでござったか…」
「性格はどっち(善悪)だろうな」
続けるまましろに、思わず乗ってしまった。
逃げ出した妖精?に、激高したゴブリンが手にしたコテを投げつけようとした時、
横からまあまあと、鮮やかな赤髪をなびかせた娘が止めに入った。
「あら、今日は寝ていないのね」
鋭い棘を忍ばせた声で咲夜が言った。
「ははは……今日はちゃんと起きてますよ」
そう言って、逃げ回る妖精たちを見回す。
「まあ、その……寝てても起きてても、あまり変わらない状況ですけどね」
赤毛の娘は引きつった笑いを浮かべた。
咲夜が双方の紹介をした。
緑の小男はホフゴブリンというらしく、外見とは裏腹に善良で働き者らしい。
赤毛の娘は紅美鈴と名乗った。
(たぶん、体術ならメイドさんより強いぞ。この人)
……それ以外は、
洋館にチャイナ服とミスマッチなことを除けば普通に見える娘だ。
「せっかく来ていただいておいてなんですが、お二人だけでは……、
お二人だけでは…」
美鈴がちらりと咲夜に目をやる。
咲夜は表情一つ変えず、澄ましていた。
美鈴が苦笑いを消せぬまま、咲夜の横顔を覗き込むようにして言った。
「いやぁ、お互い苦労しますねぇ。
私は外から来る不届きものに手を焼き、
咲夜さんは内側にいるお転婆さんに手を焼く。
……どうです? 居眠りばかりの門番の方が、まだ可愛げがあると思いません?」
「……美鈴。あなたのそれはただの怠慢ね」
咲夜の瀟洒な仮面の隙間からチラリと、片眉をわずかに上げて美鈴を見た。
「あはは、バレちゃいましたか」
屈託なく笑う美鈴に、
咲夜は小さく息をついた。
「自覚があるなら、まだ救いはあるわね」
美鈴は降参だと言わんばかりに両手を軽く広げてみせる。
仲良きことは良きことかな……。
と、言いたいところだが、
このありさまでは、作業どころか、
妖精メイドを追い払っているだけで日が暮れてしまうだろう。
しかし、
「いや、やりようはある」
視線がこちらに集まるのを感じながら言った。
「悪ガキには悪ガキだ。
こちらもトムソーヤになろう」
首を傾げる紅魔館の住人達に対して、まましろはニヤリと笑った。
「それはなかなかの悪ガキっぷりでござるな」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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