外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
紅魔館の一角。
壁の破片が散らばる一角に、場違いな拍手と歓声が上がった。
妖精メイドたちが何だ、何だと注目してくる。
「イエーイ、完成でござる」
「ウム、ヤッタナ」
まましろの演技に返すが、こちらの声はどうも固い声になった。
「ええ、やりましたね。ホフ親方」
「アア…」
美鈴にホフゴブリンが返すが、どうやらこちらも演技は苦手のようだ。
少し離れたところで妖精を監視している咲夜がうらやましい。
「さあ、玄ちゃん。早速やるでござる」
「オウ、デハ」
あらかじめ並べたレンガの前に立つ。
ただし並べ方は普通ではない。
しばらく前に動画配信サイトで流行った。
レンガ職人のドミノ・トリックの並べ方だ。
「では…」
少しだけ、本当に緊張しながら端のレンガを倒す。
パタパタと倒れていくが、途中のレンガはわざと完全には倒れない角度で止まる。
だが最後の一つが完全に倒れた瞬間――
連鎖が逆向きに走る。
半端に傾いて止まっていたレンガが、
終端から順に――今度は完全に倒れきっていく。
最後の一つがピタリと隙間を埋めると、妖精メイドが歓声を上げて寄ってきた。
最初の一人がレンガに手を伸ばそうとした瞬間。
「触ってんじゃねぇ!」
「どっかいけ!この役立たずども!」
「ダメダメ。こんな面白いところ、簡単に譲れませんよ」
「今から職人だけの秘密の工程でござるぞ!」
四人がめいめいに妖精メイドを怒鳴りつけ追い払う。
妖精メイドは逃げ去ったが、チラチラとこちらを伺い始めた。
あえて無視して、コテをとる。
ホフゴブリンも補強鉄筋のワイヤー止めを始めた。
美鈴は鼻歌まじりにモルタルを練り始め、
まましろはケレン作業をしながら口笛を吹いてみせた。
妖精メイドを無視して作業を続け、一段分のレンガを並べ終わる。
余分なモルタルをコテでざっと削ぎ落とす。
思わず満足げにうんと頷く。
妖精メイドの一人がそろそろと近寄って来たが、
足元にナイフが突き刺さった。
「いけませんよ。お客人と親方のご褒美の時間です」
咲夜が妖精メイドと作業場の間を塞ぐように立っていた。
「え、で、でも、メイド長」
妖精メイドがそれでも作業場のほうを見る。
見計らったように、声を出した。
「ああっと、そろそろ、もっと楽しいレンガの選別でもやろうかな…」
しかし、まましろの周りには、ケレン作業が終わっていないレンガが大量に転がっている。
「あ、じゃあ、私がそれ(ケレン作業)をやる!」
ここで、お願いしないのが味噌。
「ダメでござる」
「ええ、なんで~」
「じゃあ、じゃあ、これをあげるから」
と、メイド妖精がポケットから取り出したのはビー玉である。
「んん~、一つだけじゃなあ~」
「じゃあ、もう一つ」
メイド妖精がもう一つのビー玉を取り出した。
まましろがもったいぶりながら、ビー玉の色と妖精の顔を確認する。
「まあ、いいでござる。やらせてあげるでござる」
そこからはあっという間だった。
一人が動けば、後に続くのが妖精だった。
各々がポケットから、おはじき、メンコ、ベーゴマ、きれいな石まで…。
子供と妖精たちにとっては、どれも立派な宝物だった。
大人から見たらガラクタにも見える宝物を差しだして、手伝いを始めた。
(よし、うまくいった)
内心でガッツポーズを取っていたのだが、
こちらとホフゴブリンの指示だしが、問題になった。
「オオ、旨ク並ベルコトガデキルカナ」
不慣れな演技で、やや硬い指示出しになった。
「おい、早くもって…」
「さあ、一番早くもっていけるのはダレでしょう」
しかし、美鈴の明るさが妖精たちの気分をあげ続けた。
手伝いは段階式にした。
簡単な作業ができた者だけ、次の――もっと楽しい(そして少し難しい)作業に進める。
そうやって妖精たちの競争心を煽った。
「え~、まだ、ケレン作業なんてやってるの~」
「わたし、水湿し~」
作業に夢中になっている妖精メイドを横目にこっそりとまましろに伝える。
「おい、取り上げたもんは、あとで返すんだぞ」
「わかっているでござる。違う相手に渡せるようにするでござる」
「ああ、なるほど…」
実際には、妖精間での交換だが、
妖精達には“新しく手に入れた”ことになる。
なら、そこで咲夜の方を見る。
まましろもそれに気づいて頷いた。
「うむ、渡す役目は咲夜さんがいいでござるな」
男どもの相談を聞いていた咲夜が口を開く。
「それ、私は覚えていませんよ?」
誰に何を渡されたのか、記憶していなかったのだろう。
まましろは自信ありげに言った。
「大丈夫、拙者が覚えているでござる。
あとでメモを渡すでござる。
それなら、瞬間移動ができるあなたなら大丈夫でござろう?」
「……」
咲夜の動きが、ほんの一拍だけ止まった。
視線が、まましろを静かに薙いだ。
しかし、
まましろはにこにこと笑っていた。
「……では、そのように致しましょう」
咲夜が表情を崩さぬまま、承諾の形をとる。
まましろの視線が、下宿の女将さんが持たせてくれた包みに向かった。
「ところで、玄ちゃんそろそろ、小腹がすいてきたでござる」
言われて太陽を見ると、だいぶ真南に近づいてきているが……。
「ダメだ。今ここで作業を切ると、メイドたちの集中が切れそうだ」
施工の管理として否定する。
一度切れると、また、妖精メイドたちの興味を引くところからやり直しになりそうだ。
「いつまで?」
「面出しと目地の仕上げは、素人ができるもんじゃない。それは俺と親方がやるとして……」
進捗状況を考えて結論を出す。
「三時ぐらいがメドだな」
「おっふ…」
「その頃には、お嬢様もご起床なされているでしょう」
眉を寄せたまましろに、咲夜が補足するように伝える。
「お嬢様?会ってどうするんだ?」
「もともと、勧工場でワインの蒸留酒の計画が出ていて、それの仕入れに来ていたのでござる」
「ああ、何でいるのかと思ったら……」
「ああ、手伝っているのにひっどい言い草でござるな。相棒」
「誰が相棒だ」
そんな会話の後、
途中でワインの取引にまましろが現場から抜けた。
それでも作業は目算通りに進み、日が傾き始めるころには、メドがついた。
作業が終わり、夕刻の気配が漂う紅魔館。
交渉を終えたらしい。
まましろが戻ってきた。
いつの間にやら法被を着ており、法被には霧雨の文字が見えた。
「……ふぅ」
眼鏡を指先で押し上げるその顔から、いつもの陽気さが消えている。
(……)
まだ使っていない手ぬぐいを投げてやる。
「…苦戦したみたいだな」
顔面で手ぬぐいを受けた、まましろは地面に落ちる前にそれを慌てて掴む。
俺と目が合った瞬間、いつものまましろを引っ張り出してきた。
「……そんなことはないでござるよ。相棒! 交渉は完璧、我らの勝利でござるよ!」
言いながら、まましろは身震いをした。
「……本音は?」
「いやー、愛らしいお顔ながら、カリスマのあるお方でござった。
命というか、運命を握られている。と、でもいうのでござるかな?
……癖になってしまいそうでござる」
まだ、少しは余裕があるようだ。
ふと、視線を感じて見上げる。
上の階の小さな窓から、赤い瞳が見下ろしている。
赤い瞳が何かを思案しているかのように瞬き。
流れ星のように消え去った。
(今のが、紅魔館のお嬢様か?悪魔的な奴は赤い目だもんな……)
あてにならない、曖昧な知識を浮かばせていると、
その窓から咲夜が顔を覗かせる。
(お嬢様の背丈は、メイド長と同じぐらいか…)
咲夜の顔と同じ高さにあった瞳にそんなことを思う。
踵を返すという予備動作すらなく、その場から咲夜が「消失」した。
残像すら残さない、物理法則を無視した完全な空間の転移。
「お嬢様は、貴方たちの仕事に満足されています」
隣に立った咲夜は淡々と言った。
「こちらは報酬になります」
渡されたのは封蝋が押された紙包み。
確かな重みがある。
数日作業に参加したならばもらえると聞いていた額なのだろう。
「こんなに、いいのか?」
「お嬢様がお決めになった額です」
咲夜は言いながらも一瞬だけ首を傾げた。
「問題はありません。お受け取りください」
あまり、額については頓着していないようだ。
「こちらもお預かりしておりました」
今度は一瞬で薄くスライスした木材を編んだ簡易的なかごを持っている。
中には見覚えのある下宿の女将さんの包み。
蠟引き紙を被せられた木製の器。
ワインのビンが入っていた。
受け取ったまましろがワインのボトルに目を止めたような気がした。
「おや、お気遣いに感謝でござる」
「……」
まましろはそういったが、なにかを気にしていた。
ワインのボトルは底が深く、真っ黒な瓶。
(ああ、親方や女将さんにも飲ませてやろうってことか…)
ワイン素人向けではないな…。
何も知らないふりをして、助け舟を出すか…。
「…お、いいもの貰ったな。親方と女将さんにも飲ませてやろう」
「え。ああ、そうでござるな」
まましろが躊躇したように答える。
同時に、咲夜の視線がこちらを向いた。
「どうかしたかい?メイド長?」
「いえ、もう終わりましたわ」
視線をバスケットに戻せば――
ワインのボトルは底が平らで、透明感のある瓶に変わっていた。
「おっと…、手間を取らせたね」
「さすがは瀟洒なメイド長、仕事が早い」
咲夜は何も言わず、スカートの裾を軽やかに持ち上げると、
澱みのない所作で静かに一礼した。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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