外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
下宿に戻り、なんやらかんやらで食卓に着いた。
自分とまましろの前には茶碗ではなく、
昼めしになるはずだったおにぎりが置かれている。
口に運ぶ前ににおいを嗅いでみたが、悪くなっている様子はない。
「冷蔵庫もないのにどうやったんだろ?」
冷えているわけでもない、と疑問に思っていると、
「どうも十六夜氏は時間をどうこうできるようでござる」
「ん?時間を止めたら、自分も動けないだろう?」
「そこが矛盾で疑問ござる。ま、あくまで空想の域を出ないでござるな」
「疑問と言えば…」
食卓に目を戻すと、紅魔館からの土産に貰ったローストビーフに舌鼓を打っている娘が二人。
「働いてもいない、お前たちがどうして先に手を付ける?」
言うと、咀嚼しながら魔理沙が答えた。
「毒見だぜ。紅魔館が悪さをしていたら困るだろ?」
しっかりと味わい飲み込んだ後に霊夢が答えた。
「…出されたから、食べただけよ」
霊夢を見習ったのか、料理を飲み込んだ魔理沙が再び口を開いた。
「それより聞いたぜ。紅魔館に空いた穴をもう塞いだんだって?」
「紅魔館が倒壊するって話じゃなかったの?」
気のない声で霊夢が続ける。
視線を親方とまましろに向ける。
親方は無言、まましろは肩をすくめた。
二人とも依頼主の事情を喋ったりしていないらしい。
「…これよ。うるさい天狗の…」
霊夢がバサリと新聞紙を出した。
新聞と言っても、駅前で配られていた号外に比べれば、ずいぶんと簡素な一枚刷りだったが――。
題字には「文々。新聞」。同日の別号が二部。
「紅魔館に謎の大破損!館内に激震走る!」
「外来人が紅魔館を修復!?正体不明の技術で瞬時復旧か!」
チラリと見えた見出しは、秋の空より移ろいやすいらしい。
「おや?瓦版でござるか…?」
記事の内容を確かめる気にもならなかったが、まましろは受け取り、
「これはこれは、炎上系がかわいく見えるでござるな」
と、笑って見せた。
「相棒、我らは怪しげな魔法を使うらしいでござる」
「笑えない状況かもしれないぞ、現代だって陰謀論信者がいるくらいだ」
「え、あれ(陰謀論)って、キャラづくりで信じているのではないでござるか?」
まさかと思って、二人そろって幻想郷の住民たちを見やる。
真っ先に魔理沙が鼻で笑った。
「信じる? 誰がだ? 里の奴らだって、あいつの書くことは『暇つぶしの三文小説』だと思ってるぜ」
むっつり顔の棟梁が珍しく口を開いた。
「いいか二人とも。人里で一番信用されるのは、誰の下で働いて、何をしたかだ。
玄万は俺の現場で泥にまみれてたと言えば、里の奴らはそれを信じる」
言うだけ言って黙った棟梁に、女将さんがどこか自慢げな苦笑をしながら続けた。
「そうですよ、玄万さん。天狗の新聞は、野菜を包んだり、揚げ物の油を切ったりするのに一番役に立つんですから」
言いながら、新聞を折りたたみ始める女将さんに、まましろが乗っかる。
「あと、靴の型崩れ防止と消臭、除湿にも使えるでござる」
女将さんが、「あら、今度やってみようかね」と、口にする。
(……なるほどな)
話の流れを無視した霊夢が、新聞に一瞥もくれず、
ワインボトルに視線を送った。
「…で、それはいつ開けるの?」
(こいつ、ワインをブドウのジュースか何かだと思ってるのか?)
霊夢が催促をするような視線を向けていた。
「ああ、そうね。せっかく、二人が貰って来たんだものね…」
「どうやって開けるんだこれ?」
予想の通り、ワインに明るくない棟梁と女将さんがまごついていると、
「拙者に任せるでござる」
そういって、まましろは得意げに十徳ナイフを取り出した。
その機能の一つ、螺旋状のコルク抜きがついている。
「あ、あれ?」
コルクスクリューをねじ込んだまではよかったが、
まましろの腕力ではコルクは動かなかった。
無言で代わり、力を入れると、小気味のいい音を立ててコルクが抜ける。
霊夢が無言で湯呑を突き出した。
「酒だぞ、それ。子供が飲むもんじゃない」
霊夢は差し出された湯呑みを引くどころか、
不思議な生き物でも見るような目で見つめてきた。
「……子供?お酒を頂くのに、それが何の関係があるのよ」
霊夢は心底、不可解だと言わんばかりに小首を傾げる。
「お酒なんて、神様に供えるものよ。飲むのもその延長でしょ。
年齢でどうこう言う方が、おかしいんじゃない?」
「おい玄万、聞き捨てならないぜ。私をその辺のガキと一緒にすんなよ」
魔理沙はニヒヒと笑い、紅魔館のローストビーフを突き刺した。
「魔法使いはな、自分の体も魔力も全部自分で面倒見るんだ。
酒だって同じさ。どこまでいけるか分かってねー奴は、いざって時に暴発するぜ」
彼女は自信たっぷりに、自分の器を差し出した。
「子ども扱いするなってことか…」
二人の言い分は流したまま、続ける。
「大人なら分かるはずだ。これは労働の対価で、受け取るべき人間がいる」
ボトルを棟梁に向ける。
「どうぞ、棟梁」
「おう、すまねぇな」
ボトルを向けると、棟梁は口元を緩めながら器を差し出した。
(わりと楽しみにしてたな)
しかし、ワインを注ぐと目を白黒させる。
「……赤い、酒なのか?」
「何言ってんだい、紅みたいできれいじゃないか」
女将さんの方が度胸と好奇心が有るらしい。
「女将さんも、どうです?」
「あらいいのかい?」
女将さんの器に注ぎ終え、次にまましろへ向けようとしたが、
「順番でいうと、玄ちゃんが先でござるな」
視線を向けると、
いいからいいから、とでも言いたげに目で押してくる。
ボトルを預けて、酌を受けた。
(……なるほどな)
それから、まましろの器にも注いでやると、
霊夢と魔理沙の分は、ほんの一口になっていた。
二人は湯呑みの中身を覗き込み、わずかに眉をひそめた。
「……少な」
「おいおい、試飲にもならねぇ量だぜ」
まましろが何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「天使のわけまえでござるな」
「天子?」
霊夢が顔を顰める。
「あいつの取り分なんていらないわよ」
「同感だぜ」
魔理沙も同意したが、
一瞬だけ言葉の意味を転がし、遅れて口を開く。
「……巫女と魔法使いに、か?」
「そう、巫女(神道)と魔法使い(異端)に!」
冗談が通じる相手を見つけて、まましろは嬉しそうに言った。
ワインの味は飲みやすいのに、妙に芯が通っている。と言ったもので、
あっという間に飲み干した棟梁は、名残惜しげ器の底を眺めていた。
食うだけ食ったが、飲み足りないと魔理沙が言い出し、
博麗神社の梅酒で飲みなおそうと言い出した。
霊夢がため息をついて同意する。
なんとなく、二人を玄関先まで送る。
箒にまたがって飛び去る魔理沙を目で追っていると、
「さっきの話だけど…」と、霊夢が振り返った。
「里の連中、新聞なんて信じてないわよ。
でもね――紅魔館に行って、無事に戻ってきたやつがいるって話は、信じる」
言うだけ言って、霊夢は宙に浮いた。
「あの新聞…、あんたが“死ななかった”って証明みたいなもんね」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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