外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
紅魔館の依頼を、片づけるのがやや早すぎたかもしれない。
道具の手入れを終えたあと、そう思った。
やることがなくなると、どうにも落ち着かない。
現場に出ても問題はないが、棟梁からは休めと言われている。
「他の連中との兼ね合いもある。お前だけ続けて使うわけにもいかねぇ」
そう言われて引き下がった。
仕事を回す側の理屈としてはもっともだ。
鈴奈庵で本を借りるのもいいが、少しばかり天気が良すぎる。
人里の様子を見て回るのも悪くない。
通りに出ると、いつもより人が多い気がした。
普段とは違う方向に人の流れができている。
流れに任せて歩くと、見覚えのある赤いリボンが揺れていた。
「よお、巫女さん」
声をかけると、霊夢は緩慢な動きで振り向いた。
「ああ、あんたか……」
いつにもましてやる気のない態度に、顔を覗き込むと、
瞼に漬物石でもおいているような目つきだった。
「寝不足か?魔理沙と連日飲んでいた……わけではなさそうだな」
手には買い物かごを下げ、干した魚や一見すると麻縄にも見える芋茎(ずいき)が覗いている。
すべて保存食。忙しい時に手間を減らすための食べ物である。
「……どっかの迷子たちを返してやらなきゃいけないからね」
「ああ、とりあえず、すぐに死にそうにないから。無理しなくていいさ」
客が離れるかもしれないけどな……。っと、心の中で続ける。
帰す手段が霊夢と、藍とかいう狐娘に任せるしかない以上、
どうすることもできないのだが、放り出したことになってしまった外の世界の仕事も気になる。
そういう考えが僅かに顔に出たかもしれない。
「……なるべく早く片づけるわ。
胡散臭いのを……捕まえるだけだもの」
言いながらも霊夢は視線を彷徨させ、指先を髪に絡めた。
言葉だけ見るとやることが決まっているように聞こえるが、仕草は自信なさげである。
彼女の中では確信が持てていないようである。
追求しても仕方がないと思い話題を変える。
「それにしても、少し里の様子がおかしくないか?なにか催しでもあるのか?」
「なに?しらないの?」
霊夢がある方向を指さす。
「ボロ市がやっているのよ」
指先の方がざわついていた。
霊夢はこれ以上説明する気はないようで、挨拶もそこそこにいってしまった。
とりあえず、指された方角に向かってみる。
(祭りか? 音楽や太鼓は聞こえねぇが……)
荷を抱えた者、呼び込みの声、子どもの走る足音が混ざる。
(……ああ、フリーマーケットか)
ゴザや地面に並べられた品を見て理解する。
幻想郷で言うなら、ノミの市だろう。
好奇心に任せて足を向けた。
最初に目に入ったのは、干物だ。
淡水魚を開いて干したものが縄に吊るされている。
燻した匂いが鼻につく。
その隣では山菜の塩蔵が並んでいた。
樽の中に押し込まれた葉や茎。色はくすんでいるが、保存状態は悪くない。
(そういえば、外の市場で基準が厳しくなって、店じまいする手作り漬物の店の話を聞いたな)
こういう手仕事の店も、外の世界では忘れられたものなのかもしれない。
少し先で、人だかりができていた。
覗くと、妙に目立つ格好の娘が立っている。
鯨の図が入った前掛けに、頭には同じく鯨を模した帽子。
手にした小さな杯を客に差し出していた。
「猿酒の試飲会です。どうぞ、試してみてください」
差し出されたのは濁った液体。
発酵臭が強い。
(飲み物にしては、野生寄りだな)
飲むにはまだ少し勇気が足りず、
日が高いうちから飲む気はない、と断った。
さらに歩く。
乾燥させた草やキノコを並べた店があった。
束ねられた薬草が、「八意」と書かれた紙袋に詰められている。
効能らしきものが書かれている看板だけが、控えめに薬屋だと主張している。
(店名のつもりかもしれないが、八意だけじゃわからん……)
その奥、笠を深くかぶった娘が一人、静かに座っていた。白い衣装は山伏に近い。
客と目を合わせるでもなく、ただそこにいる。
いや……たまに頷くようなしぐさをしている。
まるで無線式のイヤホンで音楽を聴いているか、友人の話を聞いているかのようだ。
(コンビニの深夜バイトでたまにいるよな……)
じろじろと見すぎたのかもしれない。
異変に気がついた兎のような機敏さで、店員がこちらを見た。
赤い瞳が忙しなく左右に泳いでから、こちらを捉える。
「え、えっと、ご注文ですか?」
「あ、すまん……」
じろじろ見ていたとは言えず、今度はこちらも左右を見渡す。
商品の中の、セミの幼虫から生えたキノコに目が留まる。
「これ、冬虫夏草ってやつだろ。めずらしいな」
「ああ、陰と陽の両方の性質を一つの体に宿す、なんて大仰なことが言われてますけど、
酸素利用効率の向上や、免疫のバランスを整え……」
店員は、こちらを捉えていた視線の焦点を、わずかに後ろへ外した。
「……って、言ってもわからないか」
小さく息を抜いた。
言葉の端々に、知識による優越感が見え隠れしている。
(幻想郷の中にも、知識マウントってあるんだな……)
社会のサイズが変わっても、人のやることは変わらないらしい。
これからのこちらの発言もなかなか滑稽だと自覚しながら、口を開く。
「要するに疲労回復とアレルギー予防?」
「え! ええ、まあ、大体は……」
赤い瞳をパチクリさせて動揺している姿に、少しだけ悦に入る。
我ながら性格が悪いと反省しながら続ける。
「……でも、さすがにこのまま飲む気にはなれないな」
面食らったかのような顔をしていた店員は、わずかにズレた笠を直すと、
すぐにしたり顔に戻って少し胸を張った。
「大丈夫です。細かく刻んでいるものもありますから。
こちらのものなら、このくらいの匙で一杯ずつ煎じてもらえれば……」
「そう? じゃあ、そいつを一つ……」
値段も大したことがなかったので、からかった詫びも込めて一袋買うことにした。
薬屋を離れると、日用雑貨を扱っている店が並んでいた。
割れた陶器を継いだ器、端切れの布、新聞を編んだ籠、ネズミ色の再生紙。
手間はかかっているが、用途は明確だ。
その一つはこの市においても上位の賑わいを見せている。
マッチに鮮やかなレモンイエローの薬品が塗られた付け木、鉛筆や豆電球を使った電灯。
ある程度の技術力を必要とする雑貨が、比較的安い値段で売られているようだ。
「はいはい、毎度あり!湿気に気をつけるでござるよ!」
器用に客を捌いていたのは、見覚えのある男だった。
整えられた短いアンカー状の髭――まましろだ。
顔見知りを見つけて軽く手を振ってみるがまったく気が付く様子がない。
まましろは隙あらば隣の店に視線を送っている。
この区画の中で、その店は空気が違った。
まず、目についたのは箱だ。
木でも陶でもない、プラスチックの角の立った直方体。
前面にはガラスの板がはめ込まれている。
何かを映すための“窓”のようにも見える人工物。
(もしかして、ブラウン管テレビ?
…うわ、あんなのだったか?
つーか、なんで、あんなもんを?)
うっすらと地デジ化がどうという記憶が残っているがだいぶ怪しい。
中古ですらもう見なくなったものを誇らしげに並べている店がある。
外の世界ならば電源を入れて、その画質や機能を客に見せる展示をしているが、
その店が行っているのは張り紙だけ。
『式を失った神』
という文言の張り紙がされていた。
店の前に立ち止まる客は皆無と言っていい。
まましろの視線は常に隣のブラウン管…。
いや、『式を失った神』へと向けられている。
(ああ、何でそんなもんを並べているか、気になってしょうがないんだな)
数日暮らしただけでもわかる。
幻想郷において電化製品は価値がない。
それを生かせるインフラがないからだ。
その店に並んでいるブラウン管テレビとPCたちも、
幻想郷(ここ)に来て一度も電源を入れられたこともないだろう。
客が途絶えた間を狙ってまましろが、隣の店主に声をかけた。
「……店主殿。この『式を失った神』、なかなか挑戦的な二つ名でござるな」
銀髪に近い淡い色の短髪。
落ち着いた雰囲気の店主が指先で眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
フレームが鼻筋の定位置に収まると、霖之助はゆっくり口を開いた。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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