外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第17話 ― 式を失いし神

 

 

「……挑戦的、か。君にはそう聞こえたのかい?」

 

男は黒い筐体――ブラウン管テレビの画面を、羽箒で払うように指先でなぞった。

 

「外の世界では、これは万象を映す『千里眼の箱』だった。

遠く離れた出来事を伝え、人々の視線を一身に集める。

いわば茶の間に据えられた現代の『社』だ」

 

わずかに目を細め、こちらを見る。

 

「だがこの地には、それを動かす『気』――電気がない。

映すべき影も、届く声も失われた。

……ならば、ただの鉄と硝子の塊になったと思うかい?」

 

首を振る。

 

「違う。役割を奪われたことで、純化され『器』へと昇華されたのさ。

かつて人々が注ぎ込んだ熱狂や羨望、畏怖。

それらの想いだけが、この箱に澱のように積もっている」

 

軽く筐体を叩く。

 

「こちらピーシーなる電子計算機は、『式』。

 すなわち、道具としての振る舞いを規定する理を失った。

 それはこれをただそこに在るだけの『偶像』と化した。

 今は何も映さないが、その分、見る者の心にある景色を無限に映し出すことができる。

 …どうだい? 役目を終えてなお、見る者を惹きつけようとする執念。

 これこそが、一つの神性だよ」

 

霖之助は満足げに眼鏡を定位置に戻すと、まましろの反応を待つように沈黙した。

 

「んん…」

 

まましろは、感心したのか呆れたのかは分からないが、熟考する気になったようだ。

こちらも一応男の話を咀嚼してみる。

白黒テレビの時代の映像で、街頭テレビに群がる大衆の姿を見たことがある。

それは確かに祭りで神輿やご神体に集まる群衆に似たところがあるかもしれない。

廃棄されたPC、確かに筐体はそこにあるが、中の『(計算)式』、プログラムを保存している媒体はダメになっているだろう。

つまり、ジャンク。ガラクタだ。

 

(……客が一人もついてねぇのに、よくもまあ、

 そこまでもっともらしい理屈を並べられるもんだ。

 高尚な哲学を塗りたくって作ったはいいけど、誰も住まない廃墟を作る建築士

 …なんといったかな?あの番組…)

 

先日あった河童や番組に出ていた建築士が、

作りたいモノを作るアーティストだとしたら、

店主は語りたい物語をモノに貼る作家と言ったところだろうか?

 

改めてその『式を失った神』…ブラウン管テレビやモニターを経由して、

二人の様子を伺う。

 

「なるほど、役目を終えて自由になった神、でござるか。

 …それはまた、科学者でも神学者でも聞いたら腰を抜かすような、

 粋な解釈でござるな」

 

まましろは、にやにやと笑みを浮かべる。

単に面白い個体を見つけたマッドサイエンティストの笑みにしかみえないが、

霖之助のペースに合わせるように言葉を重ねる。

 

「しかし店主殿。この神様、人里の衆には少々……

 いえ、かなり敷居が高いようでござるぞ。

 拝むにしても、これだけ角張っていては、どこに手を合わせればよいのやら」

 

「それがいいのさ」

 

霖之助は、まましろの指摘に首を左右に振った。

 

「理解できないもの、触れがたいものこそが畏怖を生む。

 …もっとも、この価値がわかる客が現れるまで、僕は気長に待つつもりだよ。

 時間はたっぷりあるからね」

 

そう言って、霖之助は再び手元の古道具に視線を落とした。

その横顔には、商売の成否よりも、「自分だけがこの道具の真の価値を知っている」と言わんばかりの顔をしていた。

 

まましろは顎鬚を一撫でしながら、視線を左右に動かすと、

 

「なるほど、面白い意見でござる」

 

慇懃に答えて、別の商品、例えば表面に細かな溝が刻まれたヤスリ版や、

4つの円形の穴が横一列に並んでいる物騒な雰囲気の装飾品について、

あれこれ質問を始めた。

 

店をほったらかしにして…。

まましろの店では、商品を買いに来たであろう女が

店主の姿を探して視線を彷徨わせていた。

 

女性が踵を返す前に、こちらがまましろに近づくと、

ベチンと頭を叩く。

 

「客だぞ、まましろ」

 

「おおっと、玄ちゃん。え!?あ…、お待たせしましたでござる」

 

頭を押さえて驚きの表情を見せたまましろだが、

店頭にいる女に気付いて慌てて店に戻る。

一方のジャンク屋の店主は唯一店の前に立っていたまましろが居なくなると、

すぐさま派手な表紙のムック本を取り出した。

それの表紙には、一千年代の年号が印刷されていた。

 

(…少なくとも客商売に向いているようには見えねぇな)

 

再び視線を伸ばすと、まましろが少しばかりだらしない顔をしながら接客していた。

 

 

 

 

 

 

まましろが自分の店に戻ったのを横目に、霖之助はふっと小さく息をついた。

 

「……やれやれ」

 

手にしていたムック本を閉じ、軽く指先で整える。

 

「言葉は理解しているようで、肝心なところには触れていない」

 

誰に聞かせるでもなく、独りごちる。

 

視線だけを、先ほどまでまましろが立っていた場所へ向ける。

 

「……なるほど、“どう扱うか分からない”か」

 

霖之助は小さく呟く。

 

「結局はそこに帰着する。扱い方、用途、作法……、

 要するに、“どう使うか”だ」

 

軽く肩をすくめる。

 

「だが、それを求めた時点で、すでに見落としているんだよ」

 

指先で、ブラウン管の縁を軽く叩く。

乾いた音が、小さく響いた。

 

「役目を終えたものに価値を見出せないのは、視野が狭い証拠だ。

 ……もっとも、それが“普通”なのだろうけどね」

 

そう言って、再び椅子に深く腰をかける。

だがその口元には、わずかに満足げな笑みが残っていた。

 

「まあいい。人には、少し早い話だったか」

 

霖之助は、それ以上の関心を向けることなく視線を外した。

箱は、何も映さないまま、そこに置かれていた。

 

 

 

 

 

「はい、おねぇさん。何がお入り用でしょうか」

 

「うむ、この鉛筆、できるだけいただけるだろうか?」

 

「…ダース単位になるでござるが…?こんなに…?

 おねぇさんは、帳簿係でもしているでござるか?」

 

「いや、そういうわけではない。…わたしは寺子屋で教師をしていてな…」

 

女性の雰囲気はきりっとしていて頼れそうだが、礼儀や筋にうるさそうな雰囲気がある。

教師と言われて疑う者は居ないだろう、と思えるぐらいだ。

 

(あたまの帽子を除けば…、だけど)

 

女性の光沢のある銀髪の上には、ちょこんと五重塔の先端みたいな飾りがついた帽子が乗っている。

正直、帽子というよりは観光地土産の置物のような独特デザインだ。

 

「おお、ということは、あなたが慧音先生でござるか」

 

まましろは女の名前を知っているらしい。

 

「そういうお前が、まましろ玄万だな。外来人の…」

 

「あはは!」

 

まましろは笑ったが、こちらは顔を顰めた。

どうやら噂が独り歩きしているようだ。

 

「拙者、まましろでござるが、玄万ではないでござる」

 

「ん?」

 

「拙者はまましろ まさとし」

 

いいながらまましろはこちらに目を向けた。

 

「あっちの目つきと愛想がいささか悪いのが今剛 玄万。大工の『玄ちゃん』でござる」

 

慧音はアッという顔をしたあと、軽く頭を下げて謝罪した。

 

「すまない。外来人が複数人、人里に居つくとは思わなくてな」

 

「あ、やっぱり珍しいのか…」

 

まましろは謝罪よりも、珍しい現象が起きたということに興味があるようだ。

軽い思索を始めるまましろを横目に、ここはこちらが話をつづけた方がよさそうだ。

と、返事を返す。

 

「いや、気にしないでください先生。私が今剛 玄万」

 

言いながら、まましろを親指で指す。

 

「あっちの表情と言動がいささか怪しいのがまましろ まさとし。高等遊民の『ままま』です」

 

あだ名に対する意趣返しに言い返してやると、

まましろは思索にふけるのをやめてニヤリと笑った。

 

「おっふ。なかなかお口が悪いでござるな。玄ちゃん」

 

「一回は一回だ。言い返されるのが嫌なら口を閉じるべきだな。ままま」

 

はっはっはと笑いあっていると、

慧音が眉を寄せて言った。

 

「仲がいいな。ふたりは幼馴染なのか」

 

玄万とまましろが異口同音で言った。

 

「「御冗談を、先生」」

 

 

 

 




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