外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
二人の圧に戸惑う慧音に、まましろが言葉を重ねた。
「それはそうと、鉛筆がご入用とのことでしたが、それにしても多すぎではござらぬか?」
確かにその通りだ。
Microsoft Officeもなければ、EPSONのプリンターもない幻想郷だが、テスト問題や教科書を刷るにしても代替手段はある。
まさか、すべて鉛筆で手書きしているわけでもあるまい。
「多い、か」
慧音は短く繰り返した。
「寺子屋に来る子どもたちが、皆、筆や墨を揃えられるわけではない」
一拍置く。
「全員に配ることはできないが……足りない者には補ってやる必要がある」
視線を鉛筆に落とす。
「誰か一人でも書けないまま授業を受ける方が、よほど無駄だからな」
どうやら、文房具を揃えられない者の分を補っているらしい。
個人負担か寺子屋の備えかまでは判断できないが、
少なくとも見て見ぬふりをするつもりはない、という意思は明確だった。
(どうやら、いい先生であろうとしているようだ……)
まましろも同様に感じたらしく、
「それはいい考えでござるな。拙者も四則演算くらいなら教えられるでござる。
人手が足りぬときはご用命を……」
「……覚えておこう」
慧音はそう言うと、鉛筆の束を抱えて店を後にした。
まましろがこちらを向く。
「お客さん、なにかお入り用ですか」
「……暇つぶしを所望している」
「おっふ、玄ちゃんは突然暇になると、
何をしていいかわからないたちでござったか」
「外ならジムに行って体を動かしてから、
どうするか考えていたからな……」
「デフォルト・モード・ネットワークでござるな~」
話しながら店の商品を見ると、初期の工業製品を思わせる品が並んでいる。
(外でいうなら、科学系DIYの延長みたいなものか)
まましろの勤め先霧雨道具店というのは、こうした品を扱う店なのだろう。
その中で一つの商品だけが棚を占めていた。
「ん? これだけ売れていないのか?」
「あ~、お恥ずかしながら、拙者考案の新商品でござる」
商品は下部に穴が並ぶ、金属ジョッキのようなものだ。
中を覗くと、底より上に打ち抜きの金網がある。
「これ、チャコスタだろ。BBQに使う」
「おお、ご存じでござるか。種火から大きくするのに、
ふいごやうちわであおぐと聞いたので、需要はあると思ったのでござるが……」
チャコールスターターは煙突効果を利用した火起こし器だ。
薪や炭を入れて着火すれば、あとは放置で火が起こる。
「知名度の差じゃないか?BBQのときも普通はあおいで空気を送るし……。
実演販売でもしてみたらどうだ?」
「おお、その手がいいでござるな。イベント用の広場もあるでござるしな」
「イベント?」
「あっちの人区画が開いていて、芸を披露できるようになっているでござる」
「ああ、客寄せ用のイベント会場ってわけだ」
「今は命蓮寺の一輪ちゃんが説法をしていたと思うでござる」
ちゃんづけで呼ぶということは尼さんなのだろう。
まましろのニヤけた顔からすると若い女性なのかもしれない。
「そこを間借りする気か?」
「うむ、暇そうな出演者も見つけたことでござるしね」
いいながらまましろはガシっと肩を掴んできた。
「なんで俺が…」
「拙者も紅魔館の補修を手伝ったでござるよ、相棒」
「…ちっ!」
断りづらい。
「俺が客商売に向いていると思うか?」
「しゃべる役は拙者がやるでござる。比較対象として普通に火起こしをしてほしいでござる」
言うとまましろは雑紙に何かを書き留めた。
「広場の受付があるでござるから。そこにこれを渡してほしいでござる」
「おまえは?」
「広場の順番が回ってくるまで準備をするでござる。
玄ちゃんは芸を見ながら待っているといいでござる」
雑務を命じられ玄万はボロ市の中央に向かった。
一区画が開けられ、ちょうど青い頭巾の尼が去るところだった。
入れ替わるように、肩までの金髪をなびかせて、
青いカントリードレスの娘が広場に中央に向かう。
そのお付きたちの姿が異常だった。
人形である。
一抱えできるサイズの人形が五体。
箱を二つと、ヴィクターのロゴに描かれているような、ラッパ状の口を持つ機械を運んでいる。
(AIロボット?いや、まさか…)
自走して持ち主の後をついてくるスーツケースというのは、
動画で見たことはあるが、おそらくそんなスマートなものではない。
魔理沙の箒と同じ類か。
特に声掛けや、呼び込みをしたわけではないのに、
彼女が現れただけで、人々が足を止め始めた。
足を止めて人々の表情には期待が込められている。
彼女の周りの人形に驚く様子もない。
「待ってました」
「アリスさ~ん」
と、声を出すものもいる。
(固定のファンもいるのか…。あのアリスって人)
どうやら売れっ子の芸人らしい。
アリスが指を動かすと、人形たちは舞台を整えた。
アリスの指がさらに動くと、人形たちは隅により、それこそ糸が切れたかのように座り込んだ。
いや、一体だけ、
一体だけ装飾の豪華な人形が機械のハンドルを回す。
やがて音楽が流れ出す。
(音が出る箱?……丸い板が回ってる。あれがレコードか?)
ノイズまじりの音楽と声が広場に広がっていく。
『町の人々から「変わり者」と呼ばれるベル』
娘が箱の一つに近づくと、箱に置かれていた十字の手板を取った。
音もたてずに、箱が開くと娘の前にはもう一人の娘が現れた。
いや、人形か。
ドレスを纏いブラウンの美しい髪をなびかせているが、
顔を一目見ると人形だと分かる顔だちをしている。
アリスが手板を操ると人形は、音楽に合わせて活発に動き回った。
人形は不気味の谷に落ちることもなく、愛らしく踊る。
音楽と声が物語を進める。
ここまでくればさすがにわかった。
演目は『美女と野獣』らしい。
『父の身代わりとなるベル。呪いをかけられた冷徹な野獣との出会う。』
設置されていたもう一つの箱が震える。
箱は美女の人形が入っていた箱より一回り大きい。
箱が開き野獣が現れた。
もちろん人形だ…。
野獣の人形は周囲をぐるりと見渡した。
なんとも、首筋の後ろが泡立つようなしぐさ。
ガラス玉の瞳が湿り気を帯びているかのようだ。
下あごから牙の突き出した口は、今にも涎と吐息を吐き出しそうだ。
(うわ、対比を狙っているのか?にしても、やりすぎじゃねぇ…)
周囲の観客たちからも軽い悲鳴が上がった。
『城の野獣は歓迎するが、ひとりぼっちの晩餐会。』
娘が手板を動かすたびに、美女の人形が舞ってみせる。
しかし、野獣の人形と手板は連動していないらしい。
やや、ぎこちないが動きで美女の人形に近づいたり離れたりしている。
(なるほど、美女が手動操作で、野獣は……違うみたいだな……)
レコードの声が続ける。
『二人が互いの優しさに気づき、歩み寄り、舞踏会へ』
娘が手板を繊細に動かし始めた、
美女の人形が、自動人形の野獣の手を取り踊り始めた。
華奢な美女が、一瞥するだけで巨大な野獣を自在に操っているようなダンス。
美しい女性が細腕ながら、その知性で野獣を見事に御している。
見た目も相まって、最初はそのように見えた。
野獣の動きは力強くダイナミックなのに、
リードである美女の指先ひとつで、ピタリと止まり膝をつく。
(なんか、対等なパートナーってより、主従って感じだな)
何か抗えない支配が働いているような、危うさを感じさせる。
野獣の動きは力強く、だがどこか滑らかすぎる。
規則的でありながら、ほんのわずかに“遅れ”がある。
アリスが手板のリズムを変えると、野獣の動きは再びリードの中に納まる。
(…?、いま、不満そうにしなかったか?)
美女が手を引くたび、野獣は従う。
だが、その従い方が――
(従っている、というより……抑え込まれている?)
一度そう見えると、もう戻らない。
「心を通わせているペア」には見えなくなった。
むしろ、増長する美女と、押し黙る男に見えてきた。
美女の人形がダンスの進路を切り返そうとしたが、
野獣が直進の方向へ半歩だけ踏みとどまった。
野獣が今度は大きく一歩踏み込む。
美女の人形が、わずかに引きずられた。
アリスの手が遅れる。
まるで、野獣が――“意思”を見せたかのように……。
意図しない人形の動作にアリスの手板が引かれ、バランスを崩す。
すると、美女の人形の動きが乱れ、さらに野獣が抵抗する。
このままだと、そのうち転倒する。
アリスが手板を大きく振って人形を停止させる。
それに合わせて野獣の方もガクガクと震える。
野獣の人形が首をアリスに向ける途中で止まった。
レコードを掛けていた人形も動きを止めた。
アリスはため息をついて、観客たちにぺこりとお辞儀をする。
(もったいねぇ……終わりか)
集まりかけていた観客たちが落胆の声をあげて、踵を返し始める。
アリスも人形を撤収するためだろう、もう一度手板を振るおうと…
バキ!
鈍い破断音。
視線を向けたときには、すでに遅かった。
ブラウンの髪の人形の首が――消えている。
―――ッ!!
野獣の手にはブラウンの髪の――。
観客やアリスが事態を理解する前に、
野獣の人形は相方だった人形の頭を、アリスに投げつける。
完全に不意を突かれたアリスは避ける間もなく額に受けて倒れこむ。
野獣が倒れたアリスに向かって疾走する。
左の拳にしびれるような衝撃。
間を置かず、右。
横合いから打ち抜かれた野獣の人形が軌道を変えて転がっていく。
(ああ、やっちまった)
野獣の人形は倒れたまま動きを止めている。
「おい、大丈夫か?あんた!」
「…あ、ええ…」
アリスは意識はあるようだが、返事が怪しい。
視線は定まっておらず、手板でも探しているのだろうか、手を這わせている。
意識が半分飛んでいる。
(魔法使いってのは
肉体的にはそんなに丈夫ではないのかもしれない)
野獣の顔がぐるりとこちらに向いた。
殴りつけた拳がしびれている。
当然だが、人を殴った感触ではない。
骨でも肉でもない、詰まった木塊のような手応え。
……桐と胡粉か。
野獣がむっくりと立ち上がる。
顔にひびが入りさらに、呪いが進行したような顔になった。
だが……。
動きは、まるで鈍っていない。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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