外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
二人とも、
相手の顔を見たまま止まった。
軒先を叩く雨音だけが続く。
「いやいやいや、
絶対赤だったって」
最初に口を開いたのは小鈴だった。
「夕焼けの中でもちゃんと見えたもん」
「見間違いでしょ」
阿求はさらっと返す。
「私は見たもの忘れないし」
「いや絶対赤!」
「金色」
「赤!」
「金」
「赤毛!」
「金髪」
だんだん、子供の言い争いみたいになってきた。
紙束を抱えたままの二人を見比べる。
(小鈴の時は夕方だったな)
熟れた柘榴みたいな空だった。
(夕日の反射で白っぽいものが赤く見えたのか。
逆に今日は雨だ。光が鈍って、
金髪がくすんで見えた可能性もある)
いや。
(……複数いる場合もあるか?)
そこまで考えてから、聞いてみる。
「二人が見たのは、小人か? 生首か?」
さっきまで言い合っていた二人が、揃ってこちらを向いた。
「ほとんど頭しかないように見えました」
「首から下に、黒っぽい外套みたいなものが垂れていたわ。
体があるのか、布だけなのかまでは見えなかったけど」
「あと髪も長かったよね。三尺くらいはありそうで、顔が見えませんでした」
聞いた話を頭の中で組み立てる。
平将門みたいな怨霊より、
サブカルチャーの二頭身キャラクターが浮かんできてしまった。
これで「大したことなさそう」と決めつけるのも危ない。
さらに聞く。
「幻想郷には、首だけ飛び回る奴がいるのか?」
「飛頭蛮という妖怪が絵巻にありますよ」
小鈴がすぐ反応した。
「首だけになって飛び回る妖怪。
鈴奈庵の本の中にも出てきます」
「でも、
ちょっと変なのよね」
阿求が言う。
「もし普通の妖怪なら、
人里であんな騒ぎ方しないと思う」
「なんで?」
「だって、
妖怪だって馬鹿じゃないわ。
人里で目立って得することなんてないでしょ?」
阿求は濡れた髪を指先で払う。
「あんな風に掠めて逃げるなんて、
むしろ加減を知らない感じがするのよ。
幽霊とか、
出来たばかりの怪異とか」
「えー、でも絶対体……、実体あったよ?」
小鈴は即座に言い返した。
「ごつんってきたもん。
あれが幽霊なら、
もうちょっとこう……
情緒のある当たり方するでしょ」
「情緒って何よ」
「ひんやりしてるとか」
「実際は?」
「生温かかった」
「嫌ねぇ……」
阿求が露骨に顔をしかめる。
「でしょ!?
しかも重かったし!」
小鈴は額をさすりながら、
むっと唇を尖らせた。
「阿求は横から見てただけだからそんなこと言えるの。
私はまともにぶつかられたんだからね」
「はいはい」
阿求は紙束を整えながら、
諭すような声を出す。
「でも小鈴、
貴女そういう“それっぽい話”好きでしょう?」
「なによそれ」
「飛頭蛮だの、
呪本だの、
“人の知らないもの”って聞くと、
すぐ飛びつくじゃない」
「そりゃ気になるでしょ。あんただってそうじゃない!」
小鈴はむっと頬を膨らませた。
「うちは代々そうやってきているからね。
それ用の手だてや伝手もある」
阿求はそこで一度言葉を切る。
「でも、あんたは違う。
“知ってるつもりになる”のは危ないの」
「でも、本には――」
「私が何のために『幻想郷縁起』を編纂し続けてると思ってるの?
本に書いてあるから安心、って考え始めると、そのうち足元を掬われるわよ」
阿求は静かに言う。
「貴女、妖魔本を読む時の顔してるもの。
“自分だけは大丈夫”って」
小鈴が言葉に詰まる。
図星らしい。
「む……」
「だから言ってるの。
そういうのは、専門家に任せなさいって」
小鈴の眉がぴくりと動く。
「……じゃあ、
鈴奈庵の本は全部飾りってこと?」
「そうは言ってないわ」
「言ってるのと同じだよ」
小鈴は帳場へ身を乗り出した。
「飛頭蛮の話だって、
“首だけみたいに飛ぶ”って特徴は一致してるし、
今の話と全然関係ないとは思えないよ」
「偶然かもしれないでしょう」
「違う。
本はちゃんと役に立つわ」
その声には、
いつもの“本好き”以上の熱があった。
「本ってのは、あんたが書いたものだけが特別なんじゃない。
ただ怖がるために記録されてるわけじゃないんだから。
どういうものか知れば、何をするかだって分かるんだから」
「小鈴――」
「だったら見つけてくる!」
ばん、と帳場を叩いて立ち上がる。
「私の知ってることが、
ちゃんと本物だって証明してあげる!」
止める間もなく、小鈴は奥へ引っ込んだ。
がたがたと、棚を開ける音。
「おいおい」
「探しに行く気ね……」
阿求が深々と溜息を吐く。それからこちらを見た。
「……今剛さん」
嫌な予感しかしない呼び方だった。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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