外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
「小人のようなサイズの物を操ると言ったらアリスさん。
この間、市で騒ぎを起こしたと聞きますし、犯人は現場に戻るといいます。
まずはアリスさんのところに向かいましょう」
「謹慎してるんじゃないか? あの人」
鼻息を荒くする小鈴に、ぼやくように返すが、聞いちゃいない。
(結局、
番太郎からワトソン君に転職か……)
最近の若い世代はすぐ辞める、とか言われそうだ。
そんなことを考えている間にも、継ぎ当てのある洋傘が、雨の通りをずんずん進んでいく。
追いついて、小鈴に話しかける。
「人形師のお嬢さんのいる森は、危険じゃなかったのか?」
並んだところで聞くと、
小鈴は振り向きもせず頷いた。
「普通に入れば危ないですよ。
でも、香霖堂のある辺りまでは、人も通りますし」
「空を飛べるようなやつらを基準にしていないよな?」
同じ年頃の霊夢や魔理沙を基準にしているなら、とんでもない間違いだ。
「してませんって」
小鈴は呆れたみたいに言った。
「あの二人基準で考えたら、
地獄だって遊山所になってしまいますよ」
雨除けの布を押さえながら、
ずんずん歩いていく。
「香霖堂の辺りまでは、
ちゃんと人が出入りしてますし。
森の浅いところなら、
いきなり妖怪に襲われるような場所じゃないです」
「“いきなり”じゃなければあるのか?」
「そこはほら、
幻想郷なので」
「なるほどね」
妖怪に襲われるのが、『地方都市での野生動物が出た』程度の感覚のようだ。
ポンチョの中でメリケンサックの感触を確かめる。
ポンチョを跳ね上げる動きをイメージする。
その動きが気になったのか、小鈴が聞いてきた。
「どうしたんですか?」
「いや……、外の世界の物と比べると、着心地が悪いんだよこのポンチョ」
「へ~、進んでるんですね。外の世界って……」
「人間のほうは、あんまり進んでいない気がするけどな」
「この間、まましろさんに見せてもらった、
文字が光る本みたいなのがあるのにですか?」
「進んだのは道具だけだな。
おかげで、そろそろSFのネタが切れそうだという話も出てきたな」
「SF?」
「空想科学。
電気で人造人間を作る話とか、
月旅行とか、そういう外の世界の……魔法の話だ」
「月になら、魔理沙さんが行ったことあるって言ってましたよ」
「幻想郷の月は箒に乗っていけるのか……」
雑談のおかげであまり長く感じなかったが、
それなりの道のりを歩いた後に見えてきた。
鬱蒼と茂る巨樹の影を背負い、
人里へ溢れ出しかけたキノコやシダに、
ふたをするようにその建物はあった。
木造の和風建築をベースにしてはいるが、
切妻屋根からレンガの煙突が突き出していたり、
真壁の柱と柱の間に外壁用化粧板が貼られていたりと、
和洋と古今を独りよがりに折衷したような二階建て。
周囲には、羽根の欠けた扇風機や、木枠のラジオ、
ブラウン管の外れたテレビらしき箱が、雨ざらしで積み上げられていた。
いや、
よく見れば、人が通るスペースは残っている。
その奥に『香霖堂』と書かれた看板が掲げられた厚手の扉があった。
特に用があったわけではない。
ただ、
店主がいるかどうかくらいは確認しておこうと思い、
曇った窓硝子を覗く。
店の奥で、
銀髪の店主が誰かと話していた。
大きな編笠。
石像みたいに色味の薄い服。
小鈴は窓を覗いた瞬間、ぱっと顔を上げた。
「えっ、霖之助さんの店にお客さんいる!」
失礼極まりない第一声とともに、そのまま扉を開ける。
「こんにちは、霖之助さん」
「やあ」
店主は相変わらず、商売気の薄い顔で片手を上げる。
その隣にいた娘が、ゆっくりこちらを向いた。
編笠の下から覗く顔立ちは若い。
だが、
首から下げた前掛けには『南無阿弥陀仏』の文字。
石地蔵がそのまま人型になったみたいな格好だった。
(ビッグサイト辺りにいたら、
“擬人化地蔵”のコスプレだと思われそうだな)
そんなことを考えていると、娘が小鈴へ微笑む。
「お客さん。
霖之助さんが難しい話を始めたら、
半分くらい聞き流した方がいいわよ」
「おや、心外だな」
「はい。知っています。
長いわりに、最後まで聞いても得しないこと多いですからね」
「……辛辣だね君たち」
霖之助がこちらへ助けを求めるような視線を寄越した。
棚に積まれたラジカセへ視線を逃がす。
「私は矢田寺成美。魔法地蔵をやってるわ」
「え、お地蔵様なんですか?」
小鈴が素で驚いた。
そして、挨拶というものを完全に忘れている。
肩を軽く叩き、代わりに名乗った。
「今剛玄万。一応、人里で大工をやってる」
「あ、ごめんなさい。本居小鈴です」
成美は小鈴へ軽く会釈した。
「鈴奈庵の子ね。じゃあそっちが噂の外来人?」
「どういう噂かは、聞かない方がよさそうだな」
「悪い話ではないと思うわよ。多分」
成美が笑う。
「前にあった外来人は、私が地蔵と知ると体を撫でまわしてきたから」
その外来人とやらは礼節が好奇心に負けるタイプだったようだ。
気持ちはわからなくもないが……。
「お礼に香霖堂に女学生っていう珍品が入ったって言いふらしてやったわ」
(晒し行為って幻想郷にもあるんだな)
ついでに言えば、地蔵の顔は三度までとはいかないらしい。
「やめてくれ。あのあと天狗が本当に取材にきて、面倒だったんだ」
霖之助がげんなりした声を出す。
その流れに紛れるように、軽く手を差し出した。
「まあ、よろしく」
挨拶の体を取ったが、半分くらいは好奇心だった。
成美は差し出した手とこちらの顔の間で視線を行き来させた。
しかし、握手という西洋から入って来た習慣を思い出したようで、手を握り返してきた。
「あなたは礼節をわきまえているようね」
普通の娘にしか感じられない手を放し、
(いや、すまん。今、石のような感触じゃないんだって思ってます。お地蔵さん)
という、不遜なことが顔に出ないうちに話題を変えた。
「ここにはお地蔵さんが欲しがるようなものがありますか?
自前の笠は背負っていますよね」
小鈴とこちらの間で行き来していた視線が止まり、成美はわずかに首を傾げる。
「……予備の手ぬぐいでも。と、思ったのだけどもここにないからね」
成美はカウンターに置かれた包みを指さした。
細長い布包みだった。
「欲しいっていうより、
手放したい物ならあるわ」
カウンターに行き、紐をほどく。
中から現れたのは、
長い手袋だった。
黄色地に黒縞。
虎柄である。
形も武具というより、
作業用手袋をそのまま長くしたような代物だった。
小鈴が眉をひそめた。
「……腕当て?」
「河童に渡されたの。これで恩返しをくれーってね」
成美が即答する。
「うわぁ」
小鈴が薄笑いで上体を引かせた。こちらも顔を顰める。
「それで、福(罰)はくれてやったのかい」
「ええ、たっぷりとね」
成美が胸の前で合掌すると空間に光の球が現れ、
彼女の周りをくるりと一周した。
「こらこら、僕の店で物騒なものは出さないでくれ」
言いながらも、
霖之助は腕当てに興味を惹かれたらしく、
その手袋を持ち上げる。
指先で感触を確かめ、
しばらく眺めたあと、
口を開く。
「名前は『唐皮(からかわ)』」
「からかわ?」
「用途は……
“身を守るもの”だね」
「まあ、
その形ならそうだろうな」
「唐(から)の皮……。
なるほど、これは外来で言うところの『唐辛子』と同じ接頭辞だ。
つまり、これを装備すると皮膚が焼けるように熱くなる、
あるいは発汗を促して代謝を上げるための健康器具の一種に違いない……」
解説を始めた霖之助の言葉を聞き流し、唐皮を見る。
虎柄なのはともかく、
甲の厚みや指の可動域を見る限り、
普通の作業用手袋だ。
「河童って普通の物も作れるんだな」
その呟きに、
成美が視線を向ける。
「あなた、河童と知り合いなの?」
「にとりとかいう奴なら。
技量はあるようだけど……。
エンジニアと呼ぶより、ギークって感じだった」
「ギーク……」
成美の傾げた首がさらに倒れた。
「うーん、技術バカ。
面白そうだから、できるから作った。
そんな連中のことだよ」
「「ああ」」
成美どころか、小鈴まで共感してきた。
幻想郷での河童はそういう扱いらしい。
「まあ、技術屋は手が命だからな。
こういうのも用意するか……」
「大工も同じ考え?」
「結構こだわるよ。冬場なんかは特に……」
成美は唐皮を持ち上げると、
そのまま玄万へ放った。
反射的に受け止める。
見た目より重い。
「私は使わないし」
成美は淡々と言う。
「あなたの方が必要そうだから。
着けてみて」
言われるままつけてみる。
少しばかり小さいだろうと思っていたが、手を通すと、するりと指の形に沿ってきた。
「……どういう仕掛けだろうな、これ」
成美は答える代わりに、
唐皮の手首の辺りを指先で軽く擦った。
次の瞬間。
がしゃり。
鈍い駆動音。
唐皮の虎模様から硬質板がせり出した。
小鈴が「うわっ」と声を上げる。
古今の装甲の概念を合わせて結んだような形。
虎柄の作業手袋だったものが、
機械製と手細工、人工物と天然が混じったような機巧めいた姿へ変わっていた。
「……急に物騒になったな」
手を開閉するたび、
装甲が指の動きをなぞるようについてくる。
成美は呆れた様子で答える。
「もともと、それなりに年月を重ねた道具だったのでしょうけど、
河童が後から色々足したみたいね」
「“色々”で済ませていいのか?」
「いいんじゃない?使うのはあなただし」
「結構いいものだぞ、これ」
成美は編笠を被って、少しだけ笑った。
「無仏の時代に、
衆生を守るなら、
多少はね」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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