外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第23話 ― 壜詰めの魔法使い

 

 

森に入ると、雨音も空も変わった。

 

ここでは枝葉を何枚も抜け、

遅れて落ちてくる。

 

ぽつ、ぽつ。

 

雨脚の勢いが落ちるのはよかったが、

明かりの方もずいぶん元気がない。

 

昼のはずなのに、

夕方みたいな薄暗さになっている。

 

香霖堂から言われた通りに進んでいるはずなのだが、

15分もたたずに自信がなくなって来た。

 

だんだんと口数も少なくなってきて、30分経つ頃には、

 

「……本当にこの辺なんですか?」

 

小鈴が不安そうに辺りを見回す。

 

「知らん。先を歩いていたのは君だろう」

 

「知らんで来たんですか!?」

 

「君が『まずアリスさんに聞きましょう』って言ったんだろ」

 

「そうですけど……、外の世界の知識で何とかならないんですか?」

 

「さすがにGoogleMAPも幻想郷には来てねぇだろ、圏外だしな?」

 

「ぐーぐ?圏外?何ですそれ?」

 

「あー、そうだな?」

 

何と説明しようか迷ったが、オカルト的な説明をでっちあげることにした。

 

「外の世界じゃ、

 基地局っていう社を建てると、

 “Google”って神様が道を教えてくれるんだよ」

 

「神様なんですか?」

 

「まあ、

 人間よりは物知りだな」

 

アメリカのビリケンも神様になれたんだ、

ラリーやセルゲイ、イーロンだって歴史上の人物になるだろうから、

きっと間違った説明ではないはず。

 

「へー、知恵の神様なんですね。偶繰神(ぐーぐるのかみ)は……」

 

「あー、そうだな」

 

ラリーはともかく、セルゲイとイーロンは商売の神様かもしれないが……。

そんなことを考えていた時だった。

 

「……っ!」

 

ビクリと小鈴が体を震わせた。

 

「……どうした?」

 

「……いま、人の声が聞こえませんでした?」

 

気味悪そうに辺りを見回す小鈴につられて、左右を見渡し耳をそばだてる。

 

(左右は異常なし。こういう時はだいたい……。上か!)

 

視線をあげる。

 

「おーーい!!」

 

今度ははっきりと聞こえた。

 

「こっちだ!!

 下! 下見ろ!!」

 

「……下?」

 

視線を落とす。

 

木の根元。

雨で黒く濡れた苔の横。

 

そこに、

透明な瓶が転がっていた。

 

「……え?」

 

小鈴がしゃがみ込む。

 

両手で包み込める程度のピクルス瓶。その中に、

 

「気づくのおせーよ!」

 

霧雨魔理沙が収まっていた。

 

「きゃあっ!?」

 

小鈴が飛び退いた。

洋傘の先が地面へ刺さる。

 

「あぶねぇな!割れたらどうするんだ!」

 

ずいぶんと小さくなっていたが、見覚えのある顔だった。

 

金髪。

白黒の服。

黒い三角帽子……は、どこ行った?

 

なるべく揺らさないようにビンを持ち上げる。

剥がれきっていないラベルにきゅうりの文字がかすんでいる。

蓋はブリキ製で、キリか何かで雑にいくつかの穴があけられていた。

 

(即席の虫かごって感じだな)

 

子供の頃似たようなことをやった気がする。

蓋にしたのは食品用ラップだったが……。

 

「……イメチェンか?過度なダイエットは体に悪いぞ」

 

「好きで縮んだと思うか……?」

 

魔理沙は瓶の内側へ額を預けた。

 

こん、と軽い音。

 

「昨日から、

 これ転がして移動してたんだぞ……」

 

「転がして?」

 

「魔力で浮かせたり、

 坂で転がったりだよ……」

 

ぐったりした声だった。

 

「それでここまで来たのか」

 

相手が魔理沙だと分かって安心したのか小鈴が興味深そうにのぞき込む。

 

「そうしていると、魔理沙さんでもかわいいですね」

 

「ああん!」

 

「あ、やっぱりかわいくない」

 

本来の魔理沙なら、もう一言二言は言い返すのだろうが、

ぐったりとビンの中にへたり込んだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「言い返してやりたいけど、腹が減って力が出ない

 つーか、

 雨水しか飲んでねぇから気持ち悪い……」

 

「お前、

 よくその状態で森まで来たな。

 蓋を開ければいいのか?」

 

「わ、やめろ!!

 死んじまうかもしれないだろ!」

 

「し、死ぬ?」

 

物騒な言葉に、小鈴がこちらの影へ隠れる。

 

「とりあえず、事情を聴いた方がいいな」

 

「アリスの家がすぐそこだろ、連れて行ってくれよ」

 

結局また15分ほど歩いたが、騒がしい連れができたことで、

不安を感じることはなかった。

 

 

 

その建物は、周囲の苔むした大木や湿地帯の泥臭さとは一線を画していた。

手入れの行き届いた窓ガラスは煤けることもなく、

外壁のレンガや木枠もカビや藻に侵された様子がない。

 

「わあ、綺麗な家ですね」

 

「へへ、そうだろう」

 

西洋建築が珍しいのか小鈴が感嘆の声を上げ、

何故か魔理沙が得意げに胸を張った。

 

外の世界でいうなら、

完全自由設計の高級注文住宅だ。

無駄な装飾を嫌うイギリス積みだが、

こんな湿気の多い場所ならば、間違いなく二重壁なおかつ、

毛細血管現象やカビ・藻・白華を防ぐ加工も必要だ。

 

(なんだ、近代の建物もあるのか。……ん、……んん!)

 

何気なく流し見をするつもりだったのだが、

よく見るとレンガに色むらが出てきている。

目地の表面がわずかに削れて、レンガの輪郭がより立体的な影を作っている。

さらにうっすらと粉を吹いたような、かすれが自然の模様のように定着している。

 

(科学的なコーティングをしてねぇ。

 毎日のメンテナンスだけでこの状態を維持しているってのか?)

 

個人で維持するとしたら、

年中無休で館を磨き上げるような狂気じみた執着が必要だ。

維持にかかる時間と費用を考えると、

めまいを覚えた。

 

「うお。どうした!?」

 

持っていた魔理沙瓶を揺らしてしまい、

魔理沙が悲鳴を上げた。

 

「ああ、すまん。ところで、あのアリスって人、

 執着とかこだわりが強いタイプか?」

 

「強いなんてもんじゃないぜ。

 人形の服の皺が違うだけでやり直すし」

 

自身の作品(人形)はともかくとして、身の回りすべてに完璧を求めるタイプ。

一緒にいると気疲れしそうだ。

ドアをノックするのを躊躇していると、

 

「ごめんくださーい」

 

ガチャリ、とドアを開けて小鈴がアリスの家に入っていった。

 

途端、影が走る。

 

反射的に左手が動いた。

小鈴に向かって飛んできたそれを掴む。

 

「え!」

「あ、まて!」

 

女の子二人が声をあげる。

左手で掴んだのは、

ランスを構えた人形だった。

 

「……」

 

それが人形と認識したと同時に、

首元に冷たい感触を感じて動きを止めた。

 

首元だけではない。

気付けばそれぞれ異なる武装をした数体の人形に包囲されている。

 

「だから、待てって!アリス

 客が来てやったんだぜ!」

 

ハンマーを振り上げた人形に狙われながらも、

魔理沙は少しばかり引きつった不敵な笑みを浮かべている。

 

「あら。

 人形が反応したと思ったら、魔理沙だったの」

 

空間へ張られた細い糸を視線で追うと、

人形の主が家の奥から現れるところだった。

 

「随分と持ち運びしやすいサイズになったのね」

 

 

 




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