外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第24話 ― 人形だらけの晩餐

 

 

窓を叩く雨が、強くなっていた。

森の木々が風に煽られ、枝先が窓枠に触れては離れる。

アリスの家の中は乾いていた。

人形たちが、音もなく蝋燭に火を入れていく。

 

「……泊まっていきなさい。この雨じゃ、人里まで戻れないわ」

 

アリスは魔理沙の瓶を卓上に置きながら言った。

置き方だけは、丁寧だった。

 

「ありがとうございます」

 

小鈴が素直に頭を下げる。

アリスの視線は、最後に瓶の中の魔理沙へ落ちた。

 

「それで」

「ホムンクルスを作ろうとしたんだけど……」

「材料は?」

 

アリスが質問すると、

魔理沙がこちらをチラリと見て、顔を赤くした。

 

「……その」

「髪の毛ね」

 

魔理沙が答える前に、アリスが続けた。

 

「正規の材料が手に入らなかったから、自分の髪で代用した。

 そういうこと?」

「……」

「なるほど」

 

アリスは人形の一体を手に取り、その服の皺を指先で伸ばした。

 

「魔理沙、貴女って本当に」

 

皺が消えると、人形を棚へ戻す。

 

「どこまでも、魔理沙ね」

 

(……どういう皮肉だ。

 ……いや、魔理沙の生態を正確に言い表しているか)

 

「……悪かったな、どこまでも魔理沙で」

 

瓶の中から、力なく魔理沙が返す。

 

「そうやって開き直れるなら、まだ元気があるわね」

「元気があったら、三日もビンの中で転がってない」

「そうね」

 

アリスは一拍置いた。

 

「転がりながら、ここまで来たのは認めてあげる」

 

それだけ言うと、アリスは視線を窓の外へ向けた。

雨が、また強くなっていた。

 

「危なかったな」

 

思わず口にする。

 

 

「これ以上雨が強くなっていたら、

 ……一寸法師みたいに、都まで流れていたかもな」

 

小鈴がぷっと吹き出した。

魔理沙が瓶の内側を蹴った。

 

「笑うな!」

 

激昂する魔理沙に向かって、アリスが口を開く。

 

「でも、桃ならぬ瓶が流れてきたら、

 ……そのまま流してあげるわ」

「……流すな!!」

 

瓶が卓上で跳ねた。

 

 

 

 

四人が卓についた。

魔理沙の瓶は卓の上だ。

 

「それで」

 

アリスが口を開いた。

 

「あなたの作った出来損ないのホムンクルス(フラスコの中の小人)に、

 立場を入れ替えられたってところかしら。

 瓶の中からは出ない方がいいわね」

「出来損ないじゃない。出来すぎたんだ」

「結果が同じなら、出来損ないよ」

 

その間も、アリスの指先はわずかに動いていた。

人形たちが動き始めた。

一体が竈に薪をくべ、一体が鍋を火にかける。

一体が棚から皿を取り出し、一体がパンを切り分ける。

声もなく、指示もなく、ただ淀みなく。

会話をしながら、視線を向けることもなく、複数を同時に。

 

(……これが魔法使いか)

 

感心していると、いつの間にか魔理沙とアリスの声が重なり始めていた。

 

「そもそも髪で代用しようとした発想が――」

「いや、錬金術の文脈では有機物なら――」

「有機物の問題じゃなくて術式の――」

 

小鈴が目を輝かせて二人を交互に見ている。

 

(……俺には関係ない話だな)

 

視線を室内に逃がす。

棚の隅に、藁人形が並んでいた。

素材は藁だ。だが――

 

(藁の長さが、全部同じだ)

 

一本一本の長さが揃っている。

くくった結び目の位置も、締め具合も、角度も。

量産品ではない。全部、手で作っている。

なのに、全部同じだ。

 

(これを……十はあるな)

 

視線を移す。

今度は陶器製らしい人形。

釉薬の艶が蝋燭の光を受けて、肌のように見える。

目鼻立ちが、やけに整っていた。

さらに奥。

思わず息を止めた。

硝子の瞳。

絹の髪。

指の関節の一つ一つまで、人間の子供と寸分違わない。

 

(人?……じゃないよな)

 

違う。

動いていない。

呼吸もしていない。

人形だ。

 

(……わかっていても、目が離せない)

 

藁人形から、この人形まで。

同じ作り手の仕事だとは、にわかには信じがたい。

 

(技術は本物だ。しかし――)

 

改めて室内を見渡す。

棚に、卓に、窓際に。

至るところに人形がある。

 

(数が、多い)

 

人形たちの視線が、一斉にこちらを向いた気がした。

気のせいなのはわかっているが、何とも言えない気味の悪さに目をそらした。

ちょうど、魔理沙の声が耳に入った。

 

「だいたい、お前のほうが先に失敗したそうじゃないか」

 

アリスの眉が、跳ね上がった。

次の瞬間、にっこりと笑う。

無言のまま、魔理沙の瓶に手を伸ばした。

ゆっくりと、攪拌するように回し始める。

 

「お、おい」

 

瓶の中で魔理沙が踏ん張ろうとしているのが見える。

アリスの指が、蓋にかかった。

 

(……止めた方がいいか)

 

アリスが躊躇なく蓋を開ける。

その瞬間、人形が二体、卓に近づいてきた。

一体がオープンサンドの皿を置き、一体が紅茶のカップを並べる。

 

「お茶にしましょう」

 

アリスは瓶から手を離し、カップを取り上げた。

何事もなかったような顔だった。

 

(……怒らせない方がいいな)

 

瓶の中で魔理沙が、へたり込むのが見えた。

 

 

 

 

蓋を開けられた瓶の中、魔理沙が深く息を吸い込んだ。

それから、差し出されたパンの切れ端に飛びついた。

人形用の小さなカップにホットミルクが注がれる。

魔理沙はそれを両手で抱えて、一息に飲み干した。

 

「……生き返る」

「大袈裟ね」

「二日ぶりの飯なんだぞ」

「自業自得でしょう」

 

アリスは紅茶のカップを置いた。

しばらく、雨の音だけが続いた。

 

「それで」

 

魔理沙が二口目のホットミルクに口をつけながら言った。

 

「どうするんだ、あいつ」

「あいつ、というのはホムンクルスのことか」

「他に誰がいるんだよ」

 

魔理沙は空になったカップを差し出した。

人形が注ぎ足す。

 

「人里をうろついているなら、そのうち本格的な被害が出る。

 霊夢に頼むのが筋だろうけど……」

「霊夢は今、別の件で動いているんじゃないか」

 

霊夢は胡散臭いのを捕まえると言っていた。

 

「だとすると」

 

魔理沙の視線がこちらに向いた。

 

「アリスは?」

「無理ね」

 

アリスは即答した。

 

「工房から離れると、人形の制御が甘くなる。

 今は特に……」

 

視線が、棚の人形たちへ流れる。

 

「ボロ市の件があったばかりだから。

 下手に離れると、また同じことが起きるかもしれない」

「反逆するかもってことか」

「そういうこと」

 

魔理沙は溜息をついてから、小鈴とこちらを交互に見た。

何か言いかけたところで、小鈴が立ち上がった。

 

「行きましょう」

「え、小鈴?」

「犯人の居場所は掴んでいるんでしょ?

 なら行くしかないじゃないですか」

 

止める間もなかった。

 

(……阿求に護衛を頼まれているからな)

 

溜息をついてから、

 

「これ以上はさすがに手に負えないと判断したら引き返すぞ。

 本来、霊夢や慧音先生あたりに相談すべき案件だ」

 

魔理沙に、それから小鈴に念を押すように向く。

 

「へいへい」

「う、うん」

 

魔理沙が気のない返しをした。

小鈴も頷いたが、その目が一瞬だけ、雨の窓の外へ向いた。

 

お茶を飲み干すとアリスは文机に向かった。

短い手紙を書き、くるりと巻いて細長い瓶に収める。

棚から人形を一体取り出した。

装飾の少ない、簡素な作りのものだ。

 

「これをもって、里の門までお行きなさい」

 

筒を人形の手に持たせながら言った。

 

「この子なら単純な動きしかできないから、暴走する心配もない」

 

窓を少し開ける。

雨はまだ続いていたが、風は収まっていた。

人形が窓枠に立つ。

一瞬だけ、アリスの指先が動いた。

人形は音もなく、雨の夜に溶けていった。

 

テーブルの上では、魔理沙が瓶の中でごそごそしていた。

 

「何をしているんだ」

「準備だよ、準備」

 

ポケットから干からびたキノコの欠片と、怪しい色の小瓶をいくつか取り出している。

窓を閉めて振り返ったアリスに催促する。

 

「アリス、触媒をくれ。硫黄か、あと――」

「駄目よ」

「なんでだ」

「瓶の中で何かに火をつけたら、どうなるか分かってるの?」

 

魔理沙が口を噤んだ。

 

「……じゃあ、硫黄以外で」

「交渉できる立場なの?」

 

呆れた声のアリスだったが、

結局、細かい引き出しが並ぶ薬棚から、何かをピンセットで渡してやっていた。

魔理沙がそれを確かめて、満足そうに頷く。

 

(ひな鳥の人工飼育みたいだな)

 

そんな感想を持っていると、

様子を見ていた小鈴が、おずおずと口を開いた。

 

「あの、アリスさん」

「何?」

「桃の缶詰は、ありますか?」

 

アリスが小鈴を見た。

 

「……あるけど。何に使うの」

「桃は五行の金に属する植物で、魔除けの効果があるんです。

 シロップを小瓶に詰めておけば、いざという時に投げつけられると思って」

 

アリスは少し間を置いた。

 

「……人形に取ってこさせるわ」

 

それだけ言って、また指先を動かした。

 

 

 

 

 

桃缶の中身は夕食のパイとして食卓に並んだ。

 

 

 

 

 

問題は寝る時だ。

この家にはシングルベッドが一つあるだけで他に寝具はないらしい。

リビングにソファーが一脚。

ベッドは当然アリスだ。小鈴を床に寝かせて自分がソファー、というのも……、

さすがに気が引けたので、床で雑魚寝をする覚悟を決める。

 

「小鈴はベッドで寝なさい。あなたは悪いけど……」

 

と、言ってソファーを指さすアリス。

 

「は?あんたはどこで寝る気なんだ?

 さすがに家主を床で寝させるほど厚かましくないぞ」

 

言うと、机の上の瓶から「ケケケ」と笑い声が上がった。

人形サイズの布団を寄越せだの、薄いだのと文句を言っていた魔理沙が

毛布にくるまりながら笑っている。

 

「よお、アリス。おまえ、人間扱いされてるぞ!

 人形以外に気を遣われるのは久しぶりか?」

 

「ええ」

 

アリスは涼しい顔で答えた。

 

「白黒の子ネズミや、ガラクタ好きの半妖しか近所にいないからよ」

 

言いながら、また瓶に手を伸ばしてくるくると回し始める。

 

「お、おい!そのクルクルはやめろ!」

 

「あなたは人としての礼儀を覚えたらいかがかしら」

 

やり合う二人を見ていると、

 

「アリスさんのような、本物の魔法使いは、

 魔法の力で食事や睡眠はいらないそうです」

 

隣に並んだ小鈴が、声を潜めて教えてくれた。

 

「さっき食べて……、ああ、娯楽として食事か」

 

やり合う二人から視線を外し、天井を見上げながら返す。

 

「寝る必要がないってのは……まあ、夜やることがあるなら便利か」

「そうですね」

 

小鈴も同じように天井を見上げた。

 

「でも、泊めてもらったことのある人の話だと、

 ずっと魔法の研究で不気味だそうですよ」

「なぜそれを、本人の前で口にする?」

 

小鈴の方を向いて言うと、

 

「…あ!」

 

指摘してやると、小鈴は口を押さえたが、

アリスは瓶をもてあそびながら、こちらを見ていた。

小鈴がこちらの袖をつかんで、アリスに向かって言い訳をした。

 

「……阿求が言ってたんですよ。求聞史紀で!」

 

続いて口を開く。

 

「アリスさん。もう一体人形を稗田の阿求まで飛ばしてくれねぇか。

 『こいつがあんたを売った』って、伝えてくれ」

 

こちらの背をバチバチと叩きながら、小鈴が言った。

 

「なんてこと言おうとしているんですか。

 今剛さん、デリカシーがない!!」

 

女というのは勝手なものである。

 

 

 




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