外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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第25話 ― 出発前の身支度

 

 

「じゃあ、先に休ませてもらうよ」

 

「遠慮せずにどうぞ」

 

ソファーに横になりながら言うと、アリスはそれだけ返した。

ランプのかすかな明かりだけで、人形を作る気でいるらしい。

薄目で覗いたアリスの姿は整いすぎていて、人形が人形を作っているようにも見えた。

 

 

 

何かの拍子に目が覚めた。

目は見えているのに、体が動かない。

 

(お、覚醒時幻覚というやつだな。

 ソファーで寝たのがよくなかったかな?)

 

昔見た科学検証番組を思い出したが、

どうにも様子がおかしい。

脳内で再現されているアリスの部屋の寸法がやたら大きく感じる。

目の前のテーブルが、10m以上の高さがありそうだ。

 

(どういうことだ?)

 

口にしようとしたが、声が出ない。

急な浮遊感と全身への圧力。

気づけば巨大な手に持ち上げられていた。

寝かせられた先の卓上では、

魔理沙が瓶の中でぐったりしていた。

 

(おい、魔理沙!どうした!)

 

巨大な手が、こちらの隣に何かを寝かせた。

割烹着姿で、頭に大きな鈴を付けた……。

 

(小鈴なのか?)

 

確認したいところだが、視線すら動かせない。

 

巨大な手の主がこちらをのぞき込んでくる。

人形のように整った顔立ち。

アリス・マーガトロイドの青い瞳が、人形になったこちらの姿を映していた。

 

 

 

目を開けると、

また最初に見えたのはアリスの整った顔立ちだった。

アリスは、こちらの寝ぼけた顔を確認すると、無言で指を動かした。

人形がスイーっと飛んで盆を差し出す。

盆にはソーサーに乗った紅茶。

 

「どうも……」

 

言ってからソーサーごと受け取る。

別の人形がミルクジャグを持ってきたが、

それは断って紅茶を一口……。

 

(こ、濃いな……)

 

どうやら、ミルクで割ること前提の紅茶だったらしい。

気まずげにアリスを見ると、あちらも苦笑していた。

再び、人形がミルクを勧めてきた。

 

 

 

 

時間を少し進める。

 

アリスの人形が作る朝食の匂いが漂っていた。

 

焼いたパン。

薄く甘い果実の匂い。

それに混じって、香草と紅茶の香り。

 

人形たちが音もなく台所を動き回っている。

 

瓶の中では、魔理沙がにやにやしていた。

 

「いやぁ。

 あれは傑作だったぜ」

 

「……」

 

小鈴はテーブルに突っ伏したまま動かない。

 

昨日、小鈴はずっと落ち着かない様子だった。

魔法使いの家に泊まるというだけで、相当浮かれていたらしい。

夜更かしした挙げ句、朝方の寝ぼけ方がひどかった。

 

(いや、詳しく思い出すのはやめよう)

 

ついさっき、

「忘れてください……」

と、半泣きで懇願されたばかりだ。

 

「“アリスさんの人形が私を見てるぅ……”だったか?」

 

「言わないで!!」

 

小鈴は顔を伏せたままだったが、

耳まで真っ赤だ。

 

瓶の中で魔理沙が腹を抱える。

 

「しかも、そのあと寝ぼけたまま人形に謝り始めて――」

 

「魔理沙さん!!」

 

「わ、わわ、よよよせ~!」

 

がばっと小鈴が顔を上げると、

魔理沙の瓶を、ぐるくると回し始めた。

昨日のアリスのまねをしているつもりなのだろうが、

あまりきれいに回っていない。

瓶の中で、魔理沙の顔色が少しずつ悪くなっていく。

 

その様子を見ながら、

アリスは微妙な顔をしていた。

フォローの言葉が見つからないらしい。

代わりに、手に持てるサイズのデッサン人形へ、

ちくちくと布を縫い付けている。

小鈴と同じ衣装だった。

その隣にはポンチョを着た大工姿の人形もある。

 

「……何を作ってるんだ?」

 

「護符。……みたいなものよ」

 

(呪いの人形じゃなければいいけどな……)

 

さすがに口には出せずにいると、

アリスがふと顔を上げた。

指先が、わずかに動く。

 

次の瞬間、

武装した人形たちが一斉に飛んだ。

 

槍。

剣。

小型の盾。

それぞれを構えたまま、玄関へ殺到する。

 

(……昨日もこんな感じだったのか?)

 

こちらも反射的に立ち上がる。

唐皮へ手を伸ばしかけた、その時。

 

「新~しい朝が来た。魔法~の朝~だ!」

 

間延びした替え歌が、外から聞こえてきた。

聞き覚えのある声だった。

 

人形たちの動きが止まる。

アリスが目を細めた。

 

やがて、玄関をノックする音。

 

「宅配便でーす。お人形をお届けに上がりました」

 

「……」

 

アリスは縫いかけの人形を置き、無言で指を動かした。

鍵が外れる音。

扉が開くと、

整えられた短いアンカー状の髭に、

くたびれた刺し子姿のまましろが立っていた。

背にはリュックサック。

刺し子の裾からチラリと革製のホルスターが覗いている。

 

まましろは昨日伝令として飛ばされた人形を小脇に抱え、

明るく言ってきた。

 

「やあ、玄ちゃん。ご無事で何よりでござる」

 

「なんで替え歌だ」

 

「日本の朝と言ったらこれでござろう」

 

まましろは悪びれる様子もなく部屋に入ってくると、

テーブルの前で慌てて居住まいを正した小鈴を一瞥し、

瓶の中で目をまわす魔理沙の姿に目を光らせ、

それからアリスに向かって丁寧に頭を下げた。

 

「突然押しかけて申し訳ないでござる。

 まましろ まさとしと申します。

 昨日の連絡で、居ても立っても居られず」

 

「……どうぞ、座って」

 

アリスは再び人形の衣装に視線を落とした。

 

「朝食はもう少しかかるわ」

 

「おお、これは光栄。

 魔法使いの朝餉など、人生でそうそう経験できぬでござるな」

 

それから、眼鏡のツルを押し上げ、瓶の中で目を回す魔理沙をしげしげと眺める。

 

「……ところで、これはこれは。

 霧雨魔理沙殿が、ピクルスの瓶に。

 いったい全体、どういう経緯でこうなったでござるか」

 

 

 

朝食をとりながら、ここ数日の流れを説明した。

話している間、まましろはほとんど口を挟まなかった。

ただ、ときおり顎へ手を当て、

 

「ああ」

 

とか、

 

「なるほど」

 

とか、小さく相槌を打つ。

 

その一方で、視線は忙しかった。

 

魔理沙の瓶。

アリスの机。

部屋の人形。

窓。

玄関。

暖炉。

 

ところどころで小さく眼鏡を押し上げた。

 

説明が終わると、

まましろは感心したように口笛を吹いた。

 

「いやぁ、幻想郷。

 やはり退屈しないでござるなぁ。

 ホムンクルス。

 西洋魔術系統。

 しかも制御失敗。

 放棄洋館。

 うーん、実によい」

 

「観光みたいに言うなよ……」

 

「観光での危険は自己責任でござるよ。

 ね、小鈴ちゃん」

 

眼鏡の奥の目だけ、少し細くなった。

小鈴は返事をしかけ、少しだけ言葉を詰まらせた。

 

「……う、うん」

 

玄万は、どこへ向けるでもなく小さく息を吐いた。

 

「……武器は?」

 

すると、まましろは得意げにホルスターへ手を伸ばした。

 

「I HAVE THIS」

 

取り出したのは、黒光りする古めかしい回転式拳銃だった。

真鍮色の金具。

厚ぼったい木製グリップ。

 

西部劇に出てきそうな代物だ。

 

まましろは妙に得意げな顔をしている。

 

しかし。

 

「……?」

 

小鈴は首を傾げ、

アリスは縫い物を続け、

魔理沙だけが「おっ」と小さく反応した。

数秒。

まましろの顔から、じわじわと得意げな色が消える。

もう一度、今度は控えめに繰り返した。

 

「……I have this」

 

まましろは少しだけ間を置いてから、

 

「……玄ちゃん?」

 

「バイオハザード1ネタなんて今のティーンは知らないだろ……」

 

「さすが玄ちゃん!!

 拙者は信じていたでござるよ!!」

 

急に元気になった。

小鈴が困惑した顔で玄万を見る。

 

「え、なんです?」

 

「コンピューターゲーム……って、どう説明したらいいんだ……?」

 

返事を返したのは、まましろではなかった。

 

「コンピューターってのなら知ってるぜ。

 命令を実行する外の世界の式神のことだろ」

 

式神。命令を実行する存在。

コンピューター。プログラム(指示書)を実行する計算機。

 

(最近似たようなことを言っていた奴がいたような気がする)

 

思考がまとまる前に、まましろが答えた。

 

「概ねあっているでござる。

 その式神を動かすソフト……いや、計算式『バイオハザード』で、

 戦いの準備はできているという合図が……」

 

「I HAVE THISって、訳だな!!」

 

「そうそう」

 

「あー、うん。そうだ」

 

説明が面倒になったので、頷くことにした。

 

「リメイク版から入って旧版も衝動買いしてしまったでござる」

 

まましろはこちらへ笑いかけたまま、手元も見ずにリボルバーをホルスターへ滑り込ませた。

 

アリスが、不意に口を開く。

 

「……武器だけじゃ不十分よ」

 

細い指が、机の上の人形へ伸びる。

 

小鈴そっくりの人形。

ポンチョ姿の大工人形。

 

アリスは二人の髪をすき取り、

人形から延びる細い糸と髪を結びつけていく。

 

「身代わり。

 致命傷を肩代わりさせる」

 

「おお」

 

まましろが感心したように身を乗り出した。

 

「便利でござるなぁ。

 呪いの人形みたいでござるが……?」

 

「似たようなものよ。人形を傷つけたら、本人が傷つくもの」

 

アリスは淡々としていた。

 

「ええ!?」

 

「ちょっとまて!!」

 

小鈴とともに立ち上がるが、

 

「大丈夫よ。私が人形の管理を怠ると思って?」

 

二体の人形がやってきて、手提げ金庫をテーブルに置いた。

ここにしまい込む気でいるらしい。

確かにこれなら、滅多なことはないだろう。

何とか飲み込んで、席に座りなおす。

 

最後に、アリスは小さく息を吐き、別の人形へ手を伸ばした。

 

黒い三角帽。

小さな箒。

魔法使い姿。

それは瓶の魔理沙を背負えるようになっていた。

 

「それは?」

 

「運搬用。

 魔理沙の魔力で飛ぶわ」

 

「おおー……」

 

瓶の中で魔理沙が少し感心した声を出す。

 

「便利そうじゃん」

 

「便利よ。

 不本意だけど」

 

アリスは素っ気なく返した。

そして、まましろがすっと手を挙げる。

 

「拙者には?」

 

「ないわ」

 

即答だった。

 

「人形がないもの」

 

(そりゃそうだろ。今来たんだから)

 

昨夜作っていたのは、この人形たちだったのだろう?

 

「ほう?」

 

まましろは机の端を指差した。

 

「では、あれは?」

 

全員の視線がそちらへ向く。

そこには、刺し子姿の小さな人形があった。

黒縁メガネ。

刺し子の間から紫色のTシャツが覗いている。

 

どう見ても、まましろだった。

 

「…………」

 

アリスの指先が止まる。

ほんのわずかに、眉が動いた。

青い瞳が、人形とまましろを見比べる。

それから、机の上を静かに見回した。

部屋の人形たちは、何も言わない。

ただ、いつも通り整然と立っている。

アリスはしばらく黙り込んでいたが、

やがて小さく息を吐いた。

 

「……それ、使うわ」

 

「おお。

 採用されたでござる」

 

少しばかり、眉間にしわが寄った。

 

アリスは無言のまま、

その人形へ髪を結びつける。

その横顔は平静だったが、

縫い針を持つ指先だけ、ほんの少し慎重だった。

 

やがて三体の身代わり人形が手提げ金庫の中に納められた。

慎重に緩衝材をかぶせ、慎重に蓋を閉じたアリスが、静かに言った。

 

「これは此処に置いていく。

 壊れたら、すぐ分かるから」

 

誰も軽口を叩かなかった。

 

玄万は唐皮を手に取った。

小鈴は桃エキス入りの小瓶を鞄へ詰める。

まましろはリュックのベルトを締め直した。

 

魔理沙の瓶は、小さな魔法使い人形が背負って浮かび上がる。

 

「……では」

 

まましろが、いつもの軽い調子で言った。

 

「化け物屋敷探検ツアーと参ろうではござらんか」

 

アリスは、最後まで席を立たなかった。

 

ただ、人形たちだけが無言で扉を開け、

外の薄曇りの朝を見せていた。

 

 

 

 





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