外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
本作は、「株式会社アークライト」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』シリーズの二次創作物です。
Call of Cthulhu is copyright ©1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.
Call of Cthulhu is a registered trademark of Chaosium Inc.
PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION 「クトゥルフ神話TRPG」「新クトゥルフ神話TRPG」
魔法の森の奥深く。
鬱蒼とした木々を抜けた先で、一行は足を止めた。
そこにあったのは、森に半ば呑み込まれた煉瓦造りの廃屋だった。
外界風のバンガロー建築。
平屋に見えるほど横へ広く伸びた造りは、
かつて別荘だったのか、
それとも研究施設だったのか。
少なくとも人里で見かけるような家ではない。
だが、その建物も長い年月だけは隠し切れていなかった。
煉瓦の継ぎ目には濃い苔が生え、
屋根瓦の一部は崩れ落ちている。
雨樋には植物の根が絡みつき、
庭だった場所は既に魔法の森の一部と化していた。
裏手には東屋の残骸がある。
柱だけが斜めに残り、
その周囲には奇妙な茸が群生していた。
窓には板が打ち付けられている。
だが、それは最近のものではない。
木材は風雨に晒されて灰色へ変色し、
釘には赤錆が浮き、
板の端は大きく反り返っている。
さらに、その隙間からは色褪せたカーテンまで見えた。
長く閉ざされ、忘れ去られていた建物。
そんな印象だった。
運搬人形の背の瓶の中で、魔理沙が低く呟く。
「ここ自体は前からあった廃屋だぜ」
鋭い視線が館へ向けられる。
「アリスんとこまで逃げる途中で、
アイツが飛んでる影も一回見た」
少し間を置き、
「たぶんアイツ、ここを使ってる」
と続けた。
小鈴は板で塞がれた窓を見上げ、小さく息を呑む。
「……誰にも見つからない場所、ですね」
そう呟いたあと、言葉を探すように視線を泳がせた。
「それに……なんだか、こもりそうな家ですね……」
風が吹いた。
森の枝葉が擦れ合い、ざわざわと音を立てる。
庭へ回り込んだところで、建物を見上げた。
屋根の高さ。
煙突の位置。
窓の配置。
順番に視線を走らせたあと、低く言う。
「二階は三、四部屋。一階は居間と台所……あと小部屋がいくつか。
……地下もあるな、これ」
小鈴が目を丸くする。
確かめるように続けた。
「排気口があるし、基礎が深い。
昔の小金持ちの家って感じだな」
小鈴は感心したようにこちらを見た。
「そこまで分かるんですか?」
「職業病だ」
小鈴は改めて建物を見上げる。
「……外の世界の小金持ち」
小鈴の目が少し輝く。
「書斎とかありそうですね――」
そこまで言って……、
自分が少し興奮していることに気付き、慌てて口を閉じる。
魔理沙は運搬人形の肩から勝手口を睨んでいた。
「勝手口か……」
少し考える。
「アイツがここ使ってるなら、
正面は避ける気がするんだよな。
私だったら裏使う」
小鈴が振り返った。
「魔理沙さん基準だと全然安心できないんですけど……」
「失礼な。他人の家にお邪魔する時の基本だぜ」
即答だった。
その言葉に、小鈴は表情を引きつらせた。
東屋跡では、まましろが錆びた工具箱を見つけて中を調べている。
その様子を横目で見ながら、小鈴は静かに言った。
「……人が住んでた痕跡、ちゃんと残ってるんですね」
勝手口へ近付き、建具を観察する。
自然と眉が寄る。
「……内側から差し錠が掛かってるな。
ひい、ふう……多いな」
近寄って来た魔理沙も眉を寄せた。
「内側から差し錠?……廃屋なのに?」
小瓶の中で腕を組む。
小鈴は正面玄関と勝手口を見比べ、不安そうに言った。
「でも、わざわざ内側から閉めてるなら……。
侵入を警戒してる、ってことですよね」
少し間を置く。
「だったら正面から大きな音を立てるの、
危なくないですか?」
そう言いながらも、彼女の視線は自然と玄関へ吸い寄せられていた。
やがて一行は正面玄関へ戻る。
朽ちた板張りの庇の下。
屈み込み、古びた蝶番を調べ始めた。
差し錠の位置。
木材の状態。
釘の打たれ方。
それらを確認すると、錆びた工具をまましろから受け取り、
マルチツールを取り出す。
釘へ無理な力を掛けず。
建具を傷めず。
少しずつ、少しずつ扉そのものを浮かせていく。
誰も声を出さなかった。
数分後。
差し錠が掛かったまま。
玄関扉そのものが静かに外れた。
玄万が断面を見ながら呟く。
「……外開きのドア。
西洋建築だが、日本の建具だな」
魔理沙は小瓶の中から暗い玄関の奥を睨んでいる。
閉ざされていた空気が、ゆっくりと外へ流れ出す。
埃。
湿った木材。
黴臭さ。
そして――。
小鈴が眉を寄せた。
「……薬品?」
鼻を押さえる。
「なんでしょう、これ……」
魔理沙も表情を変えた。
「……魔法薬系の匂いに近い」
「でも、ちょっと変だな」
その時だった。
ダン。
……ダン。
建物の上の方から、重い足音が響いた。
古い床板を踏み鳴らすような鈍い音。
小鈴の肩がびくりと震える。
「……っ」
反射的に玄万を見る。
だが魔理沙は即座に天井を見上げていた。
「二階だ」
場の空気が張り詰める。
玄万は小鈴へ視線を向けた。
「小鈴、お前にぶつかったのはそんなに大きくなかったよな」
小鈴は頷く。
玄万は続けた。
「足音としても重すぎる。
それに飛べるんだろ?」
その横でまましろも顎へ手を当てる。
「別の相手がいるかもしれぬでござるな」
小鈴の顔が強張った。
「じゃ、じゃあ……、
今の音、ホムンクルスじゃない可能性もあるってことですか?」
こちらに聞いてきた小鈴に肩をすくめ、返事の代わりに天井を指差した。
その先を見たまましろが、おや、と声を漏らす。
天井に取り付けられた細長い器具。
蛍光灯だった。
だが魔理沙も小鈴も、それが何なのか分からない。
二人そろって首を傾げる。
「……?」
「どうしたんですか?」
まましろは壁を探り、何かを見つけて押した。
カチリ。
だが当然ながら何も起きない。
口を開く。
「外の世界の建物だ」
小鈴の目が少し大きくなる。
「外の世界……」
小鈴が改めて周囲を見回した。
「じゃあこれ、外来人の家だったんでしょうか」
魔理沙は天井の器具を見上げながら呟く。
「明かり、か?
火を使わない照明?」
そして少し嫌そうな顔をした。
「……外の世界、時々意味分かんねぇ技術あるよな」
意地の悪いことを思いつき、
ポケットからLEDライトを取り出した。
「こういうのか?」
カチッ。
瞬間。
白い光が廊下を貫いた。
「うわっ!?」
魔理沙が身を引く。
「まぶしっ!」
小鈴も驚いて光源を見る。
「えっ、火……じゃない?」
恐る恐る近付く。
「熱くない……」
魔理沙はまだ目を細めていた。
「外の世界の道具って、
“魔法っぽくない魔法”が多いんだよな……
魔法なら魔法らしくしておくべきだぜ」
自慢の三角帽子に手をやろうとして、
そこにそれがないのを思い出したようだ。
代わりに、小さく鼻を鳴らす。
「十分に高度な科学技術は魔法と区別できない。
クラークの三法則というやつでござる」
まましろはリュックから、別の照明を取り出した。
豆電球と箱型電池を組み合わせた手製感のある電灯。
「玄ちゃん、それは小鈴ちゃんに渡して温存するでござる。
相手によっては目くらましになるかもしれぬゆえ」
小鈴はぱちぱちと瞬きをした。
「え、私ですか?」
手元を照らす柔らかな電灯の光。
思わず声が漏れる。
「……明るい。提灯よりずっと……」
魔理沙はその電灯の側面に刻まれた文字を見る。
霧雨道具店。
ほんの一瞬だけ沈黙し、
「……古臭ぇな」
とだけ言った。
やがて一行は廊下の奥へ進む。
真っ直ぐ伸びる通路。
等間隔の扉。
見慣れない壁。
小鈴は思わず声を潜めた。
「……本当に、外の世界の建物なんですね」
最初の扉へ手を掛ける。
隣でまましろが拳銃を構えた。
小瓶の中から魔理沙が低く言う。
「……開けるなら、一気だぜ」
扉が開く。
小鈴は思わず息を止めた。
灯りを向ける。
そこにあったのは――。
錆びた自転車。
積み上がった段ボール。
古びた雑貨。
「……紙箱?物置?」
幻想郷には段ボールという言葉はないらしい。
小鈴は段ボールの文字へ目を細める。
「来華(Leica)……日硬陶器……?」
首を傾げる小鈴の横で、
「昭和でござるな」
まましろが呟いた。
「しょうわ?」
ますます分からない顔になる小鈴。
だが魔理沙は段ボールではなく、部屋の奥の戸棚を見ていた。
そして。
玄万が魔理沙の代わりに戸棚を開く。
その瞬間。
小鈴の意識は完全にそちらへ向けられた。
棚の中に並んでいたのは――。
三冊の日記帳だった。
「……日記?」
小鈴は思わず一歩前へ出る。
灯りが古びた表紙を照らした。
何者かの人生が。
何者かの記録が。
今、静かに彼女を待っていた。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
感想、評価、お気に入り登録を頂けましたら、励みになります。
何卒よろしくお願い申し上げます。