外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
本作は、「株式会社アークライト」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』シリーズの二次創作物です。
Call of Cthulhu is copyright ©1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.
Call of Cthulhu is a registered trademark of Chaosium Inc.
PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION 「クトゥルフ神話TRPG」「新クトゥルフ神話TRPG」
左側の部屋を確認した後、今度は廊下の反対側へ向かう。
右手三番目の扉を開くと、そこは台所だった。
小鈴が灯りを向ける。
まず目に入ったのは大きな冷蔵庫。
上段へ氷を入れて冷やす古い形式のものらしい。
その隣には薪を使うオーブンとレンジ。
流し台には蛇口が付いているが、もちろん水は出ない。
「外の世界の古い台所か」
玄万が周囲を見回す。
食糧庫の扉は半開きになっていた。
中には缶詰がいくつも残されている。
だが流しには奇妙なものがあった。
野菜くず。
そして。
ナイフか何かで無理やりこじ開けられた缶詰の空缶。
魔理沙が眉をひそめる。
「缶切りの使い方を知らないやつがいるらしいな」
まましろも空缶を拾い上げる。
「現代っ子の玄ちゃ~ん。大丈夫でござるよね」
「当然だろ、プルタブしか知らないってやつもたまにいるけどよ」
まましろが棚の奥から何かを取り出した。
「しかも缶切り自体はあるでござる」
金属製の器具だった。
関節部分には歯車と刃が付いている。
少し眺めて、使い方を想像する。
「こういう型もあるのか」
「回転式、アメリカ式缶切りでござるな」
小鈴は首を傾げ、魔理沙を見た。
「……これで缶を開けるんですか?」
魔理沙は露骨に嫌そうな顔をした。
「いや、私に聞くな」
だがすぐに空缶へ視線を戻す。
「……でも確定だな」
小瓶の中で腕を組む。
「ここ使ってるやつ、外来人じゃない」
「どうしてです?」
と小鈴。
「缶切りがあるのに使ってない」
魔理沙は断言した。
「少なくとも、この家の住人じゃないな」
ホムンクルスか。
それとも別の何かか。
次の扉へ手を掛ける。
ギ。
蝶番が小さく鳴った。
その瞬間。
小鈴の肩がびくりと跳ねる。
反射的に天井を見る。
ダン――。
上階から重い音が響いた。
全員が動きを止める。
ダン。
……ダン。
先ほどと変わらない。
だが。
少し近い。
小鈴が声を潜める。
「……気付かれました?」
誰も答えない。
しばらく耳を澄ます。
それ以上の変化はない。
まましろが静かに息を吐いた。
「まだ大丈夫そうでござるな」
そう言うと、台所の棚を漁り始める。
やがて一本の瓶を持って戻ってきた。
「食用油発見」
まましろに向けたこちらの顔の表情筋が露骨に嫌そうな顔を作ったが、
止める気にならなかった。
「それ使う気か?」
「これしかないでござる」
分かっていてやっているのが腹立たしい。
「河童どもも、食いもんの油使うと怒るんだよな」
「へ~、そうなんですね~」
魔理沙と小鈴の気楽な反応にイライラしながらも、蝶番へ少量垂らす。
数秒後。
再び扉を押す。
今度は音がしなかった。
扉の先は食堂だった。
長い食卓。
椅子。
壁際のサイドボード。
時間を重ねた木材特有の深い赤褐色が、
灯りに照らされて静かに浮かび上がる。
小鈴がテーブルへ近付く。
「……綺麗。栗皮表紙みたいな色ですね」
玄万が木目を見る。
「リボン杢か。金持ちだな」
まましろが補足した。
「マホガニーでござるな」
魔理沙はよく分からない顔をした。
「そんなに高いのか?」
「今ならまず手に入らんでござる」
小鈴がテーブルの上を見た。
三人分。
皿。
カップ。
ナイフ。
フォーク。
整然と並んでいる。
まるで今から食事が始まるかのように。
だが。
その全てに等しく埃が積もっていた。
小鈴が静かに呟く。
「……三人家族だったんですよね」
父。
母。
息子。
日記に書かれていた家族。
その痕跡だけが、この部屋には残っていた。
魔理沙が小さく、
「ここだけ“待ってる”みたいだ」
ダン。
全員が顔を上げる。
……ダン。
二階から。
また重い足音が響いた。
上方を見てから、小鈴たちに向かって人差し指を立てる。
彼女たちはすぐに口を閉ざした。
小さく頷く。
灯りを握る指先が白くなる。
視線は奥の扉へ固定されたままだ。
ゆっくりと扉を開く。
中はいたって普通の居間だった。
ソファーと暖炉。
いや、
少し違う。
暖炉の脇に太い管が上下へ伸びている。
先端には金属製の口金。
蓋が開いたまま、もの言いたげにこちらを向いていた。
小鈴が声を潜める。
「……あれが伝声管ですか」
頷く。
日記に書かれていたものだろう。
地下。
居間。
寝室。
それぞれを繋いでいるはずだ。
小鈴が口金を見つめる。
「本当に声が届くんでしょうか……」
その横を魔理沙が静かに飛んでいく。
部屋の中央まで進む。
辺りを見回す。
二回ほど旋回し、
何も触らず戻ってくる。
魔理沙が戻ったのを確認し、静かに扉を閉めた。
「珍しいもんはないな」
魔理沙は腕を組む。
「ただ――」
少し眉を寄せる。
「魔力はやっぱり下だ」
小鈴が顔を上げる。
「地下ですか?」
「伝声管から伝わってくる」
小さく鼻を鳴らす。
「嫌な感じだぜ」
次は上か下か。
魔理沙は即座に頷いた。
「まずい」
かなり断定的だった。
「地下ってのは、“追い込まれる場所”だ」
二階を見上げる。
ダン。
……ダン。
重い足音は今も続いている。
魔理沙は低く続けた。
「上のやつが何か分からないまま地下へ行くのは悪手だな。
最低でも、“あれが何か”だけは確認したい」
小鈴は宙に浮いている魔理沙を見ながら言う。
「でも、二階の方が危なくないですか……?」
「ロープなら持ってきているでござる」
まましろが背中の荷物を軽く叩いた。
小鈴は少しだけ表情を和らげる。
「……窓から降りられるなら、完全な袋小路ではないですね」
もちろん安心したわけではない。
だが退路があるというだけで気持ちは違った。
小瓶の中で腕を組みながら魔理沙がぼやく。
「ったく、縮んでなきゃ地下へ突っ込むのもありなんだけどな」
小鈴は少しだけ苦笑した。
二階へ上がった瞬間だった。
ダン。
……ダン。
重い足音が響く。
二階はまっすぐな廊下に四つの扉。
一番手前だけ建具が違う。
湿気対策の造りから水回りだと分かる。
残る三部屋は寝室だろう。
そして足音は、その隣の部屋から聞こえていた。
ダン。
……ダン。
規則的だった。
まるで苛立ちながら歩き回っているように。
問題の部屋へ近付く。
古い鍵付きの扉。
隙間から見る限り、鍵は掛かっていない。
鍵穴も大きい。
膝を折り、そっと覗く。
見えた。
骨だった。
動物の下半身。
馬かロバか。
そこまでは分からない。
ダン。
骨の脚が床を蹴る。
不機嫌そうに。
ダン。
静かに離れた。
これで二階の足音の正体はおおよそ見当が付いた。
だが安心材料にはならない。
小鈴へぶつかってきた、あの小さい飛行体はまだ見つかっていない。
むしろ厄介だ。
足音の主と別口なら、この家には最低でも二種類。
小声で皆へ伝える。
すると、まましろが興味を抑えきれなくなった顔をした。
「見たい」
完全に欲望に負けている顔をするまましろ。
止めるとかえって騒ぎになりそうに思えて、やらせることにした。
まましろが鍵穴へ顔を寄せる。
だが数秒後、首を傾げた。
「見えぬ」
どうやら骨は位置を変えたらしい。
小鈴が不安そうに尋ねる。
「……まだ気付いてないんでしょうか」
少し考える。
「鍵を掛けられるなら、それが一番だな」
「閉じ込めるんですか?」
「相手をしないにこしたことはない」
魔理沙も頷いた。
「鍵を探して掛けちまうのが理想だな」
小瓶の中で腕を組む。
「鍵がこの階にあるなら寝室か水回りだろ」
「どうして分かるんです?」
小鈴が首を傾げる。
魔理沙は当然のように答えた。
「家の中で何か探す時はな、まず寝室を見る」
「え?」
「財布も鍵も帳簿も、だいたいそこだ」
言い終えてから、
「……経験則だ」
と付け加えた。
まずは水回りから調べる。
静かに扉を開く。
洗面台。
洗面台の脇には髪留めが落ちていた。
古いバスタブ。
そこに人骨があった。
仰向けのまま天井を見上げている。
骨の指には、腐食した指輪が残っていた。
まましろが構えていた拳銃を下ろした。
小鈴は息を呑む。
だが悲鳴は上げなかった。
数秒。
じっと見つめる。
そして静かに目を伏せた。
「……女性、だったんでしょうか」
浴室を見回す。
争った跡はない。
「少なくとも、ここで暴れ回って死んだ感じじゃないな」
魔理沙が眉を寄せる。
「奥さんかもな」
少し間を置く。
「逃げ損ねたのかもしれねぇ」
小鈴は骨を見つめたまま言った。
「ちゃんと埋葬もされないまま、ずっとここに……」
その声は少し沈んでいた。
浴室を出る。
次に真ん中の寝室を開く。
空気が変わった。
壁にはカウボーイの絵。
棚には玩具。
床にはミニカー。
子供部屋だった。
小鈴が足を止めた。
他の者も中へ踏み入らなかった。
「……」
小鈴は静かに扉を閉めた。
残るは奥の伝声管のある寝室だった。
ゆっくりと扉を開く。
魔理沙が僅かな隙間に滑り込む。
小さな影が部屋の奥へ消えた。
数秒後。
何事もなかったように戻ってくる。
「普通の寝室だな」
本棚。
ダブルベッド。
枕元にはロザリオと聖務日課書。
伝声管の蓋も開いている。
日記の記述と一致していた。
「鍵があるならチェストだろ」
魔理沙がベッド脇を指差す。
確かに自然だった。
まましろが忍び足で近付く。
一歩。
二歩。
部屋の中央。
ぎぃいいい――。
床板が鳴った。
廊下の向こう。
規則的に続いていた足音が。
ぴたりと止まった。
息を殺す。
ゆっくりと小鈴の手を引いて、
部屋の中に引き入れようとした。
重い。
小鈴の顔から血の気が引いていた。
石のように固まっている。
扉の向こうで、
ゴツ。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。