外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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前書き

外来人。幻想郷で、大工をしている。
永遠亭に足を踏み入れた人間は、だいたい無事では帰らない。
※【グロ注意】本話は人体損壊を含みます。

※本作は原作設定を尊重した二次創作です。



第5話【永遠亭編】竹林の怪物と銀鈴の姫【グロ注意】

 

 

「おお、気持ちいい」

 

背負子から下ろした鋸の腹を額に当てる。

教育的指導をもらったあと、僅かに残った熱には、心地よい感触だった。

左右を見渡し、何もいないことを確認する。

 

「結局いないじゃないか。妹紅って人は……」

 

先日の説教ついでに、

寺子屋の水飲み場にある竹樋の修繕を依頼してきた慧音。

部材は妹紅に頼めばいいと、

自信ありげだったのだが……。

 

しかし今日も、妹紅は不在だった。

仕方なく一人で竹林に入ることにしたのだが――。

 

「薄気味悪いな……」

 

竹林の端が見えなくなるほど奥へ進む気はないが、

ここは幻想郷の中でもかなり危険な地域だ。

正直、かなり心細い。

 

いったん、鋸を置く。

守矢と書かれた提灯を取り出す。

効果があるかどうかは不明だが、

手近な竹に括り付けた。

 

なるべく早く仕事を終えようと、

目を付けていた竹にのこぎりを当てる。

 

青臭さと腕の張りを感じ始めたころ、

湿った鋭い音を立てながら、竹が傾き始めた。

葉が擦れる豪快な音がやむのを待ち、

のこぎりから鉈に持ち替える。

 

「さて、これが結構面倒なんだよな」

 

先端は竹林の奥に倒れている。

枝を払うため、竹の先端に向かう。一歩、二歩。

竹の葉に引かれた、

細く毛羽立った土の筋を踏み越える。

 

芳ばしさを感じた。

食欲をそそる類のものではない。

重く、甘ったるい。

 

思わず顔をしかめると、

ツンと鼻の奥を突くような匂いが加わる。

 

本能的な不快感が、

べっとりと体にへばり付く。

 

視線が、それに誘われた。

黒いナニカが、丸くなっていた。

 

「あ~、もう」

 

粉塵除け代わりに手ぬぐいを巻いていてよかった。

鉈を持ち直し、左手でも拳を握る。

耳を澄ましながら、左右に目線を走らせる。

 

ネズミの足音どころか、蛾の羽音も聞こえない。

 

密集して空を覆い尽くす葉擦れの音。

竹以外の命の気配がない。

 

とりあえず、近くに妖怪も妖精もいないらしい。

そっと、それに近づいた。

 

性別は判別できないが、大きくはない。

女かもしれない。

運ぶことは可能だろう。

 

「ずいぶんと軽くなっているみたいだしな」

 

不謹慎な言葉をこぼし、

……汚れ一つない半纏を眺めてから、脱いだ。

 

どうしたものか。

考えあぐねた末、

結局、それの上に――半纏を被せ、

抱き上げるように包み込む。

 

「あんたが誰で、何があったのかは知らないが……。とりあえず人里まで連れて行ってやる」

 

くるんだそれを、

もともと竹を運ぶつもりだった背負子に積み込む。

 

「やっぱり軽いね。ちゃんと食ってたのか?

揺れるだろうけど、我慢してくれよ」

 

返事を期待していたわけではないが、

声をかけてしまう。

 

すると――。

 

パリ、と音が響いた。

炭化した肺(ふくろ)を膨縮させるような音。

ヒュー、ヒューと、きな臭い吐息が聞こえる。

 

視界の両端で、真っ赤な糸が伸び始めた。

 

糸は枝分かれしながら広がり、

模様を描いていく。

 

少し距離を取って見ていれば、

それはモミジの形にも見えただろう。

 

そう思ったのも束の間、

その模様の中心に、白く太い線が、

内側から引かれる。

 

その白線の周囲から、

暗赤色の塊が湧き出した。

 

塊は膨れ、混ざり、肉紅色となり、

赤いモミジをも飲み込み始める。

 

節を繋ぎ、層を成していく。

3Dプリンターが積み上げていく建築資材のように――。

 

(あ……、保健室の、あれだ)

 

と思った。

 

――いや。

 

脈打つ人体模型なんて見たことねぇよ――

 

 

乾いた竹の葉の上を、

湿った音が転がった。

 

歯並びだけが、妙にきれいだった。

中央の孔から、湿った息が漏れる。

剥き出しの眼球が、こちらを見返していた。

 

背負子ごと地面に叩きつけたそれに向かって、

鉈を掲げる。

 

「じゃあな、名もなき怪物!!」

 

──……。

 

耳を打ったのは、

 

「ちょっと待って」

 

磨き上げられた瞬間の輝きを保ち続ける、

「千年銀鈴」の音色。

 

「私には輝夜という立派な名前があるんだもの。

それを無視して『名もなき怪物』だなんて……。

私に対して、少し失礼だとは思わない?」

 

夜の闇を溶かしたような長い黒髪を竹葉に広げ、

磁器のような白い肌を持つ、神秘的な少女が見上げている。

 

鼻先。

間一髪で止められた鉈など、気にも留めず、

慈しむようにこちらを眺めてくる。

 

(なんだ……。一瞬すらなかった)

 

勝てない妖怪だと、思い知らされる。

 

(背負うと背中で正体を現す妖怪か……)

 

「……子泣きジジイの類か?」

 

しまった。

口にしたあとで思った。

惚けていたとはいえ、女妖怪に向ける言葉ではなかった。

 

女は――輝夜は、すぐには反応しなかった。

 

真珠細工のような顔に、

出来損ないの人形の表情が、遅れて貼り付く。

腑に落ちぬ言葉が、

異物のように喉の奥で引っかかっているかのようだ。

 

輝夜は池の鯉のように口を動かし、

 

「……子泣きジジイ?」

 

繰り返す。

 

背筋に嫌なものが駆け上がり、

鉈を振り上げ直す。

 

次の瞬間、

彼女の瞳が螺鈿のようにきらめいた。

 

「ふふ……」

 

笑った。

 

それは嘲りでも、怒りでもない。

久しく触れていなかった琴線を、

誰かの指が激しく弾いたような笑みだった。

 

「ふふふふ……」

 

視線が、蹴鞠の庭に舞う白革の鞠のように、

何かを描くように、あちこちへ跳ね回る。

 

「あははは……私が子泣き、ね」

 

瞬きをするたび、

火打石を打ち合わせるように、

彼女の中で何かが弾けているのがわかった。

 

それは、怒りではない。

 

「いいわね、あなた」

 

七弦琴を弾く鼠を見た者のような、場違いな歓声。

 

「本当に……最高に、失礼ね」

 

懐かしい刺激を、

面白がって舌の上で転がしている。

 

そのことに気づいたとき、

満腹の猫の前につまみ出されたネズミの気分を味わった。

 

鉈を腰の鞘に戻す。

輝夜の前では、蟷螂の斧にすらならない。

諦めがつくと、少し周囲が見えてきた。

 

竹林で、輝夜といえば――。

 

「かぐや姫か。永遠亭の……」

 

人里でいわく、永遠亭の主は、羽振りの良い、高貴な蒐集家である。

滅多に姿を見せないが、時折現れては里を騒然とさせる、

浮世離れした美しき貴婦人。で、あるとの評判は聞いたことがある。

しかし、貴婦人という評価には斜線を引いておこう。

 

噂の貴婦人は燃えかすになった衣服の上から、

半纏を被され、背負子に括り付けられた縄と取っ組み合いをしてる。

 

恰好が格好なだけに、暴れると色々見えてしまっているのだが、

こちらを気にする様子もない。

それはこちらも同じで、

赤面して顔を背けるか、鼻の下を伸ばすところなのだろうが、

そんな気は、まるで起きない。

もっとも、

向こうは家具やペットに見て、

こちらは月に見て。と、言ったところだが…。

 

「ちょっと、傍観していないで。少しは手を貸してくださらない?」

 

あなたが縛り付けたのだろうと、輝夜がこちらを見てきた。

 

「おう、気が利かなくてすまねぇな」

 

言いつつ視線は竹林の出口へ。

そう深いところへは来ていないはず…。

 

「…はぁっ?」

 

出口は遥か彼方…。

いや、彼方どころではない。

目を凝らしても、終いがない。

 

「あら、どうしたのかしら。帰り道がわからなくなってしまったの?」

 

地面に転がったまま輝夜は微笑んだ。

その瞳には明らかな愉悦が銀のように輝く。

 

「ふふ……、お気の毒に。それなら永遠亭にいらっしゃいな。永琳なら貴方をどこへでも帰してあげられるわよ」

 

喉の奥で小さく息を転がした輝夜は続ける。

 

「大丈夫、心配しなくてもいいわ。貴方が私に何をしたか、たとえ永琳が知ったとしても…」

 

背筋を冷たい汗が伝う。

 

「し、知っても…」

 

「まさか、バラバラに解剖して調べたりなんて…。…そんな恐ろしいこと、しないわよ。……たぶん」

 

鋭い刃先のように細くなっていく輝夜の目元を前に、

こちらの口元は、引きつっていく。

 

「ね?」

 

 

 




あとがき

——人間が、ここまで生きて来られた理由を、
彼自身はまだ知らない。



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