外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

6 / 8
月の姫は、駒を拾う。
それが青駒であれ、人間であれ――。
永遠亭で交わされるのは、好意か、観察か。

※本作は原作設定を尊重した二次創作です。



第6話【永遠亭編】青駒、月への疾走

 

 

永遠の中では、どんなものでも形を失う。

退屈というものだけは、形を持つ。

 

千年前、それを砕いた藤原妹紅でさえ、

今では――潰すことしか、できなくなっていた。

 

だが久しぶりに、そこにひびが入った。

 

貴公子たちが讃え、帝が欲し、

そのために国を揺らした、この私に……。

 

――子泣きジジイ、ですって。

 

そんなふうに見なされたのは、

初めてだった。

 

「ほら早く、この縄を解いてくださいな」

 

男は大きく息を吐きながら、かぶりを振る。

 

「……へいへい」

 

頭を掻きながら近づき、手早く縄を解いて見せた。

興味を惹かれ、男の様子を窺う。

 

「ああ、悪い悪い」

 

男が視線に気が付いて手を差しだしてきた。

手を取ると荒々しく引き上げられる。

立ち上がると、正面から羽織っていただけの半纏が落ちた。

すんでのところを、男が半纏を掴んだ。

わたしの前に、几帳のように垂らした。

心なしの下男と思っていたが、どうやら、気遣いというものは知っているらしい。

 

「これやるから。着てくれねぇか。まあ、一応、体裁と目のやり場ってものがある」

 

「ああ……そういうことね」

 

くすりと、口元だけで笑う。

 

「でも、必要あるかしら。

さっきまでは、随分と熱心に見ていたじゃない。……私の素肌を」

 

男が顔をしかめて返す。

 

「ああ、みえてたねぇ」

 

男の眉間の皺が増える。

 

「すっぴんどころか。化けの皮が焼け落ちた中身まで」

 

眉間の皺の数に免じて、くるりと背を向ける。

男が近づけてきた半纏に袖を通してやる。

 

「帯はないの?」

 

「これで我慢してくれ」

 

突き出されたのは、先ほど解かれた縄だった。

 

「襤褸に縄……」

 

口の中に笑いをとどめる。

 

「阿部御主人は、私を飾ろうとした。

あなたは…。縛るものを渡してきたのね」

 

含み笑いに、男は言葉を一拍、失った。

 

「…縛るものって。お貴族様と比べられてもね~。だいたい、竹の中から取り出せるんじゃなかったっけ?」

 

「そう?なら探してもらおうかしら?輝く竹を…」

 

ゆるりと竹林を指さしてみせる。

男も目線を泳がせる。

 

「OK、このままいきましょう。なに、素材がいいんだ。何を着ていても輝いて見えますぜ、姫様」

 

言って目もあわせずに、自分の荷物をまとめ始めた。

少しばかり、帯(なわ)を締めるのに手間取り、時間を取った。

その間に男も荷物をまとめて、背負子の背あてに括っていた。

戻ってきた男の足が止まった。

地に触れる素足が、視界に入る。

男は背中を向けて身をかがめた。

 

「さ、乗ってくれ。座り心地はエコノミーだろうけど…」

 

背負子を一瞥し、眉をわずかに寄せる。

それだけで十分だった。

ためらいもなく、またがる。

 

「うお!」

 

揺れなかったが、男は驚いたようだ。

男の頭が左右に振られ、視線が足を這う。

 

「普通、そう乗るか?」

 

「これ以外、どう駒に乗るのよ」

 

―大伴御行の寄越した、みちのくの駒にも………。

 

「どうって、横に向いて…。……ていうか、駒って…」

 

「それは、どこの国の作法かしら?」

 

「あんまり伝わってないんだな。昔のことって…」

 

それだけ言って、男は立ち上がった。

 

「それで?どっちに行けばいいんだ?」

 

「そこに梅の花が散っているでしょう」

 

「はい?」

 

あろうことか男は視線を宙に向けた。

――吐息が漏れる。

輝夜が黙っていると、男は視線を地面まで回した。

 

「鹿は紅葉で、猪は牡丹か…」

 

男の視線が地面の兎の歩みを追っていく。

 

「姫様がいれば森は百花繚乱だね~」

 

「……。」

 

男の耳元に声を置く。

 

「梅の香りに誘われて、揺られたい心地だわ」

 

「へいへい、でも、ちょっと待ってくれ?」

 

肩越しから見ると、男は腰の巾着から板切れのようなものを取り出した。

月ではもう記録の中でしか見かけないような記憶媒体だった。

 

磨かれた表面を男の指が滑る。

見遣れば黒い鏡面にわたしの顔が映る。

板が返された。

 

「人のスマホを覗くのは、マナー…。礼に反しますぜ。姫様」

 

ただでさえ、嫗が目にしたら卒倒しかねぬ身なりである。

礼とあらば、無下にもできない。

代わりに、ひとつ咳ばらいをした。

すると今度は、素早く答えが返ってきた。

 

「まだ、慣れてないんでね。トレイルランニングのコツを調べたんだよ」

 

咳ばらいをもう一つ。

 

「山での花の追いかけ方さ」

 

と言って、足を進めた。

竹の葉に沈む音が、竹の葉の上を滑る音に代わっていく。

 

(あら、早いわね…)

 

繰り返される景色だが、流れていく速度は大したものだ。

駒乗りの歩(あゆみ)よりは早いだろう…。

 

「さて、姫様。同じ景色じゃあ、飽きねぇか?」

 

「同じ歩(あゆみ)でも、飽きてしまうわ」

 

「みやびな風景にはならないと思いますよ」

 

それ以上は聞かず、流れる景色が変わっていく。

するすると歩(あゆみ)が早まる。

早足(はやあし)それもみちのくの駒に匹敵する。

 

「なかなか、いい青駒ね」

 

髪を一房掴んで言う。

 

「そりゃ、どうも」

 

返事はそれだけ。

代わりに道を顎で指す。

三差路が見える。

 

「弓手(ゆんで)の…、椀を持つ方よ…」

 

「確かにゆんでは、知らねぇな。左!」

 

「次は馬手(めて)へ」

 

「じゃあ、逆だな。面舵(おもかじ)!」

 

「え…、卯の舵(うのかじ)でしょ?」

 

「またもジェネレーションギャップが…」

 

「失礼ね…。私はもっと、こう……ナウで……ヤングな美少女よ。一筋(ひとすじ)に、」

 

「二重の意味で何歳なんだよ。真っ直ぐだな、姫様」

 

という、やり取りを繰り返すこと半刻(15分)。

男の背に熱が帯びてきた。

そろそろ永遠亭も近い。

 

「次、馬手へ行ったら。一町ほど一筋(ひとすじ)よ。馳(はせ)なさい」

 

「一町…。60間(けん:109m)か。全力疾走だな。よし来た!」

 

男が呼吸を深くして整える。

馬手へと進路を取った。

途端、男の頭が少し下がった。

体がのけぞりかける。

景色が飛んでいるときのように、駆けてゆく。

 

(みちのくの駒などよりも、よほどに早い)

 

須臾(しゅゆ)を使えば、瞬きの時間もいらず、どこまででも行けるが……

竹林の風が、体を引き裂こうとしてくるような感覚。

これはない。

 

「あら……! ふふ、あははは!」

 

赤白の巫女や白黒の魔法使い。ああ、幽霊や吸血鬼の使いなんかもいたわね。

あの時の来客者以来の愉快さだ。

 

「いいわね……。……私の青駒は……。……飛ぶように走る」

 

大きく一息する間に一町を走り終えそうだ。

 

「は、三冠馬のような評価をありがと…っよ」

 

私の声に、私の青駒が返した。

 

「でっ、どっちだ?」

 

「……?」

 

少しばかり愉悦に浸っていたら、枝道が迫っていた。

 

「右行くぞ」

 

「あ…、そっちだと……。……近道になっちゃうじゃない」

 

「遠回りしようとしてたんかい」

 

永遠亭が近づく。

そろそろ、止めてやろう。

一度でつぶすには惜しい。

 

「その辺から罠があるわ」

 

「え、マジかよ」

 

青駒が歩(あゆみ)に戻っていく。

 

「そこ」

 

「ん、ああ、あれかな?あっちもそうだろ」

 

青駒が歩みをとめず、器用にてゐの作った罠を避けてゆく。

 

「あら、わかるの?」

 

「なんとなく。赤みがかった葉だけ不自然じゃねぇか?」

 

赤、といったか。

この青駒には何かが見えているようだ。

少しだけ、愉悦が増した。

 

「……ふふ」

 

思わず、笑みが漏れる。

わたしは何も言わず、ただ先を指した。

 

「ん?……んんん!!」

 

初めからそこにあったのだが…。

目の前の永遠亭に気が付いた青駒がいななく。

 

 

 

 

永遠亭の扉が開き始めた。

 

 




あとがき

このとき彼はまだ、
「帰れるかどうか」を選ばされているとは思っていなかった。


面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
感想、評価、お気に入り登録を頂けましたら、励みになります。
何卒よろしくお願い申し上げます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。