外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話―― 作:ゴケット
飲むか、飲まないか。
それだけで生還率が変わる。
※本作は原作設定を尊重した二次創作です。
永遠亭に入ると見覚えのある顔が出てきた。
人里で置き薬屋をしている鈴仙だ。
一昔前(昭和)の女子高生のような服装に驚いた。
鈴仙が口を開く。
「……姫様。
お怪我は……ございませんか?」
一拍置いてから、初めて男を見る。
「……その方は、里の方……でしょうか」
今剛は輝夜をおろしながら、気軽に口を開いた。
「ケガは、けろっと直り――」
言いかけると鈴仙の顔が引きつる。
その瞬間、鈴仙の言葉が脳裏で噛み合う。
(怪我は……)
視線が、改めて輝夜の姿をとらえた。
消し炭になりかけた服の上に半纏。
焼け出された人のような、みじめさすら感じさせる姿。
「……いや。結構な大惨事だったな。
手当てしてもらってきな」
今剛は、言葉を差し替えた。
鈴仙が小さく安堵の息を漏らした。
(体裁を保つのも大変だな…)
だが、その静かな連帯を、輝夜は半纏の袖で軽く払った。
焦げた布の粉が舞う。
「……鈴仙、そんなに気を張らなくていいわ」
輝夜が脚(ふくらはぎ)で、こちらの背を挟むような仕草。
(下ろせって言ってるな)
屈むと、輝夜が半纏の裾を軽く翻す。
そんな姿だというのに、玉の輿降りるかのような優雅さで背負子から地を…
踏まなかった。
そのまま天女のように舞う。
「……飛べるじゃん」
力なく呟く。
輝夜は宙でくるりと周り、目を細めた。
「姫様……」
鈴仙が何と反応をしていいのか、輝夜とこちらの間で視線を行き来させている。
チラリとこちらに視線を向けながら、輝夜が言った。
「いいのよ。青駒の角(つの)を求めても仕方ないでしょう」
――ずいぶんな言いようだ。
ただの大工…、青駒に、お姫様の扱いまで求められても困る。
と、輝夜は永遠亭の縁側に裸足を触れさせる。
「…ええっと、では、この…」
鈴仙がこちらを向いて、言葉に詰まる。
名前がわからないのだろう。
「ああ…、そういえば、名前をうかがっていなかったわね」
「そういやそうか。今剛 玄万だよ。竹取の輝夜さん」
「…ひっ!」
今剛が答えると、鈴仙が小さく悲鳴を上げた。
どうやら、また何かを間違ったらしい。
一瞬、固まる空気の中、
鈴仙の耳だけが、ぶるりと震えた。
「…あ、名夜竹のかぐや姫、か」
さらに言うと、
鈴仙の顔色が白くなっていく。
聞いた輝夜は目を満月のようにしてから、
三日月のように細めた。
「ほら……ね。
……琴を弾(だん)ずるのは、得意のようだけど……」
輝夜は改めて鈴仙に声をかけた。
「鈴仙」
名を呼ぶ声は、変わらない。
「その話は、もう十分よ」
鈴仙は一瞬だけ理解に迷い、すぐに頷いた。
「……はい、姫様」
輝夜は今剛を見ない。
だが、背を向けることもしない。
何気ない調子で付け足す。
「せっかく来たのだもの。
立ち話で済ませるのは、失礼でしょう?」
内心舌打ちをする。
帰るタイミングをうかがっていたのに、
先回りされてしまった。
「永琳。その男の案内をお願い。
月都万象展の展示物でも見せてあげなさい」
音もなく襖が開く。
永遠亭の影のように見届けていた、八意永琳だった。
「……承知しました、姫様。では――こちらへ」
私がそう応えると、輝夜は満足そうに、
あるいは酷く愉快そうに、
ウドンゲを連れて奥へと消えていった。
残されたのは、静まり返った玄関先と、
私の眼前に立つ一人の「異分子」――今剛 玄万と名乗った男だけだ。
もっとも、彼がこの屋敷の閾(しきい)を跨ぐ以前から、
その存在は私の『検分』の中にあった。
輝夜を背負いながら滝つ瀬(たきつせ)の如く、走る脚力。
てゐが仕掛けた罠を、確実に見て避ける歩み。
遠見の術に映る彼の姿は、停滞した竹林の緑の中に放り込まれた、
熱量の高い「異物」に見えた。
男が口を開く。
「へえ、噂の竹林のお医者さんか」
不意に投げかけられた声に、思考の端を掴まれた。
男は気負う様子もなく、ぺこりと頭を下げる。
「今剛です。…それと、孤露那(コロナ)の件はありがとうございます。
今のところ、里に感染の広がりは出てねぇみたいです」
男の言葉に、わずかに目が留まる。
…そう、彼は外から来たばかりだったわね。
知識としてではなく、経験としてあの病を知る者が目の前にいる。
「礼には及ばないわ。今の幻想郷は私にとっても居心地が良い。
その維持のために、少しばかり助力しただけのことよ」
私は事務的に、かつ端的に返した。
だが、その前にもう一つ、済ませておくべきことがあった。
「それから――姫様をここまで送り届けてくれたこと、礼を言うわ」
おそらく、彼が何もしなくても姫様は自力で戻っただろう。
けれど、その道中を楽しませたのは、紛れもなくこの男だ。
「女の子を裸足で帰れというのも、あれだろ」
男は気負う様子もなく、当然の道理を説くように言った。
私はわずかに口角を上げ、今度こそ彼に背を向けた。
「案内しましょう、今剛さん。姫様の仰った『月都万象展』へ」
廊下を進む。
男の足音が、死んだように静かな屋敷の床を叩く。
男の視線が床に柱に、梁へと飛ぶ。
――門外漢であることを悟ったよう、
彼は一度、アバシーを鼻から漏らしただけで、
無言のままついてきた。
それ以上、屋敷を意識する様子は見せなかった。
それは月都万象展の展示物を見ているときも同じで、
「月の都の歴史資料」他資料を見たときは、
「え、これ直に触っていいのか?よめねぇけどさ…」
と言い。
触れた資料の絵が動く、立体が飛び出すと、
「おお、ハリポタファンが喜びそうだな」
一言だけコメントした。
「月面戦車」、「月面探査車」など、構造物がある展示には、
少しばかり興味を持ったようだ。
素材が複雑な複合材料だということは理解しているのか、
説明の方には目を向けなかった。
男が他の部門と違い少しばかり時間を費やしたのが、
伝統的なものが展示された部門。
「かつて誰かが『これだ』と言い張ったもの、の真実」と、
名を打たれたの小さな区画。
そこにある輝夜自身のコメントを一瞥すると、男は口角を上げる。
そこからは他の展示の前でもう心ここにあらずで、指折り数えていた。
あとがき
——この男は、
無知であることを、武器にしていた。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。