外来人。幻想郷で、大工をする。――妖怪たちの褻(け)の日の話――   作:ゴケット

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幻想入り編
第9話 ― おみくじの神様経済学


 

外壁用サイディング材に鋸を当てる。

乾いた音が、一定の間隔で続いた。

 

河童製――そう聞いた時点で、外の世界の建材とは別物だと覚悟はしていた。

案の定、水を弾く感触が違う。繊維が締まり、削っても毛羽立たない。

表面処理で防水する外の建材とは違う。素材そのものが水を拒んでいる。

 

「…さすがに水に関することは強そうだな」

 

削り粉が目に染みるが、いい建材を前に気分がよかった。

墨付けした分の材料を切り終える。

そのころには真っ白になってしまった。が、満足して頷く。

 

すぐに使わない分を渋紙(柿渋を塗った新聞紙)に包む。

現代アートと化した小屋に運び終わるころ合いで、

いつものように早苗が茶の差し入れに来た。だが、

服装はいつもと少しばかり違う。

髪を結い上げ、たすき掛けをしている。

 

「おお、髪型が変わるだけで雰囲気が変わるもんだな。神秘的に見える」

 

切りくずを払いながら言うと、

 

「え!あ、すみません。ちょっと書き物をしていまして…」

 

早苗は少し照れたように返した。

 

「書き物?」

 

「ええ、霊夢さんが、おみくじを販売しようとしているとか…」

 

「おみくじ?神社と言えばって感じだな。ここでやってなかったのか?」

 

「来た当初はやっていたのですが…。在庫がなくなってからは…」

 

「じゃあ、今だって出来ないじゃないか…」

 

「それが霊夢さんは手書きで作っているそうでして。

しかも妖怪をモチーフにしたものを作っているとか」

 

「こちらも負けてられません」と、気合を入れる早苗。

信仰心の争奪戦になると考えているのだろう。

しかし、

 

「競争しない方がいいんじゃないのか?」

 

「ライバルとの競争に勝とうと努力することが、

結果として『より安く、より質の良いもの』を消費者に届けることになるんですよ」

 

さすが宗教家。

神の見えざる手を信じているらしい。

いや、冗談はともかく。

 

「今回の場合。同じおみくじを売るのなら客を二分の一にするんじゃなくて。

両方の神社に来る口実を与えた方がいい」

 

「……?」

 

何と説明しようかと考えたが、早苗相手なら外の世界のたとえでも大丈夫かと口にする。

 

「要するに、ゲームの周回プレイみたいなもんだ。

守矢神社の結果が振るわなかった場合、博麗神社で引き直しさせる。

それでもだめならまた守矢で…、みたいにループさせるって言えばいいのかな。

ま、おみくじガチャってところかな」

 

神社にしては、スマートフォンゲームの集金システムみたいなたとえになった。

早苗は一瞬だけ固まり、それから小さく息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

視線を泳がせ、指で空中になにかを書くような仕草をする。

 

「食玩とか、課金の流れ、ってやつですね」

 

言ってから、苦笑する。

 

「いや、神社が使う言葉じゃないですけど」

 

「俺は、利益というものは金だけだとは思わない。

信仰という利益を得たいのなら、そういう考え方も必要だ。

それに日本の信仰は生活習慣に根付いたものが多い。

『何かのタイミングでおみくじを引く』という習慣を人里に定着させた方が、

継続可能な信仰を得られると思える」

 

早苗は湯呑みに視線を落とし、

指で縁をなぞりながら、小さく息を吐いた。

 

「……そう考えると、

ただ“引きに来てもらう”より、ずっと強いですね」

 

言ってから、ほんの少しだけ眉をひそめる。

 

「でも……人里に残すなら、

そういう“仕組み”がないと続かない、ですよね」

 

神秘と商業主義の板挟みになっているようだ。

しかし、

スパン!っと、勢いよく障子が開いた。

 

「話は聞かせてもらった!」

 

尊く重い声に、少し背筋が伸びる。

神奈子は、無意識に居住まいを正そうとしたこちらを見て、笑いかけた。

 

「おまえ、なかなか、知恵が回るじゃないか」

 

「どうも…」

 

何とかそれだけ答える。

気さくに声をかけているつもりなのだろう。が…。

 

(声から厳かさが消えないんだよな。この……ひと柱?)

 

「で、おまえならどうする?どう動かす?」

 

神奈子が尋ねてくる。

正直、遠慮させてほしいのだが、得意先との関係は宜しくしておきたい。

 

「さっき、言ったことでほとんど全部ですよ。

博麗のところと、同一の規格のくじを作って、行き来させる。

中には20%の優良顧客になってくれる人も出てくるでしょう」

 

「パレートか。なかなか、学があるじゃないか、玄の字」

 

「これでも、個人事業主だったんでね」

 

返すと、神奈子はニヤッと笑って、こちらと早苗に視線を一往復させた。

 

「問題が一つ。その提案だと、くじがさらに2~3倍は必要だ」

 

指摘しながら、神奈子は早苗に視線を投げる。

くじを製作することになるであろう早苗が、思わず声を上げた。

 

「え、ええっ!?

 いまでも、結構な枚数を書いてるんですけど……!」

 

「我々は信仰を集める必要がある」

 

神奈子は、あっさりと言った。

 

「…耐えてくれ。早苗…」

 

と、言いながら、早苗の肩を掴む。

傍から見ていると白々しい演技なのだが、

早苗は信仰対象に頼られ、「そんな…」と、顔を青くした。

神奈子がチラチラとこちらを見てくる。

 

(まさにお客様は神様だな)

 

「選択肢は三つほど。天狗たちの新聞用印刷機を借りるか、人里の鈴奈庵で刷ってもらうか――」

 

「却下。天狗どもは新聞以外で使う気がない。人里でするとネタバレと神秘性が薄れる」

 

「なら、香霖堂で見かけたガリ版印刷機を修繕する」

 

そこで神奈子は早苗を放して、こちらに向き直った。

 

「ほう、懐かしいものを持ち出してきたな」

 

と、神奈子は言ったが、早苗は小首をかしげた。

 

「ガリ、何です?」

 

「ガリ版印刷機。謄写版と名付けたやつもいたね。

昔はずいぶんと使い方のうまいものもいたんだけど……」

 

「なんですか?それ?」

 

「版画のもっと気楽にできるやつだよ、早苗。

プリントごっこの祖先みたいなやつ」

 

早苗が視線で助けを求めてきたが、

そのプリント何某はこちらも知らない。

首を振って答える。

二人の反応に気が付いていないのか…、

神奈子は少しばかりの間、目を閉じると少しだけ深く息を吐いた。

 

「確かにそいつなら、数は揃えることができそうだね」

 

神奈子は納得したが、早苗は理解できなかったようだ。

 

「ええっと、結局、ガリ版というのは?」

 

「昔の家庭用コピー機みたいなもんだ。版画みたいに手でする必要があるんだけど…」

 

少しばかり思い出に浸っていそうな神奈子を置いて、早苗が聞いてきた。

 

「え、じゃあ、今まで書いたのは?」

 

「それはレアみくじとして入れときゃいいんだよ。あとでプレミアムがつくかもだ」

 

早苗と二人で(すっごい)年上を置いて話していると、神奈子が話に入ってきた。

 

「プレミアか。そういえばチョコエッグのシークレットが欲しい。と、絵馬に書かれていたことがあったな」

 

ああいう欲は面白いと笑う神奈子。

その隣で困惑している早苗に視線で聞く。

 

(シークレットって何だっけ?)

 

(マステのご当地やコラボデザインみたいなものじゃないですか?)

 

((マステってなんだ?)ああ、SSRってことかな?)

 

二人の視線に気付いているのかいないのか、神奈子が言った。

 

「もしかしたら、まだ蔵の中にしまってあるかもしれないね。玄の字」

 

「あ、はい」

 

「早苗と一緒に蔵にないか探してくれないか」

 

「え、ああ、いいですけど…」

 

チラリと、広げている材に視線をやる。

 

「ああ、こっちが頼んでいるんだ。多少遅れたってかまわないよ」

 

「まあ、依頼主がそういうなら構いませんが…」

 

そう答える。

一息ついて、茶を飲み干すと早苗に案内されて蔵に向かった。

 

 

 

 

 

二人が蔵に向かうと、守矢神社のもう一柱が姿を現した。

諏訪子は置かれたままになっていた急須から茶を汲んだ。

 

「蔵に残ってるの、80年ぐらい使ってないんじゃない?」

「そうだね。アレを使って。うちの氏子もずいぶんと九段の杜に持っていかれてしまったねぇ」

「……持ってかれた子より、毎日手を合わせてた母親たちの顔の方が忘れられないんだよねぇ」

「……そりゃそうね」

 

 

 




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