【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
一階の応接間へ通したというミリアの元へ向かうべく、食堂をヤミと出た。
フィーはヤミから別の用事を頼まれたらしく、俺たちとは別れてすでに別の場所へ行ってしまっている。
癒しがなくなったということだ。残念ながらイースティアの屋敷と比べてまったく長くない廊下を、それでも牛歩で進む俺は、我ながら往生際が悪かった。
「……あの。アロルド様、ミリア様が苦手すぎませんか?」
その態度がいくらなんでもだったのか、さすがにヤミも不審げに訊ねてくる。
「そ、そうかな? そうかも……そうだね。そうだわ」
「……彼女が編纂官だから、というだけじゃないですよね。ほかの編纂官に対しては態度が違いますから。何か個人的な理由があるのでしょうか?」
「そう言われると弱るな……。別に何をされたってわけでもないし、ミリア自身は、欠点を探すほうが難しいくらい人の好い性格だし……」
ていうか本来むしろ、めっちゃ好きなんです。
原作でいちばん好きなヒロインはミリアだったんです。
推しだったんです*1。
俺も自分でビックリではある。
ヤミもアビ子もクラウも、原作の視点で言ったらどっちかっつーと敵側だし。
そっちをまったく怖がっていないのに、原作ではしっかり味方キャラだったミリアだけ怖がっているのだから、まあ妙な話ではあるかもしれない。
……俺が
「たまに……」
ふと、そこでヤミが何かを言いかけて、でも止まった。
俺は目線だけで意図を問う。彼女は少し迷った様子だったが、やがて。
「たまにアロルド様は、初めから相手のことを知っているんじゃないかと思えます」
「……、……」
「ミリア様に限らず、私も、アビゲイルも、クラウディアも。そう感じなかったのはフィーヌくらいです」
……本当、よく見ている少女だ。
実際、俺の知識のチグハグさをいちばん理解しているのは、この世界に来た最初の瞬間からいっしょだったヤミなのだろうが。
それでも初対面であることは紛れもない事実なのに、ここまでニュアンスを掴んでくるとは驚きだった。フィーだけは違うと見抜いているのだから精度がすごい。
こればかりは、俺がわかりやすいのではなく、ヤミが鋭すぎるのだろう。
「……そんなことはないよ」
それでも俺は首を振った。
嘘ではない――つもりで言っている。
設定を知っていることなんて、相手を知っているとは言えないのだから。
「知らないことばっかだ。たとえば、意外とヤミが口悪いトコとかさ」
「そうですね。アロルド様も顔が悪いですし」
「顔が悪い!?」
顔がいいとか顔色が悪いならわかるけど、顔が悪いは新時代すぎるぜ(?)。
さすがに慄然とする俺に、さらに重ねて彼女は告げる。
「外見は内面を映す鏡ですよ、アロルド様」
「この流れでそれを言われる場合、つまり中身が悪いって意味になるんですけど」
「いえまさかそんな。メイドが主人を腐すなどあり得ません」
「だとした場合じゃあ今の何? まさかの褒め言葉だったりしたの?」
「無論そのつもりでしたが。――伝わりづらかったでしょうか?」
「そうだね。だって今まだ伝わってきてないからね。いやホントにどこが?」
「もちろん全てです」
くすり、と微笑するヤミは、俺と似たり寄ったりの悪い顔で。
俺も思わず苦笑する。聞きようによっては大概な罵倒なのだが、なんでかヤミから言われたことは、割と全部『そうかも』と思えてしまうのだから不思議だ。
確かアビ子にも似たようなことを言われたしな。
そう思えば、生来のものではないこの顔も、意外ともう俺の顔なのかもしれない*2。
ふぅ、とわずかに息をつく。気分もだいぶ上向いてきた。
この通り、結局のところ人間関係なんて、決して
話してみないとわからない繋がりを、今の俺たちは持っているのだ。
ならミリアにも、――そこまで怯えることはない。
辿り着いた応接間の扉を前に、俺はもう一度だけ深呼吸する。
大丈夫だ、怯えるな。むしろ推しと話せるなんてテンション上げるトコだろ。
今の俺なら、たとえ何を言われたところできっと冷静に受け止められる。
その覚悟を固め、俺は応接間の扉を静かに開けた――。
直後。
俺の目の前に金糸の影が飛び込んできた。
「あ、アロルドさん! もう、待ちかねちゃいましたっ!」
「ひぁ
応接間のソファを立ち上がったミリアが、目にも留まらぬ速度(そんなに比喩でもない)で俺の目の前に迫ってきた。
え、何、今の? なんか残像とか出てましたか? どういうこと? あと近い。
「ふふっ! しばらく会えなかったので少し寂しかったです」
「そう? そうでもないと思うけど、たぶん?」
「あ、すみません、そうでした? わたし、あまり歳の近いお友達はいませんので、ちょっと恋しくなっちゃったみたいです。はしたなくてごめんなさいね?」
「いえ、その、……お気になさらず」
「そう言ってくださると安心です。これからもっとなかよくなりたいですから!」
「――――(謎の空気音)」
頭の中が、なんか知らんがこの世界に来て最大の混乱にぐちゃぐちゃした。
と同時にどこか冷静な自分も別にいて。
いや、なんかわかったな。
これアレだ。たぶんミリアが好みのビジュすぎて脳がストッパーかけてんだ。
いわば吊り橋効果の逆というか、顔がいいことによるドキドキが恐怖の方向に変換されている気がする。――いや、じゃなくてもやっぱ怖えよ。
でも、クソ、顔がいい……!
まあ俺の周りの奴、みんなツラがファンタジーというか、この世界かなり美男美女ばっかりだけど、中でもミリアは俺の
俺は助けを求めるように辺りを見回す。
だが誰もいない。誰もいない? なんでヤミがいない? あれえ?
俺が自力で乗り越えなければならないと確定した。仕方なく手を挙げながら、ひとまずミリアから距離を取る。
「ま、まあ落ち着け。近いからホント。顔が近い」
「すみません、そうですよね。ふふ、お会いできたのが嬉しくて、ちょっとだけ舞い上がってしまいましたっ」
「――――」
かわっ……違う。そうじゃない*3。
「あれ。アロルドさん?」
「世界一なんでもない。オッケー、うん。とにかく離れてくれ」
「わかりました。……ふふふ、アロルドさん、なんだかいっつも隙だらけですよね。だからついそこを突きたくなっちゃって。驚かせてすみませんでした」
「…………」
大丈夫? なんか意味深に聞こえるんだけど気のせいだよね?
その気になったら簡単に亡き者ですよ的な意味合いでは言ってないですよね?
隙があったら
ともあれ座ろう。そうしよう。ソファがあるんだし。
座りさえすれば客人のミリアとは、少なくとも机を挟んだ逆サイドで確定する。
そうやってレンジを取らなければ俺の心臓が持たない感じだ。
こういうときどこに座るのが正解なのか謎だ。
上座って概念あるんだろうか? そもそも上座ってどこだ、この場合?
わからないので、ひとまずミリアの正面を選んで座る。
ミリアも元いたソファに腰を下ろして、真正面からニコニコと俺の顔を見た。
「……もしかして機嫌いいのか?」
「あ、わかっちゃいました? ――なんて、そうですよね。ええ、すみません。その通りです。いろいろと、いいことがあったものですから」
指摘すると、ようやくミリアが普段通りの落ち着いた雰囲気に戻った。
やはりテンションが高かったらしい。だからか、と納得して俺は彼女に訊ねる。
「いいこと、か……。その内容は聞いても?」
「……聞いてくださるんですか?」
ぬっと顔を上げるミリア。
その表情は、なぜかさきほどまでと別人のように死んでいた。
おい、なんか躁鬱激しいぞ、こやつ?
明らかに、いいことがあった話のテンションではない。
「でも語ることはそんなにありません。苦労話しか出てきませんから。単に本当に、ほん――っとうに久し振りに仕事から解放されて、その喜びが出ただけです」
「そ、そうなんだ? それはお疲れ……」
「ありがとうございます。ええ、そりゃあわたしだって、大事なお役目であることは理解しています。普段なら大変だからって文句なんて言いません。むしろ今回だって言ってません。言ってませんけど!」
「あっはい」
「だからって来る日も来る日も地道に虱潰しの探索ばかり……ていうかアーロン先輩がなんにも手伝ってくれなかったのが悪いのに……、わたしだって探知はそんなに得意じゃないのに逃げてばっかりで。どうしてわたしが勝手に飲みに行くアーロン先輩のことまで探さなきゃならないんですかホントに……。
「すっごい出るじゃん」
何がってもう、ビッグネームが。
ミリアの言う《アーロン先輩》と《戒長》は、どちらも
まず《戒長》は、その響きの通り
編纂書院の実務上のリーダー。
組織図として実際のトップである《院長》は、百年前までラヴィナーレ家が勤めており、今では別の教会の誰かだろう。院長は基本、事務面・政治面のトップであり、実働上のリーダーは
教皇の下に院長、その下に戒長、ほか十二名の
これが編纂書院の、わかりやすい組織図である。
まさに世界観における最重要キャラ。
原作の教会ルートにも少しだけ登場しているし、それ以外にもちょっとだけ出番があったりするため、戦闘シーンこそないが名前は割と出てきたりする。
外見としては黒髪ロングの超絶美形神官って感じで、規律に厳しくもどこか愛嬌のある大人だ。出番とかぜんぜんないのに、人気投票で謎に上位にいたりする系。
そしてもうひとりの《アーロン先輩》。
これはおそらく
彼は名前だけで、原作にはただの一度も登場しない*4。
本編でも『サボり魔でいつも連絡がつかない』とミリアが主人公に愚痴るシーンがあったから、目の前のミリアも似たような被害に遭っているようだ。
――うっはー、テンション上っがるぅー!
やっぱ『クロスロ』って設定量の多いゲームだから、設定はあるけど実際には登場しないキャラってのが山のように多いワケ。
しかもシリーズで結構、時代が離れるから、続編ではとっくに過去の人とか普通にあるのだ。
たまにゲーム以外の漫画やアニメ媒体で急に拾われたりする幸運もあるが――。
【このキャラかわいいね! どれプレイしたら会える?】
【ごめん、そのキャラはどれにも出てこない】
【どういうこと?】
【しいて言えば2の設定資料集にだけ出てくるよ】
【だからどういうこと???】
みたいな悲しいやり取りは、ネット上じゃ枚挙に暇がなかった。
よって俺のような生粋の『クロスロ』フリークは、常に新情報に飢えている。
新作じゃなくてもいい。スピンオフですらなくたっていい。制作者の零れ話だって構わないから新しい話をください――と、雨どいの垂水で喉を潤すのだ。
それがコレよ。
新作どころか新世界です(?)。
こんなのテンション上げるなってほうが無理だろと!*5
「そういうワケで、このところすっごく大変だったんですけれど……」
苦労話を振り返るようにミリアは言う。
こうして見ていると、やっぱり歳相応の少女って感じだ。
多少なり慰めてやるのが甲斐性ってヤツだろう。
「うん、なるほど。ミリアはがんばったんだな。俺も頭の下がる思いだよ」
「えへへ……そう言ってくださると、わたしもほっとします」
「うんうん。それでようやくお休みってワケだ」
「ええ。おかげさまで
「うぅ――ん?」
優しくかわいいミリアちゃんには似合わない台詞に、一瞬面食らう。
一方のミリアは、自分の言ったことになんの違和感もないとばかりの笑顔だ。
「……と言うと?」
訊ねた俺に、ミリアは頷いて。
「実は今日はそのご報告も兼ねていまして。――《血河》の本拠地を発見しました」
「――――っ!」
「流れからしてこの辺りに
「いや、別に謝ってもらわなくてもいいけど……」
「いえいえいえ。アロルドさんの功績はとても大きいですから。それを無駄にしないためにも、わたしたちも本気でした。ただわたしはあまりライフの痕跡を辿ることが得意ではなく……ウチにそれが得意な方がいたんですが、それも結構広い範囲でしか絞れなかったので。結果、わたしと部下の総出で走り回ることになりました」
「それでか……」
シギナスがここにいた事実、そして戦闘によるライフの痕跡を残したことで、術による逆探知が可能になったという話だろう。
そういうことのできる術者が編纂官の中にいたのだが、それでもピンポイントには絞れなかったし、ミリア自身も得意ではないから虱潰しで探し回ったと。
「……そうか。そういや、奴はこの辺りが担当地区だ、みたいなこと言ってたな」
「ああ、それをご存知なら話は早いですね。ええ、その通り。
「……なるほど……」
それで忙しくしていたワケか。
なるほど、言われてみれば想定しててもおかしくない流れだった。ミリアがそれを俺に明かしたのも、こちらが持っている情報だけで辿り着ける話だったからだろう。
残念ながら、こっちはそれどころじゃなくて一ミリも考えてなかったけど。
納得する俺に、ミリアは続ける。
「もっとも、残念ながらすでに廃棄されたあとでしたが」
「……そうなのか? まあボスが倒されたんならそうなるのか」
「いえ、そうではないようですね。その場所には戦闘……というか破壊の痕がわずかに残っていたんです。《血河》がアロルドさんに倒されるより前に、何かしら問題が生じて廃棄、移転に至った――と我々は見ています。何か心当たりはありますか?」
「あ? あー……ん、っと」
「あるみたいですね」
にっこり、と微笑んでミリアは言った。
――わずかに俺は戦慄する。
少し考えて、その理由が《クラウが逃げ出したから》だと思い至った、まさにその瞬間を突かれたのだ。彼女はずっと、俺のリアクションを笑顔で観察していた。
あんなに笑顔で、俺と会えたことを嬉しそうにしてたかと思えば、実際はこれだ。
「……クラスの男子の半分くらいは勘違いさせてそうだよな、ミリアって」
「は? えっと……、はい? 意味がよく……」
「いや、なんでも。こっちの話だ」
これでミリアが実は腹黒く、狙ってやっているなら思うこともあるが。
彼女はこれで裏表がまったくないのが不思議な魅力だ。誰に対しても分け隔てなく好意的で、ただし爻印教徒は例外で、職務にはひたすら忠実。それだけの少女。
現に彼女は、さきほどのように――爻印教に対する敵意を別にまったく隠さない。
その思想はミリアにとって、息をすることのように当然だからだ。
……俺は彼女の過去を全て知っている。
だから、ミリアを相手に対応が下手くそなのは、それも理由だろう。
ヤミやアビ子、クラウの過去は原作だと描写が少ない。アビ子はまだちょっと話も出るが、ヤミは資料集に載っているだけだし、クラウに至っては大半が謎だ。
一方でミリアは原作のメインキャラ。もっと言えばメインヒロインの一角である。
その過去はだいたい本編で語られているし、この世界でもたぶん同じだろう。
――
そのことが、なんだか今さらのように重く感じられた。
「あー……、えっと」
さておきともあれ、なんと答えるか。
隠す理由はない気もするが、安易に教えていいとも思えない。
俺は迷った。そして迷っているうちに、状況は勝手に動き始めた。
「それたぶん、わたしがやりましたー」
部屋の入口に、気づけばクラウとアビ子が立っていた。
そしてクラウは自分から、己の素性を口にした。
ミリアは微笑む。
「はい、ありがとうございます。そうだと思っていました」
「そかー」
「なので一応、確認だけしておきたいのですが」
「なんでしょ」
「貴女は、――いったい爻印教とはどのような繋がりなのでしょうか?」
……さーて。
こいつはもしかして、一歩間違えば修羅場ってヤツですか?