【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
クラウは、まあ、爻印教徒ではない。
だがどっちの宗教にしろ、所属を絶対的に証明するものがないことも事実だ。
ひいては《所属していないこと》を客観証明するのも難しい。
私は爻印教徒ではありません、と口にする以外にできることはないのだ。
少なくとも俺は原作のクラウを爻印教の人間だと認識してプレイしていたが、その立場が今の世界と同じであるなら、彼女はただ捕らえられただけの実験体だ。
その辺りは詳しく掘り下げて聞けていないため、現状まだ《なんか捕まってずっと実験体だったらしい》程度しか知らないけれど。
その境遇を思えば、彼女のことは被害者と認識するのが普通だと思う。
ただしここで言う《普通》は、あくまで地球的価値観である。
乂印教の、それも対爻印教に特化した編纂書院の価値観は《疑わしきは罰す》だ。
少なくともクラウは明確に訓練を受けている。
言い換えれば、爻印教の尖兵として鍛えられている。
実戦経験も間違いなくある。その《実戦》が、爻印教に利するものであったことは疑いようのない事実だろう。
果たして、それをミリアはどのように判断するだろうか。
――第一、それを言うなら俺のほうが大概だしな?
クラウがクロなら、アロルドくんはもうクロを通り越して暗黒かなんかだろ。
そういう意味でもこの話、どっちに転ぶかで全てが変わり得る。
「…………」
笑みのまま無言で問いかけるミリア。
その居姿に圧はない。あるように感じるのはあくまで原作を知る俺の錯覚で、今のミリアはなんのプレッシャーも発していないというのが本当だろう。
果たして、そんな彼女にクラウは問い返した。
「ふむ。――それはつまり、わたしが爻印教徒ではないかとお疑いでー?」
まっすぐな反応。まっすぐすぎて俺の心臓が跳ねてしまった。
だが幸い、ミリアはそれをマイナスの心証では受け取らなかったらしい。
「そうですよね、すみません。ご不快な気持ちはわかります。クラウディア殿は
「……いえ、そこまでとは思ってなかったですが……*1」
「大丈夫、ご心配には及びません。ここで否定してくだされば、わたしの権限で潔白と認め、今後同じ嫌疑を乂印教会がかけることはないと確約いたします」
「それだけでよいのでー?」
「構いませんよ。……わたしは少なくとも、アロルド殿を信頼していますからね!」
ミリアにとって《殿》という敬称は、私ではなく公で話しているサインらしい。
いや、それはともかく。
……マジか。と、なんなら俺がいちばん驚いていた。
原作のミリアはかなり苛烈だ。シナリオ後半でこそ主人公に感化され、徐々に人の心を取り戻すように甘くなっていくが、逆を言えば序盤は正直、狂信者めいている。
実際、ただ疑わしいという理由だけで、乂印教徒かもしれない人間を容赦なく殺すシーンが原作には存在する。それが理由で序盤は主人公と反目気味なのだ*2。
乂印教会という名の秩序を心から信奉し、正義と疑うことのない断罪の執行者。
そのミリアが、大してクラウを――なんなら俺を疑っていない。
俺が出会った原作キャラの中で、最も本編との差異が少ないのがミリアなのだが、この点だけはどうしても原作と違っているように思えてならなかった。
それが不思議だ。いや、俺としては都合がいいのだから言うことはないけれど。
「ふむ。では、もちろん違いますよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「いちおう、どういう立場なのか言っておいたほうがいいです?」
「そうですね……。お願いできますか?」
「まあでもお察しの通り、ただの実験体その1ですなー。その中で、たまたま上手くできてしまったのがわたしというだけです。いろいろ戦い方なんかは仕込まれましたが、正直やってらんなくなったので逃げ出しただけですー。今はアロルド先輩の第三夫人候補です」
「おい余計すぎることを言うな」
しまった、つい口を挟んでしまった。ここまで観察に徹して黙ってたのに。
こいつまだ俺の嫁になる願望、諦めてなかったのかよ。でもただ養われたいだけで言ってる奴を認めるわけにいかねえぞ俺は。
ミリアさんだってそんなこと言われたら困っちゃうでしょうが。ねえ?
「ダメですよ、クラウさん」
「ですよねえ!」
「はい。子作りはもう少し心身が育ってからです」
「そこじゃねえんだわ!」
「はい?」
そうだった! 乂印教会ってそういう教えのトコだったわ!*3
なんやねんお前ミリア! 俺はお前が自分のことだけウブだったの原作で知ってんだからな! 主人公に惹かれてもぜんぜん自分から動けなかったタイプだろテメェ!
教会ルートで別のヒロインが選ばれたときのお前の負けヒロインっぷりは、今でもファンの語り種ですよ。恋敵の背中を押して、あとでひとりで泣くタイプじゃん。
そういうところが本当かわいかったです。
いや違うそうじゃない落ち着け俺。
負けヒロイン好きとか、そういう誤解を生みかねない。
ち、違うよ? 誤解ですから。
ていうか負けヒロインってよくないよね表現として別に結ばれなかったから負けというワケじゃないっていうか人生ってその後も続くんだし別の形で得る勝利ってのもあるんじゃないかと俺は常々思って――ごめん、この話いいわ。
「ん、おほんっ」
ひとつ咳払いを俺はかます。
……まあいいだろう。反応からして、ミリアは廃棄施設の破壊を行ったのがクラウだと、初めからアタリをつけていた節がある。
どう調べたのかはわからない。が、そういえばあの日、ミリアはアビ子とクラウにずっと話を聞いていた。俺は緊張で中身を聞き流していたが、あのときに彼女たちのパーソナリティをある程度は察しているはず。
もちろんその後に身辺調査もされているはずだし、何よりラヴィナーレ邸陣営では頭ひとつ*4抜けた実力者であることも、ミリアなら見た瞬間に察したはず。
つまり推測、ミリアから見たクラウディア=ミュールマイスターとは《突如として現れてラヴィナーレ家に囲われた身元不明の謎の実力者》となるはずだ。
もちろん家名から身元を割り出した可能性もあるが、戸籍の概念が希薄と思われるこの世界じゃ、現代日本のように姓名から身元を特定するのはきっと簡単じゃない。
貴族のように家系がわかっていなければおそらく無理で、クラウは珍しい《血筋で才能を継いだわけではないキャラ》だから、出身はどこかの平民だろう。
ただシギナスの廃棄施設に資料なんか残っていたとは思えないし、そことクラウを繋げたのは結局あくまで推理だと思う。
初めから、ミリアをシロ寄りと見ていたんだろう。それでも万が一を懸念して来ただけとするなら、彼女の対応も頷ける範囲か。
本気で疑っていたなら、初めから問答無用ってほうが編纂書院っぽいしな。
なんだかんだ《
そう考えれば、やっぱりこれは俺が警戒しすぎなのかもしれないが――重ねて言うように俺は普通にクロなので、どうやっても警戒は解けないのだった。
「んじゃ、ひとまずクラウの件はそれでいいか?」
「はい。……まあ無論、ラヴィナーレ家……というかアロルドさん個人が後見であるという前提ではありますど。わたし個人は疑ってませんし、上は黙らせます」
「それは……どうも」
「ただ、その代わりと言ってはなんですが、ひとつご提案がありまして」
「ん、提案?」
きょとんと俺は首を傾げる。
そんなこちらに、ミリアはこくりと頷いて。
「以前もご提案した王都へのご招待を、是非この機会に受けていただきたいと思っておりまして。どうでしょう、あれから考えていただけましたか?」
「――あー……っと」
ともすると、たぶんこちらが本題だったのだろう。
クラウの件はあくまでオマケ、というか交渉材料のひとつらしい。
「例の褒賞の件……だっけ?」
「はい! まあそんなに重苦しく考えず、ちょっとした観光と考えてください」
実はシギナスの件のあと、ミリアから内々で提案があったのだ。
功労者である俺たちへ報いるため、という建前での《王都への招待》。
嘘ではないだろうが、それだけが理由でもあるまい。
そうか――と、ボケていた頭がようやくまともに巡り出す。
なるほど考えてみれば、クラウに罪がないとしても、数少ない爻印教の内情を知る重要な参考人であることは事実だ。
なんなら、シギナスと直接戦った俺たち全員も含めて。奴の戦法や目的などはもちろんミリアに包み隠さず報告してあるが、乂印教会がどう判断するかは別の話。
なんならこの提案自体、強制力こそないにせよ、請けるか断るか自体が俺に対する考察材料になる。教会の心証が「あっそ断るんだフーン?」で悪くなるのは困る。
……そう考えると断れる要素なくね、これ?
名目上、あくまで教会の敵を倒した褒美なワケだし、固辞する理屈が浮かばない*5。
「王都に行くだけ? 本当に?」
目を細めて俺は訊ねる。余計な厄介ごとは御免だと意図を込めて。
するとミリアは、指で頬を掻きながら苦笑して。
「もちろんです! と言いたいところですが、どうしてもアロルドさんに会わせろと言っているのがひとりいまして。できたら顔を立てていただけたらな、と……」
「じゃあそっちが本題*6じゃん……」
「さ、最初は違ったんですよ? わたし個人からのお礼のつもりだったんですけど、いろいろあって上がそんな風に言い出してしまって……」
「上って……」
「ウチの
「…………」
断る選択肢は、この時点で消滅したと言っていいだろう。
いや別に断れるのだが、その時点で「んじゃこっちも遠慮なく」と編纂書院上位が動き出しかねない。どう考えてもそっちのほうが厄介だ。
行きたくないけど行くしかない。まあ原作でも
まず単純に原作では王都に行ける機会がない。
わずかにイベントシーンはあるが、マップとしては用意されていないためだ。
初代『クロスロ』において王国で歩き回れるのは西側の一部地域に限られている。
今じゃなくてもいつか行きたいところであるのは事実だった。
しかもこの分だと、ミリア以外の
資料集にすら全員分の名前は載っていない、設定厨垂涎の新しい
なにせ十三人もいるのに、わかっている名前のほうが少ない。
これは《爻印教大司教》も同じで、そういうの全部は明かさないのが『クロスロ』というゲームのあるあるなのだ。そこが考察意欲を掻き立てるとも言えるけれど。
「オーケー、わかった。王都まで行こう」
小さく息をつき、それから俺は諦めて言った。
王都は王国中央部だから、来たばかりで東方向にまた逆戻りだ。
「――! ありがとうございますっ!」
ただそんな俺の言葉に、ミリアはぱあっと顔を明るくした。
それからどこかほっとした様子で胸を撫で下ろし、薄くはにかみながら。
「ふふふ。大丈夫、王都のガイドは任せてください! これでも詳しいんですから」
「ああ……まあ、よろしく頼むよ」
「はい! 楽しんでいただけるよう精いっぱい考えますね! わたし、こういう立場ですから、お友達を案内する機会って今までなかったんですけど、気合いはしっかりありますよ! 美味しいお店とか、綺麗な観光地とか、まとめておきますね!」
本当に、心から嬉しそうな様子でミリアは笑う。
……それなら、まあ、いいか。
とか思ってしまう辺り――俺も結局、大概ちょろいのかもしれない。