犬とお姫様   作:DICEK
<< 前の話 次の話 >>

17 / 36
一人を足して、少年少女は山へと向かう

小学生と二泊三日でキャンプ。

 

 リア充感満載な雰囲気に考えただけで吐き気がするが、それも一人で全ての子供の面倒を見るならばの話だ。そのイベントに参加する高校生は、何も八幡だけではない。奉仕部からは沙希を除いた全員が参加し、ここに何故か葉山組が加わっている。

 

 適材適所。何も苦手な人間が無理にその分野に手を出す必要はない。得意な人間がいるのならば彼らに任せれば良いのだ。葉山組が子供の面倒を見るのが得意かなど全く知らないが、リア充チームならばきっと無難にやってくれるだろう。子供たちも、人相の悪い男よりは彼らの方に好感を抱くに違いない。

 

 子供の面倒を彼らが見るとなれば、後は言われたことをただこなすだけだ。普段やっていることに比べれば、これほど簡単な仕事は他にない。二泊三日も拘束されるのは地味に痛いが、これも奉仕部が存続するためのノルマと思えば腹も立たなかった。

 

 実に簡単な仕事。その認識は、早朝、集合場所に着いた段階で早くも崩れ去った。

 

 集合場所に、陽乃がいた。思わず二度見してしまったが、間違いなくそこにいた。爽やかな夏の装いである陽乃はいつも以上に美しかったが、見とれている場合ではない。確かに、予め二泊三日で小学生のキャンプに、という予定を彼女に伝えてはいたが、これは陽乃を伴わずに遠出する時の義務のようなものだ。

 

 それに対して陽乃は特に何も言わなかった。これもいつものことであるから、無意識に気を抜いていたのかもしれない。陽乃に相対するのに、安心できる時など存在しないのだ。

 

 にこにこ微笑みながら手を振ってくる陽乃におざなりに手を振り返しながら、考える。

 

 陽乃が予想外のことをするのは今に始まったことではないから、ここにいることそのものに驚く必要はない。そういう気分だから、という理由だけで地球の裏側にでも行けるような人だ。千葉の山奥までキャンプに行く道中に現れ、合流するくらい何てことはない。

 

「会えて嬉しいですよ。キャンプとか行くんですね」

「小学校以来かな。散策するくらいならたまには良いけど、泊まりは嫌だよね」

「それでどうして今回参加を?」

「八幡が行くから、っていう理由じゃだめ?」

 

 下から覗き込むように見上げてくる。相変わらず、男心を擽るのが上手い人だ。内心、どきどきしているのを隠しながら、八幡は一つ咳払いする。

 

「ダメじゃありませんが、参加することが解ってたら色々とすることができたと思うんですがね」

「前日、私の部屋にお泊りできたね。一緒に楽しく準備したり?」

「……まぁ、それは否定しません」

「八幡のすけべ~」

 

 からかわれ始めると、八幡は精神的に劣勢に立たされる。大分旗色が悪くなってきた。ここで更に調子に乗らせると、キャンプの間ずっとからかわれることにもなりかねない。誰か助けてはくれまいか。視線を彷徨わせると、視界に隅に綺麗な黒髪が見えた。

 

 その黒髪の持ち主――陽乃の妹であるところの雪ノ下雪乃は、姉とその恋人が並んで立っているのを見ると、ぽとりと荷物を落とした。ぐっと身体が動いたのは、そのまま踵を返そうとしたのを理性で強引に押しとどめたのだろう。気持ちは解る。八幡も雪乃と同じ立場だったらそうした。

 

 雪乃の後ろには結衣と姫菜、それから葉山組の面々がいた。一年は全員、時間を合わせてきた……ように見えなくもないが、雪乃と結衣と姫菜の三人と、それ以外の面々には若干の距離がある。三人とそれ以外で集合し、それがたまたま一緒になったと考える方が自然である。

 

 結衣は陽乃の顔を見た瞬間に凍り付いた。この世で最も自分を歓迎していない人間がいたのだから当然であるが、結衣と同じように陽乃の顔を見て凍り付いた人間がもう一人いた。葉山組のリーダーである葉山隼人である。

 

 朝からお通夜ムードになった二人と雪乃を他所に、葉山組の男子一同は陽乃の登場に盛り上がっていた。既に卒業したとはいえ、雪ノ下陽乃の名前は一年の間でも有名である。生徒会の一色いろはのように、彼女に憧れて総武高校を目指した、という人間も少なくはない。

 

 陽乃本人は、自分のやりたいようにやっていただけと笑うだろうが、高い進学率などよりもよほど、学園の広報活動に貢献したと言える。テンションの上がった男子一同を、陽乃はにこやかに、しかし物凄く適当にあしらっていた。

 

 八幡から見ると、陽乃が男子一同を路傍の石とも思っていないことは一目瞭然だったが、男子一同はそれに気づかない。普通は、陽乃に微笑みかけられればそれだけで満足なのだ。

 

 男子一同とは対象的に、くるくるした金髪の三浦優美子は、陽乃との距離を取りあぐねていた。相手は3つ年上の大学生で、今なお総武高校に異名を轟かせる伝説の女だ。女王(ちから)なるものがあるとしたら、その強弱は歴然である。

 

 優美子も一年の中ではそれなりの存在感を持っているのだろうが、こういう時、年齢の差はいかんともしがたい。大人しくしているのが賢明な判断というものだが、普段通しているキャラというのは簡単に変えられるものではない。優美子にとってはこの二日間、居心地の悪いものになるだろう。陽乃の側に、優美子に配慮する気持ちがあれば別だが、陽乃もキャラかぶりには厳しい。女王キャラは一つの集団に二人もいらないのである。

 

 陽乃相手に無邪気に盛り上がっている後輩を眺めていると、隼人と視線が合った、彼は周囲を伺うと、人目をはばかるようにこっそりと歩み寄ってくる。

 

「――どうにかできなかったんですか?」

「悪いな。俺も今知ったところだ」

「サプライズって奴ですか。お二人はいつも、こんな感じなんですか?」

「いやぁ、流石にいつもじゃないな」

 

 ははは、と乾いた笑いを漏らす八幡に、葉山は苦笑を続けるが、

 

「いつもこんなに温かったら、俺はもう少し楽な学生生活を送れたろうな」

 

 その発言に、葉山の苦笑は凍り付いた。きっと、今まで色々な苦労をしてきたのだろう。雪ノ下さんちと家族ぐるみの付き合いとなれば、物心ついた時から陽乃の影が付きまとっていたに違いない。想像するだけでぞくぞくする環境であるが、この感性を共有できるのはきっと、今日集まった面々の中では姫菜だけだ。

 

 姫菜は今、旧来の友人であるかのように、陽乃と親しくしている。ここまで初対面で陽乃と近い距離を取れた人間は、八幡の記憶にある限りでは一人もいない。仲良くなれるだろうとは思っていたが、姫菜の距離の近さは想像以上だった。

 

「八幡先輩、八幡先輩」

 

 どんよりした葉山と入れ替わるように、姫菜がやってくる。BL話でテンションが振り切れている時を除けば、いつになく興奮した様子での姫菜に、今度は八幡が苦笑を浮かべた。

 

「仲良くなれたみたいで良かったよ」

「いやー、凄い人ですね、陽乃さん。私、あんなに上っ面だけの会話を楽しめたの、生まれて初めてですよ。いるんですね、ああいう人を人とも思わない人」

「――お前が言ってると褒め言葉にしか聞こえないな」

「褒めてますよ? 心の底から。私が今まで出会った中で、二番目に気が合いそうな人ですね」

「あれ以上がいるとは驚きだな」

「あれ以上が何言ってるんですか」

 

 やだなー、と背中をバシバシと叩かれる。気の合う陽乃と会話をしたことで、テンションが上がっているのだろう。それはそうと、と改めて視線を向けてきた姫菜の目は既に、腐りきっていた。

 

「隼人くんと何話してたんですか? ダメですよ恋人がいるのに。でもでも、そういう路線で燃えるっていうなら私もアシストしちゃいますよ? あんな美人の彼女がいるのにイケメンと浮気とか業が深いですね八幡先輩」

「お前がいつも通りで俺も安心だよ」

 

 ぐふふと妖しく笑って近づいてくる姫菜の頬を無理矢理掴んでタコにする。年下とは言え女子にする行いではないが、これくらいで怯むのであればどんなに楽だったか。どうにか押しやろうと姫菜に抵抗していると、静がやってくる。貯金を叩いて買ったアストンマーチン・ヴァンキッシュではなく、全員乗れるワンボックスカー。おそらくレンタカーだろう。自分から手を挙げた訳ではない仕事だろうに痛い出費だが、経費で落ちるのか他人事ながら心配である。

 

「待たせたな、皆乗ってくれ。ああ、八幡。ナビ役の君は助手席だ」

 

 集団の中に座りたくなかった八幡にとって、それは天の助けだった。顔には出さないようにしながら、嬉々として助手席に乗り込む八幡を余所に、残りの面々がぞろぞろと後部座席に乗り込んでいく。これだけ人数がいると流石に手狭だが、早速集団の中心になりつつある陽乃が音頭を取って座席を割り振っていく。

 

 妹や知人がいるとは言え、初めて会った人間の方が多いのだから、如何に陽乃でも普段であればもう少し時間がかかっただろうが、陽乃の行動に一々姫菜がフォローに回っている。話が早く進んでいるのはこのためだ。

 

「犬のお株を奪われた形かな?」

「頭数が増えるのは良いことですよ。俺も負担が減るんで」

「まぁ、そういうことにしておこうか。しかし、陽乃から連絡が来た時にはどうしたものかと思ったが、蓋を開けてみれば、何とも無難じゃないか。あいつがここまで大人な行動ができるとは、私は知らなかったよ」

 

 静の言っているのは、結衣とのことだ。雪乃や八幡に次いで陽乃の性格を良く知っている静は、同時に彼女がどれだけ結衣に敵対心を持っていたかを知っていた。興味を持っていないだけならば雑な対応で済むが、一度敵と認識した場合、陽乃の行動には容赦がなくなる。静が心配していたのは、結衣が言葉なり行動なりで責められたりしないかということだったのが、陽乃は結衣とはきっぱりと壁を作ることで対応していた。

 

 それはそれで大人気のない対応だが、一時期、首でも絞めかねないくらいだったのを考えれば大した進歩である。これからも雪乃との友情が続けば、やがてこれも改善されていくことだろう。結衣ともそれなりに親しくなってしまった今、犬としては無駄な波風が立たないことを祈るばかりである。

 

「子供に悪い影響がなければ良いんですがね。小学生の内からあんなのに触れて大丈夫なんでしょうか」

「人生何事も経験だよ。それに、雑に仕事を片付けているのに相手にそう思わせないのは陽乃の得意技だ。小学生の集団くらい、手足のように統率するだろう。子供の面倒を見るということだけを見れば、あいつ以上に適任の存在はいないぞ」

「俺は子供はそんなに得意じゃないんで、助かりますが」

 

 打算ではなく感情で動く子供は、八幡にとっては苦手なものの一つだが、感情の化け物たる陽乃にとっては、御しやすい生物であるのだろう。陽乃が子供が得意というのもイマイチピンとこないが、苦手なよりは遥かに良い。任せることのできる相手が増えたと前向きに考えれば、更に良い。

 

 ただ、陽乃がいる以上、ただのキャンプでは終わらないだろう。公平とか無償の奉仕とかいう言葉と同様、無難や平穏無事というのは陽乃が嫌う言葉の一つだ。集まっているのは彼女からすれば初対面の小学生ばかりだろうけれども、その小学生相手にさえ何かやりかねない。

 

「そういう時は何とかしてくださいよ、平塚先生」

「私は生徒の自主性を重んじる主義なんだ。未成年は未成年同士、気楽になると良い」

「他人事だと思って……」

「なに、陽乃が大学生になったように、君らもいつか成人するんだ。未成年の内は、未成年にしかできないことをやりたまえ。それは私にはない君らの特権だ」

「俺が大人になったら、先生のアストン・マーチンを運転させてもらえます?」

「それとこれとは話が別だな。でもそのうち、助手席には乗せてやろう。緊急脱出のシートはついていないが勘弁してくれ。あれはそのものじゃなくて、親戚なんだ」

「ミサイルかステルス迷彩で手を打ちますよ。何はともあれ、楽しみにしてます」

 

 




ちなみにサキサキは家の用事で参加できませんでした。
その穴埋めのイベントは番外編でやろうと思います。できればけーちゃんと一緒に。

夏休み中のイベント(予定)
・キャンプ(ルミルミ編)←いまここ
・夏祭り

確定なのはこの二つ。思いついたら追加します。





感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。