犬とお姫様   作:DICEK
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こうして、奉仕部は発足する

「八幡、話がある。ついてきてくれ」

 

 復帰して一日目。お見舞いに来てくれた礼をと思って顔を出した職員室で静に捕まった八幡は、不良にカツアゲされるいじめられっこよろしく空き教室に連れ込まれた。右手と右足からはまだギブスが外れていないため、歩き難いことこの上ないが、静は八幡に手を差し出さなかったし、八幡も静に助けを求めなかった。生徒と教師という間柄ではあるが、ある種対等な関係が築かれていた。

 

「一応確認しておくが、お前の進路は陽乃と同じ大学に進学ということで間違いはないな?」

「その通りですけど……どうしたんです、今更」

「どうにも一般試験を受けて入学しようとしているようだから、推薦入試を薦めにきた。まぁ、とりあえず座ってくれ」

 

 空き教室に放置されていた机に腰掛けると、静は懐から資料を取り出した。成績関係の書類である。昨今、取り扱いには十分に注意されたし、と教職員の間でも持ち出しには細心の注意を払っているはずのものだが、静の扱いは随分と雑なように思えた。静はそれをぱらぱらと捲りながら、

 

「昨年度は普通科で年間主席。最新の全国模試も、国際教養科の連中を抑えて学年トップだ。加えて二年間陽乃を支えた実績を、私を始め教職員は高く評価している」

「大したことはしてないと思うんですがね」

「お前がいたからあの程度で済んだと思ってるんだよ、皆な。彼らの認識は真実全てを捉えている訳ではないが、嘘ではあるまい。内申については、一年間の生徒会活動と文化祭実行委員のへの協力で問題ないだろう。ただ……」

 

 きたな、と八幡は思わず身構えた。早々上手い話など、あるはずがないのだ。

 

「お前の経歴には部活動をしていた形跡が全くないだろう。それが聊か問題になってな」

「執行部員を一年やった、というのじゃ不足でしょうか」

「一年で終わった、とも取れる。一年で役員をしていたら、めぐりのように二年になっても続投というケースは多いからな。問題があって首になった、というイメージにも繋がりかねない」

「気にしすぎじゃないですかね」

「私もそう思うが、そういうのを気にする人間というのはいるものだ、ということは覚えておいてくれ」

 

 陰鬱そうに、静は溜息を吐く。

 

「部活についても厳密に言えば、あちらの募集要項に必要だという記述はない。『部活か委員会に所属しており、それを引退まで継続している』というのは、こちら側が勝手に設けたハードルだな。必須ではないが、内申に加点される。あったら有利という程度のものだ」

「なら必要ないんじゃありませんか? 成績では問題ないですよね?」

「推薦するにはお前の人間性もアピールする必要があるんだ。積極性とか協調性とか、そういうものだな。お前、成績は良いんだが、どうにもそういうのがな……」

 

 静の言葉に、八幡は何も言えなかった。積極性、協調性。どれも比企谷八幡の辞書にはない言葉である。推薦にそれが必要、と言われたらもうどうしようもなかった。陽乃のしごきのおかげで入学した時とは比べ物にならないほど成績が伸びたが、それとこれとは話が別、ということなのだろう。後一押し、と向こうから声をかけてもらえるだけ、マシなのかもしれない。

 

「そういう訳で我々も、お前が自発的に何かに参加したという事実がほしいのだよ」

「部活ですか……」

 

 八幡の声も、重い。

 

 何しろ、部活である。比企谷八幡は今三年生だ。果たしてこの時期に部活に入ろうという人間を、受け入れてくれる所があるだろうか。まして純粋に興味があるのならばまだしも、内申点を稼ぎたいという下心を持った人間である。何を今更と思う人間がほとんどだろう。

 

 そもそも、そういう人間関係が苦手だからこそ、比企谷八幡はぼっちなのだ。虎の威を借る狐という認識がある以上、敵対する人間の方が多いとさえ言える。今の時点で入れる部活があるとは思えない。

 

「受ける、という前提で話を進めさせてもらうが、既に奉仕部という名前で同好会を設立させておいた。時間を遡って、お前が設立のために骨を砕いたということにしてな。お前に口説き落とされた私が、その部の顧問になる。既にめぐりを通して書類の申請も済ませてあるから、所属する部については何も問題はない」

「随分と比企谷八幡がアグレッシブになってますね……」

 

 本物ならばまずそんなことはしないが、書類の上でそうなのだとされたら、書類しか見ない人間にはそれしか見えない。ポイントを稼ぐならば、それで十分ということなのだろう。

 

「同好会にしても、俺一人じゃ具合が悪いんじゃありません?」

「それについては既に一人当たりをつけている。向こうも適当な部活を探していたらしいから、渡りに船だろう」

「それでも二人じゃないですか」

 

 部を設立、あるいは存続させるのに必要な人数は五人、同好会でも三人である。当たりをつけた一人を合わせても二人だから、同好会の設立にも一人足りない計算になる。既に設立されているというのなら急ぐ必要はないのかもしれないが、アクシデントというのはこちらの都合を考えずに起こるものだ。数合わせの幽霊部員でも、用意しておくに越したことはない。

 

「それにしても良くそんな申請通りましたね」

「顧問が既に決まっている、というのが大きかったな。部室は空き教室を使うし、出て行けと言われれば出て行くから、何も問題はない。部室も部費も現状必要としていないのだから、誰も問題にはするまいよ」

 

 それでは書類上はともかく、実態はサークル活動と変わらないが、顧問がついているということは、何かあった時はその人間が責任を持つということである。 大人しくポイントを稼ぐための部活なのだから何か起こるはずもないが、大人がついていてくれるというのは、こういう時に大きい。

 

「で、どうする?」

「それで推薦に有利になるなら、安いものだと思うことにします」

「それでは、契約成立だな」

 

 静の差し出した手を、八幡は強く握り返した。これで自分達は共犯、という事実をお互い、改めて確認してから八幡は疑問に思っていたことを問うてみた。

 

「後一人について、当てがあったりしませんか?」

「全くない。だがボランティアを真剣にやりたい人間は、お前にとってももう一人にとっても邪魔だろうと思ってな。どういう人間に声をかけたものか、地味に悩んでいたところだ。八幡の方こそ、心当たりはないか?」

「ぼっちを捕まえて何言ってるんですか」

「全くだな。有望そうな人間がいたら、私の方でも声をかけてみる」

「よろしくお願いします」

 

 アクシデントのためにそれなりに急いではいるが、実際のところ、同好会の件が明るみに出る可能性は、低いように思えた。既に書類が受理されているのなら、改めてその書類を確認しない限り、書面上の正確な部員数を確認することはできない。部活関係の書類は生徒会執行部が一元管理している。総武高校の生徒ならば誰でも開示は可能だが、何の役職もない人間はあの部屋には入りにくいもので、執行部の人間も仕事でなければ部活の書類など見ない。

 

 部活、同好会に関することで執行部の仕事と言えば予算の編成であるが、同好会には予算は支給されないので会計も書類を引っ張り出したりはしないだろう。後は教室を借りるためにも書類が必要であるが、こちらは元々軽いものである。部室、同好会室として正式に登録した訳ではないだろうから、他に優先する案件があれば立ち退く必要があるが、元より同好会の立場などそんなものだ。正々堂々と放課後に屯できる部屋を確保できたのだから、まずはその事実を喜ぶことにしよう。

 

 話は終わり、と白衣を翻して教室を出て行こうとする静の背に、八幡は声をあげた。

 

「今更ですが、もう一人の部員って誰ですか?」

「そりゃあ、もう一人の雪ノ下だよ。陽乃の相手を二年もできるんだから、妹なんて楽勝だろう?」

「だと良いんですがね……」

 

 顔を合わせたのは軽井沢を入れても二度であるが、たったそれだけでも与しやすい相手には見えなかった。妹だから、と言って油断はできないだろう。陽乃曰く、彼女は世界で一番かわいい妹であるが、その事実だけでも八幡を警戒させるには十分だった。

 

 

 静の背を見送り、時間は流れ、そして放課後である。

 

 

 八幡なりに部員がどうにかならないものか考えてみたのだが、やはりぼっちにはどうにもならなかった。八幡にとって辛うじて友人と呼べるのは、共に生徒会の仕事をしためぐりだけなのだから、そもそも声をかけられる人間すらいない。陽乃経由で貸しがある人間もいないではないが、陽乃なしではその回収はできないし、する気もなかった。まさしく、自分の力での勧誘は絶望的である。

 

 新入部員に求められるセンスは、適当さだ。変に正義感の強い人間や、主張の強い人間は雪乃とぶつかる。かと言って、状況に流されるだけの人間、名義を貸すだけの人間を雪乃は好まないだろう。

 

 便利な人間が、どこかに落ちていないものか。右手は動かないので、左手で頭をかきながら廊下を歩き――その先にいた人間を見て、八幡は思わず動きを止めた。

 

 セミロングの黒髪に、赤いフレームの眼鏡。まぁ、お洒落でかわいい部類に入るのだろう。少し前まで中学生だったことを思えば、十分洗練されているように思う。

 

 しかし、である。

 

 そんな及第点以上の容姿を飛び越えて、八幡がその少女に見たのは陽乃にも通じる内面のどす黒さだった。普通に歩いているのを遠目に見ているだけなのに、背筋がぞくぞくする。陽乃的な感性について、犬の嗅覚は敏感に反応する。何も話さなくても、あの少女がロクデナシであることが八幡には感じ取れた。

 

 自発的に女性に話しかけようと思ったのは、久しぶりのことである。前はいつだったか、と思い出そうとして、それが中学生の時のことだと気づいた八幡は、思い出すことを止めた。

 

 ともかく、八幡は一目で目の前の少女のことが気に入っていた。多分、陽乃も気に入ってくれるだろう。陽乃について色々な場所につれまわされたが、こんな人間にはお目にかかったことがなかった。わくわくしながら松葉杖をついて歩き、少女との距離をつめる。

 

 もう、顔がはっきりと見える。眼鏡の奥の瞳には、どんよりとした闇が見えたような気がした。

 

「なぁ、そこのアリの巣に水を流し込んで全滅させたことがありそうな女子、ちょっと良いか?」

 

 思い返せばあんまりな声のかけ方であるが、八幡はそれで通じると思っていたし、声をかけられた女子は他に廊下を歩いていた女子はいたのに、自分が話しかけられたのだと理解していた。足を止め、こちらを見つめる少女を見返しながら、八幡は言葉を続ける。

 

「なんちゃってボランティアを標榜するだけで、同好会に入っているという書類上の勝利が得られる上手い話があるんだが、一枚噛んでみる気はないか?」

 

 声のかけ方がアレならば、話の内容はもっと最低だった。目つきの悪い上級生の男子に声をかけられてこんな話をされれば、大抵の女子は引くに違いないのだが、眼前の少女は八幡が感じた通り普通の感性をしていなかった。

 

 八幡の言葉を聴いた少女は小さく首を傾げると、にっこりと笑った。

 

「面白そうですね。話を聞かせてもらっても良いですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったわね。待ちくたびれた……わ……」

 

 読んでいた本を閉じ顔を挙げた雪乃は、教室に入ってきたのが八幡だけでないのを見ると、立ち上がりかけた姿勢で動きを止めた。説明してほしいのだけれど、と無言で主張する雪乃をとりあえず無視して、手近にあったパイプ椅子を少女に勧める。さて、と自分の分を探すが、畳んだパイプ椅子は雪乃の後ろにあった。

 

 それを取りに行こうとすると、雪乃がさっと進路を塞ぐように動いた。話が先、ということである。

 

「あー……しばらくぶりだな。ここが『部室』になるって先生から聞いたんだが、間違いないんだよな」

「ええ。そして代表は貴方にしてくれ、とも言われたわ」

「まぁ、それくらいなら良いか」

「それで、私からも聞きたいことがあるのだけれど――」

「こいつのことだな。実は廊下を歩いてたら有望そうな奴を見つけたんで連れてきた」

「よろしく、雪ノ下さん」

「……ごめんなさい。私は貴女を知らないのだけれど」

「雪ノ下さんは有名だから。あ、私は普通科の一年ね」

 

 少女の差し出した手を、雪乃は反射的に握り返した。陽乃の妹にしてはらしくなく、どうにも距離を測りかねているようだった。少女の態度はなれなれしく見えなくもないが、上手い具合に距離を保っている。どこまで近づいたら他人が拒否反応を示すのか、本能的に理解しているのだろう。この辺りは陽乃に通じるものがあった。浮かべる笑顔も、どこか嘘臭い。

 

「それで、入部希望?」

「ううん。まずはお話を、ってことで、こちらの人についてきたの」

「もしかして、この人の名前も知らない?」

「というか、会ったのも今日が初めてかな。ですよね?」

「少なくとも、俺には会った記憶はないな」

 

 こんな目をした人間、会ったら絶対に忘れるはずがない。そんな八幡の内心を知らず、見知らぬ女性に声をかけて連れてきたという事実だけを見た雪乃の目は、氷よりも冷ややかだった。

 

「つまり、100%見た目でこの人を連れきたということ?」

「そういう穿った言い方をするな。フィーリングで選んだってのは、否定しないが」

 

 犬の感性は概ね、他人には理解されない。実際、八幡のように目に解りやすい特徴があるのならばまだしも、陽乃や少女にはそれがない。少なくとも見た目の上では、彼女らは普通に美女美少女だ。話すのは簡単だが、その上で雪乃に『お前は頭がおかしい』という反応をされたら、流石に八幡でも傷ついてしまう。

 

「先生にも勧誘できるなら、ってことを言われた。俺らとしても、頭数が揃ってるに越したことはないだろ?」

「それはそうだけれど……」

「それに入るって確定した訳じゃない。その辺をはっきりさせるためにも、まずは部活の活動内容をだな」

「知らないわ」

「……なんだって?」

「ボランティアということしか聞いてないもの。多分、知っていることは貴方と似たようなものじゃないかしら」

 

 雪乃の言葉に八幡は唖然とするが、考えてみれば雪乃も静に誘われた側だ。全ての事情を掴んでいるのは、糸を引いた静ただ一人である。雪乃が事情を知っていると判断したのは、明らかに早計だ。

 

「なら、先生が来るのを待って、話を聞くか――」

「話は聞かせてもらった!」

 

 あんまりにもあんまりなタイミングで力強く扉が開く。うんざりした表情で八幡がそちらを見ると、そこにはドヤ顔をした静が軽くポーズをつけて立っていた。

 

「入ってくるタイミングを見計らってましたね?」

「まぁな。一度これをやってみたかったんだ」

 

 ははは、と満足そうに笑いながら、静は気取った仕草で白衣を翻し、部室となった空き教室に入ってくる。

 

「と言っても、『ボランティア』という活動内容に違いはない。学内から広く解決してほしい案件を募集し、その中から解決できそうなものを選定し、対応するというスタンスだ」

「随分と受身ですね……」

「積極的にやりたいなら私は別に構わないが、最初の内はそれで十分だろう。やりたくなったら、後からハードルを上げれば良いのだ。ところで――そっちの女子は、新入部員ということで良いのかな。まさか八幡が誘ってきたのか?」

「有望そうだったんでつい……」

「ハチマンって、もしかして先輩、比企谷八幡ですか? 前の生徒会長の補佐をしてた、女王様の犬の?」

「……八幡、お前は自分を知らない人間を連れてきたのか」

「俺はどちらかと言えば、一年にまで犬の名前が広まってることに衝撃を受けてるところです」

 

 にやついた静と、どんよりした顔の八幡二人の視線を受けて、少女はひっそりと笑う。

 

「先代さんは有名ですから。当然、犬の話も付いて回る訳で……良ければ一年に出回ってる話を詳しくしますけど」

「いらねえよ。どうせ悪い話ばっかりだろ?」

 

 八幡の問いに少女は苦笑で答えた。実際に、その通りなのだろう。陽乃の大人気に反比例して、比企谷八幡の評判は生徒にはあまりよろしくなかった。同級生でさえそうだったのだ。そこから話を聞いた新一年の評判がどうなのか、考えるまでも無い。

 

「その犬さんがどうして部活を?」

「内申点のためらしいわ。考えることが姑息よね」

「何とでも言え。話が大分逸れちまったが、ここは俺も含めてこういう連中がいて、こういう所らしい。個人的にはこのまま入部してくれるとありがたいんだが――」

「良いですよ。私で良ければ喜んで」

「……自分で言っておいてなんだが、一度くらい話を持ち帰ったって良いんだぞ?」

「私もフィーリングで選びました。それじゃあ駄目ですか?」

 

 駄目なはずがない。ただ部員がほしいだけの八幡からすれば、少女の提案は願ったり叶ったりだが、二年で染み付いた犬の感性が、自分にそんな都合の良いことがあるはずがないと告げている。

 

 まして相手は、比企谷八幡がフィーリングで選んだ相手だ。陽乃に通ずるものがあると思ったのは、何より八幡自身である。そんな相手が一筋縄でいくはずがない。浮かれてそのまま連れてきてしまったが、落ち着いて考えてみるとこれで良かったのかと思わないでもない。

 

 しかし、他に部員が確保できる見通しはない。ここでこの少女を逃したら、もう一人確保できる保証はどこにもないのだ。

 

 しばらく考えて、八幡は観念した。何より自分が誘ったのだ。ここで難色を示すのは筋が通らないし、そういう不安を別にすれば八幡はこの少女のことが気に入っていた。

 

 

 

 

「わかった。とりあえず、よろしく頼む。知ってるって話だが改めて。比企谷八幡だ」

「平塚静だ。この部の顧問をしている」

「雪ノ下雪乃よ」

「私は海老名姫菜です。よろしくお願いします」

 

 




冒頭部分を修正しました。話の流れに大きな変更はありませんが、お知らせします。







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