犬とお姫様   作:DICEK
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要するに、事の真相はこういうことだ

 

 

 

 

 一言で言うならば、相模南は謀反を企てそれを実行する前に捕まった。計画が漏れたということは100%ありえない。何故なら彼女は心中で考えただけだ。具体的なことにはまだ何も手をつけていなかったのに捕まった時の一連の出来事は、彼女の人生の中で最も衝撃的なこととして記憶される。

 

 中学3年の時に見た総武高校の学園祭。その会場でただ歩いていた雪ノ下陽乃に目を奪われた。リア充の中のリア充。キラキラ輝くこの女の所属する集団をぶっ壊してやりたい。そんな手前勝手な欲望が当時中学生の南を突き動かした。

 

 そのために少しだけ努力もした。総武高校は当時の南の学力では少しだけ厳しかったのだ。三年の二学期になってから志望校を変えることは聊か急ではあったものの、南の決意が固いと知ると家族も担任も喜んでくれた。

 

 その甲斐あってか、高校には何とか合格することができた。欲望に突き動かされると人間というのは強いのである。真新しい制服に身を包み、さてあのリア充をどうしてくれようと思った、高校生活二日目のことだ。

 

『そこのロクデナシ、ちょっと付き合ってくれ』

 

 やたら目つきの悪い上級生に引きずられるようにして、当時はまだ本人たちも生徒会室と呼んでいた部屋に連れ込まれてしまった。そこで待っていたのは雪ノ下陽乃。南が謀反を企てた女だ。てっきりこの女王様が目つきの悪いチンピラを使って自分を拉致したのかしらと思えば、その女王様も自分を見て目を丸くしていた。

 

 チンピラの単独行動であると理解した南は、腕を掴まれたまま彼を見上げた。身長は高くない。顔は整っていると言っても良いのだろうが、誰に聞いても悪いと答えるだろう目つきが全てを台無しにしていた。それでもまぁまぁ美形と思える辺り、目つきだけで相当損していることが伺える。

 

 南の評価ではアリだが、多少ナシに偏った風に意見が分かれるタイプの面構えだ。

 

 何故一年生を引きずってきたと問うた女王様に、アリなチンピラは平然と答える。

 

『いや、ロクデナシが目の前を歩いていたので……』

 

 何て横暴なチンピラだろうか。何もしてない女子高生を捕まえてロクデナシとは。自分はただ、雪ノ下陽乃に何となくムカついたから高校生活をメチャクチャにしてやろうと思ってそれを実行しようとしただけなのに……

 

 と遠回しに全てを告白した南に対する女王様からの判決は『有罪』だった。審議も何もない。当然控訴も上告もない。灰色を通り越して真っ黒な高校生活が確定しつつあることを悟った南は、あっさりと白旗を上げた。

 

 元より陽乃を何とかしてやりたいと思っていたのも何となくというふわっとした理由からである。自分の高校生活を対価にしてまでやるようなことでもない。

 

 そうして自分の生い立ちから特技から全てを女王様の前で詳らかにすると、女王様は目を輝かせて喜んでくれた。目の前の人間が自分を陥れようとしていたことなどどうでも良いとばかりに、貴女には才能があると褒めちぎってくれたのだ。

 

 女王様が褒める程のものだろうかと、南は首を傾げる。南の得意技は集団を堕落させることだ。人数が多い程良くカリスマ的なまとめ役がいないならば朝飯前だが、それだけだ。

 

 良い方向に導くことはできないし、他人と仕事を共有できないからある程度の時間がかかる。自分がやったと手が伸びてこないだろうことが良い所と言えばそうなのだが、精々憂さ晴らし程度にしか使えないというのが南の認識だったが、女王様はそうではなかった。

 

 あれよあれよという間に南は女王様の子分にされてしまったが、性質の問題から表ざたにはできないとも言われた。とりあえず良い思いはさせてやると言質が取れただけマシではあったのだろう。必要な時にこっそりと呼びされて言われた通りのことをするのがその日から南の仕事になった。

 

 それから特に何をした、と言う程働いた訳ではない。女王様に敵対的な委員会なり集団に潜りこんで適当に不和を起こした程度だ。それも十分仕事だと女王様は褒めてくれるが、殺人的な仕事量をこなしていた八幡などど比べると自分のだらしなさに優越感(・・・)に浸ってしまうのだ。

 

 その上陽乃閥としては対外的には認識されていないため、相模南はフリーとなっている。

 

 陽乃本人は元より、八幡やめぐりとも極力接触を避ける徹底っぷりであり、影の幹部というのはそういうことだ。陽乃などはこっそり外で交流を続けているようだが、波長が合わないという理由で八幡は自分の方からも接触を避けている。

 

 初めてできた後輩ということもあり、その距離感に戸惑っていたのだ。

 

 その距離感が逆に作用したのだろう。南は逆に八幡に対しては距離を詰めてきた。隠れた幹部であるので派閥内でやり取りをするのは幹部のみだ。陽乃が卒業した今、在校生の中では八幡とめぐりだけとなっている。めぐりも決して南と仲が悪い訳ではないらしいが、懐いている人間とそうでもない人間の二択であれば、南がどちらに寄りつくのかは自明の理だった。

 

 今の環境に合わせて表現するなら試作型一色いろはとでもなるのだろう。世間では試作型の方が性能が高いことも多いらしいが、総合力で言えば明らかにいろはの方が上というのが八幡の認識だった。

 

 では需要がいろはの方が多いかと言えば、陽乃にとってはそうではなかった。いろはができることで陽乃ができないことはほとんどないが、こと『集団を堕落させる』という行為において南は陽乃に勝る手腕を持っている。そのせいで陽乃の予測を上回る形でトラブルが起こることもあるが、そういう時が八幡たちの出番だ。

 

「途中やり過ぎてたよな。逆転できるか俺も少し心配になった」

 

 これは混沌とした委員会をいろはがまとめ上げ、文化祭を成功に導くというシナリオのデキレースだ。南の仕事はそのお膳立てだった訳だが、手が入り過ぎて進行具合が予定よりも更に遅れてしまった。挽回できなければ選挙戦におけるいろはの加点にはなりにくいし、南に失点がついて目立ってしまう。南のようなタイプは目立たなければこそだ。いろはのことは最悪来年に回せばよいものの、一度フォローできない形で目立ってしまうとそれを取り消すのに時間がかかる。

 

 それは陽乃としては面白くない。幸い、八幡やめぐりが手を回せば挽回可能なレベルであったため、影に日向に手を回してどうにかまともな文化祭開催にこぎつけた訳だ。試す機会が少なかったために南本人でさえ目測を誤るのが玉に瑕である。

 

 とは言え、それも言葉を選べば期待以上ということだ。何とか文化祭も開催されたことで陽乃はご満悦であり、南の働きにも大変満足していた。今回の功労者は間違いなく相模南と言って良いだろう。

 

 その事実は八幡も良く認識していた。にこにこと微笑む南を前にどういう言葉をかければ良いのかも良く解っていた。南もそれを期待して待っている。その顔がぶん殴ってやりたいくらいにムカつくが、その時々に良識的な振る舞いをするのが人間というものだ。

 

 性根がひん曲がっていることを認識しつつも最低限の礼節と貸し借りくらいは理解してると自認している八幡は、

 

「まぁ、その、あれだ……………………よくやったな」

 

 心底嫌そうな顔でぼそりと呟いたが、それだけのことでも南を満足させるには十分だった。接触を避けているだけあって、八幡と直接言葉を交わす機会は少ない。まして褒められたことなど南の記憶では一回もなかった。その八幡が自発的に褒めたのだ。これはもう南的には大勝利である。

 

 いえす! と小さくガッツポーズをして、物凄い速度でスマホをいじり始める。今の喜びを友達にでも知らせているのだろう。委員会には事情を知っている人間が二人送り込まれており、南の取り巻きと周囲に目されているのがそれだ。

 

 南を影の幹部とするなら彼女らは影の構成員である。南ほどではないがロクデナシとつるんでいるだけあって、あの二人も大概に頭がおかしい……らしい。好んで交流を持っていない八幡は知らないが。

 

「それにしても結構やりますよね、あのいろはすちゃん。流石城廻先輩のイチオシですね」

「あいつの立場だと心苦しいだろうけどな」

 

 元々の予定ではめぐりは自分で集めた生徒の中から後継を選ぶつもりだった。陽乃からみれば取るに足らない人間だったろうが、めぐりにすれば自分で選び一緒に仕事をした仲だ。情もあるし、信頼もある。

 

 だがそこでめぐりに予定外のことが起こってしまった。年度が変わってすぐに一色いろはが現れたのだ。めぐりはいろはを一目見て次に会長になるべきはこの娘だと直感した。使ってみれば能力もある。陽乃ほどではないが見た目に華もあった。きちんと実績があり選挙をやれば、間違いなく彼女が勝つだろう。

 

 しかし、めぐりは既に後継者を表明してしまっていた。めぐりの性格上それを撤回することはできない。早めにそれを言っておかないと不和が生まれそうだったために執行部の会議で『いろはを後継者として指名することはできない』と改めて念を押した。

 

 それで表面上の問題は解決したが、根本的な問題を解決するだけの力がめぐりにはなかった。

 

 困っためぐりは先輩であり自分のボスでもある陽乃を頼った。いろはを次の会長にしたいのだが、個人的な事情でそうすることができない。ついては協力をお願いしたい。

 

 めぐりの願望を聞いた陽乃は早速動きだした。めぐりがいろはを助けるという名目で奉仕部に依頼を出し、その裏で個人的に八幡が協力する。八幡以外の奉仕部といろは本人は依頼の通りの理由で動いているが、八幡だけはめぐり個人の依頼でも動いていたのだ。

 

 文化祭を使っていろはの株を上げ、指名を受けずに自力で会長の椅子をもぎ取ってもらう作戦である。成功しても指名を受けた上で負けてしまった生徒といろはの間に心情的な遺恨は残ろうが、それを飲みこんで仕事をするようにと話し合いはついている。

 

 それでも不安は残るが何も問題が起こらなければいろはは二年会長を続投する。対して現状指名を受けた生徒は二年のため、長くても一年で役員を退く。真に好き放題やるのはその後と、いろはには我慢してもらうより他はない。

 

 こういう事情で動いていたと正確に知っているのは少数のだけだ。実際には姫菜辺りは勘付いているかもしれないが、口に出すような無粋な真似はしないだろうと八幡は踏んでいる。あれはあれで『ロクデナシ』の部類だ。その方が面白いと感じ取れば邪魔はしてこない。

 

「これで会長戦は問題ないと思うか?」

「大丈夫じゃないですか? 明日選挙をやってもいろはすちゃん勝てると思いますよ。なんだったら私がもう一肌脱ぐつもりでいましたけど、その必要もないみたいですし」

 

 こともなげに南は言う。めぐりの後継者の生徒は、南の隣のクラスなのだ。早目に指名されたこともあってクラスはその生徒を押し上げる雰囲気でまとまっているが、既に風がいろはに吹き始めていることは感じているだろう。その生徒には何も落ち度がないだけに、若干ではあるが心苦しくも思う。

 

「不安の虫に苛まれてる時が一番動かしやすいんですよね。私の本分とは別の方向ですけど」

「そういう扇動は陽乃の得意分野なんだよな……お前でもできるならいざとなった任せるが」

「できれば手を出したくないですね。妹さんが陽乃さんくらいアレな人だったら良かったんですが」

「あれでデキる奴だぞ。姉と比較してるせいか自己評価はすげー低いけど」

 

 是非雪乃を、という意見は派閥内でもちらほらと散見された。派閥を維持し続けるのには中心となる人物が必要となる。陽乃が作ったコネクションだけあって彼女が卒業してしまった今当時と比べると勢力は衰えてきている。幹部ポジションである八幡とめぐりがいるからこの程度で済んでいるが、これで二人も卒業してしまえば事実上の自然消滅は目に見えていた。

 

 影響力が及ばなくなるというのも陽乃にとっては小さな問題であるが、構成員にとっては地味に深刻な問題だ。今は卒業後も母校で大きな顔ができるかどうかの瀬戸際が今なのだ。卒業すれば関係を切るつもりの非リア充であればまだしもリア充系の連中にとって後輩へのパイプの太さというのは直近の生活の豊かさに直結する問題なのだ。

 

 あの手この手の試みを行った形跡はあるがいずれも失敗している。そも、陽乃や八幡、めぐりの同意なしに核となる人間を選べるはずもないのだ。雪乃が拒否し直系のめぐりが自身の係累にイケてない感じの人間を選んだ段階で、いよいよ派閥も最後かとお通夜ムードが漂い始めた。

 

 そこに現れたのが一色いろはだ。

 

 めぐりの指名を受けていない傍系の人間であるものの、めぐりの子分である以上一味ではある。何よりいろはは見た目にリア充系であり、直系のめぐりよりも遥かに陽乃を彷彿とさせる雰囲気だった。陽乃に比べれば力不足であることは否めないものの、候補者すらいなかった所に現れた、まさに救世主である。

 

 派閥の構成員にとっては他の選択肢などあるはずもない。宙ぶらりんになっていた浮動票は獲得したも同然。雪乃が立候補する番狂わせでもない限り、彼らはいろはを支持するだろう。

 

「さて。先輩の嫌がる顔も見れたんで私はもう行きますね」

「気を使ってもらえて助かる」

 

 できれば顔を合わせるのも精神的には避けたいのだ。苦手オーラをはっきりと出していると認識しながら苦手な相手と話すのも、精神的にかなり疲れる。それでも会いに来たのは、南なりの嫌がらせなのだろう。陽乃や姫菜程ではないが相模南も十分にロクデナシだ。

 

「陽乃さんのステージには行かないんですよね?」

「来るなって言われたし見るなとも言われたからな」

 

 動画くらいは出回るだろうが率先して探さなければ見る機会もないだろう。来るな見るなというのは照れ隠しの一種ではあろうが、振りではなく純度100%の本気である。どういう事情であれそれを見てしまったら冗談抜きで命が危ない。

 

 奉仕部の面々にも具体的な情報は寄越すなと言ってあるのだが、さっきから爆発しろという趣旨の奉仕部ラインが煩くて仕方がない。一体どんなステージなのか興味はつきないものの、それを自発的に知るイコール即ち死だ。比企谷八幡はまだ死にたくないのだ。

 

「まぁ私は後で友達から動画を見せてもらうんですけど」

「さっさと失せろロクデナシ」

 

 間違っても奉仕部の面々にはかけない強い言葉にも、南はびくともしない。二人の間ではこれくらいの距離感が定着していた。距離が近くて鬱陶しいと思うが、本当に駄目な所までは南も踏み込んでこない。空気はむしろ読める方だ。これだけは八幡も見習いたいところではあった。

 

 だからと言って仲良くしたい訳ではないのだが。これでしばらくは顔を見なくても済むだろうと、安堵の溜息を漏らしながら、八幡の頭は文化祭から選挙戦へと切り替わっていく。

 

 いろはからの依頼はまだ継続している。文化祭が終わり、むしろ本番はこれからだ。委員長となったいろははまだ後始末に忙しいだろうが、それが終わったら本格的に選挙戦の準備に乗りださなければならない。

 

 間に二年の修学旅行が入るのが若干痛いが、奉仕部には二年がいないしいろはも一年のため関係がない。むしろ対立候補の二年が一年と三年にアピールできる時間が減ると思えば、一年のいろはに有利な状況とも言える。勝利を盤石なものにするためにしなければならないことは山ほどあるのだが……

 

 考えつつも、八幡は少なくとも選挙戦については楽観的に構えていた。文化祭で顔と名前をこれでもかと売ることができた。この時点で、いろはの勝利は九割方確定していた。

 

 

 

  

 

 

 

 




ちなみにはるのんは自分で作詞作曲したエブリデイワールドをめぐりんの伴奏で一緒に歌ってました。中原麻衣&浅倉杏美verとか聞いてみたいです。







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