「ああ……文歌と離れ離れにならざるを得なかった日々、それは私にとってまるで永遠のように長く感じたよ。瞳に映るものは全て色が失われモノクロと化し……とても心苦しかったが、それでも文歌の姿を思い浮かべれば私は自然と笑顔になり、こうして仕事も無事に終えて帰ってくる事が出来たんだ。本当に私は―――いつも君に救われてばかりだよ」
そう言って感謝を込めるように、優しく温かな微笑みを向けてくる王塚さん……俺も王塚さんと会えないのは寂しかったし、向こうも同じように思ってくれているのは友達として本当に嬉しい。ただ……
「―――ほんの1週間程度で随分と大袈裟ね、一体いつからそんなに弱くなってしまったのかしら」
「ははっ、私も人間だからね。紗月と同じさ」
「……私が寂しがり屋とでも言いたいの??」
「おや、違うのかい?」
「この女……!」
放課後の屋上にて……俺を挟んで王塚さんと琴さんが恒例の幼馴染的やり取りを繰り広げている渦中に置かれてなければ、素直に喜べただろうに。胃が痛い……どうしてこんな状況になったのかと聞かれれば、何故か朝から『WSS……(私が最初に好きだったのに)』と聞き取れないレベルの小声で何かを呟いては、ずっとFXで有り金全部溶かした人みたいな顔をしている甘織さん。心配していたものの、彼女から漂うただならぬ雰囲気でその件について触れるのを躊躇ってしまっていたが……それではダメだ。甘織さんが辛そうにしているのなら、理解者としてその抱える問題を解決してあげなければいけない。俺は強く決意し、彼女に声を掛けようとしたそのとき『……遂にアイツが帰ってきたわ。予定よりも少し早まってしまったけれど……復讐を始めましょう』と、まるで魔女の如き悪い笑みを浮かべる琴さんにガシッと腕を掴まれ、そのまま教室から連れ出されてしまったのだ。
ごめんね甘織さん……俺は内心で謝罪しつつ、琴さんの口から出た「復讐」というワードにもしかして……と大きな不安を抱きながらそのまま屋上へと連行されると、そこにいたのはやはりというべきか―――王塚さんであった。そして同時に理解した、偽りの恋人生活を始めた理由であり長年の悲願でもある王塚さんへの復讐を琴さんは今ここで実行に移すつもりなのだと……いや、そもそも俺を使って王塚さんに何をする気なのかすら知らないんだけどね!?
そして、現在へと至る。
「紗月が私をわざわざ呼び立てるだなんて一体何かと思ったけれど、文歌も一緒に連れてきたのを見て私は理解したよ―――紗月は私や文歌と仲良く一緒に話をしたかったんだね!確かにれな子や香穂に紫陽花を交えグループ内で接する事はあっても、こうして3人で会話を交わす機会は無かった。全く可愛いじゃないか、はははっ!」
「……脳内お花畑もいい加減にしなさいよ……」
俺だったらビビって即土下座コースであろう琴さんの睨みも、全身がキラキラと光り輝く世界ポジティブシンキング選手権で1位を取れそうな今の王塚さんの前ではまったく効果がなかった。今朝教室で俺にバラを渡してきたのもそうだけど、何か物凄く上機嫌なように感じる……最初は仕事を終えた解放感かと思ったが、王塚さんに限ってそんな一般的思考が当てはまるとも考え難い……
「さ、紗月さん」
「……何?」
隣に立つ琴さんに小声で耳打ちすると、彼女は相変わらず氷のように凍てつく目線を向けてきつつも……されど、その頬を僅かに赤く染めていた。
「おっ、王塚さん凄く機嫌が良さそうですけど、一体どうしたんですかね?」
チラリと王塚さんへ視線だけ向けると、それに気づいたのか彼女は目を細め嬉しそうに微笑んでくる。改めて顔が良い……じゃなくて。
「……変ね、そもそも先日の通話中に私が行ったくすぐりで真唯は文歌に相手がいると思い込んだはずよ。なら逆に落ち込んでないとおかしいじゃない……」
だがしかし、琴さんも理由をよく理解していない様子であった。幼馴染である彼女でも分からないなら、俺になんて分かるはずが……
「クールな一匹狼とクラスメイトが言っているのを最近聞いたが……紗月はやっぱり変わらないね」
「私は大人になったのよ、見える所も見えない所も」
王塚さんはその返しに首を傾げ。
「そうかい? 昔知り合った頃からあまり変わっていないように見えるけどね」
「…………何よそれ」
琴さんは唖然とした表情を浮かべて固まっている……王塚さんの放った言葉は嘘偽りのない本音だが、同時にそこに悪意など微塵もない。いやそれどころか、幼馴染として琴さんの変わらぬ一面を良く感じているのだろう。でもだからこそ王塚真唯という圧倒的な存在を常に隣で感じ、彼女に打ち勝とうと必死に努力してきた琴さんの想いを無意識に否定してしまっていた……
普段のやり取り、それに琴さんから断片的にだが聞いた過去の話。琴さん本人からは何度も否定されてきたけれど、やはりそのどれもが俺に2人は仲が良いという印象を抱かせて仕方ない。そもそも幼馴染だからって全員が良好な関係を築けているわけではないのだ、琴さんと王塚さんについて俺はまだ知らないことだらけだけど、でも―――やっぱり琴さんの言う復讐だなんて間違っている。何か良い方法があるはずだ、思考をフル回転させる俺だったが……
「……そっちだって図体ばかりデカくなってるみたいだけど、中身は子供のままじゃない。いいわ、今まで溜まりに溜まった鬱憤、ここでお返ししてあげるわよ」
「ッ!? それは―――」
暴力は、暴力はダメですよ!?俺は慌てて止めようとしたが、琴さんの行動は俺の予想を遥かに斜め上を行くもので……彼女は俺の腰に手を回し、そのまま力強く引き寄せると。
「何よこの体の柔らかさ……あ、貴方にも分かるように言ってあげるわっ!文歌は私と……つ、つきあ……」
琴さんは顔を真っ赤にして、目をグルグルと回しながら。
「文歌は私の―――妻なのよ!」
「え」
爆弾発言に俺の思考は見事にフリーズした、いやあくまで付き合っているだけですよね……まあそれも偽りだけど……
「な、何を言っているんですか!?」
「う、うるさいわね妻なら黙って私の言う事に従ってなさい」
「D、DV……」
琴さんは自分でも何を口走っているのか分からないと言わんばかりに混乱状態に陥っている、これが復讐だというのか?だったらこんなの王塚さんに効き目なんてあるわけ……と彼女の方へ視線を向けてみると。
「妻、だって……!?」
王塚さんは両手をつくように、その場にガクッと膝から崩れ落ちていた。えっ、何でそんなにガチでショックを受けてるんですか……?
「さ、紗月も随分と面白い冗談を言うじゃないか……」
「冗談だなんて現実逃避はやめなさい、文歌は……ほほ、本当に私の妻よ!」
「文歌……どうか嘘だと言ってくれ……」
まるで世界の終わりみたいな顔で縋るようにこちらを見上げてくる王塚さん、実際妻ではないんだが……俺は彼女と目線を合わせるようにしゃがみ込み。
「お、王塚さん、落ち着いてくださいっ」
「文歌……!」
「わ、私と―――紗月さんはそういう関係じゃないんです!それにそもそも妻じゃなくて、2週間限定の恋人関係で……」
誤解を解こうと必死に笑いかけたのだが……
「名前呼び……だとッ……!?」
王塚さんは俺の発言がトドメとばかりにバタリと倒れ込んでしまった、いや何でこうなるんだよぉ……
「……滑稽だな、文歌が1人でシテいたと思ってたのは私の勘違いだったというわけか」
「シ、シテたって何をですか???」
「ええ、その通りよ。貴方がフランスから健気に電話してきているとき、ちょうど私は文歌と愛を育んでいる最中だったの」
「そ、それじゃあ文歌が何かに耐えているようなおかしな様子だったのも、全て紗月との……ああ、そんな……」
普段の完璧超人な王塚さんからは絶対に想像できない、生気のない虚ろな瞳を浮かべる姿を見た琴さんはそれはそれは幸せそうに。
「―――これよこれ!私はこれが見たかったのよ!王塚真唯が私の前に這いつくばっている姿を……!琴紗月の人生はここに完成したわ!!今日こそが私の生まれた日よ!!!」
高笑いする琴さんと倒れ伏す王塚さん……2人を交互に見やりながらこの収拾のつかないカオスな状況に対して俺は内心で頭を抱えるしかなかった。だがしかし、少しして王塚さんが待ったをかけるようにゆっくりと上半身を持ち上げて。
「……待て紗月、妻というのは冗談だとしても文歌は2週間限定の付き合いだと言っていたな。その先はどうするつもりだ?」
高笑いしていた琴さんの肩がピクリと揺れて、一転彼女は反応に困るようにその顔を歪めた。
「……それは……」
「お、王塚さん、そんなの聞くまでもありませんよ。紗月さんが私なんかと偽り無しにお付き合いするわけないじゃないですか」
こんな顔が取り柄だけの陰キャコミュ障と、あの完璧な琴さんが釣り合うわけがない。向こうだってお断りするに決まっている。
「……何よ、そんな風に言う事ないじゃない」
「さ、紗月さん?」
初めて見る……まるで小さい子供のように拗ねた表情に思わず呆気に取られていると、琴さんはどこか恥ずかしそうに視線を逸らしながら。
「……付き合うわよ!これで満足かしら!?」
「ど、どうしてそうなるんですか!?」
「なるほど、紗月のこの感じだと……私にもまだまだ十分にチャンスはありそうだね」
王塚さんは希望を見出したようにフッと笑みを零すと、ゆっくりと立ち上がり。
「紗月―――私と勝負しないか?」
「……勝負?」
「ああ、私が勝ったら君と文歌の恋人関係は取り消してもらう」
「いいわ、私が勝ったら文歌とそのまま付き合い続けて仲睦まじくゴールインしてあげるわよ」
……もう何が何だかついていけないけれど、一つだけ強く思った事がある。
「いいじゃないか、勝負といこう。内容は今度の期末テストでの順位でいいかい?」
「望むところよ」
「……王塚さん、紗月さん……」
俺はパンクしかけた頭を抱えながらゆらゆらと立ち上がり、2人の肩へとそっと手を伸ばした。
「どうしたんだい文歌?それにしても相変わらず君の手は柔らかいな……」
「い、いきなりビックリするじゃない……」
王塚さんと琴さんがそれぞれ何か言っているが耳に入ってこない……何故なら疲れと同時に俺はある種の怒りを抱いているからだ、散々振り回されたのに結局蚊帳の外で2人で勝負を始めるだって?
「そ、そんなの許しません……その勝負、私も―――参加します!」
「なっ!?」
「……貴方、本気かしら?確か成績は普通だったはずでしょう。それで私達の勝負についてこられるとは思えないけれど」
「だっ、だから勝負内容の変更を要求します、私が内容の中心にいるんですからその権利はありますよね?」
「そ、それは構わないが……一体何の種目で勝負するんだい?」
戸惑いながら訪ねてくる王塚さん……運動勉強コミュニケーションがダメな俺でも勝負出来る内容、そんなの一つしかない。俺は大きく息を吸い込み、そして。
「え、FPSで勝負です!もし私が勝ったら恋人関係は解消、それと2人とも……いい加減に腹を割って本音で話してもらいますよ!それで―――ちゃんと仲直りしてください!!」
そう、心の底からの願いを告げるのであった。
それから数日後の土曜日。
「―――って事情から私は王塚さんと紗月さんとFPSで勝負する事になったんです……!」
甘織さん家にて、俺は現在甘織さんとFPSで遊んでいる最中なのだが……もう……もういい加減この振り回されっぱなしだった1週間についての出来事を誰かにぶっちゃけたくなる衝動に駆られて彼女に全て打ち明けてしまった。別に守秘義務なわけじゃないし、何より同じグループのメンバーなのだからいいだろう。ていうか甘織さんには琴さんと偽りの恋人契約を結んだ際に『今日からまた訳アリ女子になってしまいました、こんな私でも仲良くしてくださると嬉しいです』と意味不明なメッセージを送り混乱させてしまったのだから、いずれは話しておかなければいけなかった事だ。
そして俺の話を聞いた上での、甘織さんの反応はというと。
「……改めて確認する事になっちゃうけど、文歌さんと紗月さんはあくまで偽りの恋人関係であって別に本当に付き合ってるわけじゃないんだよね?」
目を大きく見開きまるで己の生死がかかっているかの如く真剣な表情で尋ねてきて……何故だろうと思いつつ「そうですよ」と頷くと、甘織さんの瞳がみるみるうちに輝いていき。
「―――そっか!そうなんだね!文歌さんの事情は全て理解したよ!甘織れな子合点承知!王塚さんと紗月さんの事も大切だけど、ここは理解者として文歌さんの事を応援するからね!!」
「甘織さん……!」
「……いやー、ホント良かったなぁ。脳が破壊されなくて」
「い、今なにか言いましたか?」
「ななっ、何でもないよ!?」
「?」
慌てる甘織さんに首を傾げつつ……まあともかく、この勝負は絶対に負けられない。王塚さんと琴さん、あの2人を絶対に仲直りさせてみせるぞ。
そう、強く誓う俺であった―――
れな子良かったね…
紗月さん編も佳境へ入り、残り2~3話ほどで終了予定です!