* * *
ーーアルゴン精工、本社工場。
またも戻ってきた由良島にどでかく鎮座する、アルゴングループ系列の自社工場である。
このコングロマリットの頂点は、天才・門倉が社長を勤めるアルゴンソフトなのだろうが……工場の威容はまさに、一人の天才がたった一代で築き上げた怪物の巨大さを実感させる。
重役である北川父がカードキーで幾重ものロックを解錠してゆき、俺たちはまっすぐ工場1Fの最奥へと辿り着く。
「……ここだ」
北川父が扉脇のパネルを操作すると、遠い天井から光が降り注ぎ、がらんとした製造区画を照らし出す。
今は操業を停止しているものの、長大なベルトコンベアがカマボコ型構造の奥まで続き、その所々に取り付けアームやエアーカーテンの並ぶ一隅。
第一製造レーン。
「cryptチップーークリプトは、このラインで製造されている」
停止したベルトコンベアの末端あたりは……確かに、吊り下げ式のゴムカーテンに仕切られた、四角の大型機械へと吸い込まれ、ラインはそこで終端となっている。
「あれがーー話にあった。チップカバーの取り付けアーム、なのか?」
「そうだ」
空気の蟠るその一隅へ、歩みを進めんと足を踏み出した瞬間。
背筋に走る怖気。
俺は即座にGUMPを引き抜き振り返る。
「ようこそーー招かれざる客よ」
「「「!?」」」
俺達が潜ってきた、第一製造レーン正面扉の向こうには……いつの間に現れたか。
きっちりとスーツを着込む、一人の壮年男性の姿があった。
気配なく現れたそいつに、皆が飛び退き身構える。
「工場長……!」
うめく北川父の反応からすると、どうやらこいつがアルゴン精工由良島工場の工場長ーーらしい。
とはいえ……工場長という肩書に不似合いなスーツ姿。
隙のない着こなしと表現するにしても、あまりに欠如した生活感。
どうやら初対面というわけではないらしい。
俺はにやにや笑いで話しかける。
「よおーー久しぶりだな。
余程、ここで作られるチップが計画の要とは言え。
初めて見たぜ。ファントムの幹部たるものがーー工場長とはな。
……もっといい役職とか無かったのか?」
「ぬかせ……裏切り者が」
吐き捨てる工場長は、もう正体を隠す気も一切ないらしい。
押し寄せる気配は明らかに人間のそれではない。
確実にファントムソサエティの幹部層……すなわち、高位悪魔だろう。
人にうまく化けたつもりのそいつは、北川父子へと視線を投げる。
「北川。こそこそ調べ回っていたのは気づいていたが。
やはりお前の手引きか」
人ならざる者の視線から守るように、父は息子を視界から隠す。
工場長は両手を広げ、鷹揚に侵入者一同を見回した。
「ーーようやくクリプトを嗅ぎ付けて、ここまで辿り着いたのだろうがーー
お前達は一体。何をしに来たのだ?」
その声音には、軽蔑も皮肉もなく。
純粋な疑問めいた工場長からの問いに、俺達は問いかけの意味を測りかねる。
「だって……そうだろう?
既にcryptチップは無償配布マシンを通じて市内の全戸へ配布され。
今や続々とーー魂を捉え、収集しつつある」
今さらお前達に何ができる?と尋ねる工場長は、企業人のような顔を浮かべる。
「私を倒して。そうだなーー『マシンに不具合があった』とリコールを呼びかけて。
天海市全戸のPCを回収し、新たなチップを載せ替えるのか?
北川。お前ならわかるだろうーーどこにそんな予算がある? ん?」
全チップのリコールは、アルゴン精工の破産と同義だぞ?と工場長は笑う。
広げた手の先に広がるのは、北川父の長年慣れ親しんだであろう職場である。
人を嬲るようなその笑みを見て、北川父はさすがに苦い顔を浮かべた。
「それでもだ。我が社の製品を人を苦しめているなら。やらねばならん……」
「ふ、優等生の答えだな。実にお前らしい。
だが、誰も褒めてはくれんぞ?
路頭に迷う社員達の家族はーー果たしてお前の判断を歓迎するかな?」
「くーー」
大勢の部下を抱える管理職としての弱みを的確に突いてくる。
こいつはきっと、こうして大勢を黙らせてきたのか。
川越労基に訴え出やがったらもう二度と奉職させてもらえんぞ(まあ別にしなくてもお前が奉職させてもらえるわけじゃないけどな)と脅してくる神社界と何ひとつ変わんねえな(以下略)
「もう、特ダネはこうして俺たちが掴んだんだ!
部外者に知られた以上ーー自社製品の悪評は止められないぞ!」
庇われた父の背から身を乗り出して。ランチが反駁する。
不良息子には父の首が人質にならない、と理解した工場長は、面白げに眉をひそめる。
「ほう?
息子はしっかりと躾けるべきだったな、北川。
不良仲間とツルんだせいでーーこうして、命を落とす羽目になる……」
スプーキーズの面々を順繰りに見つめ。
最後にーー不良仲間の筆頭らしい俺へと、工場長は視線を留める。
「ついでにーー我らの裏切り者も! ここで始末しておくとしよう!」
そのまま窮屈そうにネクタイを剥ぎ取る。
特徴のない勤め人めいた工場長の全身が、変貌してゆく。
「なっーー工場長……やはりお前は……!」
耳が尖り。牙は口唇から突き出し。縦に裂けた瞳孔が金に輝く。
肌は深紅へとその色を深めてゆき。
全身は漆黒のマントに覆われてゆく。
宙に浮かび、咆哮を上げる口吻から漏れる紫色はーーその身に宿す魔力の猛り。
「我はーー魔王シェムハザ!
冥界の番人へその名を伝え、通してもらうがいい!」
お前の名前は通行手形かよ。
ともあれーーよくわからない見得切りと共に戦いが始まった。
工場長の正体は幹部の誰かだろうとは思っていたが、シェムハザの奴だったか。
俺もファントムに在籍して長いし、全く知らない奴ってわけでもない。
ならばーー
俺は即座にGUMPの引き金を引き、召喚プログラムを起動させた。
「Summon:Kuku-nochi」
召喚に応え、神樹ククノチの樹影が虚空より滲み出る。
シェムハザは種族が魔王というくらいだ。たしか、記憶が正しければ……
俺は瞳をすぼめ、シェムハザのステータスを看破しようとする。
:魔王シェムハザ
:LV52
:HP6434
:MP2548
:力13
:知14
:魔18
:耐17
:速12
:運10
:マハ・ラギオン
:マハ・ブフーラ
:マハ・ジオンガ
:メギドラ
:デルタ・プープラ
シェムハザのステータスを把握し、俺は記憶が正しかった事に安堵する。
やはりこいつは術士型の悪魔で、多彩な魔法攻撃を得意とする。
そして速のステータスもさほど高くはなく12。
1ターン目は余裕の表れか、魔王はただ含み笑いをしてこちらを見ていた。
それにしても、三属性魔法を使ってくるとか。
つい最近……そんな敵と戦ったばかりである。
(そして何やかんやあって、その敵は爆発した挙句、謎のCMタレント扱いされている)
ともあれ。俺の応手はひとつしかない。
「Makara-karn」
「……。」
シェムハザよりも速の高い神樹ククノチが先に唱えたマカラカーンにより、俺たちの前方に赤黒い反射壁が展開された。魔法反射鏡である。
以降のターン頭でもまず真っ先にマカラカーンが立てられる事になる。
これでシェムハザのスキルは一つ以外全て無効化されたわけだ。
魔王涙目である。
「……。」
魔王は残る唯一のスキル、デルタ・プープラを使ってきた。魔術ではなく技である。
効果はときどき相手をHIGHにする。テンアゲである。
宴会芸かな。何で魔王がそんな技持ってんだとは思うが、そういえばこいつも結局は、組織に属する中間管理職である。
幹事とかやらされて場の盛り上げ役を担ったりしてるんだろうか。
そう考えれば可哀想にも見えてくる。
得意の魔法攻撃を全面禁止され、しょっぱい顔で物理攻撃してくる今の姿も含めて。
俺は懐から、工場内でさっき拾ったばかりのそれを取り出す。
「item:魔力の香」
「! ウラべ、きさまッ! この魔王シェムハザに向かってナメた真似をッッ!!」
敵味方含め速ステータスの最も高い俺は行動順も一番なのだが、アイテム係としてアイテムを使う必要の出てこないターンがほとんどだ。
シェムハザの物理耐性は技無効・銃撃50%・斬撃80%なのでまあ剣でも振るっていればいいんだろうが、使用すべきアイテムをチェックしていたら、ちょうど戦闘前に使い忘れていた魔力の香を見つけたため使っていたところ、なんか急にシェムハザが激昂しはじめた。
舐めプレイに見えたらしい。
もともと赤い顔をさらに真っ赤にし、爪牙を振るって俺ばっかり通常攻撃で殴ってくるようになったので、俺も大般若長光を振るって応戦する。
ド突き合いするにはどちらもタフ過ぎてお互い、あまり大したダメージも出ない。
タンク同士の殴り合いみたいな有様を見てシェムハザは、つくづく魔法攻撃ができないことを歯痒そうにしている。まあ魔王としちゃ全体魔法で俺ら全員にダメージ与えて、地味に後列から銃撃してくるスプーキーズの面々あたりから順番に落としていきたいだろうしなあ。
ちなみに北川父も息子から銃を押し付けられ、遠間から(元・工場長を)へっぴり腰で射撃していた。職場内DVかな。
あ。シェムハザがまたデルタ・プープラ使い始めた。これはククノチが状態異常のHIGHにかかってサマナーの指示を聞かなくなり、毎ターン頭にマカラカーンを使わなくなる展開を期待してのことだろう。
とはいえ、状態異常HIGHになったら100%指示を聞かなくなるってわけでもないのだ。
それに俺の行動順は一番だから、敵の後攻で発生した状態異常ならターン初頭に(アイテム使用で)解消できる。ゆえにシェムハザによるこちらの状態異常狙いは、そもそも成功率が低いうえにリカバリーの手段も充実していて、とても好手とは言い難かった。
……あ。
ろくな対抗手段も打ち出せないまま、延々と俺らと殴り合っていたシェムハザがーー遂に倒れた。
「……。」
倒れた床より恨みがましい眼で見上げた後、シェムハザは無言のまま消えてゆく。
いや何か言えよ。
おまえ戦闘前はあんだけべらべらべらべら喋ってたろうが。
この俺を倒したところで第二第三の俺が、とか、捨て台詞くらい言ったらどうなんだ。
「……。」
何も言わないのかよ。
特に何も言わないままシェムハザの恨みがましい面構えはマグネタイト片の燐光に変じ、そして虚空へと消えていった。
何か捨て台詞を期待して見つめていた俺ら一同も、何となく無言になってしまう。
「……まあ、これで。以降のcryptチップの増産は防げそうだが。
だが奴が言っていた通り、既にチップが天海市中のPCに収められている現状は変わらない」
改めて北川父が問題点を洗い出した。本来は、シェムハザが言い残すべき「ぐぬぬポイント」である。自分らでまとめさせてんじゃねえよ。
俺は黒帽子を被り直し、北川父へ尋ねた。
「なにかーーチップを、一斉に強制停止させるような。
そんな仕掛けは無いのか?」
「……あるわけがないだろう。
そもそも。そういったものを、『スパイウェア』とか『バックドア』とか言うんだ。
顧客の情報に毀損をもたらすものを載せていたらそれこそ、賠償裁判起こされて、破産一直線だよ」
アルゴン精工は真面目で実直なメーカーらしい。
だがメーカー側で修理交換のタイミングをコントロールできるシステムでもないと。そもそも部品の製造計画も立てづらいのではないか?(偏見)
この状況の解決策を求める俺は、つい思いつきを口にする。
「だがーー本当に何か無いのか? 例えばそう、ソニータイマーみたいな」
「ウラべさん。ソニータイマーなど存在しない。いいね?」
「あ、ああ」
北川父の目が据わっている。どうやら聞いてはいけない質問だったらしい。
まあとにかくアルゴンタイマー的なものも存在しないらしい。
となれば、後はもうチップをひとつひとつ交換してゆくしかないわけだが。
それよりもーーもっと手っ取り早い方法を、俺たちは知っていた。
「「……。」」
俺とネミッサは目を合わせ、頷く。
ともに脳裏に浮かんでいるだろう光景はーーかつて見た二上門の地下。
旧き神々の御座に今や、新たに安置されているであろう“マニトゥ”だ。
正確にはーー『マニトゥ』システムの、その本体。
「どうやら。あそこへ直接行き、死の歌を届けるしかない、みたいね……」
「ああ……」
顔を寄せ小声で交わされた提案は、他のメンバー達の耳には届かなかったようだ。
実は。状況の合間合間に、隙間時間を見つけてはーーネミッサとふたり、二上門地下へとちょいちょい潜っていたりする。48までレベルが上がっているのはそのせいだ。
もっとも、最初に訪れた時は無敵のナオミにトレイン&パワーレべリングしてもらったおかげで、最深部手前の「神の御座」二座へと辿り着くことができたに過ぎない。
今の俺ら二人では地下入口をちょろちょろするのが精々だ。エネミーソナーも変わらず真っ赤なままで、出現する悪魔も二人がかりで相当に苦戦しないとまず倒せない。ほとんど一戦ごとにリソースを使い果たし、即撤退するぐらいの厳しさである。
なんであそこの出現悪魔だけあんな桁違いに強いんだろう。でもまあそんなところでもなければ、マニトゥシステムを安心して置いておくことなんて出来ゃしないか。
ーーと。その時。
さらなる二上門地下アタックを決意する俺たちの横で。
ペーッ、ペーッ……と独特な、携帯の着信音が工場内に鳴り響いた。
鳴っているのはどうやら、カツオの携帯らしい。
「ーーはい。母さん? どうしたの?」
家族からの着信のようだったが、電話口から漏れ聞こえる声はやけに甲高い。
やがてーー話を聞き終えたカツオが、顔を驚愕に歪ませる。
「……なんだって!?
父さんが。パソコンの前で無気力症になった挙句ーー
突然暴れ出して、あかねモール(地元スーパー)に突っ込んでいった!?」
ああもうまったく。こいつん家は。妹のトモコといい父親といい。
「ーーもうお前の家はWordをアンインストールしろ!」
とっさに脱マイクロソフトを勧める俺の脳裏には。
例のイルカがーーキュキュッ。と、つぶらな瞳で冤罪を訴えていた。
(そう言えば諸悪の根源はWordではなかった)