魔法文明が衰退していく世界で、文献修復士が「魔導書」を作ったら人類最強になった 作:菊池 快晴
火の魔法が発動した。
ちょうど身長より少し高い場所に、赤い炎がメラメラと出現している。
酸素と魔力を吸い込みながら、力を増幅させているのだ。
この一ヵ月間、無我夢中で術式を書いては消し、理論を構築してきた。
努力が実ったことが嬉しく、心臓が今までにないほど音を立てている。
「……え、デカすぎん?」
しかし、段々と恐怖が押し寄せてきた。
俺が想像していた何倍も大きくなっていく。
ジリジリと熱が凄まじいことになり、思わず身体がのけぞる。
この宿には多くの木材が使われている
つまり――このままでは大火事となる。
「ちょっと、え、ええ!? 消えろ、消えろって!?」
消失の術式を組み込むことを忘れていた。
炎を増幅させることだけしか考えていなかったからだ。
俺のバカ、バカバカバカ。
ヤバイ、というか、ヤバイ。
だがここで発動してしまうと、俺は文献修復大好きの放火魔になってしまう。
「え、ええと、ええと!?」
今から術式を足すか? いや、間に合うわけがない。
俄然として炎は、あっしに任せてくださいよ! みたいな感じで大きくなっていく。
近くにかけてあった俺の服がジリリと焦げはじめ、いよいよ終わりが近づいてくる。
せめてこの宿のみんなを助けなければ。
火事だ! と叫ぼうとしたとき、ハッと手元の本に気づく。
直感で、その本をバシッと閉じる。
すると炎の渦は、驚いたことに小さくなっていく。
熱波は段々とやわらぎ、数秒後には何事もなかったかのように消えた。
「あ、あぶねえ……」
長年修復士としての仕事をしてきたラルフは、貴族に追放され、ショックのあまり……みたいな記事になるところだった。
良かった。本当に。
「おそらく一定期間は……本と魔法は繋がっているのか」
あのいけ好かない男、ワインセラー男ドルチェも火の魔法を発動させたものの、掌をサッと振って消していた。
それを思い出し、本と魔法はまだ繋がっているのではなと思ったのだ。
「いやでも、本当に魔法が使えたな」
改めて感慨深くなり、ベッドに座り込んだ。
本の表紙に掌を置く。ちょっと熱い。そしてまだ興奮が冷めやらない。
何より嬉しいのは、これは、今までの真剣に文献の復元に向き合った結果だからだ。
母さんがよく言っていたな。真面目にやっていれば、ちゃんと報われるって。
……あれは、本当だったんだな。
しかし、ここからが本番だ。
俺は魔法使いになって最強になりたいわけじゃない。
魔物を狩り、素材を売って生活費を稼ぎたいのだ。
その金で古い文献の回収を依頼し、本業を続ける。
それが、俺のやりたいことだ。
けれども一番の問題点は魔物と戦ったことがないことだ。
いくら炎の魔法が使えるようになったといっても、俺自身は素人。
魔物は凄く強いらしい。もっと知識や生態系も調べなきゃいけない。
やることはまだたくさんある。
まだ時間はあるし、図書館にでも行ってみるか。
「え? 明日で宿泊期間の終わり??」
「ちょうど一カ月だろ。ずっと引きこもってたみたいだが、何してたんだ?」
出かけてきますと宿屋の店主に言ったら、眉をひそめられる。
そういえばそうだ。
手持ちはゼロ。延泊はできない。
本を片手に路上で寝るなんて恐ろしい真似はしたくない。
危険は承知の上で、魔物を狩るしかないな。
ちょっと焼け焦げた服のまま宿を後にする。
確か南門から出た森に魔物がいると聞いたことがある。
できるだけ見渡せる場所で、一体ずつ気を付けて狩ろう。
いや、待てよ冒険者ギルドで仲間を探すか? いや、申請には時間がかかるだろうし、また筋肉に囲まれるのは嫌だな。
そのとき、屈強な男たちが俺を追い越していく。剣や斧を持っているところから、絶対に冒険者だ。
俺は、ゆっくり端っこへ移動する。だって、怖いもん。
いや待てよ。彼らの後をついていけば、魔物の狩り方がわかるんじゃないか?
よし、こっそりついていくぞ。
「なんだテメェ、なについてきてんだ?」
どうやら俺に、尾行の才能はないらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
「お前は、自分が何をしたのかわかってるのか?」
シルヴィアは、ドルチェの胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げていた。
彼女の身長は一般的な女性と比べても遥かに高い。
しかし、ドルチェの身長は180を超えている。
ドルチェの私兵は驚いて動けなかった。
足をじたばたさせながら、ドルチェは息苦しくなっていく。
やがてシルヴィアが手を緩める。
「ごほごほっ……な、何をするんだ……」
「それはこっちの台詞だ。ようやく……不滅の魔族に対抗できるかもしれない希望の光が見えたというのに。それを、お前が台無しにした」
シルヴィアは鋭い目つきと恐ろしい表情でドルチェを睨んだ。
少し落ち着きを取り戻したのか、ドルチェの私兵が動こうとするも、シルヴィアが魔力を漲らせたことで足がすくんでしまう。
「あ、あの修復士がか?」
「そうだ」
「バ、バカな。あんなやつに、そんな力があるわけないだろう!」
「……あの火の文献は、
「……ち、違う。あいつは書き換えたんだ!」
「お前のような奴に話しても無駄なことはわかってる。だが、この落とし前は付けてもらうぞ」
「落とし前だと!? で、
ドルチェは、火の魔法を発動させる。
しかし、それを見たシルヴィアは眉一つ動かさない。
「私は、お前のような人間が心の底から嫌いだ。魔力を持って生まれたからといって他者を見下し、驕り、自分は選ばれた人間なんだと思い込んでいる。その結果、周りの人間を不幸にしていく」
「う、うるさい黙れ――」
「――お前がな」
ドルチェが火の魔法を放とうとした瞬間、シルヴィアはドルチェの腹部を殴打した。
味わったことのない激痛とともにドルチェは胃液を吐き出し、その場に倒れこむ。
未だかつて経験したことのない、敗北という二文字とともに。
「おい」
そしてシルヴィアは、ドルチェに私兵に声を掛けた。
「は、はい!?」
「この男は自分勝手な理由で修復士をクビにした。監督不行き届きの問題どころじゃない。こいつを処罰できる上を連れてこい。それからすぐ、。ラルフが働いていたという仕事場に案内しろ」
「「は、はい!」」
シルヴィアは溜息をついた。
ラルフという名前は珍しくもない。探すのに苦労するだろう。
もしこの国に嫌気がさし国外へ出てしまっていたら? それこそ、見つけるのは至難の業だ。
「……それでも必ず、お前が必要だ」
シルヴィアは、胸に巻いているネックレスに触れながら、そうつぶやいた。