魔法文明が衰退していく世界で、文献修復士が「魔導書」を作ったら人類最強になった 作:菊池 快晴
「魔力に敏感すぎる病気を患っているため、私が近づくだけで死ぬほど痛い、そういうことで合ってるな?」
「は、はい。でも、ようやく治まってきました。魔法を使わなければ大丈夫みたいです、はい」
痛みと人見知りが合わさって声が上ずる。
少し離れた場所から声をかけてきてくれてるのは、シルヴィアと名乗った女性だ。
命の恩人に大変申し訳ない扱いをしてしまっている自覚はあるが、痛すぎて反射的に殴りそうになった。
俺は、先天性の魔力過敏症を患っている。
普段は体調が悪くなったり、お腹を壊すぐらいだったが、ドルチェと出会って気づいた。
魔法使いの魔力には、恐ろしいほど身体が反応する。
どういうわけか、本から発せられる魔力では大丈夫なのだ。おそらく、毒持ちの魔物や動物が自らの毒で死なないのと同じ原理なのだろう。知らんけど。
そのことから、シルヴィアの攻撃は間違いなく魔法だった。
それも、俺が本で使うような大雑把なものじゃない。
針の穴を通すような精密さと、一瞬で敵を内側から破裂させる圧縮された魔力だった。
……一体、何者なんだ?
「それでお前は、こんなところで何してるんだ? 見たところ、一般人に見えるが……」
「え、ええと何というか、魔物を狩ってお金を得ようと思いまして、それで」
シルヴィアの目が鋭くなっていく。あ、疑っている。
目線が色々なところに移る。俺の二の腕、腰、足、そしてまた顔に戻る。
おそらく酷い隈だ。さらに外に出ているとは思えないほど真っ白い肌。
恐ろしいほどの美貌なの眉間にシワが寄りまくる。
「かかりつけ医とかはちゃんといるのか? 私のことはちゃんと人間だと思えてるか?」
「病院から脱走してませんよ。ちょっと慢性寝不足気味ではありますが、至って健康です」
はあ……と、信じられない様子だ。いや、そりゃそうだろうな。
実際、もう少しで軍狼に殺されるところだったし。
あ、そうだ、説明すればいいんだ。
「……見たところ武器も持ってないみたいだが、どうやって魔物を倒そうと思ったんだ?」
「ええと、その……火を魔物にぶつけて燃やしてって感じです」
ヤバイ。語彙力が皆無すぎる。
でも他に何て言えばいいんだ。火の魔法を放つ? いや、これなんかすげえ偉そうな感じだよな。
ドルチェみたいに嫌な人には見えないが、魔法を愚弄してると思われるのだけは避けたい。
「…………」
「…………」
するとシルヴィアは周りをきょろきょろし始めた。
山賊か何かと勘違いしてないだろうか
俺は囮で、伏兵から攻撃されると思ってそう。
「嘘をついているようには見えないが……」
「そ、それほどでも……」
「褒めてない」
苦笑いで返すとめちゃくちゃ真剣な目をしていた。
……魔法使いだけど、いい人そうだ。
「すいません。それより、助けてくれてありがとうございます」
「偶然見つけただけだ。別に礼なんて言わなくていい」
「命を助けてくれたんですよ。礼は言わせてください」
そうか、とシルヴィアは特に気にしていないようだった。
むしろ、周りを警戒している? やっぱり山賊だと思われないか?
「あの、シルヴィアさんはここで何をしてるんですか?」
「……私は魔族を追ってここへ来たんだ。だが、今のところその気配はない。おそらく、勘違いだろう」
「あ、あの魔族って、どうやばいんですか? 俺、仕事で引きこもりがちだったんで、最近の情勢には疎くて……」
「……やっぱり入院していたのか?」
「してないです」
元気に腕を振ってみせるが、やっぱり信用してもらえない。
シルヴィアは信じられないものを見る目をしていたが、はあと口を開いた。
「魔族は人間よりも高い知能を持ち、楽しみながら殺戮を行う『悪意』の塊だ。先月も小国が二つ、一夜にして地図から消えた」
「しょ、小国が二つ……!?」
「住民は一人残らず殺された。人類にとって根絶すべき敵だ」
想像以上の規模に血の気が引いた
そんなのがウロウロしてたのかもしれないのか。そりゃ俺みたいな弱そうな奴がいたらわけわかんないよな。
シルヴィアの声色から本気で恨んでいるかのようなのが伝わってきた。
色々、あったのかもしれない。
「シルヴィアさんは魔法使い……なんですか? さっきの、
俺の質問に少しだけ空気がピリっとした。
聞いちゃいけなかったのかもしれない。
「そうだ。私は雷の魔法が得意なんだ。……お前はほんと、何も知らないんだな」
「え、えええ……はい、すいません」
「まあいい。それより、早くここから離れろ。魔族はいないみたいだが、【シンギング・スクワレル】の死骸が発見された。それを倒す奴もいると考えると、さらに強い魔物がいる可能性もある」
「……あ、あの【シンギング・スクワレル】って?」
はあ、とシルヴィアが溜息をつく。
すいません、歴史は得意なんですけど、知識が偏ってるんです。
「噛みつかれれば猛毒が全身に回り、数時間で内臓が溶けて死に至る攻撃をしてくる魔物だ。知らないも無理はない。そいつらは強い魔力に反応する。お前の前には現れないだろうが、私が来たことで可能性が増えてしまっている」
そ、そんな恐ろしい化け物がいるのか。やっぱ魔物って怖いな……。
金のためだと割り切ってきたが、ずっと続けられるとは思わないな。
「な、なるほど……でしたら、今日はもう帰ろうと思います。色々と疲弊したので……」
「それがいい。というか、魔物がいる場所には来ない方がいい」
「いや、それはちょっと諸事情がもろもろありまして……」
「諸事情?」
「ええと、仕事をなんというか、クビになりまして、それで稼ぐために魔物を狩ろうと始めたんです」
シルヴィアは哀れな目で俺を見た。確かに悲惨すぎるか。仕事をクビになって、魔物に殺されそうになって、心臓が痛くて悶絶するだなんて。
「事情はわかったが、魔物を狩る必要なんてないだろう。もっと安全な仕事があるはずだ」
「ええとその……人が、苦手なもんで……できれば一人で……後、本業に戻りたいと思ってるので、いつまでも続けるつもりはないです」
「……まあ、別に私がとやかく言うことではないが」
「いえ、とんでもないです。でも、シルヴィアさんも危ないですよ。いくら魔法使いとはいえ、女性一人で魔族を相手にするだなんて危険です」
すると彼女は、今までにないほど目を丸くした。
なぜか、驚いているようだ。
……どうした? なんか俺、変なこと言ったが?
「あ、あの……気分を害しましたか?」
「いや……違う。そんなことを言われたのが随分と久しぶりでな」
魔法使いってだけで心配とかされないもんなのか?
生まれつき魔力を持ってるってことは、幼い頃から強いってことか。
それはそれで可哀想かもしれないな。兄弟はいないが、お兄ちゃんだから我慢しなさいって言われてるようなもんか。
そう思うと、ドルチェも魔法使いに生まれたからあんな性格になったのかもしれない。
まあ、同情はできないが。
そのとき「ピピピ」と聞きなれた鳴き声がした。
鳥のさえずりみたいな感じで、ちょっと落ち着く。
「――ッ!? 伏せろ! 囲まれている!」
「あ、俺がやりますよ」
シルヴィアさんが周囲を見渡す。しかし、俺には居場所がすぐにわかった。
魔物は微量な魔力を宿らせている。そのおかげで、どこにいるのかすぐにわかるようなってきた。
俺は、魔法本を取り出して、開く。
「ピピピ」
「――
詠唱も慣れてきたので、噛まずに素早く炎魔法を放つ。
樹上で隠れていた”リス”に向かって炎が枝分かれし、まるで生き物のように獲物を追いかける。
逃げ惑うリスたちに正確に吸い込まれ、ボワッと真紅の炎が一瞬で燃え上がった。
断末魔を上げる暇もなく、リスたちは炭となってボトボトと地面に落ちた。
魔力の炎は不思議なもので木々に移ることはない。実際の炎とはまた違うんだろうな。
もう帰るといった手前申し訳ないが、黒焦げの魔石を持って帰って――。
「……お前、いま――何をした」
しかし次の瞬間、シルヴィアさんは俺に向かって凄まじい魔力を漲らせ、紫電を纏った剣を構えていた。
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