僕は、魂の輝きが見たい 作:ヒビたまり
たった10年の冒険だよとフリーレンは言う。
フェルンにとっては違う。たった、なんて言えるはずない。
フェルンが9歳の時にフリーレンと出会った。ハイターといっしょに6年過ごして、これから10年かけて冒険をする。その冒険が終わる頃は、人生の半分以上をフリーレンと過ごしている計算になる。1000年以上生きているフリーレンにとって10年という時間は人生の100分の1にも満たない。
「フリーレン。その100分の1は、お前を変えたんだ」
それは、フランメの魔導書探しを終えて別れを告げる直前に、アイゼンがフリーレンに向けた言葉。
80年前のフリーレンは弟子を取らないと言っていた。時間の無駄だ。色々教えてもすぐ死んでしまう。エルフの感覚ではきっとそうなのだろう。けれど今、こうしてフェルンという弟子を取っている。フリーレンは気づいていないけれど。勇者一行と過ごした10年の思い出は、フリーレンに良い変化を与えている。
そこに込められたアイゼンの思いを――80年前のやり取りを知らないフェルンに分かるはずがない。でもなんとなく、フェルンは彼の思いを汲み取る。
アイゼンと別れてから。フェルンはフリーレンに宣言した。
「私の人生では2分の1ですから」
これからフェルンもフリーレンの人生の100分の1になる。でもその100分の1がフリーレンを変えることを、フェルンは
◆
勇者ヒンメルの死から28年後。
中央諸国のリーゲル峡谷で村の英雄シュタルクが仲間になった。
竜の被害に遭っていた村を守る優しい少年。髪の毛はトマトのように赤い。羽織っている服も赤い。額の左側には大きなキズが刻まれている。シュタルクは斧を振るって戦う戦士。
ただし、すごくビビリの。
「それ、俺がやらないと駄目か?」
竜の足止めを頼んだら、彼はこんなことを言った。
あとちっさい。何がとは言わない。
「ちっさくねーよ!!」
竜の巣から"服が透けて見える魔法"の魔導書を拾ったせいで、フェルンは見たくもないものを見た。それはさておき。
シュタルクは強い戦士だ。
だって人類最強の戦士アイゼンの弟子にふさわしい強さを持ち合わせている。
"ゾルトラーク"を受けても耐える硬いウロコを持っていて、しかもとてつもない速さで飛行して人を襲うおそろしい竜を、シュタルクは斧の一撃で倒したのだから。
シュタルクは一人で竜を倒した。
魔物との戦闘経験はないと言っていたのに。びっくりするほど臆病者だった少年が、覚悟を決めて竜を倒した。それはとても凄いことだ。偉いぞ、とフリーレンは竜を倒したシュタルクの肩をぽんと叩く。
そういえばアイゼンに一度も褒められたことがないと言っていた。だからなのか、なんだかシュタルクは嬉しそうだった。
戦士シュタルクが旅に同行することになった。
ところ変わって。城塞都市ヴァール。
中央諸国から北側諸国に通じるはずの
北側諸国では魔物の動きが活発になっている。だから
通行できるようになるのはいつになるか分からない、と門番は言っていた。
フリーレンは久々に魔法の研究ができると喜んでいた。でもフェルンからすると冒険が止まって、しかも何年も待ちぼうけを食らう羽目になる。フェルンはシュタルクと協力し、関所を越える方法を探すことにした。
「飛んで城壁の上から越えちまうってことはできないのか?」
とシュタルクが提案する。フェルンとフリーレンは飛行魔法が使える。シュタルクも肉体には自身があるので多少の高さなら飛び越えられる。
それは無理です。フェルンが返す。
「北側諸国との国境には限界高度まで強力な結界が張られていて通過できないそうです」
でなければ空を飛ぶ魔物が素通りになる。それを聞くとシュタルクは納得した。そこから二人は他を当たってみたけれど、これといった手立てを見つけることはできなかった。
商人ギルドは無理。護衛を付けた隊商すら禁止だった。盗賊ギルドのような危ない人たちに聞いても、色の良い返事は貰えなかった。
「駄目か……。よし、駄目は駄目もとで
「…………」
めげずに挑戦を続けるシュタルク。とはいえ歩きっぱなしだったので、フェルンが休憩するように言った。
城塞都市ヴァールの城壁の上で雄大な森林の景色を望む。
ここ、いい景色だろとシュタルクが言う。シュタルクはもっと小さい頃に、アイゼンに連れられたことがある。彼にとっての思い出の場所だ。
ふとフェルンは気になった。竜と戦わないといけなかった時はあれだけみっともなく
「……なに? 俺の顔になんか付いてる?」
「いえ、シュタルク様はとても協力的だと思いまして」
「何年も待つのは嫌だって、お前が言い出したんだろ」
「でもシュタルク様は私以上に必死なように見えます」
「まあ、あまり時間がないからな」
シュタルクの師匠アイゼンはもう旅が出来るような歳ではない。あと10年か20年なら生きるかもしれないが、この先もとなると、難しい。少なくともシュタルクの寿命より早く死ぬだろう。だからシュタルクはアイゼンが死ぬ前に恩返しがしたい。
「師匠はさ。普段は自分のことを話さないくせに勇者一行の冒険ことだけは楽しそうに語ってたんだ。……長い人生の中でたった10年の冒険が、師匠にとって何よりも大切な思い出だったんだ。きっとフリーレンもそうなんだろ?」
どうだろう。フェルンは上手く言えない。
そうだったらいいな、と願いながらフリーレンと一緒にいる。
「俺はよ、師匠の代わりにくだらなくて楽しい旅をたくさん経験して、土産話をたっぷり持って帰らないと駄目なんだ。……俺ができる恩返しは、これくらいだから。あんまりのんびりしてると師匠が死んじまうんだ」
やっぱりこの少年は優しくて、実はかっこいい人だ。そう思いながらフェルンは口に出さない。なんとなく、男の子を褒めるのは、ちょっと恥ずかしいから。
フェルンは数年前の自分もハイターに恩返しをするために頑張っていたことを思い出した。ハイターへの恩返しを成し遂げて、最後にハイターに頭を撫でてもらって、本当に嬉しかったことを思い出した。
まあでも、プライドとかそういうのがあるらしいから、男同士が撫でるなんてもっと恥ずかしいはずだ。
なら私がシュタルク様の頭を撫でることにしましょう、とフェルンは決定した。
シュタルクの恩返しのために早く次の街に行かないといけない。あとはなんとなく、フェルン自身の新しい目的に。
「こんなところで足止めはいけませんね。行きましょうシュタルク様」
「おう」
階段を使って城壁の上から街に下りて、詰所に向かう。その道すがらフェルンは気になる人を見かけた。頭に
髪の毛は白く、美しい顔立ち。服もまたキャンバスのように白い。『森の十夜』という古風な本を抱えているのが見えた。口減らしに森に捨てられた子どもたちが、森の中で『ヘンゼルとグレーテル』や『迷い家』のような不思議な体験をする民謡を収録している本だ。
「…………………………」
「フェルン?」
その男の外見と所作は、フランメの手記に書かれていたマキシマの人物像に当てはまっている。フェルンは念のため魔力探知を使ってその男を調べた。けれどその男から魔力を感じることはできなかった。
じゃあ魔族じゃない。だったら魔力を持たない普通の人間。
それなのに、フェルンの足が止まった。いいや、自分の意志で、足を止めた。本能は足を止めずにすぐ逃げるべきだと叫んでいる。なのに勇気を総動員させてこの場に足を縫い付ける。
フランメの手記に記録されたマキシマの魔法、"魔法を無効化する魔法《ハーファーゼ》"を知った時、フェルンは考えた。『それはどこまでを無効化の対象にするのか』ということを。ただの魔法の無効化で、すべての魔族から恐れられるようになるなら、それはどんな無効化なのでしょうか、と。
もしそうだったら、マキシマが魔王にも
魔法使いである限り、誰もマキシマには勝てない。そのような荒唐無稽な妄想が。
「……フェルン?」
頭の上から背筋を
「――何か用かな?」
◆
焦っているフェルンとは対照的に、その男はとても落ち着いている。
「おい。どうしたんだよフェルン」
後ろからシュタルクが追いついた。腕のいい戦士がここまで近距離に近づかれたら、一級の魔法使いが相手だと、魔法の発動が間に合わなくなり、命を落としかねない。だというのにその男は焦った様子がない。それはシュタルクの強さが分からない正真正銘の一般人だからなのか。それともシュタルクの強さが分かった上で落ち着いていられる、特別な化け物だからなのか。
「あなた、は、…………あ、……マキシマ、ですか?」
たどたどしいフェルンの問いに、その男は緩やかな笑みを返した。否定なら、何も知らない一般人なら、不思議そうな顔をする。その笑顔はつまり。肯定の証だ。
「――――っ」
フェルンは唾を飲み込んだ。状況を飲み込めないシュタルクは、ただ事ではない様子のフェルンを見て、いつでも戦闘態勢に移れるように背中に背負った斧に指を添える。
聞きたいことはいくらでもあった。なぜこんなところに。なにを企んでいるのか。なぜ魔族を進化させようとするのか。でも、そんなことより、フェルンには確かめなければならないことがある。
「……あなたの魔法は魔法を無効化するんですよね?」
「ああ」
マキシマは、出来の良い生徒がちょうどいいタイミングで質問をした教師のように、嬉しそうだった。
「その無効化の対象に…………
フェルンは、自分の妄想が外れていることをただ願った。目の前にいるマキシマの魔力を感じられないのは、マキシマ本人が魔力を隠蔽しているからだと、そうであって欲しいと、願わずにはいられなかった。
そうでなければ――――
いったいどうやって、マキシマ・ショウゴに勝てばいいのか、分からなくなる。
けれどフェルンの願いはむなしく。マキシマは心底愉しそうにフェルンに正解を告げるのだった。
「その通りだ。フェルン。僕自身の存在と僕が発動する魔法は誰の魔力探知にも発見されない。
マキシマは右の手のひらの上で防御魔法を発動させる。六角形のガラス片が宙に浮かぶ。フェルンはマキシマの防御魔法を見て、身が
「おい! フェルン!」
シュタルクがフェルンの腕を掴み、地面に倒れるのを防ぐ。シュタルクが呼びかけてもフェルンは反応しなかった。震えるばかりで立ち上がるそぶりがない。フェルンは今、マキシマへの恐怖に完全に支配されているのだった。
――しかも、怯えているフェルンを見かねたマキシマの方から歩み寄りを見せる。
「ショックで体が動かなくなっている。椅子に座らせてあげるべきだ。……優しくね。戦士の君」
「言われなくてもそうする。つーかお前……どんな態度だよ」
シュタルクはフェルンを椅子に座らせながらマキシマの顔を睨みつけた。
「……? 変かな」
「フェルンがお前にビビってるってのは分かる。でもなんでお前はビビってるフェルンに親切なんだよ」
「彼女を怖がらせるのは僕にとっても不本意だ。まあ、フェルンは優秀な魔法使いだからかな。一番に"
マキシマの魔法"
「戦士同士に例えるなら。相手の音と気配が読めなくなるようなものだよ。相手の武器が風を切る音、
加えて魔法使い同士の戦いは遠距離戦。地形破壊をともなう
――僕の"
僕はね。生まれてこの方一度たりとも
――――君は、それでどうやって負けろと言うんだ?」
マキシマの投げかける言葉にシュタルクは何も言えなくなった。目の前にいる白髪の魔族の男は、フリーレンの旅の最終目的。じゃあ目の前に現れたそいつを倒してしまえばいいじゃねえか、とシュタルクは短絡的に考えていた。
甘々だ。シュタルクがさっき食べたジャンボベリースペシャルが、青汁をぶっかけられたように苦く感じるほどマキシマへの認識が甘すぎる。
「……くそが」
シュタルクにとって攻撃が効かない相手というのはむしろイメージがしやすかった。
なにせシュタルクの師匠は、
シュタルクの斧なんてまず通らない。当たらないし当たってもダメージが入らない。勇者ヒンメルの物語にはあらゆる攻撃を防ぐ結界魔法を使う大魔族が登場する。
師匠がそうだったように。勇者の物語がそうだったように。
魔法が効かないだけの相手だと。魔法が通用しないのなら戦士であるシュタルクが倒さなければならない相手だと。
単純な思い込み。蓋を開けてみればマキシマは
「なんだよそれ……どっか遠くから魔法を撃つだけで誰も勝てねえじゃねえか……」
「そう。――しかも、フェルン。君はこのことにも気づいているね。僕の使うそれが魔法であることすら探知できない、と。『僕が神であり、この力が奇跡だ』と主張された時、君たち魔法使いは僕の使うそれが奇跡ではなく魔法だと証明する方法がない」
「…………――」
フェルン自身が一番実感していることを言葉にされ、びくりと全身を震わせた。こんなにもこっちの心が読めるのかという恐怖も少女の弱った体にのしかかる。フェルンの心身は真っ白に凍りつく。マキシマは、魔族にも出来なかったことが人類に出来るとは思わないさ、という慰めにもならないことを言うのみ。
「僕はいつだって神になれた。人間同士に"魔女狩り"をさせることは赤子の手をひねるように簡単だっただろう。僕がそうしなかった理由は言うまでもない。かつて人間だった僕の魂が叫んでいる。それはあまりにも退屈だと」
フゥ、と。本当に退屈だと嘆くようにマキシマはため息をついた。
「ああ。つまり。僕は人類を殺すつもりはないから安心するといい。それと、フェルン。君にはひとつ提案がある。聞いてくれるかい?」
マキシマは慈悲深い笑顔になる。それは凍ったフェルンの心身を少しずつ氷解させた。
フェルンにはマキシマへの覚悟も警戒ももうない。日の出とともに首を持ち上げるひまわりの花のように、緩慢に顔を挙げる。小さい声で返事をする。
「…………なんでしょうか」
マキシマはフェルンに"100分の1以上になる道"を提示する。
「フェルン。君を"シビュラ"に勧誘する。フランメと同じ道を歩むつもりはないか?」