萎縮していく人々を救おうと立ち上がった人達がいた。
世の中暗いニュースばかり。
隣国からの度重なる嫌がらせ。
企業によるコンプライアンス違反。
いつも世界のどこかで続く戦争。
報道番組では今日も、昨日と同じ悪いニュースが流れている。
そんな事が、もう何十年も続いていた。
人々はそんなニュースに囲まれて、常に自信のない、外国ばかりを羨む、そんな国民になっていた。
そんな状況にあってもメディアは、
「今の若者は元気がない」
「若者の〇〇離れ」
まるで世代そのものが原因であるかのように語るメディア。
負の情報ばかりを浴びせ続け、気力を削いでおきながら、その結果を若者のせいにする—
それは完全なマッチポンプだった。
そんな状況に疑問を抱いた者達が、腐ったマスコミの中にも少数派ではあったがいた。
視聴率よりも、不安や不満を煽る事よりも、
「メディアの力で少しでも世の中を良く出来る!」
そんな希望をまだ捨てきれなかった人間たちだ。
彼らは集まり、放送局を立ち上げた。
多くの困難や妨害があったがやり遂げたのだ!
理念は単純だった。
「日本を、もう一度元気にする。」
その放送局は、明るいニュースだけを流した。
日本初の女性総理大臣の誕生を、
ちゃんと歴史的快挙として好意的に報じた。
オーバーツーリズムで崩壊寸前だった観光地が、
適正な客数に戻り、
「やっと、ちゃんと「おもてなし」ができます」
と語る旅館の従業員たちの笑顔を映した。
統計を意図的に操作したり、
失言を誘導して切り取って部分だけを繰り返し流したり、
そんな姑息なことは一切しない。
実体を丹念に追い、丁寧な取材で無駄な脚色もしない。
何十年も右肩上がりで成長している分野、
世界に誇れる技術、
黙々と成果を出し続ける中小企業、
アフリカでその地に適したダムを広め偉人として評価される日本人などを紹介した。
若者の「◯◯離れ」では無く、若者に何が流行っていて、その流行によるポジティブな側面をちゃんと伝えた。
円安の時には海外旅行の特集を組み、
円高の時には外国の人が買いたい商品を作って儲けている会社を紹介した。
報道の内容に嘘は無かった。
全て本当の事だけ。
ただ、今まで報じられてこなかっただけだった。
外国は正しくて、日本はダメだ。
不景気だ、遅れている、希望がない。
そんな言葉に疲れ果て、テレビや新聞から離れていた人々が、
その放送局の番組だけは、自然と見るようになった。
人々は自分達に自信を持つようになった。
日本という国を好きだと宣言する人も増えた。
面白くなかったのは、既存のオールドメディアだった。
彼らは対抗するかのように、
これでもか、これでもかと、ネガティブな情報を流し続けた。
外国を軽視するな!
国を愛する=右翼だ!戦争賛美者だ!
資源の無い日本は土下座し続けろ!
刺激的な言葉で注目を浴びようと過激化していった。
日本の多くの人達、特に若い世代の人たちは
そんなオールドメディアの醜態を
「また、日本下げやってら」
と馬鹿にした。
ヤケになったオールドメディアはついにニュースを捏造し出す。
日本の若者の間で外国人を襲うのが流行っている。
中華街に押し寄せた日本人が外国籍の人達を虐殺した。
日本に来た外国人は拷問されて全員殺される。
日本人から見たら荒唐無稽なそれらのニュースはオールドメディアの断末魔として冷ややかに無視された。
だが、彼らは忘れていた。
今は「グローバルスタンダード」の時代だ。
その報道は、日本国内だけでなく、外国にも届いているということを。
日本は危険な国だ。
排他的だ。
自国民の命が危険に晒されている。
オールドメディアの報道を真に受けた隣国は、
「自国民を守る為!正義の為!」と称して、日本に攻め込んだ。
戦争は瞬く間に拡大した。
日本の同盟国、隣国の同盟国。
正義と正義がぶつかり合い、世界は再び、大戦へと雪崩れ込んでいく。
そして、各国が一斉に核兵器の発射ボタンを押した瞬間。
地球上の人類が、まさに絶滅しようとするその時。
あの放送局は、最後のニュースをこう伝えた。
「——嬉しいニュースです。
本日をもって、地球上から戦争が無くなります」