今回も隣国の島国を操ろうとハニートラップを仕掛ける算段をしているのだが…
かつて、その島国は従順だった。
少し声を荒げ、少し圧をかけ、少し謝罪を要求すれば、いつものように頭を下げる―それが定例だった。
ところがある日、その定例が崩れた。
政権が変わったのだ。
「何っ?言うことを聞かない…だと?」
某国の最高指導者は、報告してきた幹部に聞き返した。
少し威圧すれば
「会談の席でお互いの誤解を解きたいと思うので、何卒、何卒!」と終始平身低頭揉み手をしながら再三再四こちらのご機嫌伺いに来ていたあの国が?!と耳を疑った。
それどころか、ボールは既にこちらにあると言った後は無しの礫。
さらには国際社会へ今回の事の顛末を逐一発信し、各国から同情を集める始末。以前なら通じた“威圧”が、まるで効かない。
「あり得ない。奴らを動員しろ」
こういう時の切り札は揃っている。
政治家。
マスコミ。
評論家。
識者。
芸能人。
発言力のある、ありとあらゆる者たちの。
その多くは既に傀儡として操る事が出来るのだ。
我が国の女性特殊諜報員達によって。
彼女達はターゲットに近づき、美しい容姿や身体を使って、相手を籠絡、その上で軽い職務違反を冒させる。ちょっとした個人情報や、彼らの所属する組織の醜聞の漏洩だ。そして、その小さな職務違反を重ねさせ、遂には大きな社外秘の技術や、国家機密級の計画などを引き出すのだ。
そして、その裏切り行為をチラつかせつつ、彼女の色香に溺れさせ、思考を停止させ意のままに操る。
いわゆるハニートラップというやつだ。
既に新聞、テレビなどのメディアは完全に掌握済みだ。
他にも、
かつて政権の中枢を担った野党幹部。
弁護士からタレント、政治家の経験まであるコメンテーター。
中には元首相なんてのも既にこちらの手駒となっている。
中には我が国での販路を獲得する為に自らすり寄ってきた者までいる。
まさに盤石の布陣。
そう言う輩が連日連夜、メディアで
「謝れ」
「発言を撤回しろ!」
「関係悪化は日本の責任だ」
さもそれが世論、正義であるかのように吹聴する。
そう世論を誘導する―はずだった。
だが、今回は違った。
首相の問題発言だと、放送すれば、
インターネット上で即座に反論が出回り、法的根拠や国際的通例として問題がないことが証明される。メディア側の主張の矛盾は数分で暴かれる。
カメラアングル、悪質な切り取り、官僚のオフレコ発言まで使って新政権のネガティブキャンペーンを行ったが、切り抜きを多用したフェイクニュースは拡散する前に否定され、強引な世論形成は「偏向報道」として無視された。
「我が国の様にネットの規制をやっておくべきだった…」
指導者は深く椅子にもたれた。
何でもいい。
あの小生意気な新政権を潰す策略を持ってこい!
幹部達に毎日の様に檄を飛ばした。
そのときだった。
「興味深い情報があります」
年配の諜報員が、慎重に口を開いた。
「日本人男性は、クラスで一番可愛い女性よりも、二番目、三番目に可愛い女性を好む傾向があるそうです」
沈黙。
「……なんだ、それは」
お前は何を言っているんだと怒鳴りつけたい気持ちを何とか抑えて発言の意図をたずねる。
「心理的に“手が届きそう”で、“独占できそう”だからだとか」
得意気に年配の諜報員話す。
「だから、それがどうしたんだと言っている!
ついに軽く怒鳴ってしまう指導者。
「日本人の人口は一億二千万人。そのうち半数が男性。さらにそのうち約3800万人が労働力、すなわち現役世代です。」
トップの剣幕にビクビクしながら年配諜報員は説明を続ける。
指導者の目が、ゆっくりと細くなった。
「…我が国の人口は?」
年配諜報員は自身の意図するところが伝わった事を感じながら、
「偉大なる主席様のこの国の人口は矮小なるかの国の十数倍です」
と、多少大袈裟に芝居がかった言い方で伝えた。
次の瞬間、指導者は立ち上がった。
「いるではないか。我が国には!」
国中から集められた報告が、彼の脳内で一つに収束する。
・若年失業率は二〇%超
・経済的に困窮する若者
・膨大な人口
・その中に、クラスで二番目、三番目に可愛い女性が―
「3800万人だ!」
指導者は興奮気味に叫ぶ。
「…は?」
まだ2人のやり取りの意図が掴めない他の幹部たちはまの抜けた声を上げる。
「3800万人!いるではないか!余裕でだ!」
武力はいらない。
脅しも制裁もいらない。
膨大に膨れ上がった15億もの人口こそが武器であった!
15億人の半分が女性だから、7億5000万人!
日本の学校では1クラス多くても40人らしい。
それならば、女子は半数の20人。
そのうち2番目と3番目ならば10%!
我が国にはクラスで2番目3番目にかわいい女が7500万人もいるのだ!
それらを総動員して、日本男性全員をハニートラップにかければいい。
この結論に指導者は興奮した!
「ネット?世論?笑止!操るのは他でもない。人間だ!我が国はその全てを掌握する!直ちに進めろ!」
こうして計画は動き出した。
規模が出鱈目に大きな作戦だったが、そこは独裁国家。
国に逆らえば自分だけではなく、家族どころか血縁者全員酷い処罰を受ける。
夫や恋人がいる女性も多くいたが、泣く泣く別れさせられた。
そうしないと夫や恋人が処罰されるのだ。
その国の中枢にある人達は、上昇志向の塊で、伴侶にも1番を求めたから、2番目3番目の女性には興味がなく、冷淡だった事もあり、国家によるハニートラップ要員は即座に集められた。
その数、3800万人!
最初、彼女たちは命令通りだった。
語学学校に通い、職場に入り込み、近所の飲み屋で微笑む。
優しく、控えめで、少し影のある雰囲気を演出する。
中には落下傘部隊よろしく、空からいきなり現れる者までいた。
日本人男性は、確かに弱かった。
明らかに不自然な登場、強引なアプローチ。
それでも日本の男性は受け入れた。
むしろアニメやドラマで憧れていたシチュエーションにみるみるハマっていった。
だが、時間が経つにつれ、異変が起きる。
他でも無い。ハニートラップ要員達に。
「…警官が、賄賂を要求しない」
「残業代、ちゃんと出るんだ」
「病院、法外な金額を請求してこない」
「政治家の批判しても逮捕されない」
「女でもはっきりものが言える!」
「お父さんが無駄に威張っていない」
彼女たちは気付いてしまったのだ。
この国は、欠点も多いが―住み心地が良いという事に。
そして、何より自分たちが国家の道具として扱われない事に。
監視もない。
密告もない。
思想を曲げさせられる事もない。
「このまま、ここにいた方が…」
口には出さないが、彼女達、一人一人の心の中に、そんな感情が芽生えていた。
ハニトラは、次第に形だけのものになっていった。
恋愛は本物になり、指示は曖昧に無視され、報告は徐々に滞る。
一方、某国では別の問題が噴き出していた。
「妻を返せ!恋人を返せ!」
「可愛い娘が、いない」
「幹部の奴等ばかり美人侍らせやがって!」
街から、職場から、学校から。
そこそこ可愛い女性がごっそり消えた。
残された若者たちは怒った。
「なぜ俺たちにはいない!」
「なぜ政府が連れていった!」
「なぜ国外だ!」
ただでさえ、失業にあえぎ、格差に苦しみ、不満が爆発しかけていた。
そこに恋という日常まで奪われたのだ。
ついに暴動が始まった。
数年後。
今では血塗れの独裁者として国際社会から嫌われる存在となった指導者は、幹部からの報告を聞いていた。
小さな島国はあの忌々しい政権が今もなお続いていて、今では国際社会のリーダーの1人として活躍している。
ちなみに年間200万人規模の出生数を記録しており、学校の増設や大型マンションの建築ラッシュで景気は上昇しているとの事。
メディアや政治家にいた手駒達はすでに島国を追い出された。
ハニートラップ要員達はすでに連絡を断ち、島国で普通に暮らしているという。
我が国内はと言うと、いまだに各地で若者たちが暴動を繰り返し、収束せず。
すでに粛清した国民は数千万に上る。
それでもおさまらない。
事実、今も暴動の群れは指導者達の議事会場を取り囲んでいる。
「…なぜだ、こうなった。」
補佐官が、静かに言った。
「あの島国を従わせるために送り込んだはずの者たちが、
島国を守る側に回ってしまいました」
指導者は、何も言えなかった。
そのとき初めて理解したのだ。
従順さは、恐怖でも作れる。
しかし、愛国心は恐怖では支配できない。
そんな事を考えている時、ついに暴動者達が指導者の執務室に流れ込んできた。
テレビでは某国で民主主義こっが誕生した事を伝えていた。
そんな中、クラスで2番目、3番目に可愛い娘たちは―
今日も日本のどこかで、普通に暮らしている。
革命を起こしたことにも、
起こさなかったことにも、気付かぬまま。