術式「反重力機構」 作:相川
時は安土桃山、戦乱の世。呪術全盛の平安からは多少減衰したとはいえ、未だ呪いは現世を廻り。
室町幕府が滅亡し、織田信長が台頭してきた時代。そんな時代に生まれた俺は、呪術師として特訓を重ねていた。
呪術御三家と呼ばれる名家に生まれたはいいものの、時代が時代なため男尊女卑はひどいわ、超実力主義だわ血統主義だわでひどい有様。
その中でも突出して保守派の加茂家に生まれてしまったため、俺のテンションはどん底まで落ちた。
令和の世界から転生してきた身だからか、価値観の落差に心底落胆した記憶がある。
俺が生まれた時代は織田全盛。人命など、軽視されて然るべき。主人に尽くすことは当然。百姓の命など十把一絡げ。そんな価値観が当たり前の世の中に生まれてしまった。そろそろ本能寺の変が起こり時代は豊臣の天下統一へと向かう頃という、激動真っ只中な世の中に。
呪術なんていうとんでもなく暗い力が存在する日本に逆行する形で転生するなんて、運がいいのか悪いのか。いや、確実に悪いほうに入るな。
そんな中、俺が手にした術式は「
この術式の効果は単純明快。重力を相殺し無重力状態を作り出すというもの。
これだけ聞くと何とも強そうなイメージを抱くが、その実そこまでよいものではない。
まず、出力がカス。
次に、効果時間がカス。
正直言って産廃だった。
相伝ではない上に、詳細も定かではない術式。
御三家の五条家、それから禪院家では相伝持ちが頭角を現しているようだが、加茂家の赤血操術使いはそれなりの数がいるため、目立ったことは聞かない。六眼持ちの無下限だとか、十種影法術だとか。よくわからないが強力な術式持ちが他の御三家にはいるらしい。
そんな俺の家での扱いはあまり良くない。男で術師であるという事実だけで一定の地位は担保されているものの、それでも中の下といった扱いである。
反重力機構という術式は、過去に類を見ないようで、家の誰も知らない術式であるようだった。それが災いしてか、俺に対する評価はよくわからない術式を継いだ出来損ないというレッテルである。
もうこの時点で呪術師が嫌いになりそうだった。というか嫌いである。
時代が時代なためか、それとも呪術師という人種が元々そういう類のゲロ以下の臭いがプンプンしそうな人種というか界隈なのかは知らないが、才能だけで人の価値に優劣をつけるというやり口は現代人からしたらあまり受け入れられないものだった。
保守派筆頭の加茂家に生まれてきてしまったというのも不運を加速させている。
呪術御三家。
十種影法術という様々な式神を操り戦う禪院と、無下限呪術という概念に介入できる五条。赤血操術の血液操作による汎用的な戦いを得意とする加茂。
加茂だけ見劣りしているような気がするが、実はそんなことなかったりする。
六眼がないとまともに扱えない無下限呪術なんて、下手したら俺よりも産廃だし。十種影法術に関しては、十番目の式神が実質調伏不可能レベルの鬼難易度らしいし。
というか、それ以外の式神も術者単体で調伏しようとするとかなり労力が必要となるらしく、術師本人のフィジカルがなければ調伏は苦労するのだと。その分、調伏できれば強力な術式であることは変わりないが。
初めから取説があって、比較的使いやすい赤血操術は当たりの部類と考えることもできるだろう。
呪術全盛、平安の世で殺戮の限りを尽くしたという両面宿儺ほどの破壊力はないだろうけど。
と、いうわけで。まともに運用できない産廃術式をもって生まれた俺は、家ではまあ中の下程度の扱いをされている。男であり、術式持ちであるという事実だけでそれなりの待遇は約束されているため、そこそこ恵まれている立場ではある。
さて、まあどうでもいい愚痴をつらつらと並べ立ててきましたが、呪術自体が嫌いなわけではない。
というより、前世では体験できなかった超能力を実際に体験できる機会に恵まれたという事実に高揚している。
前世で呪術が存在していたのかはわからない。俺が住んでいた令和の日本でも隠されていただけで呪術自体は健在だったのかもしれない。しかし、知らないというのは存在しないと同義。
故に、俺は興奮している。
過去に遡って不便な生活を余儀なくされたという天秤に釣り合うくらいのワクワクは今世で提供されているのだ。
多少踏ん張れば、どうせ徳川天下泰平の時代だろうし。
それに、俺自身自分が持ちえた術式の可能性を感じている。
だって重力だよ重力。重力に干渉する能力なんて強キャラが持つべき能力じゃん。
多少のデメリットはあるかもしれないが、そこらへんは鍛えれば何とかなる可能性は十分にある。
さて、ではやってやろうではないか。この反重力機構という産廃術式、その可能性を広げよう!
▽▲▽▲
加茂
呪術御三家、加茂家に生を受けた呪術師。彼が持つ術式は、言ってしまえば使い物にならない物だった。
重力を相殺し無重力状態を作り出すことで自身、または自身を中心とした半径2、3メートルほどの範囲の物体を浮かすことができる。
一見、強力な術式に見える。
が、その実大したことはない。
持続時間が致命的に短い上に、出力も大したことはない。浮いたところで数センチ。なんのメリットもない上に、直接的な攻撃手段になるわけでもない。
外れと言われている構築術式と同等な外れ術式である。
本家でも彼に対する期待の眼差しは早々に見切りをつけられ、彼の兄である相伝持ちに注目が行った。
しかし、この男はめげない。
期待という枷がなくなったことで、案外自由にやることやれるという事実に気づいた彼は、周りから白い目で見られようとも元より期待値は0であるためスルーされるという性質を生かし、好き勝手やっていた。
まず、彼が行ったことは術式の再解釈。
反重力機構とはいうが、重力とは何か。そこから考えることにした。
現代知識を持っている実重は、なんとなく重力とは何かを知っていた。
術式とは、術者の解釈次第で変わるもの。それが、物理法則に従っているかどうかは絶対条件ではない。
実重が知っているふわっとした現代知識を駆使した結果、重力とは何かという問いの答えはこうなった。
実重が考える重力。
ニュートンの万有引力の法則では、質量を持った物体は互いに引き合うらしい。その結果、規模の違いから我々は地球というとてつもない巨大な質量に一方的に引き寄せられていることになる。
そして、地球は自転しているため遠心力が発生。この遠心力と万有引力が合算されたものが重力である。
つまり、何が言いたいのかというとこの術式の真価は、ただの重力操作に非ず。
とある科学の一方通行でお馴染み、ベクトルの操作を可能にするのではないかという結論へと至った。
この術式の効果を非常に拡大解釈するのならば、力が働く向きを変えることができるというものとなる。
この拡張術式が完成した場合、とんでもないことがいろいろとできそうな予感がするのは気のせいだろうかと、実重はその日の布団の中でワクワクが止まらなかったという。
しかし、そんなものは未だ机上の空論。
彼の術式最大の壁である、出力と持続時間という課題を解決しないことには何も変わらないのであった。
そんな折、御三家の会合があるという話が実重のところにも入った。
なんでも、彼の兄である赤血操術持ちの代は、他の御三家も相伝を継いでおり、五条家に至っては六眼も付随しているという。
加茂家からは赤血操術、禪院家からは十種影法術、五条家からは六眼持ちの無下限呪術。
将来有望な世代であるとともに、御三家同士の
さすが京都人。とんでもねぇ皮肉のオンパレードだと思ってたところに、実重も御三家の会合に参加することになってあら大変。
未だカスみたいな術式持ちである自分を参加させて何がしたいのかと父に聞いてみれば、留守番させるのも体面が悪いのだとか。
権力者の考えることはわかりませんと呆れた実重は、しかし当主命令となれば逆らうことなどできはしない。
そうしてのこのこ付いていった実重を待っていたのは、御三家次期当主候補達による模擬戦だった。
堅苦しい話し合いを船を漕ぎながら夢の川を渡っていた実重からしたら、唐突に戦いが始まるもんだからさあ大変。しかし自分が戦うわけではないからと野次馬根性で観戦していた。
結果は、当然ながら五条家の圧勝。
無下限を破る手段を持たない他の家の次期当主候補たちは、なすすべもなく五条に蹂躙されていた。
未だ無下限の制御も覚束なく、順転術式の「蒼」も満足に制御できていないというのに、やはり攻撃をあてることができないのは致命的だったよう。
わかりきっていた結果に、五条家はご満悦。他二家は不満そうな面持ちでこの日の会合は終わりを迎えたわけだが、実重にとっては衝撃的な光景だった。
家では相伝術式を継いでちやほやされている将来有望な長兄が、他の家の当主候補に為すすべもなくやられている。
加茂家という閉鎖された環境でしか過ごしていなかった実重にとって、長兄の存在は無意識のうちに神聖視されていた。それを破った五条の実力。
(世界は……広いな)
実重はそう心の中で独り言ちる。
今まで、自分は井の中の蛙だった。加茂家という小さな檻で満足していたなんてなんと恥ずかしい。外にはまだまだ強力な術師がいるというのに、俺の進歩具合はどうだ。
未だ一番最初の課題すら満足に解決できていないではないか。
不甲斐ない。
嗚呼、不甲斐ない。
(あの無下限、兄者は何もできずに敗れたが、はてさて突破方法はあるのか?)
その日は一日中、無下限呪術について考察をしていた。
加茂実重。彼もまた、呪術師らしいイカれ具合を持っている、正真正銘の呪術師である。