術式「反重力機構」 作:相川
黒閃を決めたことによって俺のポテンシャルは引き出され、呪力の核心に触れた。
それにより、燻っていた俺は成長を遂げることになった。
山崎の戦いで得たものは非常に大きかったと言える。
正直、過去の俺が見たら『コイツは何をやっているんだ……?』と大真面目に馬鹿にしていたことだろう。
しかしまあ、呪術というのは人間の負の感情から生まれるものなのだから、戦場という憎悪渦巻く空間が呪術師を成長させるのは道理だったわけだ。
本当の命の懸け合い。『死』を間近に感じる機会こそ、呪術師を呪術師たらしめるのだろう。
ま、俺に無意識のうちに備わっていたストッパーはこれにて取っ払われたわけだ。
これからは、術式の可能性の探求に命の危機程度では止まらなくなるだろう。
……自分で言っておいてなんだが、ちょっと化け物じみてない?
ま、いいや。
本題は黒閃を経験したこと。それによる俺自身の成長についてだ。
普段から力の流れとは何たるかを考察していたからか、黒閃を経験し呪力の核心に触れたことにより呪力の流れを非常に知覚できるようになった。
そのため、反転術式の輪郭を掴みかけている。加えて、俺の術式に作用する力の流れも知覚できそうになっている。
とはいえ、あくまで輪郭を掴んでいるというだけで使えるようになったわけではない。
ぼんやりと、なんとなくできそうなんだけどなぁ。みたいな状態になっているわけだ。
この機会を逃すわけにはいかない。
反転術式を物にして、術式反転を習得する。そうすることで俺の拡張術式は完成するはずだ。
黒閃を経験したことで呪力出力も向上した。持続時間に関してはあまり解決していないが、出力自体は並みの呪術師と戦うくらいなら問題ない次元まで来ている。
もう一度。
あの血沸き肉踊る戦場を経験するか、成長を余儀なくされる戦いを経験することで俺はもう一段階成長することができる。死ぬ可能性もあるが、それはそれだ。
幸い、相手には困らない。
未だ人間の命の価値が未来よりも蔑ろにされる時代だ。
そういえば、噂だがとんでもない実力の術師がいるらしい。何人もの術師が挑んでいるが、悉く返り討ちにされ殺されているのだとか。
特殊な呪力特性を持っているらしく、ついた異名は確か――
――雷神
だったかな?
▲▽▲▽
とある山奥。その一端。そこで、二人の男が相まみえていた。
一人は、未だ年若い。さりとてその瞳は成熟しきっている狂気を宿した青年。加茂実重。
一人は、年齢不詳だが好戦的な笑みを浮かべた男。名を、鹿紫雲一という。
「アンタが噂の“雷神”?」
「……さあな。世間の評判なぞ知らん」
にやりと、鹿紫雲の顔が歪む。
その瞬間、両者の距離は一瞬にして縮まった。
「容赦がないな!」
「お前もだろう!」
会話を拒否するかの如く、初手で襲い掛かった鹿紫雲に対し分かっていたと言わんばかりに応戦する実重。
如意棒を駆使した棒術による肉弾戦を仕掛けられた彼は、当然のように徒手空拳での戦闘を選択し、気づく。
(なるほど。特殊な呪力特性、そして“雷神”という異名……。コイツの呪力は電気と同じ性質を持っている。そして、その影響で常時帯電しているようなもの)
拳を往なし、蹴りを相殺し、カウンターで反撃する。
その全ての行動に、感電という攻撃が付随している。彼に触れる時間が長いと、感電死する可能性が一気に上がる。防御不能の電気の鎧。
(厄介極まる。こちらは攻撃を通すために接触が必要だというのに、接触するとこちらがダメージを負う仕様になっている。下手につつけば命の危険があるというのに、向こうは一方的にこちらに攻撃できる。……こりゃあ、下手をしなくても呪力特性だけで並みの術師を凌駕するな)
実重は考えていた。
常に帯電している相手をどうやって倒すか。
彼が身に纏う電気は防御不能。如何に肉体を呪力で強化しようとも、肉体の内に直接干渉できる電気相手は分が悪い。
今の攻防だけでも、右腕が痺れ使い物にならなくなっている。自然に治るのを待っていても、それを許す相手ではない。
(安易に喧嘩を売るのは間違いだったかな。とはいえ、明らかな格上であることは事実。ここから成長できるかどうかは、俺次第ってところか)
一瞬の攻防。それだけで相手が格上であることを察知。
勝算は、今の段階ではかなり低いだろう。
それは実重も理解している。その上で、彼と戦うことには意義があると割り切っている。
そして、同刻。鹿紫雲もまた、対面している術師を分析していた。
(コイツ、俺の呪力を真正面から受けて平然としている……が、全く効いていないわけではないな。とはいえ、並みの術師なら痺れて動けないはず。呪力量、出力に関しては恐らく相当なものを持っている。だが、今の攻防から見るに力と速度はこちらが上回っている……)
ならば、取るべき手段は一つ。
(相手に行動させる前に、押し切る!)
(速い! が、追えないほどでもない)
痺れた右腕を庇うようにして、実重は襲い掛かってくる鹿紫雲を対処する。呪力特性は厄介だが、気を付けていればそれ自体が致命傷となるほどでもない。
加えて……。
(――ッ!? なんだ……? 平衡感覚が……)
加茂実重の術式『反重力機構』。本来ならば術師を中心とした半径2、3メートルの空間を無重力空間とする術式効果だったが、それでは出力に大幅な制限を受ける上に、莫大な呪力を持っていかれる。
そのため、実重は術式対象を己が触れた対象とするという“縛り”を結ぶことで心もとなかった出力と莫大な呪力消費を補うことに成功した。
実重に触れることで無重力状態となった人間は、端的に言えば動けない。
重力を支えとして自らの肉体を制御していた人間が、唐突に重力を失うというのはそれだけで感覚を奪うには十分すぎるほど脅威であった。
肉体の制御が利かなくなった鹿紫雲を殴る。できるだけ上空へと飛ばすように、連続して打撃を加える。
相手の呪力特性から長時間触れていることはできないが、刹那の時間に連続した打撃を加えること程度なら可能だ。
そして、鹿紫雲の肉体は現在無重力状態。
彼は入力された力の方向に無制限に飛んでいく。
長年の術式に対する研鑽によって、今の実重は術式の持続時間を10秒まで伸ばすことができた。
10秒。それだけあれば、自由落下による致命傷を負わせる位の距離を稼ぐことなど容易だ。
ほとんど勝ちを確信した実重。
しかし、鹿紫雲は冷静に自分の状況を把握していた。
この状況を己自身で対処することは不可能であると断定。そして、唯一打破できる手段を下手人である術師の殺害であるとする。
この間、1秒にも満たない。
(さっきのやり合いで十分溜まってるだろ)
鹿紫雲一は、自身の呪力を電荷分離し打撃とともにプラスの電荷を相手に纏わせ、自らが保持するマイナスの電荷を対象へ向けて放つことで、稲妻の如き呪力攻撃を可能とする。
これは、電荷の性質・速度の関係上、物理的に必中必殺であり、呪術の奥義ともいえる領域とほとんど同様の性質となっている。
宙に浮いた鹿紫雲が電荷を放つ。
必中必殺の稲妻が実重を襲う。穿つは頭、狙いは必中。
さりとて、無重力状態という肉体の自由が利かない状態での攻撃は、その分狙いを外しやすくなる。結果として、鹿紫雲の放った電撃は実重の左手首から先を奪うことで終わる。
しかしそれでも、突然自らの左手が無くなったことによる動揺で、鹿紫雲にかけていた術式の効果が切れる。
(……左手が!? なんだ、今の稲妻……)
(術式効果が切れたな。術式の維持には相応の集中力を要すると見た)
実戦経験豊富な鹿紫雲に対して、殺し合いの場数で劣る実重は意識外からの攻撃に対する割り切りが弱い。
それ故に、動揺によって術式を維持できなくなる。
大した高度を稼げなかったため、鹿紫雲は落下程度でダメージを負うことはなかった。
そして、鹿紫雲は落下の勢いを利用して手に持った如意棒による一撃を試みる。
奇しくも、実重の術式が裏目に出る。
力は重さと速さ。自由落下という重力の後押しを受けた鹿紫雲の一撃は、思った以上に重い。
動揺により一瞬冷静さを失った実重を空から雷が襲う。
如意棒による一撃を呪力で強化した右腕で受けるが、右腕にも相当なダメージが入っており、回復しきれていなかった所に重い一撃である。
電撃と物理的なダメージ。その両方により実重の両腕は使い物にならなくなる。
「……終わりだな」
客観的に見て、趨勢は鹿紫雲にある。両腕に無視できないダメージを負った実重に対して、未だ万全の状態を維持している鹿紫雲。
劣勢に立たされる実重であったが、その実至って冷静だった。
「どうかな」
彼の意志は、消えていない。
その事実を確認した鹿紫雲は、壊れた玩具を寂し気に見つめる幼児の目つきから、再び獰猛な猛獣が如き様相へと早変わりした。
「なら、今度こそ終わらせてやるよ」
不敵な笑みを浮かべ、鹿紫雲は如意棒を構えなおす。
そうして、命知らずにも自らを襲ってきた下手人を殴殺しようとしたその瞬間。
彼の目の前には、既に実重が肉薄している光景が映った。右足による蹴り。
防御は――間に合わない。
(――速)
けたたましい轟音とともに鹿紫雲の体は後方へと吹き飛ばされる。
「油断しすぎなんじゃないか? 雷神!!」
先ほどとは比較にもならない速度を以て、実重は足だけで鹿紫雲を襲う。
自らに術式を施し、重力による影響を極限まで低減させ速度を何倍にも引き上げた状態。
そして、この状態の実重は物理法則に則った軌道を描かない。正に、予測不能。
「おい! あんま興奮させんなよ!?」
先ほどとは動きのキレが変化した実重に対して、油断などできるはずもなかった。
これより、第二ラウンドが幕を開ける。