俺の脳内選択肢が、呪術師としての尊厳を全力で破壊してくる 作:シモケンサンバ
東京都立呪術高等専門学校、一年の教室。
まだ初々しさの残る新入生である家入硝子と夏油傑は、すでに指定された席に着き、簡潔な自己紹介を済ませていた。
「よろしく、家入さん。同級生が少ないのは寂しいが、共に高め合っていこう」
「あー、よろしく。夏油は真面目そうだな」
特徴的な前髪を一筋垂らし、誰に対しても丁寧な口調で優等生然と微笑む夏油と、早くも退屈そうに頬杖をつく家入。
この年の新入生は四人だと担任の夜蛾から聞かされているが、始業の時間を過ぎても、残り二人の姿が見えない。
そこへ、ガラッと乱暴に教室の扉開き、強面で筋骨隆々の担任・夜蛾正道が姿を現した。
その大きな手には、まるで不出来な仔猫のように首根っこを掴まれた長身の少年――五条悟がぶら下がっていた。
「五条悟。初日から遅刻とはどういう心構えだ」
「えー、別にいいじゃん。どうせ俺が一番強いんだし、時間なんて誤差でしょ」
「己の強さと遅刻は一切関係がない! 時間を守れん術師は現場で死ぬぞ!」
夜蛾の至極真っ当な怒鳴り声にも悪びれる様子はなく、五条は「はいはい」と適当に聞き流している。
丸いサングラスをかけ、制服のボタンを開け放った彼は、傲慢さを隠そうともしない、生意気なクソガキ全開の態度で教室に足を踏み入れた。
夜蛾が呆れて深いため息をつき教卓へ向かう中、夏油が咎めるように眉をひそめる。
「君が遅れてきた三人目か。初日から遅刻とは感心しないな。少しは呪術師としての自覚を持ったらどうだい?」
「は? 自覚? 俺に言ってんの、それ。説教くさい前髪クン。」
「……なんだと?」
「聞こえなかった? 呪術は才能がすべて。ルールだの自覚だの言って弱者を守りたがるのは、才能がない奴の僻みだろ。」
五条の一切の遠慮がない挑発的な言葉に、夏油の細い目がすっと冷たく細められ、背後にうっすらと異形の呪霊の気配が滲み出る。
家入が「うわ、初日から面倒くせぇ……」と深々と顔を覆った。
「弱い犬ほどよく吠えると言うが……どうやら少し、礼儀というものを教育してやる必要がありそうだな」
「お? やんの? 俺、超強いよ?」
教室の空気が限界まで張り詰め、重圧を伴う呪力と呪力がぶつかり合う一触即発の事態。
最強と最強が交わる、運命の衝突。
その瞬間――。
突如として、ガラァッ!! と勢いよく教室の扉が開かれた。
「「「!?」」」
殺気を放ち合っていた五条と夏油、そして家入の三人の視線が、一斉に教室の扉へと向く。
開かれた扉の向こうに立っていたのは、もう一人の新入生――有沢だった。
しかし、その有沢の様子が異常だった。 彼はなぜか満面の笑みで、頭に真っ白なブリーフパンツをすっぽりと被っていたのだ。
「えー、新入生の有沢です! 趣味は……ッ!!」
有沢の顔は、笑っているのに目からは滝のように涙が流れている。
「趣味はァッ!! 世界の平和を守るパトロールですぅぅぅぅぅぅ!! 俺は、変態仮面ジャスティス……ッ!!」
有沢は頭にパンツを被ったまま、両手を腰に当て、信じられないほどキレのある動きで謎のポーズを連発し始めた。 シャキーン! ターン! ズバァンッ!
「 白無地(ピュアホワイト)の正義が、悪を断つーーーッ!!」
頭にパンツを被り、嗚咽を漏らすほど涙目で狂ったようにポージングを決める有沢。
そのあまりにも想定外すぎる生命体の乱入に、五条と夏油の間にバチバチと立ち込めていた殺気は、宇宙の彼方へと消え去った。
「「「…………」」」
夏油が召喚しかけていた呪霊が、ドン引きしたようにスッと影に隠れる。
五条はサングラスを少しずらし、六眼をフル稼働させて有沢を観察したが、ただパンツを被って泣いているだけの一般術師であるという事実しか読み取れなかった。
しかし、だからこそ得体が知れない。
「……呪術界というのは、これほどまでに過酷な世界なのか」
ポツリと、夏油が信じられないものを見る目でこぼした。
「非術師の家庭で育った私には、まだ理解が及ばない領域があるらしい。」
「いや、呪術界でもあんなの見たことねーよ!! 絶対あいつ個人の問題だろ!! ひとくくりにすんな!」
夏油の壮大な勘違いと的外れな感心に、五条がたまらず素のトーンでツッコミを入れる。
家入は無言で机に突っ伏した。
関わってはいけないものを見てしまったという、本能的な自己防衛だった。
教卓の夜蛾に至っては、頭痛を堪えるように眉間を激しく揉んでいる。
「ズズッ……ヒグッ……う、うう……よ、よろしく、おねがいし、ます……」
一通りのポージングを終え、有沢はパンツを被ったまま、ボロボロと大粒の涙を流して鼻水をすすりながら搾り出すように挨拶をした。
彼が身を挺して社会的に死んだことで、皮肉にも「最強の二人」の決定的な衝突は見事に回避されたのだった。
「……俺の六眼は、あいつがただの一般術師だって言ってる。けど、俺の魂が『アレには深く関わるな』って全力で警鐘を鳴らしてんだよ」
「……ああ。私も、彼には関わらない方がいいという本能的なアラートが鳴り止まない」
こうして、有沢という予測不能な理不尽を目の当たりにし、ドン引きという感情を共有することで、五条と夏油の間に奇妙な連帯感が生まれた。
青い春が廻り始める。