少し重い話し合いと愉快な茶会。時間を忘れ、まるで学友のよう。
カチリと古時計が音を鳴らし、二十一時を指し示した。
「…もうこんな時間か。」
チラリと横目に映る夜空に心が暗くなった。自分よりも強大で、それを誇らないこの二人との時間は素晴らしいものだった。
ギィと椅子が足を引きずる。…俺も同じ気持ちだよ。もっとこの時間が続けば良いのに。
「明日はどうする。あの男を探すか?」
仲良しの時間はお終い。私情で相手を信用する前に、一度区切るくらいが丁度いい。
向かいのエインガルも席を立った。
「探したところで勝てる保証がないだろう。地道に情報集めと言ったところだな。」
この家の家主は椅子に座ったまま当然のように話した。
「どうせまた集まるのなら、どうぞ泊まっていってください。客室も着替えもありますから。」
泊まるって、信用されているのは良いが不用心だ。しかしエインガルは頷いた。
「合理的だな。彼奴に目を付けられている可能性もある。だとしたらここで集まっている方が安全かつ集合の時間も省ける。」
「…だがな、着替えがあるならこの服じゃなくそちらが良かったのだが。」
エイヴィは椅子から立ちながら口を尖らせる。
「着替えと言ってもパジャマですから。夕方からパジャマを着るのと、少し大きな服、どちらがよろしかったです?」
「パジャマだな。」
気の抜けるやつらだな。エインガルはまともだと思っていたが、案外振り回されてばかり。エイヴィはお嬢様のくせに、あれじゃあお転婆姫だ。
「…わかった、遠慮なく泊まらせてもらう。朝準備が済んだら、情報集めだな。何をするのかはよく分からないが。」
「とりあえず街を歩き回る感じですかね?闇雲ではありますが、散歩は心の安息にもなりますし。」
「そうなるな。ただ、いつ襲われるか分からんからな。お前たちも準備だけはしておけ。」
サーヴァントもマスターも、一人を除いて頷いた。
「…ランサー、そんなにフレーバーティーが気になるんですか?」
驚くことにランサーは、俺たちが話している間もずっと、あのカラフルな箱を漁っていた。
「…何故茶に味を付けた。茶は茶だろう。…そんなに苺やら何やらの味を楽しみたいのなら、実物を食らえば良いと言うのに。」
「…苺を食べたいのではなく、苺味の紅茶が飲みたいのですよ。別物で見て貰えたら良いかと。」
そんな考えはなかったと言うように目を丸くし、今度はふんっと鼻を鳴らした。
「そうか。」
ただ一言だけ発し、箱を綺麗に並べ直した。
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風呂から出て、客室に入る。一部屋、サーヴァントとマスター一組。アサシン───佐々木小次郎は風呂で随分浮かれていた。と言うのも、ここの家の風呂はデカい。日本の温泉をのようだった。
「良かったな。こっちであんな風呂に入れるなんて。」
頭をタオルで拭きながら小次郎に話しかける。しっかりと用意されていたパジャマを着て、首にタオルをかけているのが妙に面白い。
「左様。良い湯船であった。」
少し嬉しそうに口角が上がっている。小次郎から目を離し、髪を整えるために鏡を見た。
視界が歪む。首を断つ断片的な映像が視界を乗っ取った。白と赤と青と黄と、黙れ、やめろ、気持ちが悪い。
「──ッ」
吐き気に襲われると同時に、視界が元に戻る。ただの鏡に写った俺だ。
「…気が優れぬか?」
「…いつもの、ことだ…。」
恐らく数秒。すぐに吐き気は収まった。また見てしまわぬように、首をタオルで隠した。
「もう寝る。あんたも楽にしててくれ。」
それ以上踏み込んでは来なかった。額にかいた汗を見られぬように、布団を頭まで被る。
気が緩んでいた。いつもなら首は真っ先に隠していたのに…。
首を斬られたような感覚と、首を斬った感覚がまだ残っている。じわりと皮膚が切れ、肉に刃が伝わる。次の瞬間には硬い骨ごと断たれ、血が降る。ゾワゾワした感覚が背筋を撫でて来て気持ちが悪い。
首を見る度にあの感覚を共有されてしまう悪夢のような厄病。
どんどん呼吸が浅くなり、そのまま暗闇に落ちて行った。
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(…暗い)
裸足で鉄の上を歩くように冷たく、辺り一面が漆黒。上も下も左も右も。どこを見ているのか分からなくなる。ただ、どこかに行かなくてはならないという使命を感じてひたすらに歩き続ける。
ふと、何が柔らかいような硬いような物にぶつかり、手探りで触れてみる。布のような感触、そしてウェーブがかった髪。
思わずバッと後ろに身を引く。
「…?!すまん!」
目の前にいる人間は何も言わず、ただこちらに近付いてきた。
足音が自分のすぐ目の前で止まり、顎に手が触れた。暗闇の中で少し慣れてきた目が映したのは、ニヤリと笑う青髪の男だった。
グイッと顎を引っ張られ、男の方にバランスを崩す。顔を見ていた目はそのまま下へ。首を映した。
(しまった…!)
来るであろう衝撃に歯を食いしばる。
また刃が相手の首に触れ、皮膚を食い込み、肉を切り、首が落ちる。心の準備が多少あったとは言え、また吐き気がして来た。
しかしそれで終わらなかった。何度も斬り続けた。頭はまるで何事も無かったかのように戻り、口角をあげたまま血を流している。
(終われ!早く死ね!)
終わらない恐怖は殺意へと変わっていった。いつもなら、一度首を断ち切れば現実に戻れた。だと言うのに、こいつが死んでくれないから戻ることが出来ない。地獄のような映像はまるで現実のように感じられた。刃を自分の手で握り、冷たい空気を裂き、生暖かい血を体全体で浴びる。腕は痺れるように疲労し、腕から伝った血がぬるりと柄を濡らした。
(これは本当に映像なのか…?)
そんな思いが脳裏を掠めた瞬間、手は止まった。手はぶらりと下がり、体が震える。男は体を赤く染め、口元をにこりと歪め、目を見開いた。まるで血濡れのピエロのように。
『ハッピーバースデー、█████』