「最初のそれは、第二のハサンを名乗る愚者ですね。」
「…ごもっともだ。」
図書館に二人の声が響く。
「それともうひとつ。シンさんの読んだそれは別物です。」
「だろうな。読んでて聞いた話と違ったからそれは気付いた。だが、読めと言われたんだ。」
「お祖父様に?」
小さく頷く。
「
お祖父様はシンさんに戻って欲しかったのかもしれないですね。」
「こっちの、本来のハサンに…ってことか。」
わきに置いた本を指で叩く。
「推察ではありますが、お祖父様は虐殺に対しての嫌悪以上に、過去の人物を悪用するような方法が気に入らなかったのでは?」
「それは…否定出来ない。実際、俺もこの本を読んで、無性にイラついた。」
エイヴィはただ頷き、続きを促した。
「ハサン・サッバーハは悪として見られてもおかしくない話だ。暗殺教団のトップなうえ、あの指示は混乱を招いたとも言える。」
「妥当な評価ですね。」
「でも、誰かにとっての悪は誰かにとっての善だ。」
「何かを得るには何かを失う必要がありますから。」
「…でも、もう一つの“ハサン”はやりすぎじゃないか?ターゲットの周辺の人間だけじゃなく、無関係な一般市民に危害を加えるのは目的に反してるだろ。」
「ですが、彼らも自分の生活、価値観を守るための殺人だった。そう考えられるのでは?」
「それは、違う。」
力強く答える。机の上に置かれた手が強く握られた。自然と眉間に皺が寄っていく。
「…最初は本当にそうだったかもしれないが、祖父が戦った相手は違う。あれはただの快楽殺人だ。殺した人間のうち、偶然ヘイトを向けられていた人間が含まれていただけの話なんだ。…それも、聞いた話に過ぎないが…。」
数秒間沈黙が図書室を支配する。二人とも、それ以上口を開かなかった。もしくは、開く勇気がなかった。静寂を破ったのは椅子を引く音だった。エイヴィはある棚の前に立ち、下の方から分厚い本を一冊取り出す。
「これは百年分の英国内での事件をまとめた物です。…ただの小さな喧嘩から、大量虐殺事件まで、全てを。」
ずしりと机の上に置かれ、被っていた埃が舞う。白地の表紙に
“第五十三億年度版 第百万号 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国内事件ファイル 【未完】 ”
と記されている。
「…良いのか?こんな物置いておいて。国か警察に取り上げられないのか?」
「それは逆です。こちらが取り上げたのですから。」