物語に関わる変更はありません。
部屋は静かで、外の世界とは隔離されている。周りは本、本、本。暑苦しく、私にとっては心地好い。
聖杯戦争の準備の前に少し気になったことを終わらせる。
「片目を失い、知識を得た…」
何かを得るには何かを失う。当たり前のことであり、恐怖でもある。それでも私は歩みたい。
本を棚にしまい、部屋を出る。本題に戻ろう。時間は限られている。聖遺物は私の範囲外、私情で持ち出すのは不可。なら、一番近い物を差し出す。それが私なりの誠意だ。
リビングのテーブルと椅子をどかし、スペースを作る。先人達が聖杯戦争のはじめ方を残していてくれて良かった。手のひらに包丁を当て、その血で陣を書いていく。
「ふぅ…とりあえずは…。」
陣の真ん中に立ち、本を片手に儀式を始める。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
「───Anfang」
「───告げる」
「─────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は己が未来を捧げし者、
我は常世総ての理を求める者。」
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」
光が広がり、目の前が白になる。同時にじんわりと右目から温かい液体が流れ、膝から崩れ落ちた。
「ぐ、ぁぅぅぅ…!」
激痛が走る。目に釘を刺されるような感覚。思わず目を押さえた。
光が収まり、押さえていた手を離す。手は赤く染まり、いつもとは見え方が変わっていた。いつもより左寄りで、自分の鼻の先が見える。右目が開かないのか、視力を失ったかのか。
「…俺を呼んだのはお前だな。」
男は立ったまま、私を見下ろして話している。私は魔力消費による疲労と、片目の痛みにふらつきながら立ち上がった。
「──そう、です。私が、あなたを呼びました。」
男は私の悲惨な様子を日常のように静かに流し、鼻を鳴らした。
「その程度で俺を求めたのか?」
絶句した。その程度。この痛みが、程度という言葉に収められてしまった。
それでもきっとこれは───
彼にとっては当たり前のことだ。なら、それ以上の代償と、覚悟を払う必要がある。
「令呪二画をもって命ずる──!」
「私にあなたの力を貸してください!!」
手の甲の印が輝き、じわりと、雪に湯をかけたように消えていく。
ふっ、と軽い笑いのような、軽蔑のような声。
「それが、貴様の誠意か。…ならばその誠意の分は応えてやろう。」
私は顔をあげ、彼の顔を見る。
「───え…?」
ある。あったのだ。澄んだ灰青の瞳が。
「な、んで…?」
思わず息を呑んだ。
北欧の神オーディン。片目を捧げ、知識を得た隻眼の老人のはず。でも目の前にいるのは両目がある、歳若い男。
「俺の最盛期をその程度の代償で呼べるとでも?」
赤子でも解る常識のように吐き捨てた。
悔しい…。悔しいけど、目の前にいるのはオーディンであり、オーディンになる前の男…!
「…いいえ!あなたほどのお方が、私の元に来てくださったこと、深く感謝致します…!」
興奮で口が早くなる。右目の痛みはいつの間にか消えていた。当然のことだ。こんな痛みでは、この方には取るに足らないもの。左目も、この体も。その時が来れば、わたしの全てを。
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