図書館一階、神話がずらりと並んだ本棚から一冊の本が取り出される。室内は時計の音が響き、時々ページをめくる音が聞こえる。来館者は少なく、周りには人の影もない。横に立つ少年は男を見上げた後、自分に届く範囲の本を取って開いてみる。ずらりと並ぶ文字列に皺を寄せた。しかし文字を追っていくうちに、その時のあの場所にいたかのような気持ちに包まれていく。
本から少し目を離し、少年を見る。小さな本を熱中して読む様子は、まるで我が子のようだった。誰かの名前を呼ぼうとして、口を紡ぐ。あの子ではないことはわかっている。喉に詰まったまま、名前は目的を喪失した。私を止めてくれる彼女はもういない。もっとしっかりしなくてはならないのに、いつまで経っても成長しない。
本棚の上部を眺める。少し深呼吸をして、心を落ち着かせようとした。首筋から香るウッディとアンバーの香りが彼女のことを彷彿とさせる。いくら彼女の行動を真似ても、私は彼女のようにはなれなかった。私に遺されたのは思い出と、大小の指輪のみだった。あの子の為に贈った物なのに、持ち主はいなくなってしまった。
私には何も出来ない。神は復讐すらも奪っていった。何をして生きればいいのか、今もまだ目的を見失っている。
ただ、彼女が夢見たあの物語のように、私は彼らを守りたい。きっと彼女がいたら、私のことを叱るだろう。
返事は返ってこないと分かっていながら、君の声を求めてしまう。どうか私を許してくれ、ムーリア。
胸元の紐を無意識に寄せ、二つの指輪に触れる。静かに口付けると、金属の冷たさが唇に広がった。
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マスターを見上げる。どうやら僕のことには気付いていないようだ。どこか遠くを見ているような気がする。何か似たような感覚を、僕は覚えている気がする。生前、誰かが僕を見ていた時のような、どうしようもない時のことのようだ。僕の父が最後に僕を抱き締めた時のような、恨みとも違う何かだ。マスターは今、とても辛いのかもしれない。けれど、僕には何も出来ない。僕はその感情を知らない。慰めることが良いことなのかも分からない。静かに本に目を戻し、見なかったことにした。
父と違う出会いがあったのなら、僕はどう生きただろう?何かを成し遂げただろうか。それとも、父のような勇猛果敢な戦士になれたのだろうか。
今からでも、きっと遅くはない。例え一時の夢であっても、父のような戦士に…。
少年は静かに本を閉じ、拳を握りしめた。