薄暗い路地を駆け抜け、割れた扉をくぐってビルに入る。私がさっきまでいた場所。なぜ遠く離れた場所で瓦礫に埋もれていたのか、そもそもここで何があったのか思い出せない。頭を強く打ったのかもしれないが、幸い走っても支障はない。魔術の行使も完璧。あんなに血が出ていたのに、ふらつきがないのはおかしい。
考えてもどうにもならない、と小さく息をつく。ランサーを見つけるのが先。彼が何か知っているかもしれないし、いつサーヴァントが出てきてもおかしくない状況だ。今は目の前のことに集中しなければ。
そう思ったのもつかの間、上の階へ走る人影が見えた。
「そこか───!」
勢い良く踏み出すシンさんの手を引き、小さく呟いた。
「あれはランサーじゃない。小さすぎる。」
「わかってる。でもこんなところにいたんだ、普通じゃない。」
「…あなたは、あれをマスターと?」
「断定はしない。だが、確率は高いはずだ。マスターを殺せば終わる。それなら俺が適任だと思った。」
「…マスターでなかったら?」
「あのな、俺だってそれくらい見分けがつく。令呪だろ、マスターの証拠は。それなら手を見ればわかる。」
なんだろう。少し拍子抜けした。彼は令呪が手につく物だと思っている。確かに、私のは右手の甲に、教授のは右手首あたり。そして勘違いしている張本人は左手の甲。
「シンさん、令呪は手限定ではないですよ。今までも色んな事例がありましたから。」
「…そうか、残念だ。なら殺さない。けど、あっちが危害を加えるようなら、俺は斬るからな。」
「そもそも、ここに元から人がいなかったなんて言ってないですからね。身を隠していた一般人の可能性もあるでしょうし。」
「まぁ、そうだな。とりあえず進もう。また隠れられると見つけるのが難しくなる。」
そういって彼は階段を登った。私は令呪があてがわれた右手を下ろし、後ろを着いていく。
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どこか遠くで人の叫びが聞こえる。その原因は俺たちにある。多数を救うために少数を犠牲にして、俺たちはそれを救済と呼ぶ。
それが善か悪かも分からぬまま。
「……いたな。」
部屋の中央に佇むのは奇抜な女だった。黄のインナーが入った髪が首に張り付いている。震える両手で刃物を構えている。その目と刃は明らかにこちらに向いているが、恐怖に満ちて揺れていた。
「…ッ…けほ…。」
今にも倒れそうな呼吸をしながら、女は一歩踏み出す。女の純白の衣にツタが這うように、青い光が繊維に蠢いている。何かがおかしい。
怯えている。サーヴァントを連れいる訳でもない俺たちに恐怖している。この女に俺の刃は見せていない。では何故───?
「来る、な…私に、近付くなぁぁッ!!」
刃を突き出したまま走り出す女を、俺は弾いた。左手に携えた短刀の柄を鼻根へぶつけると、ぐらりと女の体が倒れる。それと同時に女の衣服が青々と輝いた。
閃光に目を奪われる。太陽よりも眩しいそれはすぐに収まったが、視界はチカチカと明滅する。
「罠か…ッ!」
見えない、というのは非常にまずい。音が無ければ何をされているのかもわからないのだから。
「エイヴィ!」
背後にいたはずの彼女の名を呼ぶ。返答はなし。数歩後ろに下がり、触覚での感知を試みる。
やはりいない。
視界が完全に戻った頃、女はいなかった。エイヴィは衣服が乱れた状態で壁際に寄せられていた。シャツの釦は一つずれ、胸元が乱れている。リボンだけが膝に残されていた。
「……生きてるか。」
恐ろしい程に美しく目を瞑っている。首元に手を当てると、はっきりと脈動しているのがわかった。
「……。」
リボンをポケットにしまい、立ち上がる。
「…薬物か。計画的だな。」
大きく、起きろと声をかける。しかし目は開かない。あの短時間で眠らせたのだから、相当強力な薬だろう。
おぶって運ぼうと思った。だが、こんなお偉いさんの女性を無闇やたら触らない方が良い気がする。
「…いや、危険に晒してる時点でアウトか。」
深いことを考えるのはやめた。