月の光が山道を照らす。辺りには羽毛と剥製のように固まった燕が散乱している。落葉を踏む音が風に掻き消されていった。
「奇妙ですね。時が止まったみたいです。形もそのまま。本当にただの死骸なのでしょうか。」
少女は慎ましくスカートの裾を押さえ、しゃがみこんだ。革の手袋を身につけた右手で、燕の胸に触れる。
隣の男は怪訝そうに少女の行動を見つめる。
「得体の知れないものに容易に触るな。呪いでもかかっていたらどうする。人の身体はあまりに脆いのだぞ。」
呪い。回避不可避な何かによる死。考えうる可能性は少ない。人の手では到底叶わない量の死骸だ。それこそ、隕石でも落ちてこない限り不可能だ。
パキっと2人のものではない、枝を踏む音が迫まった。男は少女から音の方向へ目線を向けた。
『そこで何をしている。』
褐色肌の青年がこちらをギロりと睨んでいる。
少女は静かに立ち上がり、青年をしかと見つめた。
「勝手にこの地に入ったことは謝罪しましょう。ですが、私の記憶では、この山は私有地ではなかったはずです。」
青年の表情が硬くなる。歯を食いしばっていたが、少女の隣の男を見て口を開いた。
『お前、人間じゃないな。』
男は面白そうに青年を見下ろす。愉悦とも取れるその表情は、月明かりに照らされ、獲物を捕らえた狼のようだった。ギラりと目を光らせ、青年を睨み返している。
「そういう貴様も人の道を外したようだが。」
またもや青年の表情は硬くなった。青年は少女の容姿と行動に混乱する。貴族のようなお淑やかな容姿の割に、直前に見た少女は好奇心のまま死骸に触れていた。
『質問を変える。何をしに来た。』
少女が答える間もなく男が答える。
「山に入ることに理由が必要か?それとも、入られると困るか?」
静かに、氷のように冷たい声が山に静けさを与える。その声に青年は沈黙した。
『…あぁ、今は“片付け”で忙しい。今は入ってくるな。邪魔になる。』
少女はすかさず隙を突く。
「片付けですか。この量を一人で、とは。大変ですね。僅かながら力になりましょう。」
胸に手を当て、わざとらしく青年に告げる。
目の下に皺を作る。この二人は言っても聞かない。脅しも効果なし。青年は最終手段に出た。
『─────ッ!』
ゴッ、と鉄同士がぶつかり、低く詰まった金属音が鳴る。確かに少女の首を断ったはずの刃は、男が気配もなく突き出した槍によって防がれた。
青年が持っていたはずの短刀の刃先は、静かに、落葉に沈んで行った。青年の額に冷や汗が流れる。目の前の男の動き一つ読めなかったことへの焦り。そして単純な恐怖。
「やめてください。あなたの目的は彼でないでしょう。」
男はその槍を振るうのではなく、少女の言葉によって静かに収めた。不満げにフンっと鼻を鳴らす音が山に響いた。
『なぜ生かす。何が目的だ。』
純粋な疑問と屈辱。
「あの星と、人探しだ。どうやらここにはいなかったようだがな。」
男は青年から、奥の小屋に視線を移す。人の気配は無く、廃墟のようにも見える。少女は青年の警戒を解こうと努める。
「私達は、あなたを害すため来たわけじゃありません。結果、あなたの気分を害してしまったのなら、お詫びいたしましょう。」
少女は深く頭を下げる。
『月を…?』
青年は空を見上げる。異様に輝くその星は、まるで誰かの手によって光らされているようだ。いつも山にいるにも関わらず、気付く事が出来なかった。違和感を上から塗りつぶされていたかのように
『なん、だ…あれ…。おかしいだろ…』
不気味な月が三人を照らしていた。
二章終