ラインハルト転生   作:パワーワード大好きおじさん

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聖戦とトラナナで設定とか年表が微妙に違うから混乱します。
想像の余地があるってことにしときましょう。


15. シュテルン

グラン歴 762年

 

 

影が、どこまでも長く伸びていた。

 

西の空を焦がす茜色が、石畳の上にオレとサイアスの境界線を引いている。

その後ろ姿は、逆光に溶けて黒い影に変わり、一歩ごとにその輪郭を曖昧にしていった。

振り返らないのは、サイアスらしいな。

 

サイアスを見送ってから扉が閉まった瞬間、静かに屋敷を包んでいた張り詰めたような気配が、霧散するかのように消えていった。

 

 

まさか、フリージでサイアスと再会できるとは思わなかったよ。

思えば、友人を屋敷に招くなんて初めてだったな……少し緊張しちゃったラインハルトだ。

 

 

そんな友人との交流を終えて一息つくと、いつの間にかオルエンの姿が見えない。

あれ、マイシスターはいずこ?

 

オレはなんとなく気にかかり、オルエンを探すことにした。おーい、オルエンやーい。

ふと気配を感じ、応接室の影から中を覗き込むと、そこには、数分前まで「完璧な淑女」として振る舞い、優雅にお茶を淹れてくれたオルエンの姿があったのだが……。

 

彼女はふかふかのソファーに文字通り身を投げ出して、突っ伏していた。

 

背筋を伸ばした淑女の殻を脱ぎ捨て、クッションに顔を埋めて足をバタバタさせている。

その姿は、およそ社交界の華とは程遠い、ただの遊び疲れた子供そのものだ。

オレは壁の影で、思わず口元を綻ばせる。

 

ほんとは淑女じゃあないんじゃないの? 正体見たり! って感じだな。

 

あまりに急激な成長に、兄としては遠いところへ行ってしまうのではないかと勝手に寂しさを募らせていたが、中身はまだ、オレの知る可愛らしいオルエンのままで安心した。

頃合いを見て、あえて足音を立てずに、彼女の前に姿を現してみる。

 

おや、オルエン。そんなところでどうしたんだい?

 

オレが声をかけた瞬間、彼女の体がビクッと跳ねる。

そこからのリカバリーは見事なものだった。慌ててスカートの乱れを直し、一瞬で背筋を伸ばして、何事もなかったかのように微笑みを作ろうとする。

その必死な取り繕いがあまりに健気で面白かったので、オレも気づかない振りをする。

 

……少し疲れた? 今日はサイアスというお客さんが急に来て、オルエンも緊張したでしょ。

 

オレは至極真面目な顔で、何気なく語りかける。

だが、オレの視線が彼女が慌てて整え損ねたクッションの凹みに向いていることを、わずかに隠しきれていなかったようだ。

オルエンもまた、オレの気づかない振りに気づいてしまったらしい。

 

「クッションが少し疲れていたようなので、応援していました」などと意味不明な供述をしていた彼女だったが、数秒の沈黙の後、どちらからともなく可笑しさが込み上げてきて、同時に笑い出してしまった。

 

 

妹の成長を少し寂しく思いつつも、その変化を共に喜ぶ。

それが兄という不器用な生き物の役割なのだと、改めて実感する。

背は伸び、言葉遣いは丁寧になり、やがては本物のレディになっていくのだろう。

それでも、こうして二人で顔を見合わせて笑い合える空気だけは、何があっても変わらない。

そういったものを大切に守っていきたいと、オレは心に強く思った。

 

……まあ、それはそれとして。

やはり兄としては、肩肘張らない、ありのままの妹の姿を見ていたいのも本音なんだよね。

 

オレのそんな機微を察してくれたのか、オルエンはその後、「しかるべき時以外は、淑女の修行はほどほどにしておく」と、なんとも頼もしい約束をしてくれた。

 

やったぜ!

 

これで、明日からもまた「お兄様!」と無邪気に駆け寄ってくる彼女の姿を拝める。

オレの理想の兄ライフは、どうやら当分の間、安泰のようである。

 

 

 

夕闇がフリージの領地を静かに包み込み、遠くで夜鳥の声が聞こえ始める頃。

オレは一人、窓辺でサイアスが去っていった街道の先を眺めながら、今日一日の出来事を振り返っていた。

 

雷魔法による農法についての話を、彼という稀代の知性に伝えられたのは大きな収穫だった。

破壊の象徴である魔法を、土を育む糧に変える。

そんな荒唐無稽とも取られかねない話を、彼は鼻で笑うどころか、教団の教義や自然崇拝の文脈にまで広げて真剣に受け止めてくれていた。

 

教会の方にも話を通してくれるようなので、きっとしっかりと検証してくれることだろう。

オレが片手間に適当にやるよりは、その方が断然良い。もう任せてしまってもいいかな。

サイアスが主導して証明することが出来れば、彼の教団での地位を高めることにもなる。

もしそれが彼への助力となるならば、これ以上に嬉しいことはない。

 

 

「……大陸全土を回る巡礼の旅、か」

 

アグストリア、ヴェルダン、そしてミレトス。

彼がその聡明な瞳で見て、聞いて、感じてくる大陸の現在は、一体どれほど濃密な情報量になるのだろうか。次に再会する時、彼が語る見聞は、きっとオレの持っているメタ的な知識などよりも遥かに生々しく、価値のあるものになっているはずだ。

 

サイアスには、以前にロプトに襲われた時にこっそりと回収しておいたリワープの杖などを餞別に押しつけておいた。こちらには扱える人間が誰もいないし、使う予定もなかった。

宝の持ち腐れだったから、丁度よかった。彼ならばきっと有効に利用してくれる。

 

 

一年前、あの「漆黒のバロン」に叩きのめされた時、オレは自分の無力さを痛感した。

だが、今日こうしてサイアスと未来の話を共有し、オルエンの健やかな成長を目の当たりにして、改めて思ったのだ。

 

変わっていく世界の中で、変わらない信頼を築いていくこと。

戦うためだけではなく、生かすための知恵を分かち合うこと。

 

それがきっと、この世界に生まれてしまったオレの……。

 

 

「次に会う時は、サイアスに負けないくらいの良い報告を用意しておかないとな」

 

オレは肩の力を抜き、執務机に置かれた未処理の書類の山に視線を戻した。

未来の賢者と語らう時間は終わり、この領地を守る一人の騎士としての現実が待っている。

 

……とりあえず、暇を見つけて磁場を操る研究に取りかかってみようかな。

どうすればいいか、取っ掛かりがさっぱりだけど。まずは、磁石を作るところからかね?

 

それには精密な導体や、繊細な魔道具の加工が必要になるかもしれない。

手先の器用な専門家……工匠、あるいは罠や鍵の扱いに長けた者なんかを探さないと。

大陸中を渡り歩いてきたヴォルツのアニキなら、腕利きの職人や鍵開けの専門家の一人や二人、心当たりがあったりしないだろうか? 折を見て聞いてみようっと。

 

 

窓の外には、美しい星空が広がっている。

今日は満月か。どうりで明るいはずだ……おっ、流れ星。

大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……彗星かな。

イヤ、違う、違うな。彗星はもっとバーって動くもんな。

 

フリージの夜は、どこまでも静かに更けていくのだった。

 

 

 

 

切り立った岩肌を噛むように吹き抜ける風は、常に乾き、冷たい。

トラキア王国の王、トラバントは、断崖に立つ竜の背から眼下に広がる己の領土を眺めていた。

そこにあるのは、鈍色に沈む険しい山脈と、土埃にまみれた痩せた大地だけだ。

 

 

「……また一人、死んだか」

 

 

配下の者が報告してきた、戦死したという将の名に覚えがあった。

トラバントは傍らに控えるを者たちを下がらせると、少しだけ目を閉じた。

その将の姿がまぶたの裏に浮かび、すぐに消える。開いたトラバントの瞳に揺らぎはない。

だが、胸の奥には、岩盤に爪を立てるような疼きが、いつまでも消えずに、増えていく。

まもなく冬を迎え、王国の民にも餓えて死ぬ者たちが出てくることだろう。

 

(……決着を急がねばなるまい。)

 

視線を北へ向ければ、そこには呪わしいほどの緑が広がっている。

レンスター、アルスター、コノート……。

豊かな水資源と肥沃な大地を分かち合う北トラキアの国々には余裕がある。

彼らにとって、南のトラキアは略奪を繰り返す野蛮なハイエナに過ぎない。

 

(腹が満ちていれば、誰とて聖人になれるものを……)

 

トラバントは自嘲気味に吐き捨てた。

北の連中が暖炉のそばでワインを傾けている間、南の若者たちはその日の糧を得るために、異国の戦場で命を切り売りしているのだ。

竜騎士という「商品」を輸出せねば、この国は明日をも知れぬ。

 

トラバントの手中に収めた天槍グングニルの石突きが、重々しく鞍を叩く。

この槍に宿る十二聖戦士ダインの血が、眼前の暗雲を切り裂けと、あるいはかつての同胞の血をすすれと、主の腕を震わせているようだった。

 

「……まもなくだ。あとわずかで、すべてが変わる」

 

口を突いて出た独白は、風にさらわれて消えた。

 

 

コノートのレイドリックからは、内応の手はずが整ったとの報せが既に届いている。

欲にまみれた小悪党の裏切りほど、扱いやすく、また反吐が出るものはない。

だが、その汚泥にまみれてでも、この半島に刻まれた「呪い」を断ち切らねばならぬ。

 

ダインとノヴァが血で分かたれた日から、この地は呪われ続けてきた。

豊かな北と、飢えた南。同胞が互いの腹を裂き、乏しい糧を奪い合う……。

そんな惨劇の歴史に、自身の代で終止符を打つのだ。

 

トラバントはグングニルを強く握り直した。その重みは、これから自分が殺める数多の命の重みであり、同時に、自分が守り抜くと決めたトラキアの民の命そのものであった。

 

 

(王の仕事は、民を飢えさせぬこと。ただそれだけだ。そのためならば、わしの名はいくらでも血で汚れればよい)

 

 

イードの砂漠で散ったキュアン。その妻エスリン。

彼らを襲撃した際、その瞳に宿っていた「正義」の輝きを思い出す。

それは眩しく、そしてひどく苛立つ光だった。

 

自分には、あのような光は手に入らない。いや、求めようとも思わない。

歴史が編まれるとき、トラバントの名は卑劣な侵略者として記述されるだろう。

別にそれで構わないのだ。

 

不毛の岩山に突き出した断崖。

そこから見下ろす北の空は、呪わしいほどに青く、透き通っていた。

 

トラバントの脳裏に、天槍グングニルと対となる神器の存在が思い浮かんだ。

 

地槍ゲイボルグ。

 

その名は、二つの槍にまつわる忌まわしき因縁を呼び覚ますかのようだった。

 

 

「……アルテナ、か」

 

 

ふと口を突いて出た名は、かつてイードの砂漠で屠った男の愛娘のものだ。

 

あの熱砂の上、母親の亡骸の傍らで泣き叫んでいた幼子を地槍ゲイボルグと共に拾い上げたとき、自身の内に沸き起こった感情を、彼は今も正確に名付けることができない。

騎士道を剥ぎ取られた無残な死体への、一抹の憐れみだったのか。

あるいは、運命という名の皮肉に対する冷笑だったのか。

 

(……拾いものとしては、上出来すぎるほどだ)

 

トラバントの唇が歪む。

ノヴァの血脈、地槍ゲイボルグの正当なる継承者。

彼女をトラキアの姫として育て上げ、北を呑み込む旗印に据える。それは、力でねじ伏せるだけでは成し得ぬ「血の統一」を完成させるための、極めて合理的な一手であった。

 

(利用できるものは、子供の命ですら使い果たす。それが、この土を食う王の務めだ)

 

独白に返るのは、ヒュウヒュウと鳴る冷たい風の音だけだ。

情などという贅沢は、この痩せた大地には一滴も流れてはいない。

アルテナに注ぐ眼差しが、時に実の娘へのそれと見紛うほどに揺れることがあっても、彼はそれを策略という言葉で塗り潰し続けてきた。

 

今は、それでいい。

北の肥沃な大地を手に入れ、この半島の飢えを癒やす。

その悲願の前に、一個人の心など何ほどの価値もない。

トラキアの冷たい風をどうにかするのは、その後からでいい。

 

 

「ダインもノヴァも、天から見ておるがいい。貴様らが分かち、呪いとなったこの半島を、わしが一つに繋ぎ止めてやる」

 

 

周囲に、巨大な翼が風を切るような音が絶え間なく鳴り響く。

トラバントは身じろぎする愛竜の背を落ち着かせるように撫でた。

視線を向ければ、そこには整然と隊列を組む竜騎士団の精鋭たちがいた。

一糸乱れぬ旋回、鋭く突き出された鋼の槍。

この極限の地で、命を削りながら磨き上げられた力の結晶が、空を覆い尽している。

 

「……揃ったな」

 

低く呟いた声には、確かな熱が宿っていた。

不毛の岩山にへばりつき、傭兵として他国の土を血で濡らして食い繋いできた日々。

その屈辱の歳月が、ようやく報われようとしている。

 

北の肥沃な大地、マンスター地方。そこを掌握し、分断された半島を一つに繋ぎ合わせることができれば、もはやトラキアは他国の顔色を窺う必要はない。

 

(南北が真に合わされば、あの傲慢なグランベルとて、容易には手出しできまい)

 

大陸の中央に鎮座する大国。

その強大な重圧に抗い、対等に渡り合うための唯一の道が、この半島の統一なのだ。

比肩し、あるいは凌駕する。その野心こそが、飢えた民に約束できる唯一の尊厳であった。

 

トラバントは手中のグングニルを高く掲げた。

その切っ先に反射した鈍い光が、空中の騎士たちを鼓舞するように閃く。

 

「全軍、進め! 目指すは北の地……! まもなく南北トラキアの統一は果たされる!!」

 

号令と共に、黒い影が一斉に北へと加速した。

トラバントは愛竜の首を叩き、自らも風の中へと身を投じる。

背後に残された不毛の地が、遠ざかる竜騎士たちの影を見送るように、静まり返っていた。

 

トラバントは竜を駆り、雲を突き抜けて上昇した。

遠く、北の平原に沈む夕日は美しい。

だが、彼が求めるのはその情緒ではなく、その下に広がる黒い大地だ。

 

竜の咆哮が、音もなく乾いた山々に響き渡った。

衛星は、自らが燃え尽きることでしか、その存在を証明できないのかもしれない。

彼は暗い夜空の向こうにある、自分だけが目指す景色を見据えていた。

 

 

 

 

 

グラン歴 762年

 

 

その最後の月は、トラキア半島に住む人々にとって忘れえぬ凍てついた記憶となった。

 

半島の南、険しい岩山にへばりつくようにして牙を研ぎ続けてきた「飢えた竜」たちが、ついにその翼を北へと広げたのだ。トラバント王率いるトラキア竜騎士団による、マンスター地方への大規模な軍事侵攻。不毛の地に縛り付けられてきた南の民にとって、それは生きるための略奪であり、北の民にとっては平穏を切り裂く悲劇の幕開けであった。

 

マンスターからの慌ただしい救援要請を受け、レンスター王カルフは出兵を決断する。

 

「トラキアを一つに」という理想は同じであれど、レンスターにとってそれは信義と秩序による融和であり、トラバントのような武力による蹂躙は断じて許容できるものではなかった。

レンスター王は精鋭を率い、同盟国であるコノート軍と合流すべく進軍を開始する。

 

すべては、マンスターを救い、この半島の均衡を保つために。

 

だが、運命の歯車はすでに、一人の男の卑劣な策略によって歪められていた。

コノートのレイドリック。

その男が抱いた私欲という名の毒が、北トラキアを内側から腐食させていく。

 

ついに、歴史に刻まれる「トラキア河の戦い」が火蓋を切った。

 

激流の唸る河を挟み、誇り高きレンスターの騎士たちと、飢えた南の竜たちが対峙する。

しかし、背後から迫るはずの友軍は、すでに牙を剥く獣へと変わっていた。

内応、裏切り、そして予期せぬ伏兵。

 

それは戦いと呼ぶにはあまりにも無残な出来事であった。

 

空を覆い尽くす黒い影と、大河を染める鮮血。

名だたる騎士たちが次々と地に伏し、半島の秩序を支えてきた古き権威が、砂上の楼閣のごとく崩れ去っていく。

 

 

一つの時代が終わりを迎えようとしていた。

 




トラバントって名前がもうね。
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